第62話

 それから約十分。特に会話はなし。

 車内はお通夜の日のような雰囲気に包まれるも花の一声がそれを破る。


「何であんな悲劇が起こったのでしょう……」

「……えっ……」


 触っていたスマホの手を止め、少しを遅れて反応する。

 質問なのか独り言なのか。

 最初は判断が難しかったため口を結んでいると、こちらに顔を向けて再度「何でなのでしょう?」と言われたので僕に聞いているのだと理解した。


 だがしかし、僕からすればその質問は意味不明だった。

 なぜなら悲劇の原因である凪姉を連れて来たのは花なのだから。

 仲間である彼女がそれを聞くなんておかしいだろう。


「花は聞いてないのか? 後ろの凪姉に」

「何も聞いてないというか初対面ですけど」

「は? 初対面!?」

「はい。バイト終わりに声をかけられまして、え、えっと……それでなんというか――」

「尾行に同行させてくれとでも言われたのか?」

「何で分かるのですか!?」


 前のめりな姿勢で「えっえっ」と動揺する花。

 僕に何も気付かれてないと思っていたならこういう反応にもなる。

 まさか敢えて尾行させるように仕込まれていたなんて思いもしないだろうからな。


「花の尾行には気付いていたからな」

「えー、全然そんな素振り――」

「見せるわけないだろ。てか、誰に頼まれた?」

「そ、そそそ、それは……分からないです」

「本当は?」

「ほっ、本当です! 信じてください!」


 いきなり手を掴まれ、怖いぐらい懇願してくる。

 ここまでされると逆に怪しいと思うのは僕だけだろうか。

 あまり嘘をついているように見えないが信用は出来ない。


「信じるも何も分からないってどういうことなんだよ」

「そ、そのこれはSNSのバイトで、SNSのDMで指示されてやったんです」

「だから、相手は分からないと」

「はい」


 最近、流行りの闇バイトというやつだろうか。

 それにしても、バイト内容がとか気持ち悪いバイトだ。

 でも、内容が尖っているだけに依頼主の特定はしやすそうな気がする。


 そんなことを黙って考えていると花は信用されてないと思ったのかバイトの依頼主との会話履歴を僕に見せてくる。

 一応確認すると『バイト内容:北宮空の尾行』と書かれていた。

 加えて、条件欄には僕の大学である『方位学院大学の関係者』の文字。


「怪しいと思わなかったのか? 人の尾行なんて普通に考えておかしいだろ?」

「思いました。ですが、報酬がどうしても欲しくて……」

「そんなに報酬額は弾んでいたのか?」

「いえ、お金ではなく、レアな商品でして」

「レアな商品?」


 お金よりも欲しい商品など想像がつかない。

 ましてやある程度の商品ならお金があれば買えるからな。

 そんなにも高級な商品なのだろうか。


 不思議に思っているといきなりしゃがみ込み、苦しそうな声をあげながら足元から何かを取り出す。


「それは?」

「報酬の商品です」

「靴?」

「はい、靴です」


 ふざけているのかと睨むと「知りませんか?」と聞いてきたので「知らないな」と言うと説明を始める。


「これはただの靴じゃないんです。世界的デザイナーであるが手掛けた世界1000足限定のシークレットシューズなんです!」


 ドロップ。その言葉を耳にして驚きのあまり言葉が喉に詰まる。


 ドロップと聞いて思い浮かぶのは上野雫。雫先輩だ。

 表向きでは正体を公開されてないが、僕はつい先日偶然に知ってしまった。

 だから嫌でも考えてしまう。

 もし今回の件、依頼主が雫先輩だったらと。


 そんな頭が痛くなる考えをしてる僕のことなんかお構いなしに花は説明を続ける。


「限定1000足と言っても、日本での販売数は50足しかなくてですね。しかも、東京のとあるお店限定の販売で地方住みである私ではまず買いに行くことすら難しかったんです。それに価格が日本円で約22万円でバイトの身の私には厳しすぎました」


 僕の頭がドロップという存在で頭いっぱいになっているのに対し、花の頭の中はこのシークレットシューズで頭がいっぱい。

 一向に話の終わりは見えず、話に入る隙も与えてくれない。

 いつもならどうしたらいいか悩み込むところだが、僕は僕でずっと雫先輩が依頼主の可能性を考えていたので気にはならなかった。


 これまで得た情報を使い、頭をフル回転させた。

 その結果、雫先輩が依頼主だった場合、納得出来てしまうことが多く見つかった。

 むしろ雫先輩だったら辻褄が合うことがほとんどだった。


 一つ目は報酬である商品がレアな商品なのにも関わらず簡単に渡している点。

 達成報酬ならまだしも先に渡すなんて裏バイトの依頼主として異常だ。

 簡単に渡せる=簡単に手に入れることが出来る。

 それが出来るのは商品関係者のみ。

 その中にデザインしたドロップ本人も入ると言えるだろう。


 二つ目は条件が方位学院大学の関係者という点。

 条件からして依頼主は方位学院大学の関係者の可能性が高い。

 知っての通り雫先輩もその一人に入る。


 三つ目は旅行の時に聞いた雫先輩の電話だ。

 雫先輩は妹を使って、水心と拓海を尾行させていた。

 なら他にも人を使って尾行させていてもおかしくはない。

 一つ分からないのは僕を尾行している理由だが絶対に良い理由ではないだろう。


 もちろんまだドロップ自身(雫先輩)が、これを花に渡したと断定は出来ない。

 だが、黒よりのグレーであることは間違いない。


「でも、正直ずっと買いに行かなかったことを後悔していて……。何度もフリマアプリで購入を検討しましたが、当たり前のようにプレミア価格がついていてどれも100万円を優に超えていました。だから、このバイトを見つけた時、私は何も考えることなく応募してしまったのです。その結果、こんなことになってしまい今では後悔しています……」

「そ、そうか」


 どうでもいい話を聞き終え、一度姿勢を正す。


「それより質問いいか?」

「はい、もちろんです。何でも聞いてください」

「言われなくてもそうする。じゃあ報酬はいつ貰ったんだ?」


 ここからは雫先輩が黒と想定して探っていく。

 違う可能性もあるが違うのならば違和感を覚えるはずだ。


「空さんと最初に出会った時です」

「あの廊下か?」

「いえ、タイプモサモサチェコチップグループフェ……フェラペニーノの時です……」


 顔を少し逸らしながら耳まで真っ赤にしてそう言う。

 同時に僕は血の気が引き、あの日のことを思い出した。

 そう初めてスタパに行った日のことだ。


「何でそれを知ってんだよ」

「それは私があの時、空さんから注文を受けた店員だったからです」

「マジ……か、よ」


 全て察して絶句した。

 色んな意味で恐怖を覚え、鳥肌が一気に花咲くように立つ。

 恥ずかしさなんて死んだように消えた。

 心臓は跳ねるように怯え、変な汗と寒気が止まらない。


「あの日、あの場所が空さんの顔を確認する日でした」

「つ……つまり、偶然ではなく必然だったってことだよ、な?」

「はい。それとこの靴もあの日に受け取ったんです」


 偶然ではなく必然だったと肯定され、あの日あの場所にあの人に呼ばれたことに別の意味があったことを理解する。

 同時に黒よりだったグレーが真っ黒に変色。

 僕の中でバイトの依頼主の正体が雫先輩であることが99%確定した。

 だが、一つ分からないことがある。


「いやでも、そんな時間なかっただろ?」

「確かになかったです。ですが、受け取り方法が手渡しではなかったならどうでしょうか?」


 いきなりの問いに戸惑ったが、すぐに僕の頭には一つの可能性が浮かび上がる。

 フラッシュバックしたあの日の記憶では雫先輩は荷物を持ってきていた。

 それは席を取るためだと思っていたから気にもしてなかったが、その後あの荷物を雫先輩は持っていただろうか。

 もし持っていなかったとしら……


「多分、空さんが想像している通りだと思います。あの荷物の中身が靴です。それとGPS関係一式も入ってました」

「やっぱりか」


 嫌な予想は的中。

 もうこればかりはあの時に気付けなかった僕が悪い。

 と言いたいが、大事な話し合いとタイプモサモサチェコチップグループフェラペニーノで、冷静に周りを見れる状況ではなかった。

 仕方ないとしか言いようがない。

 完全に雫先輩にしてやられたと言うべきだろう。


「でもさ、先に靴貰ったならバイト飛ぼうとは思わなかったのか?」

「流石に居場所がバレている以上は逃げれないと思いましたし、達成報酬でまた別の限定商品のシークレットシューズを貰えるとのことだったので」


 達成報酬も用意してると言われればやる気は自然と出る。

 相場100万円の靴を二足とか破格も破格のバイトだからな。

 だが、何でシークレットシューズばっかり。

 他にも服とか色々あるだろうに。


「なるほど。はぁ……しかし、そんな前から尾行されていたとは思ってなかったよ」

「空さんと認識したのはあの日だっただけで本格的に始めたのは新年が始まってからです。契約でもそう書かれていたので」

「そうか。で、期間は?」

「一月いっぱいとなってますが状況次第では一ヶ月伸ばすと書かれています。もちろんその場合は追加報酬を用意するとも」

「なるほど。他に何か情報はあるか?」

「いえ、ありません。私が知っていることはこれが全てです」

「分かった」


 全てを話しを終え、緊張感から解放されたのか花は大きく息を吐く。

 上がっていた肩はゆっくりと下がり、表情も少し柔らかになった気がする。

 小さな両手でペットボトルを持ち、ゴクゴクとお茶を飲む姿はまるで小動物。

 思わずこちらまで表情が緩みかけたが、同時にこんな純粋な人間を悪用した雫先輩を許せないと思った。


 もう一度言うが僕の中では雫先輩は黒。

 バイトの依頼主で間違いない。

 何が目的で僕を尾行させたまでは不明だが、花の話を聞いた限りでは特に害を与えるようには言われてなかったらしい。

 あくまでも尾行であり監視。

 僕の行動を逐一把握しておきたかった。それだけのようだ。


 このことから考えられるのは何かしらの理由で僕を警戒してるということ。

 全く警戒される記憶はないんだが。


「花はバイトの依頼主にバレたことを言うのか?」

「あ、はい。見つかった場合は即座に連絡するよう言われています」

「もしかしてもうしたか?」

「……し、してません。正直、見つかってしまったという報告をするのが怖いです。報酬が大きすぎる故、失敗した場合何かされるのではないかと思ってしまって」

「依頼主からは何も失敗した場合のことは言われてないのか?」

「言われてません」


 やっと表情に余裕が戻ってきていたのに一瞬にして瞳に光が消えた。

 想像しただけで恐怖が襲ってきてもう押しつぶされそうな感じだ。

 今にも泣き出しそう。


 でも、これでいい。

 なんなら泣くぐらいまでは追い込みたい。

 追い込んで追い込んで。

 そして最後に助け舟を用意する。

 そうすれば、花は依頼主より僕を選ばずにはいられなくなる。

 つまり、この機会に依頼主である雫先輩から花の主導権を奪い取るのだ。


「言われてないじゃなくて、敢えて言わなかったのかもな」

「えっ!? どういうこと……ですか?」


 顔をパッとあげて瞳を潤わして聞いてくる。

 それに対して僕は視線をあからさまに逸らして、口を開けるフリを数回して躊躇いを見せながら間を取ってから口を開けた。


「な、内容が……そのアレだ。消されるとかあっち系だった――」

「いや……いやいやいや、いやぁぁぁぁぁああっ!」

「ちょ、落ち着け!」


 狂ったように叫ぶ花の肩を力強く掴み、僕の顔を見るように言う。


「一旦、深呼吸しろ」


 ほぼ過呼吸になりながらも頷き、咳込みつつも深呼吸を繰り返す。

 数秒、数十秒、数分。かなり時間はかかったが呼吸が落ち着いた。


「ご、ごめんなさい。取り乱してしまいました」

「大丈夫だ」

「ですが、私は一体どうすれば……」


 呼吸は落ち着いたものの、涙は止まらず目尻から滝のように零れ落ちている。

 それを僕は数秒見つめた後、肩に置いていた手を目元に持って行って涙を拭く。


「もう泣くな」

「でも、でもっ! このままじゃ私――」

「大丈夫。僕にイイ作戦がある」

「ほ、ほんと……ですか?」

「ああ。ただし約束してくれ。絶対に僕が言った作戦を優先すると」

「するっ! 絶対にします!」


 食い気味にそう言うと少し表情に笑みをが戻る。


「分かった。じゃあ作戦を言う」

「はい! 私に出来ることなら何でもします」

「そんなに気張らなくていい。作戦と言っても難しいことはしないし、花には負担もかからないから」

「そうなのですか?」

「そうそう、作戦はシンプル。花がこのまま僕を尾行する。ただそれだけだよ」


 尾行は精神的に疲れるにしても、雫先輩に花との繋がりを知られる方が厄介。

 それにこっちだけが情報を得ているのは状況的に有利と言える。

 だからこそ、この状況を維持したい。


「え、このまま尾行を続けるのですか?」

「そうだ。そうすれば依頼主にこのことがバレないだろ?」

「ですけど嫌じゃないんですか?」

「被害がないと分かった以上、特に気にしない」


 本当に気にしてないのだが花は申し訳そうな表情でこちらを見つめてくる。

 困ったなーと思いながらも、ゆっくりと頭に手を伸ばし優しく撫でる。


「大丈夫だから。それにもう慣れた。花は何の心配もしなくていい」

「……そ、そうですか。ありがとうございます……」


 恥ずかしそうにそう呟く。その表情にはもう不安はない。

 それを確認して頭から手を離す。

 すると……


「も、もう少しで撫ででくれませんか?」


 と言われて、無理とも言えずに「ああ」とだけ返して満足するまで撫でてやった。


「明日は何かあるのか?」

「一応、朝から講義で夕方はいつも通りスタパでバイトです」

「大変だな。もう時間も遅いし、帰ったらどうだ?」

「で、でも、この車は――」

「どうせ凪姉の車だ。それにさっきタクシーを呼んでおいた。これで帰ってくれ」


 と五千円を取り出して差し出す。

 しかし、花は一向に受け取ろうとしない。


「五千じゃ足りないか?」

「そうじゃなくて、むしろ貰い過ぎというか何と言いますか……」

「足りないよりかはマシだろ」

「ですが――」

「こう言う時は素直に受け取るもんだぞ? ここで戻したら僕がダサいし」

「あ、ごめんなさい。ではお言葉に甘えて。ありがとうございます」


 まだ少し納得はしてないようだったが両手で五千円を受け取り帰る支度を始める。

 そうこうしているうちに眩しい光を放つ一台の車が病院の駐車場に入ってきた。


「来たようだな」


 花は確認すると扉を開けて慌てて下りる。

 なぜか靴は履いてなくて靴下のまま。


「何で脱いだままなんだよ」

「そ、その車内だと狭くて履くのが難しくて」

「なるほど。てか、やっぱり花って身長低いよな」


 その言葉を耳にすると手を止めて、こちらを睨んでくる。


「な、何? 僕なんかおかしなこと言った?」

「もー身長低いのコンプレックスなんですっ!」

「……そうだったのか。嫌なこと言って悪かった」


 自然に地雷を踏んで爆発させたらしい。

 でも、やっと花がドロップの服でなく、シークレットシューズに拘る理由が分かった。

 あの靴を履いて凪姉と身長が同じぐらいなのだ。

 恐らく素の身長は150センチ前後だろう。

 ここまで小さいと逆に可愛いんだが本人にとっては嫌で仕方ないに違いない。


「はぁ、反省してるみたいなので今回だけは許します。ですが、今後はその件に関しては触れないでください!」


 言葉を言い終えると同時に勢い良く扉を閉める花。

 すぐに振り向くとタクシーへ歩いて行く。

 その背中はまだ怒っているように見える、否、激おこにしか見えない。


 ――バタンッ!


 また何もないところで派手に転んだ。

 さっきは慌ててトイレに行ったせいかと思ったが原因は間違いなくあの靴。

 助けに行こかとも思ったが何故か更に背中が怒っていた(なんか怒り化身みたいな見えた)ので、見なかったことにしてスマホを触ってやり過ごす。

 少しするとタクシーは動き出してあっという間に闇へと消えていった。

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