第61話

 午後11時52分。

 安全運転で山を下り、ようやく一番近くにあった大きな病院の到着。

 後部座席の横川さんは停止と同時に勢い良く扉を開け、意識が朦朧とする遥斗を抱えて急いで病院へ。


 一方、僕は車の中で待機。

 他の二人を見張るという役割を任された。

 凪姉はまだ意識はないものの起きれば手錠をしていたとしても油断は出来ないし、花は久しぶりの運転で疲れ切っているが運転出来る以上はいつ逃げてもおかしくない。


「無理言って悪かったな」

「いえ、大丈夫です。それよりも大丈夫ですかね、刺された方は」

「大丈夫ではないな。あの出血からして医師の技量と遥斗の回復力次第ってところだろうな」

「そうですか……」


 知らない人とはいえ、心配なのか表情はどこか苦しそう。

 自分の運転が遅かったせいで助からなかったなんてことを考えているに違いない。

 他にもさっきの「責任ぐらいは取ったらどうだ?」という言葉が刺さっている可能性も少なからずあるだろう。

 だとすると申し訳ない。緊急時だったとしてもあれは言い過ぎたと反省してる。


 そもそもこうなった元凶は僕である。

 僕が自分に付けたGPSの位置を把握出来る機械を二人に渡していなければこうはなっていなかったのだから。

 もちろん渡してなければ僕は助かってなかったわけだが。

 やはり罪悪感は感じる。


「はぁ……」


 思わず嘆息してしまう。

 それにつられてか隣に座る花も深いため息を一つ。

 車の空気は非常に重い。


 そのまま五分が経ち、十分が経ち、十五分が経ち……三十分が経過。

 横川さんが帰ってくる気配もなく、スマホとにらめっこしながら乾いた喉に唾を流し込むしかやることはない。

 無駄に喉が渇くのにお茶がないのは辛い。

 命のためだったとはいえ、あそこでばら撒いてしまったのは悔やまれる。

 病院内なら自販機もあるだろうがこの二人から目は離せないし。


「あ、あの……トイレに行きたいのですが」

「トイレ? 我慢出来ないのか?」

「ず、ずっと我慢していて、もう限界というか、はい。漏れそうです」


 額の大量の汗を見るに嘘は言っていないだろう。

 行かしてあげたいところだが問題は凪姉だ。

 後ろを確認する限りでは意識が戻っている様子はない。

 手錠を信用してないわけではないが、あの戦闘技術を目の当たりしたら案外どうにかして外してしまうのではないかと思ってしまう。


「だ……めですか?」


 少し潤んだ瞳で聞いてくる。

 数秒悩んだ結果、僕は条件付きでオッケーした。


 条件は二つ。

 僕と同行すること。車の鍵を閉めること。

 今の状況ではこれが精一杯ってところだった。


「走ってもいいですよね? いいですよね!?」

「ああ。その代わり絶対に漏らすな」

「はい分かりましたっ!」


 早口でそう返事するやいなや股を閉めながら走り出す。

 股を閉めた走り方がキモいことは口にはしない。

 そんな花の背中を横目に、僕はスマホの懐中電灯機能を使い、車の外から凪姉を確認。変わった様子はない。

 最後に鍵のチェックのためドアノブを引き、スマホをポケットに仕舞う。


 ――バタンッ!?


 歩き出すため振り返ると花が転んでいた。

 かなり派手に転んだようだが何もなかったように立ち上がる。

 キョロキョロしてどこか恥ずかしそうなので知らないフリをするように靴紐を結ぶ仕草を見せる。すると、花はまたキモい感じで走り出したのだった。


 花がお花を摘み、病院で転んだ手当てをしてもらっている間、僕は真っ暗な待合室のベンチに座っていた。

 待合室は静かではあったが奥の方から叫び声が聞こえ、慌ただしさを感じる。

 その理由は遥斗が大怪我を負って運ばれてきたからに違いない。

 様子は気になったものの、今行ったところで何も出来ないことは分かっていた。

 だから、内心そわそわしながらも自動販売機でお茶を買って時間を潰す。


「遅くなって申し訳ありません」

「いや、別に問題ない。ほら、これやるよ」

「あ、ありがとうございます」


 僕は開けていない温かいお茶を渡す。

 受け取った花の手には絆創膏が数枚。

 とても痛そうだが見なかったことにして車に戻る。


「間に合って良かったな」

「はい、その分の代償は大きかったですが一安心です」

「そ、そっか」


 代償。それが何のことかすぐに分かったが特に触れない。

 簡単に会話を終わらせ、車まで静寂のままゆったり歩く。

 到着後、すぐに僕はまたスマホの懐中電灯機能で凪姉を確認。

 花はその姿を不思議に思ったのか一度車内に入れた体を出して様子を見に来る。


「何してるんですか?」

「あーいや、気にするな」


 首を傾げていたが車に入るように促し、僕もスマホの懐中電灯機能をOFFにして車に乗り込む。

 話を曖昧にしたせいかどこか気にはしているようだったが、花はそれ以上そのことに突っ込んでくることはなかった。


「ふぅ……」


 温かい車内に戻り、ほっとしたのか自然と息が漏れる。

 続けてスマホを片手にお茶を飲むと隣の花も同じように喉を鳴らした。

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