第59話
――キィーンッ!
「凪が裏切るとは思ってなかった」
「そうですね。アズも悲しいです」
「なっ、何でここにぃ……二人がいるのぉ!?」
目の前には知った背中が二つ。
横川さんと遥斗がそこにはいた。
凪姉の手にはサバイバルナイフはなく、さっきの金属音と遥斗の手にあるナイフを見るに弾かれた時にどこへ飛んでいったのだと思われる。
恐らく凪姉のサバイバルナイフはもうない。
あったなら、さっきわざわざ僕に近付く必要もなかったからな。
つまり、今の凪姉は丸腰。
「これを見て怪しいと思って来た」
「それはぁ……GPS。でもぉ、そんなものを付けられた覚えはないぃ!」
「別に凪姉さんに付けてませんから」
「じゃあ花ちゃんに付けてたってことぉ?」
「えっ!? わ、わわわ、私はあり得ません。ま、ままま、毎日確認をしてますし、バイト後の着替えでもチェックしてきましたっ!」
「なら誰にGPSを……」
何が起こっているのか理解が間に合っていないのか言葉を失う凪姉。
考えるように顎に添えている右手はブルブルと震えており、左手はそれを抑えるように右手をがっちり掴んでいる。
視点も定まらないのか目玉はギョロギョロ。
完全に動揺している、否、パニックになっている。
「凪姉、分かりませんか?」
僕は立ち上がってそう一言かける。
すると、凪姉は目を見開いて信じられないもの見たような表情をこちらに向けた。
「まさかぁ、空ちゃんに付けてたってことぉ!?」
「正解です」
頭を抱える凪姉を片目に、僕は小さく笑みを浮かべる。
完全にしてやったのだ。仕方ないだろう。
これでも抑えている方で心の底から溢れ出す笑いを必死に押し殺している状態だ。
それにしても、念の為に自分自身にGPSを付けておいて良かった。
今後、十南の件に関わるあたって誰かに狙われることは分かっていたからな。
でも、まさかその機会がこんなすぐに来るとは予想してなかったというのが本音。
ちなみに二人が僕のいる位置を分かったのは、予め横川さんに僕のGPS位置情報を確認出来る機械を渡しておいたからだ。
それがあの蝶が描かれた箱。
中を確認すればすぐに全て理解してくれることは確信していた。
二人はTC出身者。
十南の護衛として産まれ育てられたのだから戦闘能力は高いことは分かっていたし、護衛として十南を監視するためGPS関係の知識も豊富に違いないと思った。
そんな護衛のプロなら、僕の身も守ってくれると思ったのだ。
かなり賭けだったと言えばそうだが実際この通り来てくれた。
でも、一つ言えるのは僕の為ではないということ。
二人の行動は全て十南のためだ。
十南が信用してる友達の僕が死ねば、十南が悲しむことは容易に想像できるはずだからな。
旅行の時に助けた時も自分が落ちることを考えずに十南を救っていたから信仰心の強さ本物。屋上で最終確認した時も表情や反応から間違いないと思えた。
「二人ともありがとうな」
「感謝するのこっち」
「ですね。TC内の敵を見つけられたのですから」
僕と二人は結果的にウインウインらしい。
命を助けてもらった方が借りは大きい気がするものの、ここで無駄なものは作りたくないのでとりあえず頷いて流しておく。
「凪。もうこんなことはやめろ」
「そうです。アズたちだって鬼ではありません。無駄な抵抗をしないなら上にこの報告はしません。今後アズたちの監視は入りますが、それで収めるつもりです」
三人はTCという同じ場所で育って来た仲間というか家族。
凪姉に同情する部分も無くはないはずだ。
この二人だって少なからず十南家に対して不満はあるだろうし。
例えば、父親が同じだから結婚が出来ないとか。
そういうこともあってチャンスのある選択肢を与えたに違いない。
「信用できないねぇ。それにわたしには約束があるぅ。二人に何と言われようともぉ、ここで引くわけにはいかないのぉ!」
「何でそこまでするのですか。凪姉さんの護衛は大学まで。将来の夢だって持てるではありませんか!」
「それとこれとは関係ないぃ。四歳のあの日からぁ、わたしの目的はあの男の全てを奪うことぉ。夢なんかその次だよぉ」
初めて聞く会話。
基本的にTCは凪姉の護衛と一生、生きていくと思っていた。
恐らく年齢が上の凪姉だけが例外。
十南を次期テントリー社長にする時に地位も年齢も十南家の血を継ぐ中では頂点にしたいという考えがあるのだろう。
それにTC内のトップであったであろう凪姉ならTCの家族をまとめて反乱を起こすこともありえなくないからな。
「凪姉は約束に囚われた可哀想な人ですね」
「わたしの気持ちも分からないくせに勝手なこと言わないでぇ! これはわたしの意志でしてるのぉ。別に囚われてなんかないからぁ!」
「なら何で約束の話をしてから凪姉はずっと悲しそうな表情してるんですか?」
「黙れぇ!」
凪姉の口から聞いたことのドスの効いた声が響く。
「あぁぁぁぁぁぁぁっ! ウザいウザイウザイっ! みんな揃ってあの男の娘の奴隷になって仲良しごっこってバカだろぉ。キモいんだよぉ!」
「それがアズたちの役目です。生きる道です」
「何とも思わないわけぇ?」
「思います。ですが、人を殺してどうにかなる話ではありません」
「どうにかなるならないなんて関係ないのぉ。復讐なのぉ。分かるぅ?」
「復讐して凪姉さんが何か得をするのですか? いいえ、得しません。恐らく凪姉さんは一人殺してしまったせいで戻れなくなってしまった。ですよね?」
「だからっ! 黙れぇってぇぇぇぇえ!」
横川さんの説得も虚しく、凪姉の怒りの沸点は爆発。
丸腰の凪姉がこちらに向かって怒れる獅子のように走ってくる。
それを止めるべく僕たちの前に立ったのは遥斗。
ナイフを地面に投げ捨てて「下がってろ」と一言。
返事をする暇もなく激しい殴り合いが始まる。
普段の凪姉からは考えられない機敏な動き。
パンチ一発一発に唸るような声を乗せ、凄い迫力で遥斗を後ろに追いやる。
遥斗は避けることで精一杯になっていき徐々に手数が減り始める。
「想像以上に押されてますね」
「だな。遥斗は戦闘が苦手なのか?」
「いえ、TCの中でもトップクラスです。ですが、凪姉さんはそんなみんなの指導的位置にいた存在。筋力などでは勝っているでしょうが技術面では圧倒的に負けています」
身長や体重、筋力、体力。
大人になればなるほど男女でその力の差は大きくなる。
それなのに遥斗を圧倒しているのだ。
技術面の差は果てしなく大きいのが分かる。
「男女の差を感じさせない技術力だな」
「はい、そもそもTCが男女のハンデなど許す場所ではなかったので」
「つまり、男女を同じように扱っていたと?」
「そうです。基本TC内では男女で別けられることはありません。みんな一人の護衛として育てられます」
一人の護衛として育てる。
男女関係なく護衛出来る能力がないと論外という考え方のようだ。
TC内で育った女子は男子よりよっぽど辛かったに違いない。
下手したら死んでもおかしくない環境だからな。
「よく生きてたな」
「人はそんな簡単に死にませんよ」
ブラック企業で生き残ってきた人ような発言に戸惑う。
地獄を経験してきたから謎の説得があるものの、実際は運が良かっただけ。
人なんてあっさり死んでしまう生き物だ。
僕の父親がそうだったようにね。
「しかし、話を聞く限り遥斗に勝ち目なんてなくないか?」
「そうですね。このままでは殴り殺されるのがオチです」
「その割には冷静だな」
「当たり前です。生死の境を反復横跳びしてきたような人生ですから」
平気な顔してそんな言葉がよく出るものだ。
僕の口からは一生出ない言葉ナンバーワンである。
そもそもそんな人生は送りたくはない。
生死の境を跨いで戻ってくる程度の人生で十分だ。
「頼もしいな。それでここからどうする?」
「見とけば分かりますよ」
そう言うなり荷物を僕に投げ渡し、二人が戦う方へ駆けていく。
大きく足を振り被り、ハイキックを二人の頭に向かって放つ。
遥斗はそれをノールックで避け、凪姉の頬を掠めた。
「仕留めたと思ったんですけどね」
「危ないところだったよぉ。はぁはぁ……」
「遅い。ボクの体力も考えてほしい」
「遥斗君の仕事は凪姉さんの体力を消耗させることです。それまで待っていただけで何も遅くありません」
遥斗は一方的にやられていたわけじゃなく、避けて体力を消耗させる作戦だったようだ。
確かに女性同士だと技術面で上回る凪姉に分があるからな。
「はいはい」
「何か文句でもありますか?」
「ない、ないです……」
「ですよね」
なんか今の会話で二人の関係性が分かった気がする。
間違いなく遥斗は尻に敷かれている。
何も言い返せてないし、言葉も煙のように消えていった。
でも、そうもなるか。
TCという過酷な環境で育った女子の気が弱いわけない。
男は気が強い女に逆らえないものだからな。
「二対一だったらぁ、わたしに勝てるとでもぉ?」
「そのつもりです」
「強気だねぇ」
「当たり前です。アズと遥斗君、二人合わされば――」
「「最強」」
「ですから!」
息ピッタリでそう言うと、横川さんと遥斗が攻撃を仕掛ける。
さっきの一方的な戦いが嘘のようで完全に互角、いや、それ以上に押しているように見える。
流れるような攻撃の連続に流石の凪姉も対応するのに精一杯。
疲労もあるのか少なからず攻撃を受けている場面も見受けられる。
それに対して横川さんと遥斗は攻撃の息が更に合い、スピード感が上がっていくのが分かる。早く的確に攻撃チェンジを繰り返し、時にはどちらかを壁にして見えないようにして蹴りを放つなど、二人の関係性だから出来る技は芸術的。
このまま行けば遅かれ早かれ凪姉は攻撃の波に飲み込まれるだろう。
だがしかし、自信満々の凪姉がこのままやられるとは思えない。
何かしら対策を思いつきそうだが表情はかなり険しく、本当に追い込まれているようにも見える。
「遥斗君、絶対に仕留めますよっ!」
「分かってる!」
その掛け声でもう一段階スピードアップ。
凪姉は歯を食いしばって必死に捌く。だが、それも長くは続かない。
パンチや蹴りが凪姉の体を襲い、徐々に態勢が崩れ始め、対応出来なくなっている。
――いける……これならいけるっ!
と思った瞬間だった。
凪姉は大きく一歩下がり、苦しそうな表情を一変して口角を上げる。
同時に袖から……サバイバルナイフを取り出した。
「アズ、危ないっ!」
「……うそ……」
数秒、空気が死んだように沈黙が訪れる。
そして……
「きゃぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!」
横川さんの悲鳴が山中に轟いた。
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