第56話

「おはよぉ」

「おはようございましゅ……」


 瞼を開くと横にニヤニヤした凪姉の顔があった。

 それも物凄く近い距離。数センチ動けば口付けしてしまいそうである。

 でも、寝起きということもあり僕はそんなこと気にせず体を起こしてスマホで時刻を確認。


「もう三時四十分、か」

「二時間ぐらい寝てたねぇ」

「そうみたいですね」


 大きな欠伸を一つ。

 思った以上にしっかり寝れたのか頭はパッとしていて気持ちが良い。


「凪姉はずっとここに?」

「そぉ。ずっと寝顔見てたぁ」

「面白かったですか?」

「可愛かったぁ。写真もいっぱい撮ったぁ!」


 満面の笑みでそう言われたが、僕的には気持ち悪いので冷たい視線を送る。

 少し考えてみてほしい。

 二時間、人の寝顔を見てその写真を撮っていた。

 誰がどう考えても異常な行動だ。

 見られていた側が気持ち悪く感じるのは当然だろう。


「そう言えば十南は来てないんですか?」

「今日は来ないよぉ。彼氏ちゃんと会う予定があるとか言ってたかなぁ」

「へー」


 だから、水心が珍しく拓海と一緒じゃなかったのか。


「もしかして寂しいのぉ? もぉ~わたしがいるのにぃ~」

「寂しくないですよ。ただ一緒に横になっていたところを見られたくなかっただけです」

「えぇ~、それぐらい気にしないでよぉ」

「勝手に添い寝しといてよく言えますね」


 最後に「はぁ」と小さくため息をつき、ゆっくりと立ち上がる。

 雑に髪の毛をボサボサっと整え、椅子に腰を下ろした。


 昼食時に購入したお茶を飲んで目を覚まそうとしてると凪姉が寝床を片し始める。

 寝顔を堪能出来て余程気分が良いのだろう。

 後から片付けるつもりだったんだが、これはもう感謝して何もやることはなさそうだ。


「なんか何から何までありがとうございます」

「いいのいいのぉ! 新婚生活みたいで楽しいしぃ」

「え、は、はぁ……」


 新婚生活の言葉には呆れを通り越して反応するのが精一杯。

 本当によくもその言葉を恥ずかし気もなく言えるもんだと感心する。

 と同時に二人の時で良かったとホッとした。


 誰かに聞かれれば間違いなく勘違いされる。

 今のところ勘違いされることがないからいいものの、いつ聞かれて勘違いされて噂になるか分からない。それが水心の耳などに入ったら最悪だ。

 注意や嫌な顔をしても凪姉は素でそういう言動をするからどうしようもない。

 もう少しこちらの身にもなってほしいものだがそれは難しいだろうな。


 寝床を片付け終えた凪姉が変わらない笑みを浮かべて目の前に座る。

 そして胸を机に預けてこちらをじーっと見つめてくる。


「何ですか?」

「別にぃ~」


 とても居心地が悪い。

 前を向いてるとニコニコした表情と大きな胸の主張が強く目のやり場に困る。

 わざとらしく目を逸らすのもなんか失礼な気がしてスマホという現代技術の結晶に視線を移した。


 特に誰からも連絡はなく、軽くネットニュースを見る。


 ――【ドロップの新作浴衣!?】インスタに投稿された写真がエモいと話題に!


 そんなタイトルの記事を見つけ、自然と手が動いて読んでしまう。

 内容は世界的に有名なファッションデザイナーのドロップがインスタに新作浴衣を投稿したとのこと。それと新作浴衣を見た人たちの反応をまとめたものだった。


 ドロップの正体を知ったあの日にインスタはフォロー済み。

 この新作浴衣の投稿も確認した。

 逆光や編集で顔は見えなくなっていたが、間違いなく写真に写っていたのは僕と十南、凪姉の三人だった。


 最初見た時は恥ずかしさもあったが顔が写ってないこともあってかすぐに慣れ、コメント欄をひたすら見てしまった。

 流石、世界のドロップ。

 全世界からの反響は凄く、コメントの数は数え切れないほど。

 言語も色々で注目度の高さを実感させられた。


 内容に関しては半数以上が新作浴衣のこと。それ以外は写真そのものの美しさやモデル(僕たち三人)についてなど様々。

 ちなみに僕のモデル姿についてもコメントが来ており『カッコイイ』『絶対にイケメン!』『色気プンプンな大人男性』の言葉には正直ニヤけてしまった。


「空ちゃん顔色よくなったねぇ!」

「仮眠効果です」

「でもぉ、どうするのぉ? あの見張られてる件はぁ」

「それなら今日解決させるつもりです」


 本当はその予定はなかったが今後の精神面を考慮して、雫先輩が帰ってくる前にどうにかすることを決断した。


「何か方法あるのぉ?」

「上手くいくかは分かりませんが、一応」

「どんな作戦か聞いていいぃ?」

「構いませんよ」


 別に隠すことでもないので了承。

 お茶で喉を潤して喋り始める。


「実は、僕を監視してる子には監視出来ない時間帯がありまして」


 そう、これは一週間監視されて分かったこと。

 彼女はバイトをしている。

 その時間だけはどうしても監視出来ない。


 バイトのシフトは毎週平日の午後五時から午後十時まで。

 冬休み期間は昼頃も入っていたらしいが冬休みも終わりもう通常シフトに変わったことは先週のうちに確認済み。


「普通そのような時間があったら監視側は心配になりますよね?」

「だねぇ。変な行動を取られそうで冷や冷やしそうだよぉ」

「でも、その子はそうはならないんです」

「どういうことぉ?」


 首を傾げる凪姉の注目を浴びながらリュックからカプセルを取り出す。

 そしてカプセルの中に入っている小さな黒いゴミのようなものを見せた。


「それは何ぃ?」

「GPSです。僕が以前その子に仕掛けられたものですね」

「えぇ!?」

「安心してください。敢えて持ち歩いているんです」

「なぁ、なるほどぉ?」


 無くさないようにすぐにGPSを仕舞い、頭にハテナが浮かぶ凪姉を無視して会話を再開する。


「さっき言ったその子が心配しない理由はこれです。このGPSがあるおかげでその子は監視出来ない時間帯でも安心出来るってわけなんですよ」

「んー理由は分かったけどさぁ、何でそんなに平然としてるのぉ? それってつまり空ちゃんが監視されない時間帯がないってことでしょ?」

「そうなりますね」

「なら何でGPSなんて持ち歩いてるのぉ?」

「その子に目を離しても監視出来ると思わせるためですよ」


 ずっと持ち歩いていたのはその為。

 一週間も問題なければ人は嫌でも安心感を覚える。

 それがいずれ油断に繋がることは間違いない。


「思わせるぅ? 目を離しても監視出来るんじゃないのぉ?」

「よく考えてみてください。GPSで監視すると言ってもこちらが何してるかまでは分からないんですよ」

「あっ、確かにそうだぁ! 監視出来てるようで何も出来てないってことねぇ!」


 やっと理解した凪姉は難しい顔が緩む。


「そういうことです。で、今回は安心材料のGPSをガッツリ利用します」

「ふむぅふむぅ、どんな感じに利用するのぉ?」

「シンプルに監視できない時間帯に今まで行ったことのない場所に行きます。そうすれば、その子は驚き慌てるはずです。結果、どうなると思いますか?」

「ん~、監視できない時間が終わったらすぐにその場に向かうかなぁ?」

「そう。そこがどこであろうとも行ってしまうんです。つまり、相手の土俵ではなく、僕の土俵で戦えるということなんですよ!」


 それを聞き終えた凪姉は「おぉー」と手を叩き感心している。

 その後も「凄いぃ」を連呼され、何だかこそばゆい。

 あんまり褒められることもないからな。


「今の話は内密にお願いしますよ」

「もちろん! この胸に誓って言わないよぉ!」


 別に胸には誓わなくていいんだがな。

 十南の人間である凪姉なら別に心配はいらないだろう。

 別に言ったところでどうにかなることでもないしな。


 しかし、思った以上に今日は都合が良い日だ。

 雫先輩は旅行中。十南と拓海はデート。水心たちは上野翠の件で離れられない。

 邪魔されることのない絶好のチャンスと言える。

 完全に舞台は整った。

 やっと犯人の手掛かりが手に入ると思うと心が高ぶって仕方がない。


「空ちゃん機嫌良さそうだねぇ」

「まぁそういう日もありますよ」


 スマホの画面を見ると四限まで残り数分。


「僕はそろそろ失礼します」

「分かったぁ。頑張ってねぇ~」


 防寒具を付け、リュックを背負う。

 何だか来た時よりもリュックが軽い気がする。

 それだけ気分が良いってことだろう。


「では、また」

「うん、またねぇ~」

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