第55話

 アレから一週間が経った。

 予想通り強まった尾行、否、監視は、現在進行形で継続中。

 大学に行けば遠くから鋭い視線を感じ、休日は家を一歩出れば足音がついてくる。

 まるで、パパラッチから逃げるスーパースターになった気分だ。


 それにしても、こんなに人から見られ続けることがストレスに感じるとは思ってもいなかった。

 迂闊な行動や発言は出来ないし、相手に気付いていることを察しられてもいけない。

 別に直接被害を受けていないというのにとても生活が窮屈に感じる。


「ふぁ……」


 眠気に何とか耐え、講義が終わった。

 何で講義が終わると眠気が去って行くんだろうな。

 そんなどうでもいいことを考えながら教科書とノートをまとめてリュックに入れていく。


「ねぇ、知ってる?」

「なになに?」」

「あそこの席に座る女の子いるでしょ?」

「確か上野……翠だっけ?」

「そそ、あの子が噂の情報屋らしいよ」

「え、情報屋ってあの!?」

「しー! 声大きいって」

「ご、ごめん」


 僕の真後ろの女子二人がそんな会話をしている。

 他の生徒も上野翠に視線を送り部屋の空気は何とも異様。

 それを感じたのか上野翠とその友達である水心と横川さんがその場からスタスタと去って行く。


「私、上野さん優しい人だと思ってたのにな~」

「うちもさ、悩みとか相談してたよ。って、そうやって情報を得てたってこと?」

「人に優しくして話を聞いて弱味を握る的な?」

「うわぁ、悪質……」


 噂とは怖いものだ。

 まだ噂でしかないのに確定されて悪者にされるのだから。

 部屋中に溢れる上野翠の情報屋話を聞いてられず、僕はリュックを背負って部屋を出る。


 時刻は正午を過ぎ。

 お腹が空く頃だが今朝はコンビニで昼食のおにぎりを買うのを忘れた。

 忘れたというよりかは色々と試した結果、遅れそうになって変えなかったんだが。


「生活捨ててんのか」


 そんな言葉を吐き捨て相変わらず遠くから見つめる女性を一瞥して歩き出す。

 しかし、あの花っていう女は監視の鬼だ。

 今朝、普段と時間をずらしたがいつも通りに待ち伏せされていた。

 正直そこまでやるかって思う。

 GPSで場所は把握しているはずなのにな。


 実はGPSは常に持ち歩いている。

 怪しまれる可能性も考えたが同じリュックを持つことによって、相手にフードからリュックに移ったと思わせることにした。

 そこまでして僕がGPSを持ち歩く理由は相手の油断を誘うこと。あわよくば監視をサボってくれないかと思っている。今のところその気配は全くないが。


 まぁ他にもGPSには利用価値は色々とある。

 GPSで位置を監視してる側が絶対的に支配側とは限らない。

 利用次第で監視されてる側が支配側になれる。

 今はそのタイミングを見計らっているところだ。


「空ちゃんっ!」

「うわっ、凪姉。いきなり抱きつかないでくださいよ」

「だってぇ、寒いんだもん」


 背後から抱きつかれ、柔らかい胸が背中に押し込まれる。

 この感覚にもう慣れてしまった自分が怖い。

 興奮の『こ』の字も感じない。

 あの旅行が良い修行になったと言える。


「今、講義終わりですか?」

「そーだよぉ。空ちゃんもぉ?」

「はい。今から昼食でも買いに行こうかと」

「それならわたしも一緒に行っていいかなぁ?」

「別に構いませんが」

「やったぁ!」


 嬉しそうにはしゃぐ凪姉。

 体型と心が全然合ってないんだよな。

 もう少し落ち着いてほしいものだ。


 コンビニで昼食を買い、僕たちは部室へ。

 そのまま二人で昼食タイムとなりダラダラと食事している。


「明日だったかなぁ、雫ちゃんが帰ってくるのってぇ」

「もう帰ってくるんですか?」

「もうって言ってもぉ、あっちに行ってから一週間以上経つよぉ」


 そう言われれば、なかなか経ったな。

 帰って来てほしくなくて、つい『もう帰ってくるんですか?』なんて言ってしまった。

 この一週間、花の監視だけでも気疲れが凄かったのに、あの人と関わる日々が戻ってくると考えたら過労死してしまいそうだ。


「お土産何かなぁ。やっぱりラーメンかなぁ! ラーメンだよねぇ!!」

「ラーメンは福岡じゃないですか?」

「あぁ、そっかぁ……」


 それを聞いて分かりやすく悲しそうな表情に。

 まず福岡に行ってもラーメンはお土産にしないと思うけど。

 福岡の博多ラーメンは食べに行くものであってお土産ではない。


「確か雫先輩って大分に行ってるんですよね?」

「そそぉ。何か有名なものあるぅ?」

「えっと……」


 パッと出ずに黙り込んでしまう。

 大分と言えば温泉。

 温泉は行く場所であり持ってくることは出来ない。

 その他に大分の名物を考えたが思いつかない。


「調べますね」


 サンドイッチをパクパクする凪姉は頷き、僕はおにぎり片手にスマホで『大分と言えば』で検索をかける。

 すると、やはり一番は温泉。二番は意外にも猿が多い山である高崎山。

 ここまでお土産になりそうなものはない。

 あまり期待せずにスクロールし、三番目を確認。


「んっ!」


 口におにぎりが入っていて喋れなかったのでスマホの画面を凪姉に見せる。

 確認した凪姉は初めて動物園に来た小学生のように瞳を輝かせた。

 でも、そういう反応になるのも分かる。

 なぜなら三番目に有名だったのは、みんな大好きな『あの』食べ物だったのだから。


「まさかが有名だったとは思いませんでしたよ」

「うんうん! わたし唐揚げ大好きぃ! お酒にも合うしねぇ~」

「これはお土産に期待出来ますね」

「明日は唐揚げパーティだぁ~」

「気が早いですね。一応、夜は予定空けておきますけど」

「おぉ、珍しくノリがいいねぇ。そんなに唐揚げが好きなのぉ?」

「いえ、ただ久しぶり羽を伸ばそうかと。最近、色々とストレス溜まってるんで」


 雫先輩がいるはずなのでストレス解消になる確証はないが、現実から目を逸らすのに良い機会だろう。

 お酒は飲めないから胃もたれするぐらい唐揚げを食ってやる。


「月ちゃんが言ってたやつぅ? まだ見張られてるのぉ?」

「もちろん、今日も今朝からずっとですよ」

「あちゃ~、それはストレスも溜まるねぇ」

「まぁ……」


 ため息交じりに返事し、残りのおにぎりを口に突っ込む。

 こんなにもおにぎりって味が薄かったかな。

 目を閉じて食べたら何食べてるか分からなくなりそうだ。


「ねぇ、本当に大丈夫ぅ?」


 僕が飲み込んだのを見て、凪姉が心配そうに聞いてくる。

 そんな深刻な表情をしてしまっていただろうか。


「大丈夫ですよ」

「顔色悪いよぉ?」


 確かに最近は寝不足が続いているが元々顔色は良い方じゃないし、あんまり気にならないと思うんだけど。

 もしかしてその普段の悪さより悪いのか。


「少し寝不足で」

「わたしの胸の中で寝るぅ?」

「僕を赤ちゃん扱いしないでくださいよ」

「本気で言ったんだけど」


 こんな真顔で返されるとは思わず、何も返せなくて苦笑する。


「で、胸の中で寝るのぉ?」

「胸の中はやめときます。窒息死しそうなんで」


 というか胸の中で寝るってどうするか分からん。

 こう言う時は『膝枕してあげようか』とか定石だと思うんだが。

 まぁ誘われたところで断るんだけど。


「そっかぁ。じゃあどうするぅ?」

「屋上で寝てきますよ」

「えぇ……風邪引いちゃうよぉ。唐揚げパーティのこと考えてよぉ」


 ここに来て僕の心配じゃなくて唐揚げパーティの人数が減る心配かよ。


「んー、ならこの部屋の地面で寝ます」

「体痛くなるよぉ?」

「そこは我慢ですね」

「もぉー仕方ないなぁ。毛布とか敷いてあげるぅ!」

「あ、ありがとうございます」


 何だか嬉しそうに寝床の準備を始める凪姉。

 鼻歌を歌いながらスキップまでしてなんか怖い。


「これでいいかなぁ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 お茶を一口飲み、ゆっくりとその寝床に横になる。

 次の瞬間、意識は光の速さで飛んでいった。

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