第54話

 食事を終えた僕たちはゆったりしていた。

 僕は座椅子に座り、水心はベッド。

 後ろでやたらとガサガサしているあたり、あの下着を処理しているに違いない。

 もちろん気を利かせて振り向きはしない。


 数分後、やっと落ち着く。

 一瞬後ろ見ると横になってスマホを弄っていた。


「食べてすぐ寝たら牛になるぞ」

「女はみんな牛になりたいから大丈夫」


 どういう意味で言っているのかは分かりたくないので聞き返さないでおく。


「あ、空のフードに黒いゴミ入ってるよ」

「取ってくれ」

「えー」

「頼むって」

「はぁ……」


 寝転んだままフードに手を突っ込む水心。


「ほーい。これ」


 水心はそのゴミを渡してくる。

 黒い布の一部か何かかと思えばプラスチック製の小さな何か。


「そんなじっくりゴミ見て捨てないの?」

「あ、ああ、捨てる捨てる」


 僕はゴミ箱にその黒いものを捨てるフリをしてバレないようにポケットに仕舞う。

 怪しまれてないかスマホの内カメで確認すると、水心はスマホを見ながらニヤついていた。

 それを確認して僕はお茶を一口。


「水心」

「ん~?」

「昨日はごめんな。本当は凄く美味かった。まだまだなんて思ってない」

「顔見て言ってほしいな~」


 ベッドがきしみ、「ほらーこっち向いて」と背中越しから聞こえてくる。

 嫌なんて言えるわけもなく、僕はゆっくり振り返る。

 女王のように足を組んでベッドに座る水心は、とてもムカっとする表情をしているが気にしない。

 機嫌が良さそうでむしろ好都合だ。


「昨日はごめん」

「それじゃなくて? その後!」

「凄く美味かった」

「ふふーん!」


 満足気な表情で「もう一回!」と一言。

 流石に調子に乗りすぎなので、僕は水心の額を中指で叩く。


「いったぁ」

「何度も言わせようとするからだ」


 そもそも僕に褒められてそんなに嬉しいものなのだろうか。

 彼氏である拓海に褒めてもらった方が嬉しい気がするが。


 そう言えば、前に拓海だと服装を何でも似合っていると言われて参考にならないって言っていたな。もしかしたら、料理でも同じ現象が起こっているのかもしれない。

 長年いる僕だから信憑性があり、嬉しさを感じられるとかはありそう。

 何にしろ僕が褒めたところで関係性はいつまで経っても幼馴染のままなんだがな。


「あ、少し聞きたいことがあるんだがいいか?」

「なっ、何!?」

「何でそんなに怯えてるの?」

「別にそんなことないし」


 絶対に下着の件を聞かれると思っている。

 不自然に布団の方をチラチラ見てるし。


「そうか。じゃあ聞くけど、この人を知らないか?」


 僕は一枚の写真を見せる。

 この写真は数時間前にコンビニで印刷したもの。

 写真には一人の女性が写っている。


「盗撮?」

「違う。友達が探していてな」

「なにそれ。探偵ごっこ?」

「んー、まぁそんなところかな」


 もちろん水心に本当のことは言えない。

 尾行されていた相手だと。


「で、見覚えないか?」


 水心は目を細めてじっくり見るなり、何か思い出したように「あ!」と言った。


「似たような人なら見たことあるかも」

「どこで?」

「スタパ」

「スタパか」


 あそこは人が多い。

 似た人がいたと言われても探し出すのは非常に困難だ。


「数回接客してもらってるから覚えてる。よく笑う子なイメージがあってね」

「ちょ、ちょっと待て。この人はスタパの店員なのか?」

「そうだけど」


 まさかこんなすぐに見つけられるとは思ってもいなかった。

 いや、スタパ常連の大学生なら知っていて当たり前だったかもしれない。

 僕と十南はそういうところには行かないから全く出なかったが。


「名前とかは覚えてるか?」

「ふ、ふ、フラワーだったかな?」

「ふざけるのはなしで頼む」

「いやいや、ふざけてないし」

「だって、フラワーなんて名前、海外でも聞かないぞ」

「スタパの名札に書かれる名前は偽名なの」

「え、何で?」

「スタパってさ、可愛い子やカッコイイ子が働いてることが多いんだけど、そのせいで一目惚れとか不純な目的で近付く人が多くてね。結果、そういう子を守るために偽名になったらしいよ」

「へー」


 だから、フラワーって名前で働いているということか。

 その情報だけでも十分有難い。


「ねぇ、もしかしてその子を狙ってるの?」

「それはない」


 むしろ僕が狙われているんですけどね。


「本当かな。じゃあ、その子を狙ってる子がいるとか?」

「違うから。そんな頼みは聞かないから安心しろ」

「それもそっか。空はそういう頼み聞くタイプじゃないしね」


 実際はそんな頼みはされたことないけど。

 される友達がいなかったというか……悲しくなるからやめよ。


「でも、助かったよ。情報ありがとうな」

「力になれたなら良かったよ。しかし、空はこういう小さくて幼い系が」

「おい、だからそう言うのじゃないって!」

「はいはい」


 その後もこれをネタに弄られたが、水心の表情はあまりパッとした笑顔ではなかった。


 午後九時すぎ。

 明日も学校なので、帰る準備を始める。


「もう少しゆっくりしていけばいいのに」

「そうもいかないだろ。彼氏持ちの女と二人っきりはあんまり良くないし」

「何かする気でもあるの~?」


 そんな煽り口調にイラッと来たが息を吐いて冷静になる。


「ないよ。水心の幸せを邪魔する気はないしな」

「そう」

「不満そうだが何かしてほしかったのか?」

「違うし! 反応が面白くないなーって」

「そんな男を煽るなよ。男はいつだって獣になる生き物だぞ」

「ご心配ありがとうございます」


 忠告してやったのにこの態度。

 僕をもう少し男として見てほしい。

 でも、裸を見られるのは凄く恥ずかしがってたんだよな。


「あ、これ」


 僕は持ってきていた紙袋を渡す。


「なにこれ?」

「遅くなったがクリスマスプレゼントのお返しだ」

「え、ホントに!?」

「ああ」

「開けて中見ていい?」

「もちろん」


 水心は子供のような純粋な笑みで中に入っていたものを取り出す。


「浴衣?」

「冬休み旅行に行ってただろ。その時に貰う機会があってな」

「って、これ。伊良湖ビューティーフルホテルの浴衣じゃない!?」

「知ってるのか?」

「知ってるも何も今一番注目されてるホテルよ。この浴衣をプロデュースしたのが世界的ファッションデザイナーのドロップだから超話題! 予約は数年待ちで、みんな目的はこの浴衣を貰えることなんだけどさ! うわぁ、まさかそれがプレゼントなんて信じられない」


 ああ、本当に信じられない。

 このプロデュースしたのがドロップだったとは。

 そしてドロップの正体が……雫先輩だったなんてな。

 こんな形であの人の秘密を知るとは思ってもいなかった。


「本当に嬉しい! ありがとね、空!」

「気に入ってもらえたなら良かったよ」

「うん! 大切にするね!」


 サンタからプレゼントを貰った子供のように浴衣を大事に抱きしめる水心。

 その光景は何だか懐かしい。

 こんなに喜んでもらえたなら、あの旅行に行った甲斐があったもんだ。

 雫先輩には色々と感謝しないとな。


「じゃあ僕は帰る」

「うん、おやすみ!」

「おやすみ」


 僕は帰宅後すぐにスマホに水心から聞いた情報をメモする。

 写真に写る女の職場と職場内の名前。

 ドロップの正体が雫先輩であること。


「ふぅ……」


 入力完了するとスマホを机に置いてベッドにダイブ。

 天井をじーっと見つめて笑みを浮かべる。


「フラワーね」


 僕は写真に写る人物を知っている。

 写真に写る女は昼間に接触してきた花だった。

 そう、花。英語でフラワー。

 恐らく水心の情報は正しい。


 居場所を掴むのは難しいと思っていたが怖いぐらいスムーズに進んだ。

 でも、尾行は今日が初めてではないと思う。

 そう思えば、見つけるのにかなりの時間を要したと言える。

 旅行で十南にあんな頼みをされてなかったら、一生気付かずに生活していたに違いない。


「それでどうしたものか」


 ポケットに仕舞っていた小さなゴミみたいなものを親指と人差し指で掴む。


「このGPSをどう扱おうか」


 水心に言われて気付いたがこれは間違いなく花の仕業。

 躓いて抱きついてきた時に入れたに違いない。


 これに関しては完全にやられた。

 GPSをフードに入れるあたり目的は家の特定。

 洗濯によって証拠隠滅する予定といったところか。


 明日からは家を出た瞬間から尾行されていると考えた方がいい。

 居心地が悪い日が続きそうだな。

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