第53話

 長い長い冬休み明け一日目が終わったと言いたいところだが、僕にはまだやることがある。

 昨晩の件が解決していない。

 つまり、これから解決するために動くのだが。


「ふぅ……」


 なかなか隣の水心の家に行く勇気が出ない。

 手には昨日の残りのおせち料理と紙袋を持って五分が経つ。

 時刻も午後7時すぎ。


「はぁ……」


 こんな感じのため息が止まらない。

 昨日の今日で顔を合わすのも気まずい。

 でも、早めにどうにか関係を改善したいのも確かだ。


 と、そんな時だった。

 ドンという大きな音が水心の家から聞こえてきた。


 すぐさま自分の部屋を出て、水心の家のチャイムを鳴らす。

 しかし、数秒経っても反応はなし。

 仕方なく荷物を地面に置き、ドアノブに手をかけると鍵がかかっていなかった。


「入るぞ……ってどうした?」

「はぁ、はぁはぁはぁ、運動してて」

「こんな時間に?」

「そ、そう。アタシはお風呂に入るから、中で適当に待ってて。飲み物は冷蔵庫にあるから」


 早口でそう言うと逃げるように脱衣所へ入っていく。

 それを見届け、僕もまた風邪を引かないように家にお邪魔する。

 中は暖房が効いていて暖かい。

 家具も綺麗に整えられており、高校時代の水心の部屋とはまるで違う。

 高校時代の水心の部屋なんてバスケ女子だったこともあり汗臭く、片付けが苦手で服が地面に散らばっていることが普通だった。


「数ヶ月で変わるものだな」


 料理といい、部屋の整理といい、思わず感心してします。

 それにしても、あそこまで息を荒げる運動を家の中で出来るものなのか。

 部屋を見渡す限り筋トレ道具などは見当たらない。

 疑問に思いながらも冷蔵庫からお茶を取り出してコップに注ぐ。

 ついでに水心の分も注いでおく。


 昨晩言ってた通りコタツはない。

 とりあえず座椅子に腰を下ろす。

 テレビを付けるもまだ正月特番ばかり。

 興味がないのでもう少し水心の部屋を見渡す。


「居心地悪いな」


 あまりにも慣れなくて落ち着かない。

 一度、お茶を飲んで深呼吸するも自然と座椅子から立ってしまった。

 初めて女子の部屋に来た気分。

 いや、何度も水心の部屋(昔の)には入ったことはあるし、十南の家にもお邪魔したのだが、こんなにもこんなにも……女子してなかった。


 部屋の中をグルグルと回ると、ふと座椅子の後ろにあるベッドの布団が乱れているのに気付く。

 他の部分が綺麗過ぎたせいで気になってしまい、綺麗に畳もうとすると布団の下から真っ赤な見慣れないものが出て来た。


「……」


 一度見て目を逸らして、もう一度ゆっくりと見直す。

 うん、下着だ。それも上下共にある。

 おいおい、こんな派手なの着けるようになったのかよ。

 嬉しいような、悲しいような、複雑な気持ちだ。


 そんなことを思っている場合ではない。

 今は目の前にある派手な下着をどうにかしなければならない。

 この状況を見られたら変態扱いされかねないからな。


 恐る恐る手を伸ばし、ブラジャーの方を指先で摘まむように持つ。

 そのままゆっくりと運んで綺麗になった布団の中へ戻す。

 一度、深呼吸して次はパンツを摘まむ。


「裏向け」


 なんか水心らしさにホッとしながらも裏向けになっていたのを直していく。

 そのせいで自然とガッツリパンツは見てしまったのだが、なぜか股の部分だけが濃い赤色になっていた。

 何かの模様かと思い、気にせずに触ると冷たさを感じる。


「えっ……濡れてる……」


 そう、パンツの股の部分だけが濡れている。

 それもかなりしっかり濡れている。

 普通こんなことはありえない。

 汗ならパンツ全体が濡れているだろうし、お漏らしならベッドシーツも濡れているはずだ。

 つまり、どういうことか。

 男子の僕でも、すぐに理解出来た。


「女だってするし、水心だって女だもんな」


 さっき息が荒れていたのも、すぐにお風呂に向かったのも、このパンツが濡れているのも、全てがをしていたなら納得出来る。

 恐らくパンツは僕がいきなり来て焦って処理し忘れたに違いない。

 なんか申し訳ないタイミングで来てしまったな。


 いつまでもパンツを持っているわけにもいかないのでブラジャー同様に布団の中に戻す。

 そしてキッチンで手を洗い、何事もなかったように座椅子に腰を下ろした。

 だからといって、さっきの出来事を忘れる事など出来ず、静かに目を閉じて水心が一人でアレをヤっている妄想をするのであった。


 数分後、お風呂場から音がしたので頬を叩いて大きく息を吐く。

 下半身が徐々に元の姿へと戻っていくのが分かる。

 本当に賢い下半身で良かった。


「そ、空……」

「ちょ、な、ななな、何で服着てないんだよ」

「ば、ばかっ! バスタオル付けてるでしょうが!」

「でも、下は付けてないよな?」

「聞くな! てか、あっち向いて!」


 やっとお風呂から上がってきたと思えば白いバスタオル一枚。

 下は少ししゃがめがメデューサが顔を出しそうで上はもう谷間と上乳がこんばんはしている。しかし、改めて見ると本当に成長しすぎだ。

 やっぱり高校時代に目が留まらなかったのが不思議すぎる。

 バスケ部ってかなりダボッとする服装が多いから着瘦せしてたのだろうか。


「拓海がいるのに、こんな姿を晒していいのか?」

「別にどこも見せてないでしょ!」

「水心がそう思うならいいが。まずは服はどうした?」

「忘れたからこうやって取りに来てるの。少しは察してよ」


 そんなこと言われても、さっきアレをしていたことをこっちは知っているんだぞ。

 ムラムラして誘ってるのかと普通思うだろ。

 もちろんそんなことは口にはしないがな。


「はいはい」


 水心は着替えを持ったのか、またお風呂場に戻っていった。


「はぁ……」


 別に裸を見るのは初めてじゃない。

 つい先日、旅行の時に凪姉のダイナマイトボディーを見ている。

 それもしっかりとこの目で。

 だというのに、なぜ水心のバスタオル姿で興奮してしまっているのだろうか。


 どう考えても凪姉の体の方がエロい。

 正確には一般的にはエロい。

 だけど、僕には水心のバスタオル姿の方がよっぽどエロかった。


 幼馴染で昔はお風呂も一緒に入っていたのに。

 あの時は普通に何も感じなかったのに。

 大人に近付くとどうしても人は体も求めてしまうのだろう。

 なんか嫌だな。

 水心のことを体で見てるみたいで。


「お待たせ」

「あ、うん」


 戻って来た水心はロングTシャツにほぼ見えない短パン。

 部屋着のセンスは高校時代と変わっていない。

 こんなに部屋が女子しているからモコモコのパジャマとか着始めたかと思っていたから安心する。


「さっきはごめん。あんな姿見せちゃって」

「いや、僕こそ気が利かなくてごめん。それに急に来たのも嫌だったよな?」

「そ、それは大丈夫」


 少し目を泳がせ、僕が入れておいたお茶を一気に飲み干す。


「それで急にどうしたの?」

「なんか水心の家から凄い音したから心配で」

「あ、あ……」


 事情を説明しにくそうに部屋中を眺める。

 全て知っているこっちからすると気まずいが、今はとぼけた顔をしてやり過ごすしかない。


「えーっとね、筋トレしてベッドから落ちた……的な?」


 最後に苦笑を見せる水心。

 流石に無理があるだろうと思うも、僕は「そっかそっか」と笑って納得する。

 すると、ホッとしたように肩が落ちた。


「怪我はないのか?」

「うん。お風呂場で確認したけどなかった」


 反応的にベッドから落ちたのは本当らしい。

 どんだけ激しくしていたんだ。

 あーダメだダメだ。妄想するのは今じゃない。


「それなら良かったよ」

「うん。あ、ご飯もう食べた?」

「いや、食べてなくて一緒に食べようかと昨日置いて行ったおせち料理を持って来たんだけど」

「ホントに!? 助かる。ご飯炊いたけど料理する気が起きなくて」

「時間も時間だし、食べようか。おせち準備するな」


 僕は座っているのは落ち着かず、おせちを取りに冷蔵庫へ。

 それに続くように水心は茶碗に白米を入れる。


「昨日は手伝わなかったのに」

「別にいいだろ。今日はそういう気分なんだよ」

「なにそれ~」


 水心はおかしそうに笑う。

 何が面白いのか分からないが、なんか恥ずかしかった。

 いつもと変わらない会話のはずなのに……な。

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