第47話
「それにしても、十南が男になりたいなんて、今でも信じられないな」
「男性になりたくなく、女性の心があったのならば、このようにあなたと裸で喋っていないですよ」
「説得力あるな」
大学生の女性が同い年の男子と裸でお風呂。
普通に考えて、カップルでしかあり得ない。
中には露出狂の変態とか裏垢女子という別枠がこの世には存在するが、十南はそういうタイプではないだろう。
実際、見せつけるようなことはしていないからな。
「でも、僕と二人でお風呂って怖くなかったのか?」
「怖い……ですか?」
「ああ、僕も成人近い男だ。力の差もあるし、襲われたらとか思わなかったのか?」
「一ミリたりとも思いませんでした」
「流石に信用しすぎだろ」
口ではそう言ったが、心では分かっていた。
シンプルに僕を男として見ていないだけだと。
別に男として見てほしいってわけじゃないけど、男として悲しくはあるというか何と言うか。
表現するには少し難しい気持ちだ。
「襲われないと確信出来る出来事がありましたから」
「出来事?」
今までの態度や行動か。
言われてみれば、十南とは何もなかったからな。
凪姉とは色々あったけど、この感じだと見られてないだろうし。
だけど、信用を得るための時間がいくら何でも短すぎる気がする。
実際、出会って一ヶ月も経っていない。
「あなた、私を女性として見てないでしょ?」
「は?」
「分かっています。昨日の朝、木下先輩の裸には股間が反応していましたが、私の裸には反応せず、むしろ安心した表情をしていたではありませんか」
「そ、それは……」
「実際、今日も大きくなっていないのは分かっています。あなたは下半身を気にする仕草一つしていませんでしたからね」
「アレは真剣な話をしていたからで、今は少しそう言う目で見ている」
「気を使わなくてもいいのですよ」
表情変わらぬまま静かに湯船から立ち上がり、軽く腕を組みながらこちらを見降ろす。
「どうですか?」
「な、何してんだよ。隠せって」
「私は男性になりたいので裸を見られても何も思いません。特に減るようなものもないですし」
小さくふっくらと膨らんだ胸。
引き締まったウエスト。
薄いが整えられた下の毛。
傷一つない綺麗な脚。
体付きは女児と言わざるを得ない。
「見ての通り体型は男性と間違えられてもおかしくないぐらい女性としては貧相なものですが、私にとっては好都合な体です。だから、私は結構自分の体を気に入っているのですよ。ここにあなたのソレが生えなかったことが悔しい限りです」
そう下半身の前で両手で筒を作って、物欲しげな表情をしている。
「まだ女なんだから自重しろ。それに女性としても十分魅力的な体だと思うぞ」
「その言葉、私にとっては嬉しくも何ともないですね」
「それもそうか」
「でも、良かったです。あなたが私の体に興奮しなくて」
「一言もそんなことは言ってな――」
言葉の途中で腕を引っ張られ、無理矢理立たされる。
「やっぱり……立ってないじゃないですか」
「見んなっ!」
「私の裸を見ておいて、今更恥ずかしがらなくてもいいではないですか」
「十南は自分から見せただろうがっ!」
僕は少し慌てるようにして、股間を両手で隠して視線を逸らす。
お互い裸で立って見つめ合うこと数秒、ゆっくり十南が僕の胸に触れて来た。
「男の人の体はゴツゴツしてますね。腕も首もお腹も……凄いです」
「やめろ……」
「私を男にする契約をしたではありませんか」
「それと僕の体を触るのに何の関係がある!?」
「実物の男性の体を見て触って学んでいるのです」
「学んでも女の体なんだからどうしようもないだろうが」
「いえ、私は必ず将来あなた以上に男性らしい体になってみせますよ」
そう囁きながらも、撫でるように体中を触る十南。
僕は初めての経験で、完全に体が委縮して動けなくなっていた。
それをいいことに十南の行動はエスカレート。
自分の体を寄せて来たり、すりすりと重ねて来たり、真面目な表情のままやりたい放題。
最後に唯一、両手に守られた男の象徴に手をかけようと両手に触れる。
「お、おお、おい」
「ここまで触らせておいて、そこはダメなのですか?」
「限度を考えてくれ」
「将来的には同性になるのですから、同性同士の戯れだと考えれば――」
「悪いがそれは無理だ。本当にやめてくれ!」
流石の僕も我慢の限界を越え、股間に向かって伸びた手を払う。
すぐにタオルで隠して、固まった体を動かして十南から距離を取った。
「まだ十南は女で、僕は男だ。それに友達だとしても入ってきてほしくないプライベートゾーンは存在する。契約したからと言って距離感は勘違いするな」
それだけ言い残して、僕は湯船から上がってお風呂場を出る。
続くように十南もお風呂場を出て、僕の隣で体についた雫をバスタオルで拭き始めた。
「先程は取り乱してしまいごめんなさい」
「気にするな。さっきの行動で男性になりたい気持ちが本当なんだと理解したし」
「それは嬉しいです」
「だが、この場を出たら以前と変わらないように接するんだから、あまり僕を意識しすぎないでくれよ」
そう、この契約はバレてはいけない。
どこに犯人が潜んでいるか分からないのだから当然だ。
情報を得るために仲間を増やしたい気持ちはあるが、無暗に情報を拡散するのも危険が伴う。
相手は平気で殺人を犯そうとする。詮索していることがバレれば、相手の殺害リストに載ることになるだろう。
「あなたの方こそ意識しないでくださいね」
「僕の方は大丈夫だ。今はそれどころじゃない」
「ならいいですが」
今、僕の頭を駆け巡っているのは犯人のことだけ。
いや、嘘です。少しさっき体を舐めるように触られた感覚が残っている。
初めての経験で色々と身体的にも精神的にもインパクトが強かった。
それも時間が経てば自然に忘れることだろう。
もっと刺激的な経験をこれからする予定だからな。
「そう言えば、何でそこまで男になりたいんだ?」
「気になります?」
「話したくないならいいが」
「いえ、別にそんなことはないです。ただ人に話すことがないので緊張するだけで」
横目でその姿を見たが、緊張した様子なんか一ミリも感じない。
相変わらずの表情で慣れた手付きで下着を着けている。
男性になりたいわりには、色気漂う少し攻めた下着だがツッコミはしない。
着替えを見てるなんて知られたくないからな。
無言のまま視界を戻し、僕は着替え再開する。
それから数秒後、片方の耳にいつもより力ない十南の声が聞こえてきた。
「わ、私は女性に囲まれて育ちました。関わってきた男性と言えば、父とそのお爺様、他はパーティなどに来ている男性ぐらいです。と言っても、挨拶をした程度で会話したことはほとんどありません」
「学校は?」
「小学校から高校までエスカレーター式の女子校です。教師も全員女性という完全に男性がいない世界でした。だからなのか、私が恋愛感情を抱くのはいつも女性で、でも同性である私が告白するのはおかしいと思いまして。父のこともあって、ずっとその気持ちに蓋をしてきました。でも、私が男性なら何も気にせずに好きな人に思いを伝えられたのにと思い、男性になりたいと思ったわけです」
「その様子だと昔からずっと考えてたことみたいだな」
「はい、好きな人が変われど小学生の時からずっとずっと願っている強い思いです」
「そっか」
これほどまで強い気持ちを、僕に託したと思うと少しプレッシャーを感じる。
でも、やっぱり分からない。
会って間もない僕にこんなことを頼むとか普通に考えておかしい。
それも何の取柄もないただの男子大学生に。
もっと他に頭が回る人はたくさんいるっていうのにな。
「はい。なので、あなたには期待していますよ」
浴衣を着終わると同時に、こちらを向いて小さく笑みを浮かべる十南。
あんまり表情を変えない彼女が、こんな表情をするということは心の底から期待している証拠だろう。
僕的にはあまり期待しないほしいんだがな。
「そこは期待しないで待っていると言ってくれる方が有難かったんだけど」
「こちらとしても手を抜かれたら困るので」
「そか」
「では、私はお先に失礼します」
「ああ。いや、ちょっと待て」
「何です?」
「凪姉にはこの状況――」
「木下先輩もテントリーチルドレンの一人です。問題ありませんよ。では、また」
小さく息を吐いて潮風の湯を後にした。
一人残された僕は淡々とドライヤーをする。
鏡に映る自分の顔は少しだけ老いた気がするが、湯船に浸かりすぎたせいだと思いたい。
「凪姉って年上だよな……」
十南が最後に吐いた言葉が少し引っかかっていた。
テントリーチルドレンなのに十南より年上。
不自然だなと考えながらも、多くの女性と平気で体の関係を持った十南の父親だと考えれば、メイドの一人二人と奥さんが生きている時に、一晩過ごしていてもおかしくはない気もしなくもない。
もしくは別の形で凪姉はテントリーチルドレンに入ることになったか。
まぁ何にしろ僕が詮索する必要がないことなのは確かだ。
それにこれ以上、富裕層の闇に触れたくはない。
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