第45話
「言っている意味が分からないな」
「そのままですよ。あなたの好きな人も伊東さんと恋人関係ではありませんか」
「本当に全て知ってるんだな」
「はい、私は嘘をつきませんから」
試すような真似をしたが、もう認めざるを得ない。
十南は全てを知っている。
拓海のことも、水心のことも、そして僕のことも。
「十南が情報を持っていることは理解した。でも、なぜ拓海を野放しにしていることを僕に言ってきた?」
「時間がないからです」
「時間?」
「はい、昨日見ましたよね? 私が殺されそうになったところを」
「こ、殺されそうに? あの展望台の事故のことじゃないよな?」
「その展望台の事故です。あれ事故じゃなくて事件ですよ」
「……」
それを聞いた瞬間、僕は背筋を凍らせて言葉を失った。
同時に体中に寒気が走る。
「私はこうやって生きてます。だから、そんな顔をしないでください」
「……冷静すぎだろ。死ぬかもしれなかったんだぞ?」
「それはないです」
「何で断言出来る? あの時、あの二人がいなかったら――」
「いないなんてことなかったですからね」
食い気味にそう言うと一息入れ、話を続ける十南。
「あの二人は、私の護衛です。父が私のために産ませた子供たちですから」
護衛……十南のために産ませた?
何を言っているのか分からない。
「その表情は分からない、と言った感じでしょうか」
横目で一瞥した十南はそう言う。
図星を突かれ、思わず顔を引きつりながら頬を指でかいていると、「少し私のことについて語りますね」と言うなり、体を伸ばして話し出す。
「私の母は、私を産んだと同時にこの世を去りました。元々、母は体が弱かったらしいのですが、父にとっては予想外の出来事であり大問題だったようです」
話が重い。
いきなり母の死は、なんというか反応に困る。
軽く十南の顔を見ても、いつも通り平然としているし。
別に僕からの言葉を待っている様子もない。
そんな僕の考えなんてお構いなしに十南は続ける。
「何が父にとって大問題だったかというと、私が女であったこと、それと母がいなくなり会社の後継者である息子を手に入れることが出来なかったことです。父は女である私が会社を継ぐなんて無理と決めつけていたんですよ」
今では女が上に立てないという考えは、古臭い時代遅れの考えだ。
しかし、僕たちが生まれた約20年前は当たり前の考えだったのかもしれない。
というか今でも、そのような考えを持つ人は少なからずいる。
恐らく十南の父親はその一人なのだろう。
「でも、もうこの世には母はいない。そこで父が考えたのが、私を会社の後継者にするための計画――テントリーチルドレン計画です」
「テントリーチルドレン計画?」
「はい。私一人では会社の後継者として力不足でも、私を支える存在が複数人いれば後継が可能と考えたのです。そこで父は雇っていたメイドたちと夜の営みを繰り返し、多くの子供を授かり、自宅の横にある大きな家で育てました」
「闇だな……」
「確かに意図的に多くの女性と関係を持ち、子供を産ますというのは珍しいです。隠し子が二人、三人いる大手企業の社長や政治家など、富裕層と呼ばれる存在はよくいますけどね」
「僕はそんな闇を知りたくないんだが。なんか殺されそうじゃないか?」
「あ、ごめんなさい。他言しなければ死ぬことはないので安心してください」
その言い方だと他言したら死ぬことになるんだけど。
全然、安心できないんですけど。
「安心は出来ないけど、他言する気はないよ」
「はい、お願いしますね」
「それでそこで育てられたのがテントリーチルドレンなのか?」
「そういうことになります。その中にあの二人、縦山さんと横川さんもいたというわけです」
「なるほど。だから、護衛か」
大学も同じことを考えると、大学生活を送る十南をずっと見張っている感じか。
深い関りを持つ位置にいないのは、あくまでも深い関係と知られないようにするため教育されているのだろう。
苗字は母方のようだが、実際は血が繋がっているわけだしな。
ということは、遥斗と横川さんも血の繋がりがあるのか。
だから、結婚が出来ない禁断の関係と言っていたのか。
全てが線で繋がった。
「こんなこと僕に話して良かったのか?」
「あなたの口はコンニャクじゃないでしょ?」
「凄い信用だな」
「信用も何も、他言すれば消されるのだから関係ないですもの」
言うも言わないも勝手だが、命は保証は出来ないと。
何とも無責任なことだ。
「そうだったな。で、何でそんなことを教えた?」
「ただの余談です。理由などありませんよ」
「物騒な余談だな。というかそろそろ話を戻してくれ」
これ以上、闇を抱えたくない。
一般人には荷が重すぎて肩が凝りそうだ。
「そうですね。時間がないという話でしたね」
「ああ、拓海を野放しにした結果、十南が殺されそうになったとか言ってたな。全く理解出来ないんだが。まず犯人は誰なんだ?」
「正直、誰がしたかは分かりません。でも、伊東さんに関係する人物だということは間違いないでしょう」
「だろうな」
「分かっていることと言えば、ここのホテルに来ていたということぐらいです」
犯行現場がこのホテルの展望台だから、僕たちの近くにいたことは間違いない。
もしかしたら、どこかで顔を合わしている可能性はある。でも、こっちが犯人の顔を知っているかすら分からない。
犯人が一方的に僕たちを知っているとなると対応は更に困難を極める。
このホテルにいることは確実なので、ホテル側に協力してもらうことを一瞬考えたが、大掛かりな上に犯人を知らないのだからどうすることもできないだろう。
手掛かりが少なすぎる。
「しかし、何のために犯人はそんなことをするんだろうな」
「犯行理由と考えられることは二つです。一つは伊東さんの指示。もう一つは伊東さんに付く虫の排除と考えられます。ですが、後者の方が現実的でしょう」
「拓海を溺愛か信仰する何者かが、拓海を独占するために彼女である二人を排除しようと考えているってことか」
「その通りです。彼女という一番距離の近い存在は邪魔ですからね」
「だから、時間がない。水心の命が危ないってわけだな」
全てを理解した今でも信じられない。
実感が湧かないし、話が大きすぎる。
そのせいか好きな人である水心の命が狙われてるというのに、僕は怖いぐらい冷静だった。
「わざわざ教えてくれたのは、言わないまま死なれたら良心が痛むからか?」
「いえ、違います。それならあなたを使わずに手を尽くしていますから」
「確かにその方が効率的だな。じゃあ、何が目的だ?」
「私を……男にしてください」
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