第43話
「あっ……」
「どうも」
露天風呂で鉢合わせのは縦山遥斗。
お互い顔御見合わせ、挨拶を交わす。
それから僕は先に入っていた縦山から少し離れた場所に腰を下ろした。
今、露天風呂にいるのは僕と縦山の二人。
軽く雪がチラついていることもあり、わざわざ外に出る人は少ない。
時刻も午後9時半をすぎ、早く部屋でゆっくりしたい人も多いのだろう。
それにしても、顔見知りが一人いるだけで温泉はリラックス出来ないものだな。
何とも気まずい。
相手は目を閉じているが、内心は同じように思っているはずだ。
数秒沈黙を続けたが、限界を迎えて縦山に近付いて口を開く。
「お昼はありがとうございました」
「いえ、気にしないでください。後、同い年ですし敬語じゃなくていいですよ」
「じゃあ、普段通り喋るよ。縦山君もいつも通りで」
「うん、そうする」
敬語を無くして堅苦しさはない。
ただ他に何を話していいか迷う。
このまま話を続けるべきなのかも迷いどころだ。
「空は何でこのホテルに?」
いきなり名前呼び!?
いつも通りでいいと言ったが、思った以上に距離感近くて驚いた。
でも、距離感が把握出来て良かったとも言える。
「あ、え、僕はサークル活動だよ」
「サークルって、ヤリサー?」
「ぶっ、ゲホゲホっ……んなわけあるか」
「違った。あ、男子一人に女子三人は大変か」
「そういう問題じゃない」
思わず縦山――遥斗と呼んだ方がいいか。
遥斗の顔を見たが、すました顔していた。
「僕が入ってるのは温泉サークル。至って健全だよ……たぶん」
自分で言っておきながら、最後の最後で自信を失った。
今朝の撮影の件、添い寝した件があるからな。
クソ、はっきりと健全と言い切れる人生でありたかった。
「大学に温泉サークルなんてあったなんて初耳」
「僕も入るまでは知らなかったよ」
「それで誰がタイプ?」
「え、えええ、は?」
こいつ今日会った僕に何を聞いているんだ。
展開が早い。
まず男同士で恋バナはどうかと思う。
初対面の男と恋バナして何が楽しいっていうんだよ。
しかし、遥斗は黙っている僕を横目で見つめると「誰?」と再度聞き直してきた。
そんな興味あることじゃないだろ!と内心ツッコミつつ、小さくため息をついてその質問に答える。
「誰もタイプじゃないね」
「じゃあ、どれとヤりたい? もしくはヤった?」
「おい、ヤってないし、ヤる予定もない」
「乳がデカい先輩たちに興味ないなんてチン……コはあるか」
「見るな!」
細めていた目を大きく開け、僕の股の間に視線を向けて「おー」と呟く遥斗。
自信がないわけじゃないが、やはり男同士とはいえ見られるのは恥ずかしい。
それに遥斗の方が……
「で、デカいんだな」
「ああ、彼女も頭を抱えてた」
「だろうな。入る気しないし」
「ボクも最初はそう思ってたが、案外サクッと入った」
本当にどうでもいい情報である。
でも、あんな真面目な子でもするもんなんだな。
あー、クソ。無駄な想像してしまったじゃないか。
本人の前で考えることじゃないだろ、僕はバカが。
「というか、あの眼鏡の子は彼女だったのか」
「うん。アズとは幼馴染で大学入学を機に付き合うことにした」
ただの友達じゃなかったのかよ。
「へー、いいじゃん。長年の恋が実なんてロマンティックていうか」
「そう?」
「うん。もしかして他の女と出来なくなって残念とか思ってるの――」
「それはない」
食い気味にそう言われ、鋭い視線を向けられる。
冗談でも言ってはいけないことだったらしい。
「ボクにはアズしかいない。抱くのはアズしか考えられない」
「愛してるんだな」
「愛している……」
ゆっくりと遥斗は立ち上がり、雪が降る夜空を見上げる。
「ボクはアズを心から愛しているっ!」
「バカッ、何叫んでんだ!?」
いきなり愛を叫び出したから口を塞いで腰を下ろさせる。
見ているこっちまで恥ずかしくなったじゃないか。
変わり者にもほどがあるだろ。
「なぜ止める?」
「場所と時間帯を考えろ」
「悪い。つい愛を叫びたくなった」
「おい、恥ずかしいから平気でそういうことを言うのはやめてくれ」
「はぁ? 空が恥ずかしがる意味が分からない」
「分からなくてもいいからクサいセリフは言うな」
何も理解してないようで首を傾げている。
首を傾げたいのはこっちだと言うのに。
愛の表現は自由ではあるが、周りに被害は出さないでほしい。
「そう言えば、何で大学に入ってから付き合ったんだ?」
「ボクとアズは結婚ができない。だから、付き合うことを躊躇っていた」
「結婚できないってどういうこと?」
「それは言えない」
「言えないなら別にいいけども」
禁断の恋というものだろうか。
どういう系か気になるところだが、深掘りするつもりはない。
本人も望んでいないからな。
後、何かに巻き込まれたら面倒である。
「てか、結婚出来ないのに何で付き合ったんだよ」
「ボクたちは自分の心に嘘をつく限界が来た。数十年間、関係性を変えずにいたが、大学入学で同棲を始めた結果、愛の表現に歯止めが効かなくなった」
「つまり、以前の関係ではいられなくなったと」
「その通り。報われない恋と分かっていても、ボクたちはお互いの愛が示す道を歩むことにした」
「なんか凄いな」
「凄くない。間違えた道なのだから」
「いや、凄いって。間違えた道を歩むには並大抵の勇気では無理だ。二人の愛の強さは本物だよ」
本気で僕はそう思った。
愛への覚悟が僕とは段違いである。
水心にそれだけの愛を示せていたかと言えばノーだ。
だから、告白する勇気すら湧いてこなかった。
結果このざま。
遥斗の話を聞いた後だと自分の過去に笑ってしまうな。
「そう言ってくれると嬉しい。ありがとう」
「こちらこそありがとうな」
「何で空が感謝してる?」
「ああ、気にしないでくれ」
本物の愛とは何か、に気付かされたなんて言えない。
言えば何当たり前のこと言ってる?と言われるはずだから。
その言葉は分かっていても聞きたくはない。
自分の愛の弱さを突きつけられる気がして嫌だった。
「これから横川さんとはどうして行くつもりなんだ?」
「今はまだ未来のことは不明。これまで出来なかったことを二人で沢山して目の前の日々を楽しむ。それが今のボクたちに出来ることだと思ってる」
「なるほど。いいと思うよ」
今後二人がどうなってくかは楽しみ。
自分のことではないが、幼馴染との恋という共通部分があるから自然と応援はしたくなる。
遥斗は少し変わっているが、これからも仲良くしたいと思った。
「で、空はあの三人の中で誰を狙ってる?」
「だから、誰も狙ってねぇーよ!」
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