第41話
「十南があんな目にあったのに、怪我なかったからって何もなかったことにして良かったんですか?」
「なら、ソラちんはどうしたかったの?」
「そ、それは……」
「ソラちんも聞いてた通りホテル側は、点検ミスを認めて宿泊代金を返金すると言ってきた。他に求めることなんてないでしょ?」
「ですが――」
「確かに何もなかっただけで、ルナちんが死んでいてもおかしくなかったかもしれない。でも、事実ルナちんは死んでない。死んでないなら死んでないなりの対応と決着を付けるもの。ウチはそれをしたまでだよ」
「……」
隣に座る雫先輩にそう言われ、僕は黙ることしか出来なかった。
正直、納得はいっていない。
十南が死んでいてもおかしくない事故だというのに、宿泊代金で解決させるなど安すぎる。人の命を何だと思っているんだという感じだ。
今回は怪我がない事故だったため、慰謝料の請求が出来ないのは分かっている。
だから、ホテル側もお気持ちとして返金すると言ってきたに違いない。
意図的ではないため、これで和解が妥当だと思うが、その流れに持っていたのが雫先輩だったのは見ていて気分良くなかった。
恐らく浴衣とのコラボを失敗しないように、
気持ちは分からなくはないが、もう少し十南の気持ちも考えてほしかったところだ。
「そんな暗い顔のまま旅行してても楽しくないよ?」
「分かってます。けど、あのようなことがあった後なので」
「当の本人は楽しく卓球してるけどね~」
ベンチに座る僕たちの目の前で十南と凪姉がゆっくりとラリーしている。
十南はさっき死にかけたようには見えない動きで、相変わらず無表情ではあるが時々口元を緩ませていて楽しそうにしていた。
凪姉は無駄な動きが多いせいか大きな胸が上下左右に揺れ、乱れた浴衣から谷間を露にしている。いつ乳首さんがこんにちはしてもおかしくない。
今朝ノーブラと聞いて知ったものの、改めてこの光景を見て本当だったんだと実感する。同時に男である僕は目のやり場に困っていた。
「二人ともトーナメント戦しない?」
雫先輩の言葉でラリーを止める二人。
ラケットとボールを持って、こちらのベンチに寄ってくる。
「いいねぇ~! わたしは賛成だよぉ!」
「私はどちらでも構いません」
「じゃあ、決定ね!」
僕の意見は聞く気はないようで勝手に決まった。
特にそれにツッコむことなく、グーとパーを使って対戦相手を決める。
結果、僕と雫先輩、十南と凪姉となった。
「先に卓球ルール説明するけど、11点マッチのデュースあり。先に2セット先取で勝利ね」
「サーブはどうするぅ?」
「一回交代でいいかな」
「分かったぁ!」
一般的な卓球のルール。
サーブと2セット先取が違うぐらいで他は一緒。
かなりガチの勝負になるかもしれない。
「次にトーナメント戦のルールだけどさ、勝ったもの同士で決勝。負けたもの同士でビリ決勝。で、二位と四位は今日同じベッドで寝てもらうから~」
「雫ちゃん本当にぃ!?」
「もちろん」
「やったぁ! ふふっ空ちゃんともう一晩……」
凪姉が凄い表情をしているが気にしないでおく。
それよりこのルールは有難い。
実力でベッドを獲得するチャンスである。
卓球の自信はそこそこ。
さっき二人がしていたラリーのレベルを見る限り負ける気はしない。
「最後にもう一つルール。卓球で戦い、勝った人は負けた人の秘密を一つ暴露すること!」
「な、何ですかそのルールは」
「ベッドを争う上で、わざと負ける人もいるかもだから一応ね~」
「なるほど」
つまり、凪姉対策というわけだ。
僕が二位になった場合、凪姉がビリ決勝で意図的に負ける可能性は十分考えられるからな。
「先にどっちからやる?」
「わたしはラリーして疲れたからぁ、後からがいいかなぁ」
「木下先輩がそう言うのなら、私も後からでお願いします」
「オッケー。得点管理はよろしくね~」
「任せておいてぇ~」
というわけで、僕対雫先輩の戦いでトーナメント戦は始まった。
⚀
「先に決勝するかビリ決勝するかどうする~?」
「決勝は盛り上がるから最後がいいかなぁ」
「私も気合い入れたいので少し休憩がほしいです」
「二人がそう言うなら、先にビリ決勝ね」
もちろん僕の意見など聞くことなく決定。
別に構わないからいいけど。
「空ちゃんよろしくねぇ~」
「こちらこそお手柔らかにお願いします」
見ての通りビリ決勝は僕対凪姉だ。
つまり、僕は雫先輩に負けた。
しかも、ほとんどストレートに近い点差で。
頭脳だけではなく、運動神経も抜群で手も足も出なかった。
それなりに自信があっただけにショックではあったが、逆に圧倒的な力の差を目の当たりして諦めもついた。
肝心な暴露はというと、あの伝説のスタパでの注文。
タイプモサモサチェコチップグループフェラペニーノのことを暴露された。
十南は意味が理解出来なかったようで首を傾げていたが、凪姉には腹を抱えて笑われた。
もう一試合の十南対凪姉は接戦の末、十南が勝利を収めた。
これにより僕と一緒に寝るチャンスを失った凪姉は膝から崩れ落ちたが、ルールはルールなので「どんまいです」と声をかけるしかできなかった。
暴露内容は凪姉のスマホの待ち受け画面が、僕の寝顔というもの。
確認すると雫先輩の指示で十南が撮影したワンピース姿の僕の寝顔だった。
雫先輩を睨むとそっぽを向いて口笛を吹く素振りを見せて来た。
その反応で写真を流した犯人は雫先輩と確信。問い詰めようと思ったが止めた。
理由は単純に話を長引かせたくなかったからだ。
写真には謎の可愛らしい加工がされており、他の二人に見られる方が僕にとって問題だった。
結果的にこの暴露で一番被害が大きかったのは僕。
凪姉には写真を削除させたが、表情と態度から別の端末に保存していることは明白。
焦ることなく、指示に従う姿は少しイラッときた。
「じゃんけん、ぽんっ! あー負けちゃったぁ」
「サーブはソラちんからね~」
審判の雫先輩がそう言い、ボールを台に転がして僕に渡してくる。
「空ちゃん優しくお願いねぇ~」
「いえ、本気でやります」
「えぇ~」
悲しそうな顔をされても手を抜く気はない。
勝負するからには勝利を取りに行くのは当たり前のこと。
それにこれ以上、暴露被害に遭うのは御免だ。
「どりゃ!」
「それぇ~」
「……」
自信満々のサーブは綺麗なカウンターレシーブで撃ち返された。
想像以上のカウンターに一歩も動けなかった僕は、黙って地面に転がるボールを回収。
深呼吸して凪姉にボールを渡す。
「そぉ~れぇ!」
「なっ!?」
次は回転サーブに対応出来ず、僕の打ったボールは明後日の方へと飛んでいく。
驚きのあまりラケットの故障を疑ったが問題はない。
一体、どんなレベルでラリーをしていたんだ、十南は。
内心そう思いながらも、頬を叩いて集中する。
「んーどりゃっ!」
「それぇ!」
「いけぇ!」
「よいしょ~」
何とか対応してラリーが続くも返すのが精一杯。
だというのに、凪姉は満面の笑みで楽しそうに卓球している。
Sの才能が開花したのかと思いつつも、必死に食らいつく。
しかし、ラリーが続けば続くほど、凪姉の胸は上下左右に激しく揺れる。
打つ瞬間に、浴衣の間から谷間がこんにちはと恥ずかしそうに挨拶してくるのも、また厄介でどうしてもボールへの反応が遅れてしまう。
「あっ……」
「ラッキーボールだぁ~!」
胸ばかり見ていたせいで手元が狂い、僕の打ったボールが大きく天井目掛けて飛び上がる。
凪姉の台に入ったものの、スマッシュされる大ピンチ。
「凪姉のらぶあたっくぅぅぅぅうっ!」
「……」
「アウト!」
「あちゃちゃ~」
力んだのかボールは台には行かず、僕の頬を掠る。
だが、僕はそれにはピクリともせずに、台に乗り上げた凪姉に視線を向けていた。
浴衣は派手に乱れ、上乳がはみ出している。
凪姉はすぐさま台に降りるも、浴衣を直さずに谷間を丸出しにしたまま。
そこに首から流れてきた汗が、吸い込まれるように入っていく。
思わず息を呑み、ラケットで顔を煽る。
「空ちゃん大丈夫だったぁ?」
「はい、問題ないです」
「良かったぁ~からの不意打ちぃ!」
もちろん返せるわけなく、点が入って早くも二点差を付けられる。
その後、点差を埋められず1セット目を取られ、そのままの勢いで2セット目も取られてストレートで負けた。
終始、胸の揺れとこんにちはして来る谷間に目を奪われ、集中出来なかったのが敗因。
今朝、凪姉の全てを見たからと言って慣れてるはずもなく、むしろ余計に意識してしまった。性欲が溢れに溢れてるも意識してしまった原因の一つだろう。
「んー何暴露しようかなぁ~」
「本当に変なの止めてください」
あまり凪姉に暴露されることは思いつかないが、いや、昨晩のコンビニの件や寝起きに胸を揉んだ件があったな。
出来れば後者だけは止めてほしい。
僕の大学人生が終わる。もしくは凪姉としか日々を送れなくなる。
「あっ、そうだぁ!」
「お、なになに!? ナギちん何かあるの?」
「えっとねぇ、空ちゃんは!」
「ソラちんは?」
「幼馴染の女の子に恋してるのぉ!」
その発言の瞬間、場は静まり返る。
みんなの反応の悪さに、凪姉はえ?みたいな感じで不思議そうにしているが、僕にしてみれば僕を使って滑らないでほしいという感じだ。
「ナギちん、そんなことは知ってるのよ。かなり前から」
「えっ!? 何でぇ?」
「ウチに知らないことなんてないもん!」
「もしかしてぇ、月ちゃんもぉ?」
「私は初めて知りましたが、一ミリたりとも興味ないです」
「えぇ~」
暴露のインパクトは弱かったが、大きなダメージを負った。
この卓球のトーナメント戦は、僕を痛めつける地獄なのかもしれない。
⚀
決勝はあっという間だった。
「ルナちんイイ勝負だったよ!」
「いえ、手も足も出ませんでした」
「そんなことないよ~」
二人は握手を交わしながら、今の試合について軽く話し合う。
雫先輩は笑顔、十南は無表情ではあるが、十南のラケットを持つ手は力強く握られていた。
「えーっと、11対5か。ウチから5点も取ったのは凄いって」
「本当ですか?」
「うんうん! 普通は3点も取れないからね~」
「そういうことなら私は上出来ですね」
「上出来上出来!」
こうは言っているも、決勝戦は誰が見ても分かるぐらいの一方的な試合展開。
雫先輩は僕との試合の時は手加減していたようで、本気でやったであろう決勝戦は十南に何もさせなかった。
スピードとパワーに加えて繊細なプレイまでされてしまい、テクニック重視の十南とはいえもなすすべはなく、2セット目の5点は半分以上が相手のミスによる得点。
間違いなく十南の得点と言えるものは試合を通して3点、いや、2点ほどしかなかったと思う。
いくらスピンをかけるのが上手くても、ラケットにボールが当たらなければ意味がない。その一言に尽きる試合だった。
「お疲れ、十南」
「お疲れ様です」
「敵が悪かったな」
「運動能力の差で負けてしまった。そんな感じですね」
「だな。あんまり落ち込むなよ」
「別に落ち込んでないです。はぁ、それより水を取ってください」
否定はしているものの、顔と手、態度を見るに悔しそうだ。
それにはツッコまず、頼まれた水と汗拭きタオルを渡す。
小さく「ありがとうございます」と言うなり背を向けられた。
「ソラちん、ウチと寝れなくて残念だね~」
「別に残念じゃないです。涎がかからなくて一安心ですよ」
「そーですか、そーですか。本当は寝たかったくせに~」
「ないですね。それに酔っぱらって甘えられても困るので」
「なっ、なぜそれを……ってナギちんか」
一瞬、驚いた顔を見せたが、すぐに自己解決して凪姉を睨む。
「昨晩ねぇ、わたしが言っちゃったぁ。見られるよりマシでしょ~?」
「まぁそれはそうだけど」
あまり知られたくなかったのか顔が拗ねている。
僕的にはギャップ萌えで可愛いと思うが、本人は弱い自分を見せたくないのだろう。
「あっ、暴露だ! 暴露!」
パッと表情を明るくしてそう言う雫先輩。
十南はそれを聞いても変わらぬ表情で振り返り、焦る気配は全くない。
恐らく暴露されて怖いことなどないのだろう。
僕が十南の秘密を暴露するとなっても何も思いつかないからな。
「実はルナちんはね、テントリーの社長の一人娘なんだよ!」
「て、テントリーってあのテントリーですか!?」
「そう、あのテントリー!」
テントリーとは清涼飲料水と家具の製造販売を行う大手企業である。
日本のみならず海外でも有名で、年間売上収益は六兆を超えると聞く。
知らない人なんていない。そんな企業だ。
「わたしは知ってたけどねぇ~」
「私も知っていました」
「そら自分のことだからなっ!」
まさか十南がその社長の娘なんてな。
家を見た時から何かしらの金持ち娘だとは思っていたが、ここまで有名な企業の社長の娘とは思ってもいなかった。
改めて十南をテントリー社長の娘と思って見てみると不思議と凄い人に見える。
いつも無表情なのも、そういう教育を受けているのかなんて思ってしまうほどだ。
「本当に凄いな……」
「いえ、大したことではありません。そんなに驚かなくて大丈夫です」
「かなり大したことだと思うけども」
「そうでしょうか? 私にとっては普通ですよ」
今の反応と社長の娘と聞いて、これまでの常識の無さが納得出来てしまった。
一人暮らししている理由も一般人の生活を学ぶためとか言っていたしな。
これが本物のお嬢様ということか。
僕のような庶民が関わっていい人じゃない気がする。
これから敬語とかで喋った方がいいのかな。
もう色々とパニックである。
「十南さんは僕なんかと友達でいいんでしょうか?」
「なんですか、いきなり。後、敬語が気持ち悪いです」
「ソラちんキモい~」
「そぉ、そんなこと言ったらダメだよ、ふふっ……」
十南と雫先輩に冷たい目を向けられ、凪姉に爆笑されてしまった。
「何で先輩二人は平然としていられるんですか?」
「何で?って、友達だから? それだけじゃない?」
「うんうん! 社長の娘だからってぇ、態度変えたら逆に失礼じゃない?」
「い、言われてみれば、そうかもしれないです」
お金持ちだから庶民だからで態度を変えるのはおかしいというのは最もだ。
友達はそういうので決めるものじゃない。
そういうことを無視して仲良くなるから友達というのだろう。
「十南ごめんな」
「いえ、これからも以前通りでお願いします。私はこの肩書きのせいで、大学に入るまで友達が出来なかったので」
「社長の娘も色々苦労あるんだな」
「苦労しない人なんていませんよ」
「その通りだ」
裕福=幸せではない。
お金持ちはお金持ちなりの苦労をし、何かしら悩みがあるのだろう。
だって、同じに人間に変わりはないのだから。
「ウチの暴露で距離が縮まったんじゃない? もしかして、ウチいいことしたのでは?」
「暴露しておいて、よくそんなこと言えますね」
「でも、いいことしたでしょ?」
「いいことではないと思いますが。十南もあんまり喜んだ表情してませんし」
「それはいつものこと!」
本当に喜んでないと思うが。
いつもより怖さがあるというか何と言うか。
「上野先輩」
「なーに?」
「もう一試合いいですか?」
「おけおけ」
誘いを受けて二人は卓球台へ。
余裕のある雫先輩に対し、十南は物凄く集中している。
背後に炎のオーラが薄っすらと見えるぐらいにはやる気満々だ。
「月ちゃん悔しかったんだねぇ~」
「そうみたいですね。暴露されても動揺してなかったですし」
「あれはぁ、月ちゃんにとっては暴露じゃないんじゃないかなぁ~」
「違うんですか?」
「と思うよぉ。だってぇ、あの話はわたしたちが出会った日にされたからねぇ~」
「じゃあ何で雫先輩は暴露として、あれを言ったんでしょうか?」
「さぁ~わたしが聞きたいぐらいだよぉ~」
苦笑交じりそう言い、凪姉は審判として卓球台へと向かっていく。
凪姉に分からないのなら、誰にも分からないだろう。
とりあえず分からないことを考えても疲れるだけなので、このことは頭の片隅にでも置いておく。
それより……
「お腹すいたな……」
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