第40話

 温泉サークルメンバーが事故に巻き込まれていた頃、水心と拓海、水心の家族と空の母は初詣で神社に訪れていた。


「かなり混んでたけど大丈夫? 拓海、車酔いしてない?」

「うん、平気。家族の皆さんと話してたらあっという間だったしね」

「それならいいけど無理しないでね」


 心配そうな表情を向ける水心に、拓海は無言で爽やかな笑顔を見せる。


「おーい、二人とも行くよ!」

「はーい、今行きます! ほら拓海」

「そうだね、行こうか」


 星夜さやおばさんに呼ばれた二人は小走りで前を歩く親たちの元へ。

 人混みをかきわけながら何とか追い付いた。


「ちょっと、何で手繋いでないの!」

「星夜おばさん、からかわないでくださいよ」

「いつも空とは繋いでるじゃない~」

「は、恥ずかしいんでそういうことは……」

「水心ちゃんそうなの?」

「拓海これは違うの。昔はだよ、今はない。そんなのないから」


 顔を真っ赤にして否定する水心。

 それを見て星夜はニヤニヤと笑みを浮かべる。

 一方、拓海は苦笑していた。


「しかし、あの二人は相変わらずラブラブだね~」

「ママとパパが仲良いのはいいんですけど、イチャイチャするのはちょっと困りものです」

「娘視点だとそうなるのか。私からしたら羨ましいってなるな~」

「星夜おばさん綺麗なんだし、彼氏作ればいいじゃないですか」

「んー、亡き夫以上に良い人はいないかな」


 ゆっくりと天を見上げる星夜は寂し気な表情で小さく息を吐く。


「それに最初で最後の恋はあの人って決めてるのよ」

「心の底から愛してたんですね」

「そうね。子供もう一人、いや、もう二人作りたいと思うぐらいには愛してたわ」

「あはははは……なかなか愛の表現が独特というか何というか」

「そう? 好きな人とエッチしたいって思うものでしょ?」

「……」


 水心は急に飛んできた生々しい問いに黙り込む。

 その反応に星夜は不思議に首を傾げた。


「あら、どうしたの?」

「……」

「星夜さん、公共の場ですからこのような話は止めておいた方がいいかと」

「拓海くんまでどうしちゃったのよ」

「別にどうもしてません。ただ性的な話は時と場所を考えてほしいというだけです」

「なら、この話は今晩ね」

「はい、そうしましょう。それより――」


 何とも言えない空気を変えるため、拓海は新しい話題で話を始める。

 しかし、水心は赤面したままで話には入ってこない。

 その間ずっと拓海と星夜のどうでもいい会話が続いたのだった。


 歩くこと数分、賽銭場所に到着。

 既にみんなの手には五円玉があり、タイミングを見計らって投げるだけの状態だ。


「二人とも五円玉でいいの? 千円札がいいなら渡すよ?」

「いえ、大丈夫です。大金入れればいいわけじゃないですし」

「俺も遠慮しときます。それにこういう時しか五円玉って使わないので」

「真面目すぎて眩しい。私なら千円札貰って五円投げてたな~」

「神社でそんなことしたらバチ当たりますよ」

「だね~。みんな真似しないように!」


 二人は心の中で『真似できないよ』と呟き、賽銭場所に目掛けて五円を投げる。

 ゆっくりと二礼二拍手一礼し、瞼を開けて先に歩き出していた星夜の背中を追った。


「水心ちゃんは何をお願いしたの?」

「それはに決まってるじゃん」

「アレね。神頼みするものじゃないと思うけど」

「いいのいいの! そういう拓海は何お願いしたのよ」

「俺は、まぁ、その……内緒かな」

「いやいや、その反応は内緒に出来てないから。今ので大体想像は出来ちゃったよ」

「やっぱりこういう関係だとお互いの願いも分かるものなんだね」

「お互い願いは一つしかないしね。でも、アタシからすれば、拓海には神頼みじゃなくて自分でどうにかして欲しいと思うな」

「ぜ、善処します」

「もお~しっかりしてよね!」


 そう言いながら、水心は拓海の背中を叩く。

 いきなりの行動に拓海は驚きの顔を見せたが、すぐに表情を戻して水心にお返しをした。


「ほら、おみくじ引きな」


 先に授与所に着いていた星夜が二人に五百円ずつ渡す。

 手には購入済みの干支おみくじ。

 それを壊れないように優しく持っていた。


「え、星夜おばさん……いいんですか?」

「いいのいいの~」

「俺まで――」

「遠慮はいらないよ」


 無駄にカッコ付けて去って行く星夜。

 だが、人が少ない場所に行って気が抜けたのか子供のように笑顔で干支おみくじの中身を確認し始める。

 二人はその姿をしっかり見ており、可愛さのあまり笑わずにはいられなかった。


「んー、どれがいいかな」

「俺はこれかな」

「よくあっさり取れるね」

「考えたところで何も分からないしね」

「それはそうだけど……あっ、この子にしよっと」


 無事に干支おみくじを選び終わり、貰った五百円玉を渡して購入。

 すぐさま水心の親たちが集まる場所へ移動する。


「ママ、これは何があったの?」

「星夜が大凶を引いちゃってね」

「なるほど」


 負けたボクサーみたいにベンチに座る星夜と母の一言で全てを理解した水心は声をかけずに自分の干支おみくじを確認する。

 それに続いて拓海も中身の確認を始めた。


「んー、アタシは吉だった。拓海は?」

「俺は凶……」

「そう落ち込まなくて大丈夫だよ。目の前に大凶がいるんだから」

「うぅ……」

「こーら、星夜に追い打ちかけないの。それにおみくじで大切なのは中身よ」

「うぅぅぅぅぅぅ……」

「ママ、それも大凶の人にとっては追い打ちだよ」


 やっちゃったみたいな表情をする水心の母。

 慌てて申し訳なさそうに星夜の背中を撫で始めるも、既に二度も追い打ちを食らったこともあって元気を取り戻す気配はなかった。


 スマホでおみくじに書かれている内容を調べ終え、落ちないようにしっかり結んだ後、水心の父を先頭にお土産を買うため歩き出す。

 その後ろに肩を落とす星夜と水心の母。最後尾に水心と拓海。


「意外と着物を着てる人いるんだね」

「言われてみれば多いかも。もしかして、アタシの着物姿見たかった?」

「そうだね。水心ちゃんの着物姿は綺麗だと思うしね」

「綺麗だと思うじゃなくて綺麗だもん」

「ごめんごめん」

「今日の服装はどう?」

「綺麗だよ。とっても似合ってる」

「そ、ありがと」


 今日の水心の服装は落ち着いている。

 白色のタートルネックにベージュのベスト、ジーパン、黒色のコート。

 カッコイイ感じのコーデである。

 可愛い系のコーデが好きな水心からすれば、この服装を似合っていると言われるのはあまり嬉しいものではなかった。


 無言のまま人の波に流されること数分。

 鳥居をくぐっると開けた場所に出る。

 そこには屋台がずらっと並んでいた。


「水心ちゃん何か食べる?」

「さっきお昼食べたばかりじゃん。太るからいい」

「そ、そっか」


 拓海はしょぼんと肩を落とし、慣れた感じで右手の爪を噛む。

 それを横目で見た水心は呆れながら口を開いた。


「はぁ、爪噛むのめて」

「あ、うん。ごめん」


 水心に冷たく注意されると、拓海はすぐに止めてポケットに手を突っ込んだ。

 美味しい匂いに囲まれながら屋台が並ぶ道を抜け、駐車場の近くにある和菓子屋に到着する。だが、初詣の客で店内は外からでも分かるぐらい混んでいた。


「ママたちはやきもち買いに行くけど、水心も一緒に行くわよね?」

「もちろん行く! んーやきもち何個にしようか悩むな~」

「あなたはどうする?」

「僕は外でタバコ吸って待ってるよ。それと拓海くんちょっといいかな?」

「お、俺ですか?」

「嫌かね?」

「いえ。じゃあ、俺も外で待ってます」

「分かったわ。どこかに行くなら連絡頂戴ね」

「ああ」


 水心の父の返事を聞き、水心たち女性陣は和菓子屋に入って行った。

 残った男性陣の二人は灰皿近くに移動。

 未成年の拓海は自販機でお茶を購入し、タバコを吸う水心の父の隣に並ぶ。


「急に呼んで悪かったね」

「全然大丈夫です。それで俺に何か話でもあるんですか?」

「特にない」

「え……」

「ただ話し相手がほしかっただけだよ。君も一本吸うかい?」

「あ、未成年なんで止めておきます」


 水心の父は少しポケットから出したタバコをしまい、煙を大きく吐いて天に昇らせる。


「二人で喋るのは初めてだね」

「そうですね。昨日も喋りましたが他にも人はいましたし」

「緊張してるかい?」

「そ、それなりに」


 気を遣わせないようにと拓海はそう言ったものの心臓はバクバクしている。

 今にも爪が噛んで心を落ち着かせたかったが、さっき注意されたこともあって必死にポケットの布を掴んでいた。


「そうだよね。悪いね、話に付き合わせて」

「いえいえ」

「それで大学での水心はどうかね?」

「勉強もサークル活動、バイトも頑張っていますよ」

「相変わらずパワフルな子だね。我が子ながら感心するよ」

「俺もずっと隣で見てますけど、ストイックだなと思ってます」


 一度、タバコを挟む水心の父。

 それを横目で確認し、拓海はお茶を一口飲む。


「人間関係とかはどうかね?」

「昨晩、話題になった通りです」

「そうかいそうかい。親として、つい心配なってしまうんだがね、いつも特に何もなくてね。逆に本当なのか心配になるというか何というか」

「優秀すぎるのも困りものですね」

「ちょっとぐらい抜けてた方が本当と思えるんだけど」

「ある意味、贅沢な悩みですね」

「あははは、確かにそうかもな」

「でも、何もないに越したことはないないですよ」

「それはそうだね」


 思った以上に話がすんなりと続き、お互い徐々に落ち着き始める。

 水心の父からは笑い声も飛び出し、もう最初の気まずさのある雰囲気はない。

 やっと話はここからと言うところで、険しい顔の水心が店から出て来た。


「話はここまでみたいだね」

「ですね」

「今の話は水心に内緒で頼むよ。あの子は僕に普段の生活のことを話したくないみたいだから」

「分かりました」


 タバコの煙のように会話は終わり、水心の父はタバコの火を消して歩き出す。

 その背中に拓海も続く。


「二人とも何の話してたの?」

「男の話だよ」

「なにそれ、パパはいつも隠すよね~」

「そんなことないと思うが」

「いや、そんなことある!」

「今度から気を付けるよ。あ、喉乾いただろ。これで飲み物でも買ってきなさい」

「ありがと、パパ!」


 お金を受け取るとすぐさま自販機にかけて行く水心。

 離れたのを確認した水心の父はホッとして大きく息を吐く。

 拓海はその光景を見て、親と子供ともに色々と大変なんだと思った。


 数分後、やきもちを購入した水心の母と星夜が店から出てくる。

 人混みの中を長居する理由もないので、水心たちは神社を後にした。

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