第39話

 午後12時21分、チャペルを移動してホテルの屋上にある展望台に来ていた。


「うわぁ~! 絶景だぁ~」

「展望台からの景色は格が違うね~」

「ですね」


 目の前の光景に十南を除く僕たち三人はテンションを上げていた。

 何度このホテルで景色を見たか分からないが、全て違う顔をしていてそれぞれに魅力がある。

 その中でも展望台は大迫力。360度全方向から景色を楽しめる。

 どこまでも続く海はもちろん、山や伊良湖岬の街など全てが詰まった場所だ。


「にしても、人が少ないですね。というか見当たりません」

「まぁほとんどの宿泊客はここで初日の出を拝んでたし、昼間は街や観光スポットを回ってるんだと思うよ~」

「なるほど」

「ウチ的には人いない方が好都合だけどね~」


 そう言うとカメラを手に持ち、景色にレンズ向けてシャッターを押す。

 モデル以外も撮るんだなと思いつつ、僕も持ってきていたスマホで写真を撮り始めた。


「ふぅ、写真撮るのも悪くないな」


 展望台を一人でぶらぶらしながら景色を撮ること数分。

 元の位置まで戻って来たので、写真フォルダを確認してみると二十二枚も写真を撮っていた。

 思った以上に綺麗に撮れており、スマホのカメラ機能に感心する。


 以前はインスタに写真をあげる人の気持ちなど理解出来なかったが、これほど綺麗に撮れるなら人に見せたくなる気持ちも分からなくもない。

 だからと言って 、僕が写真をインスタにあげるかといえばそれはないと言い切れる。

 でも、水心には気に入った写真を一枚だけ送っておいた。

 昨夜のLINEも返さず既読無視のままだったから、送るのに丁度いいと思ったのだ。


「雫先輩、いつ頃撮影します?」

「ウチはいつもでいいんだけどさ、ナギちんは撮影から解放されたばかりだし、少しリラックスさせようかなーって」

「そういうことなら僕から撮ってもいいですか?」

「か、構わないけど……どうしたの?」

「気まぐれですよ」


 そう、気まぐれ。

 別に深い意味はない、ということにしておく。


「とか言って、さっきの撮影をナギちん一人でやらせた結果、撮影が長くなって申し訳ないとか思ってるんじゃないの?」

「そ、そんなんじゃないです」

「嘘だ~。チャペル撮影の時、途中で抜けて暖かい飲み物を買ってきてくれたじゃん」

「ついでです」


 勘の良い女は嫌いだと思い、ため息をついて目を逸らす。


「そういうことにしといてあ~げる。じゃあ撮影しよっか」

「はい」


 気持ちを切り替え、頬を二度叩いて胸元までしかないフェンスに体を預ける。

 目の前にいる雫先輩はカメラを少し弄り、レンズを覗いて頷き、首を回して息を吐いた。


「よし、始めるよ。まずはフェンスに両手をかけながら景色を見る感じで。うんうん、いいね――」


 ――バンッ


「きゃぁぁぁぁぁぁあっ、危ないっ!」


 そんな女性の悲鳴が展望台に響き渡る。

 声の先に視線を向けると、十南が頭から転落しそうになっていた。

 今は知らない男女二人に体を引っ張られ、何とか耐えているという状態だ。


「そこの、そこの人たち手伝って、くださいっ!」


 歯を食いしばっている女性の助けを求める声を聞き、僕と雫先輩は返事するのも忘れて傍にかけよりすぐに手を貸す。少し離れた位置にいた凪姉も声を聞きつけてやってきた。

 そして男二人女三人で力を合わせて十南を引っ張り上げた。


「ルナちん大丈夫!?」

「……はい、大丈夫です。皆さん本当にありがとうございます」


 深々と頭を下げる十南。

 見た感じ怪我はない。

 防寒着が汚れ、所々破けてしまっているぐらいだ。


「それで何があったの?」

「実はこのフェンスが壊れまして。体重をかけていたこともあり落ちそうになりました」


 それを聞いて十南の傍にあるフェンスを見ると綺麗に根本から折れていた。

 体重が軽いであろう十南で折れたんだから誰が体重をかけていても折れていたに違いない。

 さっき自分が体を預けていたフェンスが、このフェンスだったらと思うとゾッとする。


「なるほど、これは撮影なんてしてる場合じゃないね。ナギちん急いでホテルスタッフ呼んできてもらっていい?」

「もちろん、行ってくるねぇ」

「ウチらは待機しながら人が来ないように見張っておこうか」


 その指示に逆らう人はおらず、全員が首を縦に振った。

 笑えない事故だが雫先輩のおかげもあってか、みんな意外と冷静。

 知らない男女二人もホッとした表情をしている。


「え……」

「アズの顔に何かついてます?」

「あ、いえ。知り合いの友達に似ていて、つい見てしまっていただけです。本当に何もついてないので気にしないでください」

「なら良かったです」

「因みにお名前は?」

「アズは横川よこかわあずさって言います」

「よ、横河梓……間違ってるかもしれないんですが一つ聞いてもいいですか?」

「別に構いませんよ」

「もしかして水心の友達ですか?」

「みこみこ知ってるのですか!?」

「ええ、まあ」


 眼鏡の先にある目が大きく開いている。

 見覚えのある顔、知っている名前を聞き、質問してみたが、この反応を見る限り本人で違いない。


「あっ、もしかして君が噂の空君? 空君ですか?」

「噂のかは分かりませんが、僕は空ですね」

「ほ、本物だ。いつもみこみこから話はいっぱい聞いて……いや、何でもないです」

「そうですか。それで、あ、あず――」

「横川でも梓でも、何でもいいですよ」

「じゃあ横川さんと呼びますね。今日はそちらの方とデートですか?」


 隣には男がいる。

 僕より身長は低く、前髪は目元まで伸びていて不気味な感じだ。


「よく間違われますが違います。これはただの友達ですよ」

「どうも、ただの友達の縦山たてやま遥斗はるとです」

「初めまして、北宮空と言います」

「あ、はい。知ってます。タクミとミコから聞いたことあるので」


 その二人の名前に体が跳ねる。

 十南もゆっくりと顔を上げ、興味無さそうに景色を見ていた雫先輩も首を縦山の方へ向けた。

 色々とまずいと思いつつも、自然に会話を再開する。


「二人と共通点でもあるんですか?」

「あーこう見えてボク、軽音サークルなんですよ」

「なるほど。いつも二人がお世話になってます」

「いえ、そんなことないです。ボクはバンド関係以外では二人と喋らないので」

「そうですか。まぁこれからもバンドメンバーとして仲良くしてやってください」

「あ、はい。そのつもりなので安心してください」


 この言葉を最後に会話は終了。

 自己紹介までは順調だったが、それ以上は続かなかった。

 話に花を咲かせるほどの間柄でもないので、こうなるのは当然と言えば当然。

 それに事故があった後に盛り上がるのは難しい。

 何はともあれ縦山さんの口から二人の情報が出なくて良かった。

 危うく十南に拓海が水心と付き合っていることを知られるところだった。


「みんなぁお待たせぇ~」


 数分後、凪姉がホテルスタッフ数名を連れて戻ってきた。

 現場を見たホテルスタッフは深く頭を下げながら謝罪の言葉を述べ、ここで長々と喋るのは危険ということで一度ホテルの裏にある別室へ案内される。

 そこからは遅れてやってきた警察を含んで話し合いが行われ、僕は静かに問題が解決するのを見守ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る