第37話
「結構、太陽昇りましたね」
「そうだねぇ~」
最後に三人揃って撮影して全て終了。
今はお疲れ回として浴衣のまま湯船に浸かっている。
唯一雫先輩だけがカメラのデータを確認するとかで先に部屋に戻ってしまったが、少し気まずかったので個人的にはラッキーだった。
「空ちゃん、もう大丈夫ぅ?」
「何がですか?」
何を心配しているのか分からず首を傾げると、凪姉が僕の下半身を指差す。
「大きくなってないぃ?」
「……なってないですよ。ていうか思い出させないでください」
弱々しい声音で言葉を吐き、赤くなった顔を湯船までつける。
だがしかし、昔話の桃のように浮く二つの胸が目に入り、思わず息を吹いて視界をブクブクと泡立てた。
その間にちょこんと顔を湯船から出す十南に視線を向け、色々落ち着かせるために深呼吸。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのにぃ~」
「恥ずかしいものは恥ずかしいです」
「わたしは空ちゃんのリトル空ちゃんが立ってても空ちゃんのこと好きだよぉ~」
「そういう問題じゃないんです。後、その言い方も止めてください」
「むぅ~。でもぉ、小さいままのリトル空ちゃんも可愛いかもぉ」
「想像するのも僕がいないところでお願いします!」
そう言ってチラっと睨み、僕は凪姉から離れて十南の横に並ぶ。
「あなたも大変ですね」
「まぁな」
お互い一言ずつ言葉を交わし、静かに景色を眺める。
先輩二人とは違い、十南は特に何も触れてこない。
元々下ネタには
波の音、鳥の声、凪姉の鼻歌。
全てが心地良い。
早起きしたこともあって少し瞼が重い。
このままでは寝てしまうと思い、どうにか起きようと親指と人差し指で頬を引っ張る。
しかし、数分で限界迎え、波を立てないようにゆっくり立ち上がった。
「お先に失礼します」
「空ちゃんが上がるなら、わたしも上がろうかなぁ」
勢い良く湯船から飛び出した凪姉は、浴衣が濡れているせいで体のラインが丸見え。
胸の中心にある突起物はハッキリとこんにちはしていた。
反射的に目を逸らしたから良かったものの、もう直視はしない方がいいだろう。
目の毒だ。
「十南はあがらなくていいのか?」
「私はもう少し浸かっています」
「そうか。昨日みたいにのぼせるなよ」
「はい、大丈夫です」
その返事を聞き、僕たちは軽く浴衣の水分を絞ってお風呂場を後にした。
「そう言えば、浴衣ビチョビチョですけど大丈夫なんですか?」
「確かねぇ、雫ちゃんが新しいの持ってきてたはずだよぉ。あ、あったぁあったぁ!」
新しい浴衣を発見するなりサイズを確認して渡してくる。
普段なら目を見て「ありがとうございます」と言うのだが、今だけは目を逸らして受け取った。
そのまま流れるように背中を向ける。
対面は危険だ。
「はぁ……」
何度目のため息だろうか。
早く部屋に戻りたいと心の中で叫び、帯を外し着替え始める。
だが、数秒後とあることを思い出した。
それは脱衣所が男女で分かれてないこと。
手を止めて振り返ると既に凪姉は背中とお尻が丸出し。
叫びそうになったが息を止め、何とか声を喉で抑える。
それぞれの着替えが終わるまでお風呂場で待機することを提案しようと考えたが、今喋りかければ間違いなく裸のまま振り向かれると思い、とりあえず前を向いた。
静かな脱衣所に濡れた浴衣をビニール袋に入れる音。もこもこのバスタオルで体を拭く音。そして浴衣を羽織る衣擦れの音が響き渡る。
全てを見てしまっているせいか音だけで何もかもが想像出来てしまい、逃げるように着替えが入ったカゴを持ってトイレに飛び込んだ。
「ふぅ……」
落ち着いたのも束の間、荒々しい足音が近寄ってくる。
「空ちゃん~! お腹痛いのぉ?」
「いえ、脱衣所で一緒に着替えるのに抵抗があったので」
「なーんだぁ、それならいいけどぉ。わたしはもう全部見られちゃったしぃ、別に見られても気にしないよぉ?」
「僕が気にします。着替えたら言ってください」
「分かったぁ~」
何とか凪姉を遠ざけ、重々しいため息をつく。
下半身を見れば浴衣の上からでも分かるぐらいリトル空は大きく反り立っており、今にも激しく脈を打って出すものを出したそうにしていた。
今すぐこれをどうにかしたいが、扉一枚の先には凪姉がいる。
性欲に任せて手を動かせば、静かな脱衣所に色々とまずい音が聞こえることになるだろう。
自然に萎えるのを待つとして、風邪を引かないように着替えを再開する。
濡れて気持ち悪い浴衣と下着を脱ぎビニール袋の中へ。
真っ白なバスタオルに顔を埋め、頭から体の隅々まで拭いていく。
下着の替えは持ってきてないので、仕方なく素肌のまま浴衣を纏い、昨日より強く帯を結んだ。
「空ちゃん、着替えたよぉ~」
「分かりました」
「いつでも出て来ていいからねぇ~」
と言われも、下半身の方は元気いっぱい。
正直これを見るとさっきよく萎えたなと自分を褒めたくなる。
この場で抜けない以上、便座に座って落ち着くのを待つしかない。
「こういう時は円周率を唱えてるといいんだったか。えっと……3.14159265359――」
子供の頃、百桁まで覚えたのを懐かしく思いながら口にしたが効果はなし。
素数や羊を百匹数えるなど、数字攻めを行うもどうにもならず、最終的に母と父のヤってるところを想像したら一瞬で下半身の熱も気持ちも急降下した。
下着を履いてないので擦れた刺激でまた大きくなってしまうかもと思ったが、このボアというもふもふ素材が刺激を抑えてくれている。
非常に低刺激で気持ち良く、下着よりも肌触りは良いと言っても過言ではない。
これなら余程のことがない限り立つことはないだろう。
まだ一件落着とは言えないが、山場を乗り越えたことは確かだ。
最後に深呼吸をして着替えを持ってトイレを出る。
「あっ……」
「な、何してるんですか?」
「これはぁ、そのぉ……」
トイレの扉の前で聞き耳を立てていた凪姉は、僕と目が合うと中腰姿勢で下がりながら目を泳がせる。もう言い訳が出来る状況ではないが表情はまだ諦めていない。
必死に何かを考えている。無駄な足掻きだ。
それにしても、行動が性犯罪者並みに気持ち悪い。
ある程度の行動を流せる僕でも今回ばかりは目の前の光景に背筋が凍り、集合体恐怖症が悲鳴をあげるぐらい鳥肌が立った。
僕のあらゆるものを立たせる天才かと思いつつ、着替えを入れていたカゴを元に戻す。
「おぉ、遅かったから大丈夫かなぁ~ってぇ」
「本当ですか?」
「うんうん!」
「とか言って、実はシてた音を聞いてたんじゃないんですか?」
「えっ!? うそっ!? しっ、シてたの!? ちゃんと静かに聞いてたのにぃ、な、ななな、何で聞こえなかったんだろうぅ……」
目玉が飛び出るほど見開き、膝から崩れ落ちながら落胆する凪姉。
まるで、合否発表で自分の番号がなかった受験生のよう。
「はぁ、聞く気満々じゃないですか」
「でもぉ、聞いてないよぉ?」
「そらしてませんからね」
「なぁ、なんだぁ良かったぁ。聞き逃したかとぉ……ってぇ、鎌かけたのぉ! 酷いよぉ、空ちゃん!」
「凪姉の方が酷いですよ。本当に気持ち悪いです」
「えへっ、えへへっ」
ゴミを見るような目を向けたはずなのに、凪姉は口角を上げて何だか嬉しそう。
予想と反する反応だったので気味が悪く、それ以上は触れないことにした。
まだ口角が下りない凪姉を横目に洗面台へ。
ドライヤーを手に取り、濡れた髪を乾かしていく。
半乾きでも気にしない人は多々いるが、幼い頃から水心と一緒に乾かし合ってたこともあって、入浴後はドライヤーするのが当たり前。しないなんて考えられない。
家ではヘアオイルを使うほどで、手入れも忘れずにしているぐらいだ。
「こんなもんかな」
一通り乾かし終わり、ドライヤーの電源を切る。
セットには興味ないので、最後にバサバサッと適当に髪を遊ばせて終了。
「凪姉、乾かします?」
「わたしはいいよぉ。自然乾燥派だしぃ」
「髪痛みますよ?」
「もうブリーチ入れてぇ、染めてるから痛んでるもん」
「そうですけど、普通染めた場合はより髪の毛を手入れするものですよ」
「いいのいいのぉ。今日だけ乾かしても何も変わらないしぃ~」
圧のある笑顔で押し切られ、ドライヤーの線を抜いて慣れた手付きで片付ける。
個人的には自然乾燥勢は許せないが、本人がいいなら口出しはしない。
と言っても、ロングだった場合はしつこく言っていた。
今回はセミショートで根本以外の乾きが早そうだったから、軽い忠告だけして我慢した感じだ。
「空ちゃんは髪の毛に力入れてるんだねぇ~」
「これぐらい普通だと思いますが」
「そうぅ? あまりにも真剣にしてたからぁ、美容男子かと思っちゃったぁ」
「ないですね。最近は美に力を入れる男性もいると聞きますが、僕は違いますよ」
「にしてはぁ、肌はすべすべだしぃ、体の毛とかも薄いと思うけどぉ」
「髪以外は特に何もしてません。興味もないですね」
「へぇ~、そうなんだぁ。羨ましいなぁ~」
そう言うと同時に美術品を眺めるような瞳を向け、左手で右頬を撫でるように触ってくる。
顔と顔が触れてもおかしくない距離でじーっと観察されるも、どういう反応をすればいいか分からず何も出来ない。ただ無言で瞼を下ろし息を吞むしか出来なかった。
「本当に綺麗ねぇ。舐めたいぐらいだわぁ」
「舐めるのは止めてください」
「触られるのはいいんだぁ」
「そ、そういうわけじゃないです」
ゆっくりと凪姉の手を払い、頬を右手でかきながら目を逸らす。
そんな僕を見て凪姉は微笑ましそうに見つめてくる。
じーっと見てくるもんだから思わず顔を下に向けた。
すると、小さなゴミを発見。拾ってゴミ箱へ。
ついでに周辺にゴミや忘れ物がないか確認することに。
「鍵どうします?」
「月ちゃんいるから置いていこっかぁ」
「分かりました」
まだ十南は上がる気配はない。
内心またのぼせるんじゃないかと心配しているが、お風呂という至福の時間を邪魔したくはないので声はかけないでおく。
流石に二日連続のぼせるほどバカじゃないだろう。
「んぅ~気持ち良かったねぇ」
「はい、色々ありましたけどお風呂は気持ち良かったです」
ウキウキの凪姉を先頭に脱衣所から外へ。
気温が一気に下がったのが肌を通じて分かる。
湯冷めが心配ではあるが、ボア素材だから大丈夫だろう。
「えっ、ここの利用開始時間が朝10時って知ってましたか?」
「うん、雫ちゃんが今回は特別って言ってたよぉ」
「そうなんですね。僕は今知って驚きましたよ」
「言われないと驚くよねぇ。何で雫ちゃんは空ちゃんに事前報告しないのかなぁ?」
「僕の反応を見て楽しんでるですよ、多分」
「ふふっ、反応可愛いから気持ちは分かるなぁ~」
こうしてホテルの中を二人で歩いていると不思議と昔のことを思い出す。
幼い頃はよく水心とホテル内を二人で探検したものだ。
「あっ、空ちゃん知ってたぁ?」
「何がですか?」
「潮風の湯の横にねぇ、波音の湯っていう洋風の貸切風呂もあるんだよぉ~」
「へ~、そうなんですね」
「そーなのぉ! とってもオシャレで――」
そんな他愛もない話をしながら、ゆったりとした足取り部屋に戻る。
終始、子供っぽく騒いでいた凪姉はどこか昔の水心に見えた。
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