第32話

 空が一人温泉に入っている頃、女子三人は露天風呂で絶景を眺めていた。

 既に体は洗い終わっており、温泉独特な匂いと石鹼の匂いが三人を包んでいる。

 真冬の露天風呂ということもあってか三人以外の客はおらず貸切状態。

 とても静かで波の音だけが響き渡る。


「ナギちんま~たおっぱい大きくなった?」

「そうかなぁ? 自分では分かんないよぉ~」

「ならウチが触って確かめてやる!」

「きゃっ!」


 雫は素早く凪の後ろに回って両手で胸を鷲掴み。下から胸を回すように揉みしだく。


「ちょ、ちょっと雫ちゃんっ!」

「な~に感じてるの! このデカ乳が」

「もうっ、わたしが感じやすいの知ってるでしょ?」

「知ってるけど揉むのはやめな~い」

「だっ、ダメッ、ダメだよぉ~」


 必死に声を我慢する凪。両手で口を塞いでいるが油断すると声が漏れる。

 次第に湯気で真っ白だった空間はピンク色へ変化していくが、そんなことはお構いなしに雫は手を止めない。むしろ変態親父のようないやらしい手付きでギアアップ。

 その姿を遠くで見ていた月は真似るように自分の胸を揉んでみようと試みるが、手を胸に当てた瞬間に何かを察したのか肩を落とした。


「おーい、ルナちん!」

「はい、何でしょうか?」

「これ揉んでみる?」

「え、いいのですか?」

「女の特権ってやつよ~」


 月も揉んでみたかったのか躊躇ためらうことなく、すぐに凪と雫のもとへ移動する。

 凪は目をとろっとして少し息を荒くしているが、抵抗する素振りは見せない。


「木下先輩、揉んでもよろしいでしょうか?」

「はぁっ、はぁ、やぁ、優しくねぇ……」


 しっかり了承を得ると月はゆっくり小さな右手を凪の左胸に持っていく。

 しかし、途中でその手を止め、人差し指を立ててちょんちょんと突くように触った。


「いやっ、月ちゃん……、そぉ、そこはダメだよぉ」

「あ、ごめんなさい。ボタンがあったので押したくなってしまいました」

「ボタンじゃないよぉ~」

「いやいや、これはもう立派なボタンだね。ナギちんビンビンすぎ~」

「そういう上野先輩も凄いではありませんか」


 月はそう言うと後ろにいた雫の胸を突く。


「ちょ、ばか! ルナちんのへんたーいっ!」

「上野先輩に言われたくないです」

「そ、そうかもだけどさ、急に触るのはなしだよ」

「ボタンがあったので押したくなってしまいました」

「ルナちん、それで言えば許されると思ってるでしょ!」

「いえ、そんなことはないです」


 雫は目を細めてじーっと月の瞳を見つめるが表情一つ変わらない。

 それどころか月は視線を逸らして、凪の胸を次はガッツリと揉み始めた。


「人の胸はこんなにも大きく成長するものなのですね」


 関心しながらも揉む手は止めない。

 揉む度に月の手は胸の中に吸い込まれ、それには目を点にして思わず「凄いです」と興奮気味に独り言ボソリ。

 柔らかさと弾力性にも興味が湧いたのか両手を使って色々な方向から攻め始める。

 その集中力は凄まじく、病院の待合室でキッズアニメを見る子供のよう。

 連続する攻撃性の高い手付きに、凪は堪らず雫に体を預けて白旗をあげた。


「ルナちん終了!」

「なぜ止めるのです?」

「もうナギちん半泣きだよ?」

「確かに目が潤んでいますね。ごめんなさい。つい夢中になってしまいました」

「このおっぱいに夢中になるのは分かるけどさ、ルナちんも女なんだから揉まれ続けたらどうなるか分かるでしょ?」

「分かりません。私には揉む胸がありませんので」


 はっきりそう言って胸に両手を当てる。

 その堂々とした姿に雫は呆れる表情を浮かべて口を開いた。


「はぁ、まぁルナちんには少し早かったかな。今のは忘れて」

「それは無理ですがこれ以上は触れないでおきます」


 何かを察した月は深掘りを避けて話を終わらす。

 その後、凪に対して頭を下げ謝罪。

 謝罪に対して凪は薄く笑みを浮かべて文句一つ言わずに許した。


「それより聞きたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」

「ウチらに答えられることなら何でも」

「ふぅ……うんうん、何でも聞いてぇ~」

「では、単刀直入に聞きますが胸はどうすれば大きくなるのでしょうか?」


 その質問に先輩二人は顔を見合って苦笑を浮かべる。


「やはり何か飲んでいるのですか? それともマッサージですか?」

「一応聞くけどさ、ルナちんは何かしてる感じ?」

「はい。ネットにあるものはほとんど試しました」

「なるほどね。お母さんはおっぱい大きいの?」

「父曰く、それほど大きくはなかったと聞いています」

「そ、そっか」


 二度三度うんうんと頷いた後、分かりやすく頭を抱える雫。

 その横では凪が困った表情で月の胸を見つめていた。

 

 大学一年になる月の胸は楯状たてじょう火山ほどしかない。ほぼ平野へいやである。

 そんな胸を大きくするのは不可能に近いと二人は質問を受けた時点で悟っていた。

 理由は成長期が終わっててもおかしくない年齢だからだ。

 それに無駄な脂肪がない月はマッサージの効果は薄く、母親の胸が大きくないなら遺伝子の可能性に頼ることも難しい。

 二人とも胸の相談は多く受けて来たが、ここまで希望がない人は初めてだった。


「木下先輩はいつから成長したのですか?」

「小学校四年生の時には大きかった記憶があるかなぁ。正直覚えてないんだよねぇ〜」

「上野先輩はどうなのですか?」

「ウチは中一の夏頃だね。おっぱいがチクチクし始めて、服を着るのが苦痛だったのを今でも覚えてるよ」


 真面目な表情で聞く月に先輩二人の心が痛む。

 まだ可能性を捨ててない姿を見てられないのだ。


「では、私も今後その痛みが来ることがあるということですね」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない? てかさ、何でそんなにおっぱい大きくなりたいの?」

「わたしも思ったぁ!」


 誤魔化すように明るい笑顔を見せ、身振り手振りを使って話題を変える雫。

 かなり強引ではあったが、凪も乗るように興味を示す反応を見せる。

 それに月は違和感を覚えることなく、三角座りで膝の上に顎を乗せて喋り出した。


「実は先日とあることを伊東さんに言われたのです」

「へ~なになに?」

「気になる気にあるぅ! 本当に気になるなぁ! わたし超気になるぅ!」


 完全に話題を変えるため、二人揃って興味津々なフリをして前かがみで話を聞く。

 凪に関しては手を胸の前に持っていき、体を大きく弾ませていた。

 隣でそれを見ていた雫は過剰反応すぎるとお腹の肉を摘まみ、落ち着かせて「それでなんて言われてたの?」と話を進める。


「あれはデートで服を選んでもらっている時でした。私の試着姿を見るなり胸元を凝視し、俺は胸大きい方が好きだなと言われました」

「「……」」


 衝撃的な内容に先輩二人は、顔から笑顔を消して黙り込む。

 彼女に対してそんなことを言う彼氏がいるのだと驚きながら、自分だったらショックで立ち直れないなと何とも言えない気持ちになっていた。


「もちろん私自身、男性が女性の大きな胸が好きなことは知っていました。だからこそ、胸を大きくする努力は高校一年生の時からやっています」


 無言のまま聞く二人は『もう三年半もしてるのか』と思いつつ、絶望的な状況だと再認識。同時によく諦めていないと涙が出そうになっていた。


「しかし、また成果は出ておらず、いつまで経っても胸はこの通り小さいまま。一方、大学に通う同年代の方達かたたちは服の上からでも分かるほどの成長を遂げてます。それを見て少なからず焦りはありました。そんな時、彼氏である伊東さんに胸のことを言われ、本格的に危機感を覚えたのです」


 月は「ふぅ……」と小さく息を吐き、左耳に濡れた髪をかける。


「私の胸を大きくする努力は間違っているのではないか、今のままでは胸は大きくならないのではないか。そんな風に考えることが増えました。そのせいか最近は胸のことを聞くと敏感に反応してしまうのです。少し話すぎましたね」


 申し訳なさそうに月は「ここまで話すつもりはなかったのですが。つまらない話をしてごめんなさい」と一言付け足した。

 二人はもちろんそんなことは思っておらず、首を左右に振って言葉を否定する。

 そして全てを理解した雫は手を伸ばして月の頭を優しく撫で、凪は目をうるうるしながら優しく抱きついた。


「二人ともどうしたのです?」

「もっと早くに気付けてあげれば良かったと思ってな。ごめん」


 雫は表情には出さないでいたものの、かなり反省していた。

 空の入部と温泉旅行に集中していたことを言い訳にする気はなく、月をもっとしっかり見ていればこんなことにはならなかったと後悔している。気付けるチャンスがあったから尚更だった。

 クリスマスパーティーで着ていたセーターが、ドロップがデザインした柄によって胸が強調されるものだったこと。旅行の下着選びに対して食いつきが良かったこと。

 無表情の月なりに悩んでいるというSOSは出していたのだ。


「上野先輩が謝ることは何もありません。私の問題なのですから」

「それは違う。ルナちんが温泉サークルに入る時、彼氏の相談乗るって約束したのはウチだもん」

「ですが、私は今日まで二人に相談しなかったわけで――」

「いや、気付けなかったウチらが悪い」

「うんうん、本当にごめんねぇ~」


 改めて頭を下げる先輩二人。

 その行動に月は目を点にする。

 月は別に怒っているわけじゃない。むしろ早く相談しなかった自分が悪いと思っており、先輩たちに頭を下げられるなんて想像もしてなかった。


「顔をあげてください」


 すぐにそう口にしたが、二人はなかなか顔をあげない。

 堪らず月は二人の肩を掴んで顔を無理矢理あげさせる。


「私は二人が悪かったとは全く思っていません。なので、そんな表情しないでください」

「でも、約束を破ったのは事実だし」

「本当に大丈夫ですから」

「じゃ、じゃあ何かお詫びをさせてほしい」


 そう言う雫の表情は真剣そのもの。

 月は何も必要ないとは言えず、少し間を開け「そうですね」と顎に手を添えて考える。

 静寂に包まれる中、水滴が落ちる音が響いたと同時に月は口を開いた。


「でしたら一つお願いがあります」

「おっぱい頂戴は無理だよ?」

「流石に分かっています。お願いというのはですね。この際、胸に関してじっくり話し合いたいというものです。いかがでしょうか?」


 一瞬、雫はそのお願いに瞼を閉じたが、断ることは出来ないので覚悟を決める。


「もちろんオッケーだよ~。ナギちんもいいよね?」

「いいよぉ~。わたしたちも出来るだけのことはしたいしねぇ~」

「ありがとうございます。では、早速ですが――」


 こうして始まった三人の胸会議。

 普段の食事や過去の生活、成長過程など。先輩二人が事細かく話し、最終的にはお互いの胸を触り合って構造を分析。温泉そっちのけで胸について調べつくした。

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