第31話

「凪姉ごめんなさい。さっきは言い過ぎました」

「うぅ……」


 夕食のバイキングに来ているのだが、凪姉はまだ引きずっているようで顔面蒼白。

 その上、まともに喋らず「うぅ」とかしか言わないからゾンビみたいになっている。


「はぁ……」


 こうなったのは僕のせいではあるが、ため息を出さずにはいられない。

 あの時は機嫌が悪く、つい本音を口走ってしまったものの、まさかここまでショックを受けるとは思ってもいなかった。

 今になって思えば、人の趣味を否定するのはよくなかったと思う。

 だから、しっかり反省して謝罪しているがこの通りだ。


「バイキングどうしますか?」

「うぅうぅうぅ」

「な、何言っているのか分からないんですが」


 こちらを見つめて「うぅ」を連呼されても困る。

 謝罪以外の何を求めているというのだ。

 翻訳者が欲しいところだが、雫先輩と十南はまだ来ていない。

 夕食後の温泉の準備をするとかで、先に僕が部屋を出たのだが凪姉だけは背後霊のようについて来ていた。結果、僕が世話をすることになっているわけだ。


「んー、どうしたら元気になりますか?」

「添い寝ぇ」

「……」


 あまりの即答に顔が歪むが何とか戻して口を開く。


「そ、それ以外は――」

「入浴ぅ」

「他は――」

「あーんしたいしぃ、あーんされたいぃ! これ以上は譲れないからっ!」

「は、はい……ではそれをしましょうか」


 圧に負けて了承してしまったが別にこれぐらいならいいだろう。

 添い寝と入浴に比べれば大したことじゃない。

 それに折角の旅行なのに、ずっとゾンビでいられても困る。

 とにかく元気が出たようで何よりだ。


 凄い勢いでバイキングの料理を取り始めた凪姉の姿に一安心しつつ、僕もバイキングの料理をトレイに載せていく。

 取りすぎて残すのは失礼なので、一周目は軽く数品だけにして指定された席に戻った。


「ソラちんはここねぇ」

「あ、はい。失礼します」


 目を輝かせる凪姉に逆らうことは出来ず、指示通り隣に腰を下ろす。


「先に食べますか?」

「ううん、今二人も取ってるみたいだしぃ、みんなでいただきますしてからにしよっかぁ」

「分かりました」


 少しするとトレイを持った二人が席に着く。

 十南は控えめな量だが、雫先輩は食べれるか心配になるぐらい量が多い。

 しかも、普段あまり食べないであろう高級料理ばかりだ。

 人のお金で食べる料理は美味いということなんだろう。


「よーし、みんな揃ったね。では、伊良湖岬に乾杯!」

「「「乾杯!!!」」」


 グラスを軽く響かせ、四人揃って喉を鳴らす。


「やっぱりレモンサワー最高!」

「生ビール美味しいわぁ~」


 美味そうにお酒を飲む二人。

 雫先輩はレモンサワー。凪姉は生ビール。

 僕と十南はウーロン茶だ。


「凪姉お酒飲まないんじゃなかったんですか?」

「初日だけ飲んでいいことになったんだよぉ。ねぇ~雫ちゃん」

「そそー、明日の予定はこのホテル内で過ごす感じだから車使わないしね~」

「そうなんですね。てか、予定決めてたなら言ってくださいよ」

「予定と言っても二日目はホテル内。最終日は海辺って感じで、ざっくりしか決めてなかったし。わざわざ言うほどのことじゃないかなーって」


 それだけ言って幸せそうに厚切りステーキを頬張る雫先輩。

 食事を邪魔するのも申し訳ないので、それ以上は予定の話に触れるのを止めた。

 

 というか隣の人が満面の笑みで口を開けて待っているから話どころではない。

 今か今かとあーんを待っている。

 僕はフォークにローストビーフを折り畳んで刺し、目を閉じている凪姉の口へ。


「んぅ~! 美味しいぃ!」

「それは良かったです」

「出来ればぁ、凪姉あーんっ!って言ってほしいなぁ~」

「はいはい、分かりましたよ」


 次は箸で刺身を持ち、口を開けて待つ凪姉の口へと運ぶ。


「はい、凪姉あーんっ!」

「あーんっ! えへへっ最高だよぉ~」


 一体、僕は何をしているんだと思いつつも自分の食事も進める。

 ローストビーフや白身魚、刺身、蟹、エビチリ、ピザなど。料理の種類は幅広い。

 どれから食べるか迷ったが、まずは薄味の刺身や蟹、白身魚中心に味わうことに。

 次にローストビーフを食べ、凪姉のあーんを挟む。


「空ちゃんもあーんっ!」

「あーん!」


 そんな感じで食事を繰り返しているが、数分経った今も味は全く入ってこない。

 明らかにあーんをし合っているの原因だ。


「こらっ! また勝手に食べてるぅ! ほらぁ、あーんしてぇ!」

「はい、あーん!」

「うんうん、偉いでちゅねぇ~」


 さっきからこのようにあーんし合っているせいで食事に全く集中できない。

 敢えて薄味から食べているのに、エビチリを入れられたりして口の中はぐちゃぐちゃ。

 昼は十南のおにぎりだけだったので、夕食をかなり楽しみにしていたが、これでは味わって食べれていた昼食の時の方が良かった。

 約束とはいえ想像以上にキツい。

 二人の前であーんもなかなか精神的に来るものがある。


「二人は出来てるの?」

「違いますよ。罰ゲームです」

「ご褒美だよぉ~」

「何があったか知らないけど、共感性羞恥が凄いからそろそろ止めて」

「えぇ~」


 この世に共感性羞恥が存在したことに感謝しながらも、共感性羞恥されていたことに羞恥心が襲ってくる。ウーロン茶を飲んで顔を冷ますが効果があるか分からない。


「それにさ、間接キスしてるわけじゃん?」

「うんっ!」

「そんな嬉しそうに肯定しなくていいの。ナギちんはお酒飲んでるわけだし、お箸にアルコールが付くでしょ? ソラちんにお酒を飲ませているようなものだよ」

「気付いてやってたから大丈夫ぅ!」


 この返答には雫先輩も思わず額に手を当てる。


「大丈夫じゃないから。もしソラちんが酔ったらどうする気だったの?」

「わたしが面倒見るもん。全ての責任は負う気だったよぉ」

「はぁ……とにかく普通に食べて」

「むぅ~分かったぁ」


 雫先輩のおかげであーん地獄は終了。

 改めて凪姉の恐ろしさを感じながらも一安心する。

 丁度、お皿が綺麗に無くなったので適当に取りに行くことに。


「何か取ってきます」

「あーうん。ついでに箸も交換しときな~」

「わたしはビールぅ!」

「それは後で自分で取りに行け」

「むぅ、後で行くぅ」


 凪姉はかなりお酒回ってるみたいだが、雫先輩の方はまだ余裕そうである。

 まだ一杯ずつしか飲んでないから凪姉がお酒が弱いのだろう。


「私もついて行っていいですか?」

「ああ、うん」


 黙々と食べていた十南がそう言い、僕を抜かして歩いて行く。

 ついて行くという意味を理解しているか微妙だが、ツッコまずに十南の背中を追った。


「騒がしくて悪かったな」

「いえ、昔から食事は一人が多かったので楽しかったです」

「そうか。僕は地獄だったけどな」

「楽しそうにあーんとしていたではありませんか」

「やめてくれ。黒歴史だ」

「黒歴史?」


 何ですかそれ?みたいな瞳を向けられたので「気にするな」と一言。

 あまり興味がなかったのか深掘りせず、すぐに視線を料理に向けた。

 十南は刺身や野菜、フルーツ、デザートのティラミスをトレイの上へ。

 最後にあっさりしたものを食べ、食後のデザートを楽しむ感じだろう。


 一方、僕は一度目よりもガッツリとローストビーフや白身魚、刺身、蟹、追加で天ぷらとステーキ、鶏肉のグリルを取る。

 まだ何も味わえてないので、デザートを捨ててでもメイン重視で食べることに決めた。


「やはり男性はよく食べるのですね」

「まぁな」

「私はこの通りお腹いっぱいです」


 黒色のワンピースを手で抑え、お腹が出てることをアピールしてくる。

 じっくり見たもののお腹どころか胸すら出ていない。

 むしろ細すぎてもっと食べろと思うぐらいだ。


「普段と変わらないと思うが」

「そうでしょうか?」

「うん。というか細いな」

「一応、健康には気を使っているので」


 細すぎて健康的じゃない気もするが黙っておく。

 十南なりの基準があるのだろう。

 水心も細いのによくダイエットとかしてたからな。


「おかえり。ルナちんもうデザートとか早くない?」

「そうでしょうか? 普通だと思いますが」

「ウチもデザート食べた~い」

「そちらのお皿の上にあるものを食べてからです。残すのはよくないですからね」


 その通りである。

 バカみたいに取ったからには責任持って食べるのが常識。

 量的には完食出来なくもなさそうだが、お酒もあるから怪しいところだ。


「ルナちんに言われたら食べるしかないね~」

「私が言わなくても食べてください」


 雑に「はーい」と返事し、レモンサワーを飲み切る。


「わたしはビール取ってくるけどぉ、雫ちゃんいるぅ?」

「ウチはやめとく」

「分かったぁ」


 危なげない足取りでビールを取りに行く凪姉。

 転ぶ心配はなさそうなので、新しく持って来たフォークを手に取る。

 ウーロン茶で口を直し、改めて料理を頂く。

 その後、終始無言のまま食事は終わり、僕たちは満腹でレストランを後にした。

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