第30話
午後6時。伊良湖ビューティーフルホテルに到着。
外はすっかり真っ暗。車のライトやスマホの光がないと何も見えない。
僕はいつの間にか夢の中に入っていたらしく、満面の笑みの凪姉に起こされた。
それから後ろの二人も起こし、それぞれの荷物を取り出してホテルの中へ。
「うわぁ、景色がいいねぁ〜」
「うん、綺麗綺麗」
「そうですね」
「……」
エントランスを通り、いきなり目に入ってきたのは大きな三角窓から見える太平洋。
雲が掃けた空には星が広がり、少し欠けた月が海を照らす。何とも幻想的な景色だ。
そんな絶景とも言える光景に十南だけが興味を示しておらず、周りキョロキョロと見渡している。凪姉の言葉も耳に入ってないのか反応はない。
「みんな反応悪いよぉ。まだ眠いのぉ~?」
「寝起きだからね。ナギちんは目バッキバキだけど大丈夫そ?」
「大丈夫ぅ! 空ちゃん補給したせいだからぁ」
何をしたか見当はつくので目を細めて見ると笑顔を返された。
特に罪悪感はなく、やってやったという感じだろう。
「私、トイレに行ってもいいですか?」
「じゃあぁ、わたしが荷物持っておくよぉ」
「ありがとうございます」
素早く凪姉に荷物を渡すと軽く頭を下げる十南。
ホテル内に入った時に見つけていたであろうトイレのマークへ歩いて行った。
「我慢してたんだね~」
「こらぁ、雫ちゃん! そういうのは言わないのぉ!」
「はいはい」
「もぉ~、雫ちゃんはぁ」
「ふわぁ~とりあえずウチらはフロントに行こうか」
まだ目が開いてない雫先輩を先頭に僕たちはフロントへ。
「いらっしゃいませ。本日は伊良湖ビューティーフルホテルをご利用いただきありがとうございます」
「チェックインしたいんですがよろしいでしょうか?」
「はい、お名前をお願いします」
「木下です」
「少々お待ちください」
雫先輩の敬語に新鮮さと気持ち悪さを覚えるが口にはしない。
変な人でも一般常識ぐらいはあるということだ。
「木下様ですね。本日より二泊三日、四名様、スペシャルビッグサイズ和洋室Iで承っておりますがお間違いないでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「それではこちらにお名前――」
「ちょ、四人とも同じ部屋なんですか?」
同室なんて聞いていない。
今の今まで確認しなかった僕も悪いが、普通男女が泊る時は部屋を別々にするものだ。男一人に女三人で一部屋は気まずいし、気を遣うことも多くて疲れる。
だから、フロントスタッフの言葉を遮ってでも、雫先輩にそう聞いたのだが「当たり前じゃん」とあっさり返された。
「でも、男女同室だと――」
「もう高校生じゃないんだからさ、そんな男女同じ部屋とか気にすることじゃないでしょ! それにこんな年末に部屋を取れたこと自体ラッキーなの。分かる?」
「分かりますけど出来れば部屋を別にしてもらいたいです」
雫先輩は呆れたようにため息をつき、視線をフロントスタッフに向ける。
「こう言っているんですが、空いている部屋とかありませんよね?」
「申し訳ございません。本日は満室となっておりまして、今から別の部屋を用意することは難しくなっております」
「そう言うわけだからソラちん諦めて~」
部屋がないならどうしようもないので黙って一歩下がる。
それを見てフロントスタッフは苦笑を浮かべていた。
「改めてこちらにお名前――」
紙に必要事項の記入を求められ、代表者として凪姉が慣れた手付きで書いていく。
それが終わると部屋がオートロックであることを伝えられて鍵を渡された。
最後にチェックアウトの説明を軽くされてチェックインは終了。
数分、ロビーから見える夜景を堪能し、十南と合流して部屋へと出発する。
「ウチ一番!」
「待ってよぉ~! わたし二番!」
鍵を開けた瞬間、子供のように走り出してそのままベッドにダイブする雫先輩。
続いて凪姉もベッドにダイブ。
しかし、僕は玄関で立ち止まっていた。
「なにこれ……」
部屋を一望して最初に出た言葉はこれ。
まず部屋の広さが尋常じゃない。
本当に今からここに泊ってもいいのか疑いたくなるほどだ。
「北宮さん、早く入ってください」
「あ、悪い」
後ろにいた十南にそう言われ、恐る恐る中に入る。
靴を脱いでスリッパに履き替え、探検家のように部屋をきょろきょろ。
右側が和風。左側が洋風。
正面には開放的な窓があり、そこから見える景色は圧巻の一言。
エントランスやロビーで見た景色ではあるが、部屋から見える絶景も素晴らしい。
改めてじっくり見ると、月の光も美しいが星の多さに驚かされる。
京都の街中では拝めない星々の数だ。
「そこそこですね」
絶景に惚れ惚れしてるところに水を差すように、十南は淡々と信じられない言葉は吐く。
声の先を睨みながら振り返れば冷蔵庫に紅茶を入れていた。
いくら興味ないと言っても部屋に入って一発目にやることじゃない。
まだベッドに飛び込んだ先輩二人の方が可愛いものだ。
もし第三者が僕と十南の行動を見ていれば、温度差で風邪引くレベルである。
やはり高級マンションに住むと絶景にも見飽きてしまうんだろうか。
「一番高い部屋にして良かった!」
「本当に大正解だよぉ~」
「このベッドふかふかで大きいし」
「一生ここで暮らしたいも~ん」
幸せそうに二人はベッドの上でゴロゴロ。
ベッドは見た感じ成人男性三人分ぐらいの大きさで、十南の家の1.5倍ぐらいある。
正直あのベッドより大きなサイズがあることに驚きだが、期待感は爆上りで寝るのが楽しみで仕方ない。
「え?」
とあることに気付き、思わず言葉が漏れる。
ぴょんぴょんた跳ね上がっていた心も萎えるように一瞬にして収まった。
見間違えじゃないかと思い、目を擦ってもう一度確認を行うが間違っていない。
念の為、雫先輩に確認することに。
「ベッドって三台しかないんですか?」
「うん、そーだよ。スタンダードの部屋なら四台あったんだけどさ、やっぱり人のお金で泊まるからには一番高い部屋にしたいじゃん?」
「だからって……」
「別に大丈夫だよ~。こんなにも大きいんだしさ、誰かが二人で寝ればいい話だし」
確かにそうだが問題は誰が二人で寝るかだ。
雫先輩が誰かと一緒に寝るとは思えない。
そう考えると自動的に僕と凪姉、十南のうちの二人が一緒に寝ることになる。
凪姉と十南が一緒に寝てくれたら、話は丸く収まるがそう上手くはいかないだろう。
「わたしは空ちゃんと寝ていいよぉ?」
「遠慮しておきます。十南と寝てくれると有難いです」
「でもぉ、月ちゃんあのベッド占領しちゃったみたいけどぉ」
そう言われて十南を見るとベッドの枕を自前の枕に変え、その枕の横に色々と着替えなど持って来たものを置き始めていた。
国内から海外まで旅行に行っていると聞き、慣れているとは思っていたが行動が早すぎる。景色を楽しんでいた僕なんかまだ荷物すら置いていない。
圧倒的な経験の差を感じながらも、優先すべきだったのは場所取りだったと後悔する。
「ソラちん、普通は喜ぶところだよ?」
「何でですか?」
「可愛い女の子たちと寝れるチャンスじゃん!」
「涎を垂らす先輩とショタコンと彼氏持ちと一緒に寝るピンチの間違いでは?」
真面目に答えたつもりだったのだが部屋は静まり返る。
「何かおかしなこと言いました?」
「ウチのあれは涎じゃなくて口に含んでた蜂蜜だから!」
「虫が寄ってきて余計に嫌ですよ。というか何恥ずかしがっているんですか」
「別にそんなことないし」
不定はしたもののベッドに顔を伏せる雫先輩。
この人はよく分からないところで羞恥心を発動するから困る。
「空ちゃん!」
「凪姉も何か言いたいことでもあるんですか?」
「あるぅ! わたしはショタコンじゃなくて少年好きなのぉ!」
「はぁ、そんな訂正するより少年好きを修正した方がいいですよ」
「……」
凪姉に関しては否定も出来ず、銅像ように硬直する。
そしてダメージを負ったように顔から倒れ込んで毛布に包まった。
「北宮さん。暖房付けてください」
「ああ、分かった」
「ありがとうございます」
相変わらず寒さには弱い十南に頼まれ、リモコン操作して暖房を付ける。
暖房を付けたのだからコートを脱いでもいいと思うが着たままで、マフラーや手袋、ニット帽を丁寧に片付けていた。
他の二人はベッドから動く気はなさそうなので、僕は和風ゾーンで荷物の整理を始める。それが一通り終わった後は滅多に来れないホテルの部屋を探検して楽しんだ。
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