第29話
ワンボックスカーに乗ること三時間半。
僕たちは渋滞に呑み込まれていた。
愛知県にはすんなり入ったものの、そこからが地獄で数十分は動いていない。
「ふわぁ、空ちゃんも寝ていいからねぇ」
「僕の寝顔見たいだけですよね」
「その気持ちもあるけどぉ、長時間移動は疲れると思うしぃ~」
優しい笑みでそう言うと、少し前が進んだらしくアクセスを踏む。
一番疲れているのは凪姉なのに、相手のことを思えるのは素晴らしいと言える。
だが、その優しさに甘えたら痛い目に合いそうなので意地でも寝る気はない。
渋滞中だと運転手でも手が空く。
つまり、助手席にいる人に対してなら好き放題できるってこと。
それを考えれば寝るなんて自殺行為と言っても過言ではない。
今寝る危険性を簡単に例えるなら、腹を空かすライオンの横で寝るようなものだ。
「二人とも気持ち良さそうですね」
「うんうん。最初の二時間ぐらいはぁ、騒いでたから疲れたんだろうねぇ」
「本当に騒がしかったです」
実は十南と屋内に入った20分後ぐらいに二人が到着。
予定通り運転席に凪姉、助手席に僕。その後ろに十南、横に雫先輩で京都駅を出発。
最初に十南のおにぎりを食べ、次に流行りの曲や世代の曲を歌って楽しみ、三重から愛知あたりで海が見えて写真を撮り、学校の話や勉強の話を始めて今に至る。
やはり日常には目を向けたくなかったようで雫先輩はすぐに夢の中へ。十南はそれに誘われるように瞼を閉じた。
「そう言えばぁ、空ちゃんは旅行とか行くのぉ?」
「昔は幼馴染と時々行ってました」
「へぇ~、幼馴染がいるんだぁ」
「今はあんまり関わらなくなりましたけどね」
クリスマス後と大晦日に会えたのはたまたま。
学科が同じとはいえ拓海がいるせいで関わるのに抵抗がある。
「もしかしてその子のこと好きぃ?」
「えっ……」
いきなりの質問に驚きの声をあげ、凪姉の方を見ると穏やかな笑みを浮かべていた。
「やっぱりねぇ」
「違いますよ」
「違うくないよぉ、その顔はぁ。それでぇ、その子は可愛いのかなぁ?」
「可愛いですよ。でも、高校時代の方が外見はタイプでした」
「あらぁ、大学デビューしちゃった感じねぇ」
全てお見通しのようで楽しそうに話を聞いている。
恋バナをする機会がなかっただけに恥ずかしいが、不思議と凪姉には言ってしまう。
話しやすいというかバカにしてこないというか。聞いてもらって安心する感じ。
「でもぉ、空ちゃんが面食いだったとはねぇ」
「凪姉だけには言われたくないです」
「ふふっ、それもそうねぇ」
一応言っておくが僕は自分のことを面食いとは思っていない。
水心のことも性格が好みで好きになった。
あの明るくて優しい、世話焼きな性格が最高だ。
「空ちゃんの周りには可愛い子が集まってくるのかなぁ~」
「そんなことないと思いますが」
「雫ちゃんも月ちゃんも可愛いでしょ?」
「まぁ可愛いですね」
僕は寝る二人を見ながらそう答える。
「でも、今の雫先輩は口開けて
「いつものことだよぉ。あれはあれで可愛いからいいのぉ」
「そういうものですか」
「てかぁ、他にも空ちゃんの周りに可愛い子いるでしょ?」
「んー、可愛い子……いますかね?」
「んっ! んっ!! んっ!!!」
思い浮かばずに首を傾げると、人差し指を頬に当てて無言でアピールしてくる雫先輩。
その行動には思わず苦笑いを浮かべる。
「凪姉はなんか違います」
「正直なのはいいけどぉ、わたしも女の子だよぉ? 傷付いちゃうぅ!」
「いや、凪姉は可愛いというよりかは美人って感じがして、大人っぽくて頼れるお姉さんなんですよね」
「えへへぇ」
「凄い顔ですよ」
「いいのいいのぉ。空ちゃん成分補給ぅ。ぎゅっぎゅっ!」
渋滞をいいことに凪姉は僕の胸元に顔埋めるように抱きついてくる。
美人とは言ったが行動は可愛いんだよな。
胸は当たっているが問題ない。今日だけで何度このように抱きつかれたことか。
刺激的とはいえ数をこなせば耐性もつく。
「ほら、少し進みましたよ」
「ちぇ~」
残念そうに離れ、軽くアクセスを踏む。
進んだと言っても数メートル。景色は変わらない。
「話戻るけどぉ、幼馴染とは付き合わないのぉ?」
「あっちには彼氏がいるので」
「なるほどぉ。奪っちゃえばいいのにぃ~」
「そんな簡単に言わないでくださいよ。出来たらやってます」
「えぇー、空ちゃん絶対に出来てもやってないよぉ~」
痛いところを突かれて心が痛む。
確かに絶対に出来てもやってない。正確には出来ないからやってないわけだが、そもそもそんな勇気があったら高校時代に告白していたはずだ。
自分でもそれは分かっているし、ヘタレということは十分承知している。
だからといって、それをどうにか出来るかは別問題。
僕も辛い日々を乗り越えるために成長したが、全てが一変したかと言われればそうじゃない。あくまでも部分的な成長だ。
「じゃあ凪姉ならやるんですか?」
「やらないかなぁ」
「僕と一緒じゃないですか。ヘタレですね」
「それは違うよぉ。わたしの場合は奪う必要がないのぉ」
「勝手に寄ってくるとでも言いたいんですか?」
まぁそう言いたい気持ちも分からなくもない。
こんな立派な胸があれば手に入らない男なんかいないと思うのも無理はないだろう。
赤ちゃんからお年寄りまで、みんな夢中になると思うし。
過度なスキンシップすれば意識しない男はいないだろう。
僕の場合はショタ好きの一面見てしまって、違う意味で意識してしまっているけど。
「いやぁ、そういうことではないかなぁ」
「ならどういうことか説明してください」
「説明ねぇ。理解できないかもしれないよぉ?」
「別に構いません」
「そこまで言うならいいけどぉ」
そう言って凪姉は重そうな胸を上下させながら座り直す。
お茶を一口飲み、胸の下で軽く手を組んだ。
「わたしはねぇ、独占欲がないのぉ」
「別におかしくないと思いますが」
「友達に新しい友達が出来てもぉ、好きな人に彼女が出来ても、彼氏に新しい彼女が出来ても何も感じないぃ。これでもおかしくないって言えるぅ?」
「……」
「そういう反応になるよねぇ。分かってたぁ」
苦笑交じりそう言い、僕を一瞥して前を向く。
「んー、わたしはぁ、人からの優先順位に興味がないのぉ。その友達が友達と思ってくれてたら、彼氏が彼女って言ってくれてたら他に親しい人がいても気にしないぃ」
「そ、それって辛くないですか?」
「全然そういう気持ちはないねぇ。彼氏に二番目の女って言われてもぉ、喜んで二番目になるぐらいだよぉ。好きな人が自分を彼女と認めてくれるぅ、それだけで幸せなのぉ」
「理解できませんね」
「最初にそう言ったじゃん」
「そうでした」
独占欲は人間の三大欲求に並ぶほどの欲。
人間と関わるからにはどうしても感じてしまう欲である。
それを何も感じないなんて信じられない。
最初は嘘を言っているんじゃないかと疑っていたが、声音や態度を見る限り本当のようだ。
「というわけでぇ、わたしは奪う必要がないんだよぉ~。わたしがその人に好かれればいいって感じぃ!」
「なるほど」
「だからぁ、空ちゃんに好きな人がいても、これから彼女が出来ても、わたしはぁ大丈夫だからねぇ!」
「どういう意味ですか?」
「空ちゃんが好きってことぉ!」
嬉しそうに笑みを浮かべ、そう言ってくる凪姉。
堂々とこんな風に好きなんて言われることもないので少し恥ずかしい。
もちろんショタとして好きという意味なのは分かっているが、眩しい凪姉の笑顔を見ていられることは出来なかった。
「なんか言ってよぉ~」
「色んなショタにそう言ってるんですね」
「むぅ~、ショタじゃなくて少年にだもん!」
「はいはい」
頑なにショタコンを認めないと思いつつ、適当に話を切り上げた。
凪姉は少し不機嫌になっていたが、それ以上は口を開かず車内は静寂に。
窓から見える空は薄っすらとオレンジに染まり、雲の隙間から太陽が顔を出している。
綺麗だなとぼーっと見つめていると徐々に瞼が下がってくる。
そして視界は真っ暗な闇に包まれた。
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