第28話

「あ、やっと見つけた」

「10分前とは優秀ですね」

「それはどうも。十南が一番か?」

「はい、11時半にはいました」


 遠足前の小学生かよと思いつつも、口には出さずに周りを確認する。


「先輩二人は?」

「まだ来てません」

「そかそか」


 特に楽しみにしていた先輩二人がまだ来てないのは意外だった。

 ああ見えても時間厳守する方だし、変わっているだけで真面目で世話焼き。

 昨夜も『忘れ物しないように』とか『目覚ましかけ忘れないように』などと親や先生のようなLINEが送られてきていた。そのLINEは確か午前二時頃だったか。

 僕は寝ており今朝確認して返事したが返信は未だにない。

 流石に寝坊はないと思うが連絡ないのは心配だ。


「にしても人が多いな」

「はい、ゴミのようです」

「ゴミは動かないだろ」

「では働きアリのようです」

「まだそっちの方がマシだ」


 本当に年末とは恐ろしく、京都駅は旅行や帰省する人でいっぱい。

 水心と別れてからここに来るまで予想以上に時間がかかったのがその証拠だ。

 途中で昼飯を求めてコンビニに寄ったもののサンドイッチやおにぎりは完売。お茶を購入してコンビニを後にした。

 朝食は食べて来たがこの時間はお腹が空く。人混みの中を歩いて疲れたせいで余計にだ。


「何か食べて来たか?」

「今朝は食パンです」

「昼ご飯は?」

「おにぎりを握ってきました」


 そう言って手に持っていた紙袋を軽く上げる。


「マジ?」

「何でそんな目を輝かせるのです? もしかして食べたいのですか?」

「ダメか?」

「構いませんが車に乗ってからにしませんか? ここでは目立つので」

「それもそうだな」


 この場で食べることを強行するほどお腹は空いてないので、とりあえず凪姉の車が来るまで曇り空の下待つことに。

 太陽がないこともあって昼間なのに寒い。しかも、ビルが多く立ち並ぶせいか吹く風全てが強風。無防備な髪を激しくなびかせる。

 隣にいる無言の十南は本日も防寒対策は完璧。白兎のような真っ白なニット帽を着用し、ビル風対策もバッチリ。それでも寒いようで表情は少し険しい。


 特にお互い喋ることなく、変わらない景色を見ること10分。

 二件のLINEが来る。


 ――少し遅れます~


 温泉サークルのグループに、そんな文字と凪姉の胸を揉む写真が送られてきた。

 凪姉は運転に集中しており気付いた様子はない。


「見たか?」

「はい、柔らかそうです」

「写真の方じゃない。文章の方だ」

「そちらでしたか」

「そっちしかないだろ」


 誰が胸を揉む写真を見たか?って聞くんだよ。

 もし僕がそんなことを聞く人間だと思われてるなら撤回してほしいところだ。


「遅れるそうですね。どうしますか?」

「二人が着くまで中に入って待機でいいんじゃないか?」

「賛成です。その前に飲み物を買ってもよろしいでしょうか?」

「ああ」


 僕の返事を聞くなりすぐ近くにあった自販機へ。

 財布を取り出して一万円を投入。当然ながら一万円は戻ってくる。


「え? おかしいですね」


 不思議そうに首を傾げて再度一万円を入れるが自販機は吐き出してくる。

 その後も挑戦を続ける十南。

 お札に息を吹きかけたり、綺麗に伸ばしたりするが入ることはない。

 見かねた僕は財布から小銭を取り出して十南の横に並ぶ。


「何してんだ?」

「北宮さん、この飲み物を購入出来る機械壊れています。お金が入りません」

「いやいや、壊れてないから」


 そう言って取り出した小銭を自販機に入れると自販機のボタンが綺麗に光る。


「どうやったのですか?」

「別に何もしてない」

「でも、私がお金を入れた時は反応しませんでした」

「そら自販機は五千円以上は入らないからな。知らなかったのか?」

「これ自販機というのですね」

「え、そこから?」

「はい。見たことはあり存在は知っていましたが、使ったことはありませんでしたので」


 平然とそんな意味不明なことを言うものだから口を開けて固まってしまった。

 自販機を使ったことがないとか聞いたことがない。この日本で生きていれば、余程の田舎じゃない限りは使うものだ。


「どうかしましたか?」

「いや、何でもない。それで何が飲みたいんだ?」

「温かい飲み物がいいです」

「ならこの紅茶か。ココア、コーンポタージュとかあたりかな?」

「では紅茶でお願いします」

「このボタン押したら買えるから押してみて」

「分かりました」


 ――ドンっ!


「壊れましたか?」

「いいや、今のは飲み物が下に落ちた音だ。そこの扉から取り出せるから」


 下に付いている透明な扉を指差し教えるも信じてない様子。

 何を言っているのですか?みたいな顔をしている。

 こっちからすれば何で早く取らないんだという感じだが、初めてだから温かい目で見守ってあげるべきだろう。


「手を入れて抜けなくなるとかありませんよね?」

「何バカなこと言ってんだ。真実の口に手を入れるわけじゃあるまいし」

「真実の口は嘘をつかない人には何も起こらないので問題ありません。だから、私は安心して手を入れることが出来ました」

「イタリアに行ったことあるのかよ。まぁいいや。とにかく早く紅茶を取ってくれ」

 

 怖いのか小さく息を吹き、白い息を天へ昇らせる。

 数秒して覚悟を決めたのか十南はしゃがんで下の扉を開けた。


「ほ、本当にありました」

「お金入れて買ったからな。逆になかった困る」

「凄いです。本当に凄いです。ですが、渡し方は最低ですね」

「機械に礼儀を求めるな」


 少し時間はかかったが飲み物を無事購入。

 真面目な十南はお金を返すと言ってきたが、数百円を一万円で返そうとされたので流石に断る。受け取らない僕に不満の目を向けてきたが無視して歩き出した。


「本当にいらないのですか?」

「そう言ってるだろ。何度も言わせるな」


 背中を向けてそう言われ、受け取ってもらえないと判断したんだろう。

 諦めたらしく財布にお札をしまい、小走りで人を避けながら僕の隣に並んだ。

 屋内に向かって歩き出したのはいいものの、人通りが多くなかなか前に進めない。

 横に並んでいた十南は徐々に後退。

 周りからの目をかなり気にしているのか、肩を狭めてちょびちょび歩いていた。


「はぁっ!」


 人の波に押され、倒れそうになる十南。

 何とか手を伸ばして受け止める。


「気を付けろよな」

「申し訳ございません」

「手の荷物持つよ」

「ありがとうございます」

「気にするな。後で食べる時にぐちゃぐちゃだったら困るし」


 それだけ言い、周りの邪魔にならないように歩き出すが十南がついてこない。


「何止まってんだ?」

「その……手はもう離してもいいのですよ?」

「この人混みじゃはぐれるだろ。それより今は歩いてくれ」


 返事を待たずに僕は手を引っ張る。

 少し強引ではあるが僕も引っ張られている身だ。お互い様だろう。


 歩くこと数分。

 足を踏まれ、何度も舌打ちをされ、やっと温かい屋内に到着。

 ほっとしたせいか上がっていた肩が下りる。


「大丈夫か?」

「はい。手、もういいですか?」

「ああ、無理矢理悪かったな」

「構いません。おかげで前を歩いていたあなたにヘイトがいっていたので」

「人を盾にするなよ」

「あなたが自分から盾になったのですよ。ありがとうございます」

「それはそうかもだが、なんか感謝されても嬉しくないな」


 小さくため息をつき、近くの壁に体を預ける。

 その隣にちょこんと十南が肩を並べて来た。

 距離は近いがお互い何も言わず、目の前にあるオシャレな人工滝を見つめる。

 ハートや星、丸、花、文字など。落ちてくる水と鮮やかな照明によって表現されており、水が落ちる音も相まって幻想的。

 そんな空間でぼーっとしながら二人が来るまで時間を潰した。

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