第27話
「空、電車きたよ」
階段を上ったと同時に目的の電車が停車。
溢れ出てくる人を避けて何とか電車に乗り込む。
「席座っちゃって良かった?」
「ああ」
年末昼間の電車は通勤ラッシュほどではないが人はそこそこ。
全て椅子は埋まり、軽く立つ人がちらほら。
「家族に拓海を紹介するのか?」
「まぁ連れていくからにはそらね」
「家族は連れてくる人が彼氏って知ってるのか? それとも何も言ってない感じ?」
「んー、ママには言ったけどパパには……」
分かりやすく不安そうな表情を見せる水心。こうなるのも仕方ない。
水心の母親は明るく元気で何でも受け入れるタイプだが、父親の方は少し昭和の親父感のある真面目なタイプ。口数は非常に少なく、怒りはしないが雰囲気は怖い。
「心配する気持ちも分かるが拓海なら大丈夫だろ」
「そうだといいけど」
水心には悪いが心の中では、水心の父親が拓海との交際を認めなければいいと思っている。
頑なに交際を認めず、最終的に何も知らないまま別れることになれば万々歳だ。
でも、話はそうはならない。
あの母親に加え、僕の母さんもいる。
女性陣二人の圧に負け、勝手にしろと言って自室に籠るに違いない。それに年齢も年齢だ。二人で支え合える以上、何も言えないだろう。
「それよりこの服似合ってる?」
ゆっくりと黒のコートを手で開け、中に着ている服を見せてくる。
ダボッとした黒色のハイネックセーターに無難なジーンズ。
ウエストは引き締まって見えるのに、胸があまり強調されていないので落ち着きを感じる。
雰囲気としては色気より母性強めの大人女性。
さっき回し蹴りした人とは思えない。
「よく似合ってるよ」
「ホント?」
「ああ」
「ホントのホントのホント?」
しつこく聞いてくるものだから少し目を細める。
このように何度も聞いてくるのは珍しい。表情も不安そうなままだ。
「ホントだって。てか、何でそんな不安そうなの?」
「パパと会うから落ち着いた恰好じゃないと……分かるでしょ?」
「あーそういうことね」
露出が多い服装を好まない水心の父親。
胸元はもちろん脚を出すのも注意するぐらいで、娘のためを思ってだろうがかなりの過保護。そのせいで実家にいた時は好きなファッションが出来ないとよく嘆いていた。
現在は一人暮らしを始め、好きなファッションが出来るようになったが、実家にそれを着ていけるかと言われれば別問題。父親に注意されるのが目に見える。
だから、水心は必要以上に心配しているというわけだ。
「僕の意見としては今の服装なら何も言われないと思うよ」
「だ、だよね。でも、やっぱり怖くて」
「拓海には聞いたのか?」
「この服初めて着るし、それに拓海だと何でも似合ってるって言ってくれるから参考にならないのよ。褒めてくれるのは嬉しいんだけどね」
そう言って苦笑浮かべる。
彼女の服装をダメだしする彼氏もそういない。
中には露出を嫌う彼氏もいるが、多くは褒めてくれるのが一般的。
拓海もその一般的な方の人間らしく、父親の件も知らないから頼ろうにも頼れない。
そこで幼馴染で付き合いが長く、分かり合い何でも言い合える仲の僕に相談してきたわけだ。ここはしっかり言ってあげた方が水心のためだろう。
「それで僕にはもっと具体的な意見がほしいと」
「そういうこと。あ、ダメだしはやめてね」
「はいはい。まぁパッと見た感じ露出はないから問題ないと思うよ」
「だよねだよね」
「後は胸元も目立ってないし」
「うわっ、胸なんか見てたの~?」
胸元を両腕で覆い、引くような目でそう言ってくる。
真面目に答えたのにこれはない。
「黙るよ?」
「ご、ごめんって。冗談だから」
「はぁ……」
「でもね、アタシもそこは意識してたの」
「意識してどうにかなるもなのか?」
「なるなる! このセーターね、最近流行りなんだけど知らない?」
そう聞かれて改めてじっくり見てみると、この独特な柄はどこかで見たような気もする。だが、どこで見たかは全く思い出せないので気のせいな気もしなくもない。
「知らないな」
「なんか凄くてね、この柄を使って目の錯覚を利用し、体型を隠すことや逆に強調することが出来るセーターらしいのよ」
「へー」
「あんまり信じてないでしょ?」
「信じてないというか言ってる意味が分からない」
「んー、そうだな。アタシは胸を目立たせない柄にしたんだけど、横から見たら分かりやすいと思うよ。ほら見てみて」
ゆっくりと横を向いて胸を見せてくる。
「確かに全然違うな。うん、デカい」
「あ、ありがとう……」
「ただの感想だから感謝はいらない。後、照れるな」
「だ、だって、嬉しかったんだもん」
真っ赤に染めた顔を下向けてコートで胸を隠す水心。
恥ずかしがられるとこっちまで恥ずかしい。
というか嬉しいってなんだよって感じだ。
それにしても、このセーターの効果は恐ろしいものだった。
正面から見た胸と横から見た胸は、もう別物といっても過言ではない。
思わず「デカい」と心の声が出てしまったぐらいだ。
あまり水心に対して胸が大きいイメージはなかったが雫先輩よりかは大きかった。
僕はその胸をさっき突いたわけだが、今思えば触った後に正面から見て何で違和感を持たなかったか不思議である。横から触ってある程度は大きさは分かっていたはずなのに全く何も思わなかった。
鈍感なんだろうか。
「しかし、そのセーター凄いな」
「でしょ! これが大人気でね、入手が困難でアタシも抽選に当たって購入出来たって感じ」
「抽選?」
「うん、大人気で抽選じゃないとオンラインショップのサーバーダウンしちゃうのよ」
「そこまではならんだろ」
「実際になったから抽選になったの。このセーターが凄い上にドロップが有名だから仕方ないんだけどね」
「ドロップって何? ブランドか?」
「あはははは、違う違う。もーボケるやめてよね~」
ボケたつもりは一切ないが爆笑されてしまった。
こっちは真剣にそのドロップというものか人か分からない何かをブランドと思ったんだが、この反応を見る限り違うようだ。
「え、本気で言ってるの?」
「本気だけど」
「マジか」
「うん、マジのマジ」
「じゃあ軽く説明するけど、ドロップは世界的ファッションデザイナーであり、何もかもが不明の顔を出さないインフルエンサー。ファッション界のバンクシーなんて呼ばれてて、ドロップが手掛けた服はトレンドファッションになること間違いなし。斬新なアイデアと男女のコンプレックスに寄り添うアイデアは、ファッション界の新たな時代の扉を開いたとまで言われている逸材よ」
熱く語られてもポカーンとする僕を見るなり、呆れたように手を広げて首を振る。
凄さが伝わってないと思ったのかスマホを弄ってこちらに向けて来た。
「ほら、インスタのフォロワー見て」
「一十百千万……三億!?」
「そう、世界のフォロワーランキングでもトップ10に入ってるわよ」
フォロワー三億を見てしまうと僕が知らない方が変な気もしてきた。
日本人口の約三倍。恐ろしい数だ。
「間もなく、京都、京都です――」
車内にアナウンサーが響き、短い水心との時間が終わりを迎えようとしている。
「そろそろ京都だな」
「喋ってたらあっという間ね」
「ああ。ドロップのことに話逸れたけど、服に自信は持てたか?」
「少しね。パパの前では横を向かないようにするわ」
「それがいいかもな」
電車がブレーキをかけ始め、ゆっくりと駅に止まる。
ホームの人の多さにため息がこぼれるが覚悟を決めて電車を降りる。そのまま人の波に乗って水心を先頭に階段を上っていく。そして流れに従って改札を出た。
「僕こっちだから」
「そ、そうなんだ。ここでお別れだね」
「そうだな」
「さっきはありがとう。空のおかげで何とかなりそうだよ」
「別に。とにかく頑張れよ」
「うん、じゃあ良いお年を」
「良いお年を」
そう言って軽く手を振り、僕は集合場所に向かうのだった。
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