第25話
「それで予定なんどけどさ、12月31日から二泊三日――」
「12月31日!?」
「そそ、明後日だね」
「いやいや、何も用意とかしてませんし、年末年始は実家に帰る予定なんですが」
「そう言われても、ホテル予約しちゃったし」
急展開すぎて言葉は出ないが開いた口が塞がらない。
明後日から二泊三日。しかも、勝手にホテルまで予約されている。
フットワークが軽い人間でも耳を疑うレベルだ。
だというのに他の二人は無反応。
凪姉は知っていたから無言でニコニコしているのは分かるが、知らなかったであろう十南が相変わらず無表情なのは意味が分からない。
驚きすぎて固まっているわけでもなく、上品にジュースを飲んでいた。
「それにソラちん約束したよね? 温泉サークルのメンバーが必要とした場合、絶対に断らないことって!」
それだけ言って満足気な笑みを浮かべる雫先輩。
こちらとしては顔を歪めずにはいられない。
早速、約束を利用され、逃げ道を防がれた。
モデルが唯一の厄介事と思っていたが、この約束は想像以上に幅広く力を発揮しそうでこの先が心配だ。
「あ、皆さんは年末年始帰省しなくて大丈夫なんですか?」
「ウチは実家にはよく帰るし問題な~い」
「わたしは施設みたいなところで育ったからぁ、帰る実家がないんだよねぇ~」
「私は大学に在学中は帰ってくるなと父に言われているので」
何となく察していたが、やはり僕以外は帰省予定がない。
凪姉に関しては施設で育ったという衝撃発言が飛び出し、十南も家を追い出されているようなことを言っていた。
あまり触れてはいけない部分を触れた気がして罪悪感が凄い。
意図的ではなかったとはいえ申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「凪姉、なんかごめんなさい」
「大丈夫大丈夫ぅ。別に自分では普通のことだしぃ~」
「それならいいですが。十南も聞いて悪かったな」
「何がですか?」
「帰省のこと。実家を追い出されてるんだろ?」
「いえ、私は一般人の生活を学ぶために、大学在学中は実家に帰らないように言われているだけです」
「そ、そうか。追い出されたわけじゃないなら良かったよ」
冷静にそう返したが、自分の耳を疑わずにはいられなかった。
一般人の生活を学ぶためって何?って話だ。
以前から薄々思っていたが、十南は一体何者なんだろうか。
家は高級マンションの最上階。家具も高級感あったし、お風呂は最先端。
色々聞きたい気持ちはあるが、今は温泉旅行の件を優先すべきだろう。
「ほら、ソラちん! みんなは行く気満々だよ? それでも駄々こねる気?」
「いや~その……お、お金ないですし」
「お金の心配は大丈夫! あの件で右佐美教授が全額支払ってくれることになってるから」
全て問題ない言わんばかりに雫先輩はピースしているが、僕にとっては断れなくなって大問題だ。他の二人も温泉旅行に賛成しているみたいで庇ってくれない。
「でも、いくら何でも急すぎますよ」
「一日あれば準備ぐらい出来るでしょ?」
「そう言う問題じゃないです。悪いですが実家に帰らせてもらいます」
「はぁ……ウチはソラちんのことを思って誘ってるのに」
「ただ行きたいだけでしょ」
「あはははは……それはそう。でも、ソラちんのことを思ってるのもホント。そのマフラーの贈り主はとある人と一緒に帰省するらしいからね~」
ハンガーにかけられた水心から貰ったマフラーを指差し、雫先輩は口角を軽く上げてそう言う。
気持ち悪いほど遠回しな言い方だが、この話は僕が分かれば問題ないからこれで良かった。むしろ十南にバレてはいけない内容なので素晴らしい配慮と言える。
「親切にありがとうございます」
「そういう約束だからね~」
お菓子を手に取りながらそう言い、更に口角を上げる。
情報を流してくれたことは有難いが、このタイミングで情報を流すあたり策士だ。
以前、クリスマスを水心の家族と一緒にクリスマスパーティーをするのが恒例と言っていたが、お正月は新年会をするのが恒例。
勘の良い人は察したと思うが、僕が帰省すれば二人と鉢合わせることになる。
当然そうはなりたくないので帰省を中止するわけだが、結果どうなるかと言うと温泉旅行に行くことが自動的に決まる。完全に詰んだ。
「それでどうするの~?」
「分かってて聞いてますよね?」
「さぁ~」
「はぁ……温泉旅行に行きますよ」
渋々そう答えたがホッとしている自分がいる。
あの話を聞いてから、まだ拓海とは会っていない。
もし帰省して顔を合わせていたらと思うだけで怖くて仕方なかった。
拓海が怖いわけじゃない。自分自身が何を仕出かすか分からなくて怖いのだ。
最初は久しぶりとか言って前まで通りだろうが、イチャイチャや家族への紹介を見ていたら徐々にイライラが溜まってくることは容易に想像できる。
最終的には理性を保っていられるかどうかも怪しいだろう。
「じゃあ改めて予定を説明するね」
ジュースを一口。
スマホの画面に目をやりながら話を始める。
「えーっと、さっきも言った通り温泉旅行は12月31日から二泊三日。旅行先は愛知県の伊良湖岬。ここまでは大丈夫だよね?」
みんな小さく頷く。
それを確認した雫先輩は話を進める。
「うんうん大丈夫そうだね。で、集合なんだけど場所は京都駅。日時はね、31日の正午」
「昼から出発って遅くないですか?」
「一日目は夜到着だからね。本当はもう少し集合時間が遅かったんだけど、年末の渋滞を考えてこれでも少し早めの出発なのよ」
「なるほど」
渋滞を耳にした凪姉は「五時間……」と呟いていたが何も触れないでおいた。
年末の帰省ラッシュに呑み込まれないことを願うしかない。
「ここまでで質問ある人いる?」
「私からいいですか?」
「お、ルナちん! いいよいいよ~」
「集合場所は京都駅と言っていましたが、具体的にはどのあたりでしょうか?」
「京都イオンの前あたりの予定かな。でも、迷子になる可能性もあるから早めに集合してくれると有難いね~」
修学旅行生かと言いたくなるほどのド真面目な質問。
十南は回答を聞くなりポケットからメモ帳を取り出して丁寧にメモする。
今の時代はスマホのメモ機能を使う人が多いので珍しい。
「他ある?」
「じゃあ僕から。温泉旅行は顧問の右佐美?教授も一緒ですか?」
「来ない来ない。教授がいる旅行とかリラックス出来ないしね~」
個人的には男一人より男二人の方が良かったが、来たら来たで夜が大人の回になりそうな気もする。その可能性を無くすために呼ぶのは
「他に質問は……なさ、なさそうだし次行くね。あっちでの詳しい予定は特に決めてなくて、基本ホテルの温泉を楽しみながら軽く観光する予定だね。荷物は――」
荷物の話になった途端、女性陣たちの口が開き出した。
服や下着、生理用品など。女性にしか分からないような話を始めて、僕が割り込む隙はない。男性の前でしないでほしいと思いながらも、お菓子をつまんでいた。
「――という感じなんだけど大丈夫そ?」
「何の下着を持って行こうかなぁ~」
「ナギちん、その話はもう終わりだって」
「むぅ~、後で買いに行こうねぇ~」
「はいはい」
「空ちゃんも来る?」
急な誘いで一瞬固まるも、唾を飲んで口を開く。
「……あ、いえ、遠慮しておきます」
「遠慮なんていいのにぃ~。わたしぃ、空ちゃんに選んでほしいなぁ~」
「本当に大丈夫なんで。はい、遠慮しておきます」
「そぉ……じゃあ三人で行きましょうかぁ」
何とか乗り切ったが冷や汗が凄い。
せめてもの救いは雫先輩が割り込んでこなかったこと。
意外にも苦笑していた。
「よし、予定はこんな感じかな~。一応、LINEで改めて送っておくから確認しといてね。何かあればウチに連絡ちょーだい! じゃあこれで温泉サークル会議は終わるけど、最後にみんな何か伝えておくこととかある?」
「わたしはないよぉ」
「私もありません」
僕も特にないので首を横に振る。
「おけ。なら帰ろっか」
これにて温泉サークル会議は終了。
無事お菓子は無くなり、コップの中も空。
凪姉は自然に片付けを始め、他のメンバーは帰る支度を始める。
「楽しみだねぇ~」
「はい、私もとても楽しみです」
「月ちゃんは旅行とかよく行くのぉ?」
「家族とは国内から海外まで色々な場所に行っていましたが、それ以外は修学旅行ぐらいでしかないです。なので、少し緊張しています」
「そんな緊張しなくていいのよぉ。楽しい楽しい旅行なんだからさぁ~」
「ですが、こういう友達と旅行するのは初めてで……」
「あらぁ、そうなのねぇ! じゃあ忘れられない初めてにしてあげるわぁ~」
「ナギちん顔と言い方が変態じじいみたいなってるよ~」
「そ、そんなつもりはぁ……」
その一言を聞いて顔を朱色に染め、手で覆い隠す凪姉。
逃げるようにコップを持って部室を出る。
表情と反応を見る限り、恐らく凪姉は別にそういう意味で言ったわけじゃないだろうが、確かにニヤケ面は変態と言われても仕方ないものだった。
それにしても、十南が楽しみにしているとは驚きだ。
いつも通り表情からは読み取れないが、普段より喋るあたり本当に楽しみなんだと思う。
緊張しているとは言っていたが、行きの車でそれもほぐれるに違いない。
雫先輩と車の席が隣の時点で緊張なんてしてる暇なさそうだし。
行きの車内で疲れ切らないか心配だ。
「ソラちんはこのまま帰るの~?」
「何も用意してませんからね」
「そっか。ルナちんは買い物行けるんだよね?」
「はい。下着を選んでほしいです」
「あー、うん。マカシトイテ」
雫先輩は十南の胸元をチラっと見るなりそう答えた。
「何で片言なんですか?」
「いや、何でもな~い」
そんな会話を耳に入れながらもマフラーを巻き、リュックを背負って帰る支度は完了。
「僕はお先に失礼します」
「あーうん。じゃあ、また明後日!」
「熱出さないように気を付けてください」
軽く頭を下げ、部室を後にする。
部室から廊下に一歩出ただけで地獄。
この寒さの中、帰るのは辛いと思いつつもポケットに手を入れる。
凪姉にも挨拶しようと思ったが帰り際に出会うことはなかった。
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