第22話
究極の二択を目の前に手も足も出ず、時間だけが過ぎていく。
そう悩んでうちに、目の前にあったシフォンケーキは姿を消した。
「ん~美味しかった~! そんなに悩むこと?」
シフォンケーキを食べ終わった雫先輩が痺れを切らして喋りかけてきた。
僕は「はい、難題です」と一言。
それに苦笑を浮かべて頬杖をつく。
「女装と言っても基本的にボーイッシュ系の担当。たまにしっかり女装する時もあるけど、あの二人も一緒だから違和感はないと思うよ」
「そ、そういう心配をしてるんじゃないんです。女装は恥ずかしいから見られたくないというか」
「なら女装と思わなければいいんじゃない?」
「どういう意味ですか?」
「えっとね、女が女の恰好すれば、それは女装じゃないわけじゃん? だから、女の気持ちになればいいんだよ~」
「それが出来たら苦労しませんって」
「それもそっか」
可笑しそうに笑みを浮かべる雫先輩。
無理強いすることはなく、僕の文句に怒ることもない。
「でもさ、ウチ思うんだよ。男装とか女装とか古いな~って。カッコイイ女性もいれば、可愛い男性もいる。なら、男装女装とか気にせずに好きな恰好すればいいじゃんって!」
「間違いないですね」
「だけど、今の時代ってまだ偏見だらけ。世の中にはジェンダーレスなファッションを否定する人が少なからずいる。そうなると、好きな恰好するのに抵抗が生まれる」
一旦、姿勢を正して言葉を続ける。
「ウチはね、そういう抵抗を持った人が少しでも減ればいいなって思ってる。みんなが着たい服装を自由に選べるようになってほしいってね。もちろんそれが難しい世の中なのは理解してる。でも、無理な話でもない。ジェンダーレス否定派を肯定派にするのは難しくても、抵抗を持った人から抵抗を無くすことが出来ると思うの。そのためにもウチはソラちんにモデルをやってもらいたい。必ずソラちんを見て自分を出せる人が増える。そう思うからさ」
「綺麗事ですね」
「そう、かもね。もちろん綺麗事って思って流してくれてもいい。けど、ウチはソラちんにはそれだけの力があると思ってる」
「……」
「まぁ決めるのソラちん。嫌なら断ってくれてもいいよ。強制するのも気が引けるし」
雫先輩は全てを言い終え、外を眺めながらストローを咥える。
さっきの熱弁のせいだろうか。
その横顔は不思議とかっこ良く見えた。
――みんなが着たい服装を自由に選べるようになってほしいってね
綺麗事は綺麗事。熱弁したところで、その事実は変わらない。
僕を犠牲に他人を勇気付ける。僕の自由を奪い、他人に自由を与える。
それが雫先輩が口にした内容だ。
捻くれた捉え方をしていると自分でも分かっている。でも、間違っているなんて思っていない。
――必ずソラちんを見て自分を出せる人が増える
どうせ雫先輩は綺麗事を言っておけば了承してくれると思ったんだろう。
確かにこんな熱く語られれば、普通は心が動くものだ。
ジェンダーレスに興味がなくても、世の中のためになりたいなんて思ってしまうに違いない。
だが、僕には通じない。
これはとある会話技術を駆使した綺麗事だとすぐに理解した。
自分のためじゃなくて人のためにお願いする方法。
僕が十南を説得する時に教えてもらったやつだ。
教えたものを教えた相手に使うとは珍しく爪が甘かったと言える。
――ウチはソラちんにはそれだけの力があると思ってる
あぁー! さっきからうるさいんだよっ!
雫先輩の言葉を脳内で再生しやがって!
分かってる、もう自分でも分かってんだよ!
本当は綺麗事なんて言いたくも思いたくもないってことは、自分が一番分かってる。でも、認めたくなかったんだ。
認めてしまったら、それは女装を受け入れることになる。
だから、何かと理由を付けて避け、ずっと目を逸らしていた。
正直、僕はさっきの話を綺麗事なんて思ってないし、自分が犠牲とも自由が奪われるとも思ってない。どちらかと言えば期待されて嬉しかった。
今まで期待とは無縁の人生。ちゃんとした理由があって必要としてくれていることに喜んだぐらいだ。
これが僕の本音。
やっぱり自分に噓をつくことなんて出来ない。
それに女装がどうであれ最初から答えは決まっていた。
条件を譲れない以上は受け入れるしかない。
じゃあ女装をどうするか。そこが問題だった。
悩んだ末、雫先輩の熱弁が僕の考えを変えた。
多分、僕は背中を押してくれる何かが欲しかったんだと思う。
「はぁ……その条件を受け入れることにします。これで僕の条件二つも吞んでもらいますよ」
「はいはい、分かってる分かってる。最初からそういう話だったしね~」
これで後戻りは出来なくなった。
口に出してしまえば終わり。もちろん覚悟した上なので後悔はない。
しかし、覚悟したからと言って、女装が死ぬほど恥ずかしいと思わなくなったわけじゃない。
心の底から恥ずかしいと思う気持ちも、見られたくないという気持ちも現在進行形だ。
言った傍から受け入れたことを撤回したいぐらいである。
でも、その恥ずかしいという気持ちを乗り越えた先に世の中に希望を与えられると思ったら、僕の羞恥心を殺してでもやる価値があるものだと思った。
実際は嫌なことをポジティブに捉えただけだけど。
ただ今後そのように思えたらいいなとは思っている。
「最後に一つ確認したいことがあるけどいい?」
「もちろん、いいですよ」
「さっき言ってた情報共有ってウチは何するの?」
「雫先輩が持ってる拓海周りの情報を僕に流してほしいんです」
「なるほどね。でも、あんまり期待しない方がいいよ」
「謙遜しないでください。雫先輩の情報収集能力は異常です。僕の情報はほとんど知ってましたし、十南で僕を釣れると思ってたあたり過去のことも知ってますよね?」
「あっちゃ~、気付かれてたか」
目の前に広がる白々しい反応に、呆れながらも小さく息を吐く。
前も言ったが、十南の姿は高校時代の水心そのもの。
それを利用して連れてくる作戦だったに違いない。
あの時の『最高のクリスマスプレゼントになったでしょ?』の言葉は、十南が復讐に使える道具という意味ではなく、シンプルに高校時代の好きな人と出会うことが出来てという意味。
僕の過去を知らない限り言えないセリフだ。
「これほど深い情報を持っていて期待しない方が無理な話です」
「あはははは……評価してくれてるところ悪いけど、それウチが集めたわけじゃないんだよね~」
「どういうことですか?」
「簡単に言えば、とある人に交渉して情報をもらってるのよ」
「その人って?」
「言えない。でも、タクちんの情報を貰う交渉はするから安心して」
「それなら別に構いませんが、しっかり情報は流してくださいよ」
「もちろん。ウチは嘘はつかないから~」
そのとある人は気になるが、情報屋だとすれば関わらない方がいいだろう。
目を付けられた一瞬で大学にいられなくなりそうだからな。
大学には変わった人が多くいる。
中には犯罪ギリギリなことをしている人もいると聞く。
僕があの時、誘拐と怯えていたのもそういう話を大学内で耳にしたことがあったからだ。
まぁ下手に手を出さない相手もいるって話。
「そろそろ時間だね~」
「時間? 何かあるんですか?」
時刻は午後12時21分。
一時間近く話し込んでいたらしい。
「今からナギちんとルナちんと温泉サークルの話する予定なんだよ~」
「僕が温泉サークルに入ることは決定事項だったんですね」
「そう言ったじゃん?」
「まぁ言ってましたけど」
本当だとは思っていなかった。
ただ余裕を見せているものだと。
「とにかく行こうか~。ほら、フェ、フェラペニーノの持って!」
「ちょ、それ絶対に二人には言わないでくださいよ!」
「どうしようかな~」
ケラケラと笑いながら逃げる雫先輩を追いかけるようにスタパを後にした。
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