第21話

 席に戻っても雫先輩の笑いは止まらず話が出来そうにないので、先にシフォンケーキを食べる。

 もちもちふわふわの触感。濃厚な抹茶。

 フラペチーノのクリームを付けると、抹茶の苦味とクリームの甘味が調和してとても美味い。

 あの大失敗注文の割には合わないが、タダで食べれていることを考えれば豪華と言えるだろう。


「ソラちんもう少し味わって食べたら?」

「普通に味わってますけど」

「いやいや、こういうのはね、最初は見て楽しむ! 次に撮って楽しむ! 最後に食べて楽しむの! 分かる?」


 今更言われても困ると思うも、口の中にシフォンケーキが入っているので適当に頷く。

 初スタパの僕に優しく指導をしてくれたのは分かるが言うのが遅い。

 雫先輩が笑っている間にほとんどなくなってしまった。


「この角度、この位置! やっぱり映えるね~」


 まだ一口も食べてないシフォンケーキにスマホを向ける雫先輩。その姿はまるでモデルを撮るカメラマンのよう。

 シフォンケーキ単体、フラペチーノの単体、シフォンケーキ&フラペチーノと色んな角度から写真を撮っていた。

 正直、食べ物を撮って何が楽しいのか分からない。周りの女性も同じように撮影しているが、笑顔というよりかは真剣な表情だ。

 恐らく流行りのインスタとかに載せ、ハートを貰うために必死なんだろう。

 今時の女子は大変だなと思いつつ、フォークに刺さったラスト一口を口に入れた。


「えー、もう食べ終わっちゃったの!? ウチまだ一口も食べてないのに」

「雫先輩が遅いんですよ」

「違うもん。普通だし」

「普通ではないでしょ。笑って見て写真撮って」

「見て写真撮るのは当たり前じゃん!」

「じゃあ笑わなかったら良かったのでは?」

「笑かしたのはどこの誰かな?」


 そう返され、目を逸らして押し黙る。


「冗談冗談。そんな顔しないでよ」

「……」

「それよりさ、温泉サークルの件どうするの?」


 シフォンケーキをフォークで切りながら、真面目な表情でそう聞いてくる。

 初対面の時のように端的に話さないのかと思っていたが今回はいきなり本題。

 これは僕のことをある程度理解したからに違いない。

 喜んでいいのか恐怖したらいいのか分からないが、話がスムーズに進む分には悪くはないと言える。


「その件ですが、この三日間じっくり考え、入ることにしました」

「そう」

「あまり驚かないんですね」

「最初から入ると思ってたし、入らすつもりだったからね~」


 意外にも反応は薄く、シフォンケーキを口に運んだ今の表情の方が幸せそうだ。


「なるほど。まぁ条件付きですけど」

「ん、条件? お互い必要とする理由があるのに、ソラちんだけ条件を付けるなんて許可できないよ?」

「あくまでも僕が必要としてるのは十南だけです。なので、雫先輩と凪姉はお互いに含まれていません」

「ナギちんは仕方ないけど、ウチはどうかな~」

「どういう意味ですか?」


 やらしく口許を上げてポケットからスマホを取り出す。

 楽しそうにスマホを弄って、ゆっくり画面をこちらに向けた。


「な、なんですか……これっ!」

「ウチのコレクションだよ」


 向けられたスマホの画面に映っていたのは、僕のワンピース姿と寝顔。


「今すぐ消してください!」

「嫌だね~。ウチのものだも~ん」

「盗撮じゃないですか!」

「撮ったのはルナちんだし。別に性的な写真でもないから問題ないし~」


 問題しかない。こんなものを世に放たれたら僕が社会的に死ぬ。

 それに十南を使っているせいで怒るに怒れない。自分の手を汚さないあたり卑怯な人だ。

 しかし、あの看病の裏側でこんな写真を撮られていたとは考えてもいなかった。

 人が弱っている時に手を出すとは、やはり雫先輩は悪魔である。


「それにさ、ソラちん言ったじゃん」

「何をですか?」

「ワンピースの件チャラにするって」

「あ……」


 数日前の記憶が頭を過る。

 そうあの日、十南に必要とする理由を迫られた日だ。

 僕は雫先輩と一つ交換をした。

 それはワンピースの件をチャラにすることを交換条件に、十南を納得させる言葉を教えてもらうというもの。

 つまり、僕にワンピースの件をとやかく言う筋合いはないのだ。


「か、拡散してませんよね?」

「今ところはね~。でも、このままウチを必要としないと言うならどうなるか――」

「分かりました。雫先輩を必要とします」


 間髪入れずにそう言うと、雫先輩は満足気な表情でスマホを引く。

 何かしらワンピース姿にさせた理由があると思っていたが、まさかこういう使い方をしてくるとは思ってもいなかった。

 必要とする理由がないなら、必要とすると言わせる。

 そのための脅す武器もしっかり用意していた。

 普通の人間が短時間に考え実行できることじゃない。異常だ。

 写真の存在を知っておけば、あの時ワンピースの件をチャラにするなんて言ってなかったのにと後悔するも後の祭り。完全にしてやられた。


「ですが、凪姉の分の条件は呑んでもらいますからね」

「言われなくても~」


 飄々とした表情であっさりと受け入れ、こちらから視線を離さずにフラペチーノを飲む。

 僕なりに引かずに攻めたのだが、迷いなく即答されて少し動揺していた。

 それがバレないようにフラペチーノの一口。雫先輩の顔色を伺いながら話を進める。


「条件ですが二つあります。一つは十南と拓海の関係に触れないこと。もう一つは情報の共有です」

「へー、ウチはその条件のままなら呑む気はないかな~」

「何か不満でもありましたか?」

「不満も何もウチを必要としたんだからさ、呑む条件はナギちん分の一つに決まってるじゃん? 条件二つがいいならウチも条件を一つ提示させてもらうからね~」


 小細工は効かないと分かっていたが、冷静に指摘してくるあたり流石雫先輩である。

 僕は雫先輩と凪姉の二人分と考え、条件を二つ持ってきていた。しかし、雫先輩を必要とすることになった以上、凪姉一人に条件二つという形にするしか無くなった。

 どちらかを一つを選ぶべきなのは分かっていたが、どちらも捨て難く一つに絞るなんて不可能。結果、不自然に思われるの覚悟であのように言ったのだ。


「もし条件が二つだった場合、雫先輩が提示する条件って何ですか?」

「お・た・の・し・み! と言いたいところだけど、それだと選ぶのも一苦労だし、また保留にされそうだから言ってあげるよ」


 僕はそれに小さく頷いて言葉を待つ。


「条件はね、温泉サークルのメンバーが必要とした場合、絶対に断らないこと」

「なかなか攻めた条件ですね」

「そう?」

「はい、かなり。どういう形で必要とされるか分からないのに断れないのは色々と怖いというか。その……性的なことだって……」

「あ、少し言葉が足りなかったね。必要とした場合と言っても、前に言った必要する理由に当てはまることだけだよ。そういう性的な要求は断って構わない。もちろん断らなくても構わないけど」

「こっ、断りますよ! 凪姉とか何するか分かりませんし」

「それもそうだね~」


 お互いそれには意見が合い、苦笑を浮かべる。

 雫先輩が出した条件。絶妙なラインだ。

 凪姉は過度なスキンシップ、十南は拓海との恋愛相談。この二つはどうにかなるが、雫先輩のモデルが未知数。

 想像がイマイチ出来ない上に、どんな服を着るか分からない。

 ワンピースの件もあり、正直かなり警戒している。


「一応、言っておくとウチのモデルは報酬あり。その時々で報酬は変わるけど、最低でも三万は出すつもりだよ」

「三万!? 一回の撮影でですか?」

「もちろん。一般的には高くても五千円ぐらいなんだけどね。ウチの関わるブランドとか色々あってそれぐらいは出すつもり」

「ヌードとかは――」

「ぷっ、ファッションって言ったじゃん! 服着なくてどうするの~」


 確かに言われてみればそうだが疑いたくもなる。

 一般的な報酬の六倍の報酬なんて破格だ。しかも、それで最低ということは場合によっては、もっと貰えるということ。

 怪しまない方がおかしいだろう。


「じょ、女装はしますか?」

「それはある。そのために中性的なソラちんを連れて来たしね〜」

「う、嘘つかないんですね」

「基本的にウチ嘘つかないもん。嘘ついても後々面倒だし~」


 それ以上は何も言わず、残ったシフォンケーキを美味しそうに頬張る。

 全ての情報は出したから後は決めろということだろう。

 女装ありが破格な理由ではないと思うが、僕にとって女装は死ぬほど恥ずかしい。

 それを人に見せるなんて地獄だ。

 しかし、どちらの条件も譲れない。

 条件を減らすか、それとも受け入れるか。

 はぁ……どうしたものか。

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