二章 温泉サークルへ

第20話

 12月29日。

 水心に看病されてから三日後の朝。

 冬休みに入ったというのに、一本の電話で目覚めた。


『ソラちんおはよ~』

「……ん?」

『もしかして寝てた?』

「ふぁ~い、寝てました。まだ朝の9時ですよ?」

『ごめんごめん~』


 相手は雫先輩。

 朝早くに迷惑な人だと思いつつ、顔が寒いのでベッドに潜る。


「で、何の用ですか?」

『今日、ランチ行かないかな~って』

「嫌です」

『何でよ~。ウチの奢りでいいからさ」


 熱が下がり風邪は治ったものの体調は微妙。

 病み上がりということもあり、今日一日はゆっくりすると決めていた。


「嫌ですよ。そもそも何のためのランチですか?」

『え、温泉サークルのこと話そうと思って。ソラちんも喋りたいと思ってた頃でしょ?』


 その一言で目が覚め、ベッドから起き上がる。


「まだ三日しか経ってませんよ?」

『それは一般的な三日。ソラちんが過ごしたのは病人としての三日。考えるには十分な時間だったと思うけど?』

「はぁ……雫先輩には敵いませんね」


 雫先輩が言う通り風邪を引いた三日間は長かった。

 風邪を引いて寝込んでいると言っても、ずっと寝ていられるわけじゃない。寝すぎると嫌でも目が冴えるものだ。

 その間はスマホを触るかぼーっと考え事をするぐらいしかやることはない。

 結果、自然と温泉サークルの答えは固まっていた。


『先輩だからね~。それに連絡手段にも困ってると思ってたし』

「え、そ、そうです。連絡先を交換してなくて……てか、何で僕の連絡先を持ってるんですか?」

『それはルナちんに頼んだからさ~』


 僕は十南と連絡先を交換していない。だとすれば考えられる可能性は一つ。

 看病中に勝手に交換されていたってことだろう。

 今の今まで気付かない僕も僕だが、友達がいない人間は基本LINEなんて開く機会もない。だから、勝手に友達が増えていたとしても気付けないのだ。


「個人情報を奪うなんてこと十南に頼まないでくださいよ」

『常識を教える手間が増えるから?』

「分かってるなら今後はやめてください」

『んー努力はするかな』

「そこは分かったって言ってくれないと困るんですが」

『あはははは……とりあえず11時半に大学近くのスタパに集合ね。じゃあまた後で』

「ちょ……マジかよ」


 それだけ言われ、電話は機械音を鳴らす。

 逃げられた挙句、勝手に予定を決められてしまった。

 予定までは約二時間半。大学までは片道一時間なので二度寝している暇はなさそうだ。


「はぁ……」


 スマホをベッドに投げてため息を一つ。

 布団に包まりながら暖房を付ける。

 そして部屋が温まる待ち朝食の準備を始めた。


          ⚀


 11時20分。

 予定の十分前に言われた場所に着き、店内を見渡すと窓際の席に雫先輩の姿を発見。

 雫先輩も気付いたらしく、席に荷物を置いてこちらに近寄ってきた。


「今日はマフラーとかしちゃってオシャレだね~」

「これは貰い物で」

「へ~誰から?」

「別に誰でもいいじゃないですか!」


 僕の言葉を聞くなりニヤニヤとした表情を向けられる。

 恐らく何かを察したのだろう。


 実はこのマフラー。

 水心から貰ったクリスマスプレゼントだ。

 落ち着いた色合いのチェック柄。肌触りも非常に良く、首が痒くならない。

 好きな人からのプレゼントということもあって気に入っている。


「何ですか、その顔」

「いや、何でもないよ。とりあえず適当に頼もっか」

「あ、はい」


 店内はオシャレな人で溢れており、僕の場違い感が凄い。

 スタパにオシャレなイメージがあったため自分なりにファッションには気を遣ってきたが、これで良かったか正直心配だ。


「ソラちん、スタパにはよく来るの?」

「いえ、初めてです。一人では来にくくて」

「そんなことないって。ぼっちいっぱいいるよ?」


 ぼっちという言い方はどうか思うが店内を見渡せば、確かに一人の人の方は多い。

 パソコンで作業する人や勉強する人、読書する人が大半を占めている。


「でも、値段が高いじゃないですか」

「それはそう! まぁ今日は初めてだし、ウチの奢りだから気にせず頼んでいいからね~」

「ではお言葉に甘えてそうさせてもらいます」

「うんうん! 優しい先輩に感謝したまえ」

「ありがとうございます」


 一人暮らしをする身としては、お金が浮くのはシンプルに有難い。

 出会ったばかりの人に奢ってもらうのは、普通気が引けるものだが雫先輩は別だ。

 色々とあった分、むしろ遠慮する気は一切ない。


「次のお客様どうぞ」

「はーい! ほら行くよ~」


 雫先輩は女性店員の呼びかけに返事するとすぐに僕を連れて注文へ。


「ご注文はどうされますか?」

「えっと、ダークモカモカチョコチップクリームフラペチーノ。カスタマイズはエクホイ、エクソー、エクシロ、ライトアイス。サイズはトールで。後は抹茶のシフォンケーキを一つ」


 ヤバい、雫先輩がなんか分からない呪文を流暢に唱えている。

 恐らく何かを注文をしたんだと思うが、ほとんど分からなかった。

 唯一聞き取れたのは抹茶のシフォンケーキ。多分それは店員も同じ。

 こんな意味の分からない注文されて店員も迷惑がってるに違いない。

 かなり変わっているとは思っていたが、普段からこんな感じだったとは予想外だ。


「はい、ダークモカモカチョコチップクリームフラペチーノ。カスタマイズはエクストラホイップ、エクストラソース、エクストラシロップ、ライトアイス。サイズはトール。それと抹茶シフォンケーキをお一つですね」

「はい」


 思ってたのと違う。

 店員は困った表情一つ見せず、理解して復唱してしまった。

 こんなことがあっていいのだろうか、否、ダメだ。

 このままだと僕もこの呪文を言わないといけないことになる。しかし、呪文なんて何一つ知らない。

 つまり、注文が出来ない。詰んだ。


「そちらのお客様はどうされますか?」

「んー、タイプモサモサチェコチップグループフェラペニーノ。カスタマイズはエクホイ、エクゾー、エクシロ、ライトアイス。サイズはトールでお願いします」

「ぷっ……ソラちん、ヤバいヤバいっ!」

「何がですか?」

「いや、店員さんの顔見てみなよ~」


 なんか可哀想な人を見るように苦笑されていた。

 何言っていいのか分からないから、雫先輩の注文を真似てみたのだが、どうやら失敗したようだ。


「お客様、そのような商品はなくて……」

「この人と同じものを言ったつもりなんですが」

「あ、ダークモカモカチョコチップクリームフラペチーノ。カスタマイズはエクストラホイップ、エクストラソース、エクストラシロップ、ライトアイス。サイズはトールでよろしいでしょうか?」

「それはホットに出来ますか?」

「「ぷっ!!」」


 今度は雫先輩と店員が同時に吹き出した。


「も、申し訳ございません。こちらアイスのみとなっております」

「あ、なるほど。じゃあ、それでお願いします」

「他にご注文はございませんか?」

「抹茶のやつもお願いします」

「抹茶シフォンケーキですね。以上でよろしいでしょうか?」

「はい、以上で」

「分かりました。では、商品が出来るまでそちらでお待ちください」


 初めてのスタパの注文。

 大失敗したことだけは分かる。

 まさか店員にまで笑われるとは思いもしなかった。

 でも、アイスしかないのにホット頼めばそうなるか。

 顔には出さないでいるが死ぬほど恥ずかしい。


「そ、そそそ、ソラちん。狙った? 狙ったの?」

「何がですか? というか笑いすぎですよ」


 ずっと横で声を堪えて笑っている雫先輩。

 僕が注文を失敗したことが面白いのは分かるが、ここまで笑わなくても良いと思う。

 それにあんまり笑うと他のお客様にも迷惑だ。


「だってさ、タイプモサモサチェコチップグループフェラペニーノはヤバいよ。ガッツり下ネタじゃん。フェラペニーノ、フェラペニーノ、フェラ……」

「い、いや、違いますって! 狙ってないですよ! 後、連呼しないでください!」


 本当に狙ってない。なんなら僕はそんなことを言っていたのかと思ったぐらいである。

 無意識だとしても、僕は女性店員に向かってなかなかエグいことを言ってしまった。

 既に死ぬほど恥ずかしかったのに、それ以上の羞恥なんて耐えられない。顔の温度が上昇し、真っ赤になっているのは見なくても分かる。今すぐにでもこの場からチリとなって飛んでいきたい気分だ。

 本当にスタパとは恐ろしい。

 ちゃんとメニューを見れば良かったと後悔しているが、もしメニューを見ていたとしてあの呪文を言えていたかは怪しいところだ。


「ダークモカモカチョコチップクリームフラペチーノ。カスタマイズはエクストラホイップ、エクストラソース、エクストラシロップ、ライトアイス。サイズはトール。抹茶シフォンケーキのお客様!」


 店員に呼ばれて笑いが止まらない雫先輩が商品を受け取る。

 すぐに僕も呼ばれたが店員の方を見れず、下を向いて商品を受け取った。

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