第18話

「そう言えばぁ、空ちゃんはぁ?」

「さっき連絡あって風邪だとさ~」

「あらあらぁ、昨日は寒かったもんねぇ~」


 12月26日午後1時22分。温泉サークル部室。

 空が風邪で寝込んでいる頃、雫と凪は予定通り片付けに来ていた。


「ふわ~あ」


 真昼だというのに雫は大きな欠伸一つ。

 凍えるような部屋を暖めるため暖房のボタンをぽっちと押す。

 それを合図に二人は荷物を置いて防寒具を脱ぎ始めた。


「それより雫ちゃんと空ちゃんってぇ、いつ連絡先交換してたのぉ~?」

「え、いや、交換してないけど」

「でもぉ、連絡あったてぇ……」

「あーそれはルナちんから電話があってさ。今ソラちん、ルナちんの家にいるみたいで――」

「どどど、どういうことぉ!」


 大きな胸を上下に揺らし、物凄い勢いで雫に迫る凪。

 雫は言わなければ良かった後悔しつつ、「まぁまぁ」と凪を落ち着かせようと試みるも、闘牛のように冷静さを失っていて手が付けられない。

 この状態では片付けが出来ないどころか会話もままならないので、空が月の家にいる理由を説明する。


「わたしも看病に行ってこようかなぁ」

「おーい、バカ言わないくださーい。まだ何も片付いてないのに何言ってんの~」

「だってぇ! 空ちゃんの弱ってる姿がみたいもーん! 絶対可愛いよぉ!」


 説明したらしたで面倒な展開になり、雫は細めで「ソウダネー」とだけ返す。


「一人じゃ寝れないとか言ってぇ、手とか掴んでくると思うしぃ~! 汗で気持ち悪いからぁ体拭いとか言ってくれるかもぉ~! あぁぁぁぁ、最高すぎるぅ」

「キモいキモい」

「むぅ~別に妄想ぐらいいいじゃん」


 頬を膨らませて可愛く拗ねる凪。

 その表情は男子が見れば何かそそられるようなインパクトがある。

 しかし、雫にとっては見慣れた表情。お菓子を買ってもらえなかった子供のような表情としか思っていない。


 雫は呆れながらもポケットからスマホを取り出し、写真フォルダを開いて「ほら」と今朝貰ったとある写真を凪に見せる。


「そぉ、そそそぉ、空ちゃんのワンピース姿ぁ! しかもぉ寝顔までぇ! なにこれぇ、どうしたのっ!」

「ルナちんがナギちんのためにって」

「本当に凪ちゃんはぁ、女神だぁ~。ありがたやぁありがたやぁ」

「極秘の品だから今あったことは他言無用でお願いね」

「わかったけどぉ……」


 瞳を輝かせ上目遣いで見つめてくる凪に、雫は眩しさのあまり目を逸らす。

 止まない視線にため息を漏らし、無言のまま視線をスマホへ。

 素早くSNSアプリ――LINEを開き、凪に見せた写真を送信。


「送信履歴は消しといてよ~」

「ふふっ、ふふふふふっ」

「ねぇ聞いてる?」

「もちのろんだよぉ」

「ならいいけど」


 相手にしてられないといった感じで、雫はスマホを直して片付けを始める。

 一方、凪はスマホをニヤニヤと舐め回すように見つめていたが、五分ほど経って下半身に湿りを感じ、ゆっくりとスマホを机に置いて深呼吸。机にあった洗い物を手に持って部屋出て行った。


           ⚀


 四人から二人になった影響は大きく、一時間経っても半分も片付いていない。

 壁の装飾を剥がすのにかなり手間がかかり、無駄にこだわって高い位置まで色々と飾り付けたことを後悔する二人。お互い口には出さないでいたが、徐々に表情から余裕が消え始めていた。


「ナギちんごめんね~」

「いいよいいよぉ~。二日酔いのまま椅子の上に乗るのは危険だもん」

「それはそうだけど、今日は何かとお世話になってるからさ」

「大丈夫ぅ! わたし元気だからぁ!」

「ウチはまだちょっと頭痛いかも」

「結構飲んでたしねぇ~」


 実はクリスマスパーティーの後、二人は凪の家で勧誘成功を祝して派手に飲んでいた。

 クリスマス効果もあってか二人とも普段より度数の高いお酒をチョイス。

 チェイサーなしで飲み続けた結果、酒が弱い雫は泥酔して寝落ち。

 もちろん待っていたのは二日酔い。頭痛&吐き気のオンパレード。

 そのせいで凪にかなり迷惑をかけていた。


「う~、あんまり昨夜の記憶ないな。ウチそんな飲んでた?」

「そうでもないかなぁ~。ロング缶6本ぐらいぃ?」

「そうでもあるじゃん! ナギちんお酒強いから基準がおかしいよね~」

「えぇ~そんなことないってぇ。ちゃんと酔ってるよぉ?」

「いやいや、今朝もテキーラとかウォッカの瓶あって驚いたし」


 雫はお酒を飲み始めて半年になるが凪はまだ一ヶ月半。雫は未だに凪の酔っている姿すら見たことない。

 衝撃的だったのは初めて二人でお酒を飲んだ凪の誕生日。

 凪の限界を知るのに付き合うも、逆に雫が潰れて介抱されるという結果に。

 それ以来、雫は凪の肝臓を裏でブラックホールと呼んでいる。


「でもぉ、半分ぐらいは雫ちゃんが飲んでたよぉ~」

「え、マジ? そら記憶ないわけだ」

「ふふふっ、甘えてくる雫ちゃん可愛かったなぁ~」

「うるさい。てか、知らないし」

「わたしは知ってるからいいも~ん」

「もー忘れろ!」

「それ毎回言ってるねぇ。忘れないけどぉ~」


 雑談しながらも順調に風船と折り紙は片付いていく。

 凪が飾りを取り雫がゴミ袋に捨てるという流れが片付けの効率を上げていた。

 その後も宅飲みの振り返りをしながら片付けを続けて何とか壁の装飾は終了。

 残すは小さなクリスマスツリーだけになった。


「クリスマスも終わっちゃったねぇ~」

「うんうん、今年も早かった。なんかさ、歳取るごとに一年って短く感じるよね」

「分かるぅ~」

「言ってる間に大学卒業するんだろうな~」


 特に喋る話題もなく、それ以上話は続かない。時計の針と飾りの鈴の音だけが部屋に響く。

 しんみりとした空気の中、二人はクリスマスツリーの飾りを外しては袋に入れる繰り返す。

 ここまで既に二時間。水分は取っているものの休憩はなし。ぶっ通しで動いている分、二人とも疲労は限界にきていた。


「はぁ……」

「あと少しだねぇ~」

「ちょっと休憩」

「わたしはやってるねぇ~」


 雫は腰が悲鳴をあげたため、よいしょと椅子に腰を下ろす。

 大きな胸を横目によく肩痛くならないよなと思いつつスマホを操作。

 溜まっていたLINEを返信し、首を回して体を伸ばす。


「雫ちゃん」

「あーもう休憩終わるから~」

「それはいいんだけどぉ、昨日の件……聞いていいかなぁ?」

「気になってたなら、もっと早く聞きなよ~」


 昨日の件、空の勧誘について。

 この話を聞かれることを雫は待ってたまである。

 やっとかと思いながらも腰を上げて凪の横へ。


「で、聞きたいのは計画が変わったこと?」

「そうぅ。暴力はダメだよぉ……」

「あはははは……でも、あのままじゃソラちん間違いなくあの場から逃げてたよ」


 雫はそれを確信していたからこそ荒いが胸倉を掴み、脅しにも近い行動を取った。

 決して放心状態にするつもりはなく、ただこのままでは帰れないという気持ちにさせるための行動。相手が手を出すのも覚悟の上だった。


「正直ね、出会う前は舐めてたの」

「え、どうやって舐めたのぉ!?」

「そっちの舐めるじゃないって。みくびってたの方だから」

「あぁ~そっちねぇ」


 雫は苦笑を見せ、話を続ける。


「まぁ話に戻るけど。ルナちんがソラちんを連れてくる時の話、覚えてる?」

「確かぁ誘拐と思ってたやつだねぇ」

「そー、あれ聞いてね。これは作戦変えるしかないなって思ったのよ」

「それだけでぇ?」

「いやいや、ちゃんと考えた結果だよ?」


 当初の作戦はこうだった。

 月が屋上にいる空を部室に連れてきてクリスマスパーティー開始。

 ケーキを食べながら仲を深め、食後は閉門ギリギリまで雑談。

 幽霊部員でいいからと言い、サークルの入部届を書かせる。

 翌日以降はサークルメンバーが意図的に空と接触を続け、時間をかけて幽霊部員から正式な部員にしていく。

 サークル勧誘ではあるあるの方だ。


「ナギちんも昨日いたから分かると思うけどさ、ソラちんは聞いてたような弱くて何も出来ない男の子じゃなかった。それなりに頭は回る上に普通に抵抗してきたし」

「確かぁ最初の情報だとぉ、空ちゃんは何でもうんうんと聞く賢い犬みたいな感じだったよねぇ」

「そう。文句一つ言わない従順な子」

「情報が間違ってたのかなぁ?」

「それはないよ。多分、短期間で成長したか。もしくは相手によるか。どっちかだね」


 雫がクリスマスツリーの星を取り、装飾の片付けは完了。

 最後に箱に入れて片付けは終了した。


「やっと終わったねぇ」

「思ったよりかかった。はぁ……座って話の続きでもしようか」

「ならお菓子用意するぅ」


 凪は鞄から色々とお菓子を取り出し、ゆっくりと腰を下ろす。


「でも、無事に空ちゃんをメンバーに出来そうで良かったよぉ~」

「それなりに代償は大きかったけどね」

「必要とする理由かぁ」

「そー」

「まさか雫ちゃんがファッション関係のこと言っちゃうとはぁ、わたしも衝撃的だったよぉ」

「うんうん、ウチも衝撃的だった」


 二人はお菓子を口に運びながら笑みを浮かべる。

 この発言を衝撃的というのも無理はない。

 雫のファッション関係の仕事を知っているのは、雫の家族と学校、仕事相手、凪、そして月のみ。他には知られないように完璧な情報管理がされている。


「最終的には言うつもりだったし、早まっただけって考えれば変わらないよ。それにウチが言わないと二人は言ってくれなかったでしょ?」

「それはぁ……そうだねぇ。雫ちゃんが言っちゃったからぁ、もう言うしかなかったしぃ」

「ねぇ~そんな顔しないでよ。あれが最善策だったんだからさ」

「分かってるぅ。みんな言いたくなかったの分かってるもん」


 凪はお菓子をハムスターのように食べている。その頬は大きく膨らむと同時にがほんのり赤く染まっていた。

 雫は悪気があって二人に言わせたわけじゃないものの、みんなが本人に必要とする理由を言いたくなかったことは知っていた。

 だからこそ、凪の嫌そうな表情を見て申し訳なさを感じる。


「もーこの話やめてさ、話しようよ!」

「そぉ、そうだねぇ。しよしよぉ!」


 話が変われば、空気も変わる。

 雫が切り出した話の内容には凪も興味津々。一気に部屋の雰囲気が明るさを取り戻す。

 二人はお菓子を食べ、話に花を咲かせた。

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