第16話

「私を必要とする理由を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」

「……」


 現在、僕は重大な危機に直面していた。


 遡ること数分前。お風呂上がりのことである。脱衣所の扉を開けた瞬間だった。


「うわっ、何でいんだよ」

「ドライヤーの音が止まりましたので、そろそろかと思いまして」


 平然とした表情でそう言う十南。

 恐らく間取りを知らない僕のために来てくれたと思うが、扉の前にいられるのはホラーなので止めてもらいたい。


「服はちゃんと乾いていましたか?」

「この通りバッチリだ」

「それなら良かったです。では、こちらへ」


 案内された先は白を基調としたキッチン。

 必要最低限の家具が置かれており、無駄がなくてとても綺麗。

 開放的な窓からはお風呂場と同じく街を一望でき、絶景を拝むことが出来る。


「そこの椅子に座ってください」

「あ、ああ」


 足を止めて部屋をマジマジと見てるとそう言われ、断る理由もないので椅子に腰を下ろす。十南もエプロンを脱ぐなり僕の前に座った。

 テーブルの上にはコースターに乗った紅茶が二つ。それとポツンと謎の体温計。菓子やパンなどはない。


「落ち着いたことですし、昨日の話の続きをしましょうか」

「え……」


 そして今に至る。

 まさか誘導されているとは思いもしてなかった。

 エプロン姿だったこともあり、朝食を期待していたぐらいだ。

 わざわざ脱衣所まで来るという行動を怪しむべきだったと思うが、あの場に立たれていた時点で結果は決まっていたと言えるだろう。


「何か言ったらどうですか?」


 目の前にいる十南の眼差しからは途轍もない圧力を感じる。

 早く言えというオーラが凄いが、本音を言うわけにもいかない。だからといって、嘘をついても怪しまれる可能性は十二分にある。

 それに後回しという手も使えそうにない。昨日の今日、否、半日も経たずに本題について聞いて来ているのだから、後回しが後回しの意味を持つことはないだろう。

 つまり、今この場で答えるしかないということだ。


「このままでは日が暮れますよ?」

「まだ朝の8時すぎだぞ? そんなに粘るつもりか?」

「話すまではこの状況が続くと思ってもらって結構です」

「分かった。なら話すことにするよ。だけど、一つ条件がある」

「条件とは何ですか?」

「雫先輩に電話させてくれ」

「上野先輩に電話ですね。もちろん構いません。私のスマホからでよろしいでしょうか?」

「ああ」


 それを確認するとすぐにスピーカーにして電話をかけ始めた。

 朝早いので出ないかなと思ったが、3コール鳴って4コール目に入ろうとした時に電話が繋がる。


『頭いてて……あ、ルナちんだ。おはよ~』

「おはようございます。北宮さんが上野先輩と話したいということで電話させてもらいました」

『もしかして朝チュンしちゃった感じ~?』

「それは何で――」

「ちょっとスマホ借りて廊下出ていいか?」

「分かりました」


 半ば強引にスマホを借り、スピーカーをOFFにして廊下に出る。


『本当にソラちんいるじゃーん。昨日の今日でヤっちゃった?』

「んなわけないですよ! 変なこと言わないでください」

『はいは~い。それでウチと二人っきりで話したいことってなーに?』

「その言い方は気になりますが、まぁいいです。実は……」


 あまり時間はかけたくないので簡潔に現状を説明する。

 事情を聞きながら爆笑されたが気にしている余裕などない。

 今この状況をどうにかしてくれるなら、笑われようがバカにされようが良かった。

 もう頼れるのは雫先輩しかいない。雫先輩が僕にとっての希望なのだ。

 

『そういうことね~。事情は分かったけどさ、そんなの適当な嘘付けば良くない?』

「あー見えて十南は察しがいいんですよ」

『ないない。むしろ察し悪いまであるよ』

「本当ですって! 実際、昨日は詰められましたし」


 必死な僕に対し、雫先輩は『ふわぁ~』と大きな欠伸を一つ。


『んー多分ね、詰めてくるのは察してるんじゃなくて納得出来てないからじゃないかな?』

「どういうことですか?」

『えっとね、例えばの話、ウチが実は男でした!って言ったところでソラちん信じないでしょ?』

「当たり前です」

『でも、もしソラちんがウチが男子トイレにいる姿を見ればどう思う?』

「男子だったと思いますね」

『つまり、事実でも噓でもどっちでもいいのよ。納得させるかどうかが重要ってこと~』


 重要なのは納得させるかどうか。

 そう言われても、十南を納得させることはそう簡単ではない。

 今の僕では、その方法を導き出すことは不可能と言える。


「言いたいことは分かりましたが、僕が知りたいのは納得させる言葉です」

『折角ヒントを与えたのに、すぐに答えが知りたいなんて我儘だね~』

「状況が状況なので」

『それもそっか。まぁ別にいいけどさ、ただでは教えられないかな~』

「僕にワンピース着させましたよね?」

『おっとバレちゃってたか~。ちぇ~仕方ないな、今回はそれで手を打つよ』


 ワンピースの件をチャラにすることを交換条件に、十南を納得させる言葉を教えてもらい、雑な応援を聞き流して電話を切る。

 正直、これで大丈夫なのかという心配しかないが他に手はない。

 唯一の手札にして切り札。それを忘れないうちに覚悟を決め、深呼吸をしてリビングに戻った。

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