第15話
いつも行くスーパーやドラッグストアでは見たことのないシャンプーとコンディション、トリートメント、ボディソープが鏡の前に並ぶ。
それらで髪を綺麗に洗い、体の汚れを落とした後、見たことのない湯船へ。
「ふぁ~このお風呂ならずっと入ってられるわ……」
これは浸かり始めてから32分が経過した時の独り言である。
別に大袈裟に言っているわけではない。
このお風呂環境を見れば体験すれば、僕と同じ言葉を漏らすことになるだろう。
お風呂の大きさは、一般家庭のお風呂と比べても、二倍、三倍ぐらいの差があることは明白。
壁や床はツルツルな石で出来ており、大きな窓から入ってくる太陽の光がその石に反射して幻想的な空間を作り出している。このおかげ太陽が昇っている間は電気が必要ないという点も素晴らしい。
大きな窓の外から見える景色は絶景。この街を一望でき、今は綺麗な雪景色を見ることが出来る。ここより高いマンションやビルが周りにないので、裸を見られる心配もない。
浴槽は寝転んでも足を曲げなくていいほどの大きさ。ふざけて大の字になってみたが、余裕に出来てしまい若干引いた。
横には数個のボタン。これがまた凄い。
色々試したところ、首のあたりからお湯が出る機能と床から泡が出る機能あるようで、リラックスする予定が逆にテンションが上がってしまった。
他にもお風呂用とは思えないテレビや飲み物用の冷蔵庫があったが、勝手に触っていいものか分からず手は付けてない。
「ぶくぶく気持ちいいなぁ~」
現時刻は午前7時56分。
大の字になって背中に泡を味わっているが、そろそろ出ないとのぼせそうである。
乾燥が終わるまで残り4分ほど。今上がれば体を拭いて髪を乾かし終わった頃に、ちょうど服を着られるはずだ。
「はぁ出るか」
ボタンを押して泡を止め、手で軽く水を切ってお風呂を出る。
何とも爽やかな朝風呂だと思いながら、下着を手に取ろうするが……ない。
置いていたはずの下着がなく、代わりに青いバラが刺繡された女性用下着が置いてあった。
「パンツと……ぶ、ブラジャーだよな」
手に持って確認して見るが間違いなさそうだ。
あまり触るものでもないと思い、置いてあった場所に直す。
一度、目を閉じて深呼吸して腰にバスタオルを巻いた。
「十南っ! ちょっと来てくれ!」
「はい。今行きます」
小さくそう聞こえ、足音がこちらに向かって来る。
バスタオルの大きさ的に上は隠せないが致し方ない。
「私、お風呂の呼び出しボタンで呼んでくださいって言いましたよね?」
「悪い、忘れてた」
「今回は反応できたので構いませんが、今後は呼び出しボタンでお願いします。それより何かありましたか?」
「あ、ああ。その……こ、これなんだが……」
人差し指を使って十南の視線を下着に誘導する。
「私の下着です。サイズが合いませんでしたか?」
「そうじゃなくてだな……」
「もしかして柄が好みではなかったですか? 新品のものだとこれと他に数枚しかありませんがどうしましょうか」
「待て待て。僕が言っているのはそうことじゃない!」
「ならなんでしょうか?」
純粋無垢な瞳を向けられ、本当に分からないのだと頭を抱える。
まさか男性用の下着と女性用の下着が同じと思っている同年代に出会うとは思ってもいなかった。
雫先輩に女装させるように言われた線も無きにしも非ずだが、服で隠れて見えない下着まで着させるとは思えない。
「男性と女性の下着が違うって知ってるか?」
「もちろん知っています」
「え、知ってるの?」
「当たり前です。バカにしているのですか?」
「いや、バカにはしてない。じゃあ、何で僕がこの下着を着ないことが分からないんだ?」
「言っている意味が分かりません。私からしたらなぜ着ないのか分からないのです」
「それは僕男だし」
「……」
急に
数秒の硬直から解放された途端、僕の顔と置いてある下着を何度も交互に見ては首を傾げている。
「どうかしたか?」
「あなた、女性ですよね?」
「は? 会った時に男性と言ったよな?」
「あれはご冗談ですよね?」
「冗談なわけないだろ」
この様子を見る限り、ずっと僕のことを女性だと思っていたことは間違いない。否定したのにも関わらず、女性と思い続けていたとは流石に予想外だ。
「ですが、サニタリーショーツを着用していたではありませんか」
「サニタリーショーツ?」
「はい、生理用下着です」
「いやいや、履いてないから。あれは男性用下着でブリーフって言うんだよ」
「えっ……そ、そうなんですね」
衝撃的だったのだろう。これには驚きを隠せず、目をパチパチしている。
気持ちは分からなくもない。僕も頭が追い付いていないからな。
生理用下着があったことも、それをサニタリーショーツと言うことも、そのサニタリーショーツがブリーフと似てるということも初めて知った。
「ということは、本当にあなたは男性なのですか?」
「そうだよ。拓海と付き合ってるんだから男の体ぐらい見たことあっただろ?」
「いえ、伊東さんの体は見たことありません。父以外の男性の体はあなたが初めてです」
「そ、そうか。それにしては冷静だな」
「冷静なのはおかしいでしょうか?」
「普通は恥ずかしがったりするものだと思うが」
「それは知りませんでした。恥ずかしがった方がよろしいでしょうか?」
「無理にしなくていい」
僕が男性と分かったところで気にした様子はない。
サニタリーショーツとブリーフの違いを知った時の方が断然反応は良かった。
十南にとって性別はそれほど気にする要素ではないのかもしれない。それともシンプルに僕の性別に興味がなかったか。どちらにしても、拒絶反応を起こされなくて一安心だ。
「乾燥は終わったよな?」
「はい、そちらに乾いた服が入っています」
「分かった。じゃあ、着替えるから出て行ってくれないか?」
「分かりました。バスタオルは洗濯機に入れておいてください」
それを言うなり下着を持って脱衣所から出て行った。
扉が閉まるのを見て、僕は天井を見上げてため息を一つ。
お風呂でしっかり温まり、疲れたを取ったはずなのに体が重い。
ゆっくりと体を動かして乾燥機から服を取り出し、着替えを始めて大事なことを思い出した。
「僕のパンツどこ……」
周囲を探すと洗濯カゴの中にポツンと落ちていた。
まだ少し濡れていたので履くことを躊躇ったが、彼氏持ちの女性の家でノーパンはどうかと思い、我慢して履くことに。
履き心地は最悪だったが謎の安心感はあった。
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