第13話
十南の聞きたいことは気になるものの、優先すべきは閉門に間に合わせること。
そういうわけで僕たちは雪空の下を歩いていた。
雪は先程より勢いを強め、数メートル先がはっきり見えないほどの吹雪。軽く積もり始めている場所も見受けられ、明日の朝には一面真っ白に染まっていることが想像できる。
そんな中、僕は傘もささないでいるわけだが、隣にいる美少女は気にする様子もない。天気予報を見て持ってきていたであろう黒色の傘をさし、目を細めて寒そうにしていた。
「さささ、寒いな」
「あなたがそんな薄着なのが悪いのです。12月も後半、寒いのは分かっていたことでしょうに」
「今朝は晴れていただろ。日中は10度を上回っていたし」
「10度を超えていたとはいえ、その薄着は風邪引く気満々に見えますけど」
だぼっとした白色のパーカーに黒色のワイドパンツ。防寒具はなし。
自分でも12月後半にしては薄着だなと思っていたが、まさか雪が降るまで冷え込むとは思ってもいなかった。
今年の冬は比較的に暖かい気候だっただけに油断していたのが原因だ。
「十南は暖かそうでいいよな」
「そんな目で見てもマフラーも上着も貸しませんよ」
「分かってる分かってる。別に期待してないから」
この雪の中、僕の薄着を見ながら一人だけ優雅に傘をさす美少女に期待なんて出来るわけがない。自分で言うのも何だが、この状況を可哀想と思わないのが不思議だ。
「はぁ……さむっ」
感覚が無くなりそうな手を温めながら独り言を呟く。
カイロを貰ったことを思い出し、急いでポケットから取り出して両手で握り締める。ポケットにしまってただけあって、温かいと思えるぐらいには熱を感じられた。
でも、その熱も雀の涙。現状は差ほどを変わっていない。
数分無言で歩き続け、午後9時前に何とか大学を後にする。
その後、どうするかという話になったが、この吹雪の中、喋るのは困難という結論に至り、近くのファミレスで喋ることになった。
「いらっしゃいませ……って、そちらの方は大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません。スノーマンなので」
「お客様、スノーマンはちょっと……」
「かかか、勝手に雪だるまにするなよ」
その反応に店員は笑いを堪える表情を見せ、咳払いをして口を開く。
「えー何名様ですか?」
「1名と1体です」
「2名様ですね。では、こちらへ」
店員はふざけた返答をすんなりと受け入れ、すぐさま窓際の席へ案内する。
そこはちょうど暖房が直撃する席。店員の優しさに感謝しつつも、スノーマンは誇張した表現ではないのかもしれないと恐怖した瞬間でもあった。
「何か食べますか?」
「い、いい、今はやめとくよ。ど、ドリンクバーだけ頼んでおいて」
震えながらそう言い、座ったばかりの席をゆっくりと立つ。
「どこか行かれるのですか?」
「ちょっとトイレに」
雪塗れのままだと店に迷惑をかけることになる。
濡れることが前提のトイレなら雪を落としても問題ないだろう。
「これは……酷いな」
大きな鏡に映るスノーマンから雪を払う。
吹雪の中を傘なしで数十分歩いただけあり、想像以上の積もり方をしていた。
頭の上とか特に凄く、鏡餅を乗せてるぐらいの雪の量。
服もズボンもビチョビチョ。パーカーの中にもガッツリ雪が入っており、ひっくり返すとドボドボと音を立てて床に落ちた。
折角、トイレに来たので出すものを出して手を洗い、いつもより長くハンドドライヤーを使って少し手を温める。
帰り際にドリンクバーでココアを入れ、零さないようにゆっくり席に戻った。
「遅かったですね。お腹痛かったのですか?」
「雪を払ってただけだよ。後、トイレが長かった理由なんて聞くな」
「心配して聞いたのです。リンゴのように顔が真っ赤だったので、かなり大変だったのかと思いまして」
「勝手に想像するのはやめてくれ。顔が赤いのは寒さのせいだろ」
「そういうことにしておきます」
「いや、実際にそうだから」
呆れながらため息を一つ。
トイレに長くいるもんじゃないなと思いつつ、常識に欠ける十南の発言にうんざりする。本当に余計な一言が多い。言葉を口にする前に一度考えてほしいものだ。
目の前にいる十南は、暖房直撃は流石に暑かったのか上着などの防寒具を外している。雪のせいで髪が少し濡れているが、僕に比べたら全然マシ。
僕の姿を見た後だと到底同じ道を歩いてきたとは思えなかった。
「あ、注文ありがとうな」
「いえ、言われたようにしただけです」
ちゃんと注文をしといてくれたらしく、机にはコーンスープと緑多めのサラダが並んでいる。さっきケーキを食べたばかりだからか控えめだ。
「そのココア、勝手に持ってきて良かったのですか?」
「え、ドリンクバー頼んでくれたよな?」
「頼みましたけど、ドリンクバーがよく分かりません」
「え?」
ドリンクバーを分からないことが分からない。
「まずファミレスという場所に来たのが初めてです」
「嘘だろ?」
「本当です。基本、自炊ですので」
基本、自炊でもこの歳でファミレス初めてはレアケース。
美味くて、安くて、早い。勉強や作業、時間を潰すのにも向いており、活用理由は多く存在する。そんな素晴らしい場所に来たことなかったとは損しているとしか言いようがない。
ドリンクバーを知らない理由は分かったが、この歳でファミレスが初めてという謎は生まれた。
「そ、そうか。まぁドリンクバーを簡単に説明すると、規定料金を払えばドリンクコーナーにあるドリンクを好きなだけ飲むことが出来るサービスだよ」
「なるほど。興味深いサービスです」
「だろ。色んなドリンクを自由に混ぜれるところも魅力的だ」
「それは面白いですね。今日はコーンスープを頼んだので、またの機会に頼んでみようと思います」
初めてドリンクバーを知ったなら、もっとテンション上がるものだと思うが、これっぽちも上がってない。しかも、今日は頼まないとのこと。
一番の驚きはコーンスープは飲み物の代わりだったことだ。
正直、コーンスープは飲み物と食べ物の微妙なラインにいる。個人的には食べ物よりだと思っているが、十南は飲み物よりらしい。
「それで、僕に聞きたいことって何?」
「先程のことです。伊東さんについて何か話そうとしてませんでしたか?」
「……」
質問にすぐに反応できず、姿勢を伸ばしてココアを口にする。
今はもう正直に拓海が二股しているとは言えない以上、別の回答をしないといけないわけだがなかなか都合のいい回答が思いつかない。
的外れな回答で流すことも考えたものの、特に話す話題がないので断念。
使い勝手が良い言葉である別にも、この
仕方ない。ここは雫先輩の横槍を借りるとする。
「雫先輩も言っていたと思うが、紳士的で文句の付け所のない男って――」
「でも、その意見にあなたは邪魔しないでと言いましたよね?」
「それは……雫先輩が言っちゃうと僕の必要性が無くなるじゃん?」
「なるほど。確かにそれはそうですね」
――危ない危ない……
鋭い指摘をされたせいで背中から変な汗が流れ出す。何とかファインプレーで乗り切ることが出来たが予想外の返しには心臓が飛び出るかと思った。
やはり拓海関係には興味津々といった感じだ。
「そうそう。で、聞きたいことってそれだけ?」
この話を長引かせたくないと思いつつ聞くも、十南はサラダを小さな口でパクパクと食べながら首を横に振る。
その姿はお上品で口に食べ物を入れて喋らないあたり行儀が良い。当たり前のことだが、つい忘れてしまうことでもあるだけに育ちの良さが感じられる。
「今のは少し気になったので聞いてみただけです。本題はこれからです」
「ほ、本題……」
さっきの質問の後に本題なんて嫌な予感しかしない。
今すぐこの場を去りたいぐらいだが窓から見える景色は吹雪。逃げたところ次こそ凍え死ぬ。
「あなたが私を必要としている件についてです」
「そ、その件ね」
「はい。初対面の私をあの短時間で必要と思ったことが不思議でたまらないのです。一体、私を必要とする理由とは何なのですか?」
「えっと……」
――復讐に使えそうだから!
なんて言えない。回答が最低すぎる。
口が裂けても言えないし、言ってはいけない。
今回に限っては、さっきみたいに雫先輩の言葉を借りることも不可能。
もう黙ることしか選択肢はないのだが、本題というぐらい気になっていることを
完全にお手上げ状態。ココアをすすって時間を稼ぐことしかやることはないが、ここのファミレスは24時間営業だから無意味な抵抗である。
唯一の救いは十南に急かす様子がないこと。兎のようにサラダをパクパク。犬のようにコーンスープをペロペロすることなく、上品にスプーンで飲んでいる。
「黙ったままですが、もしかして木下先輩みたいに恥ずかしい理由ですか?」
「それはない」
ここは間髪入れずに否定。
僕の理由は最低だが、凪姉みたいには思われたくない。
「じゃあ、なぜ口にするのを拒んでいるのですか? あまり私には言えないことなのですか?」
「それは……」
そろそろ限界。十南の食事も無くなりそうになっている。
頭回しすぎたせいか暖房のせいか顔が熱くなってきた。
体も何だか熱い。頭もふわふわする。
でも、何か言わないと、言わないと、言わないと……。
あ、なんか、ヤバい。なんか目の前が真っ白。ぽわぽわする。
意識が、意識がどこかへ……飛んで……いき……。
――バンッ!
「北宮さんっ!」
なぜか十南が立ち上がってこちらを見ている。
あれ、こんなに十南って大きかったかな。
なんか喋ってるけど何も聞こえないや。
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