第10話
「えーっと、確か聞きたいことってソラちんを必要とする理由だったよね?」
「はい、そうです」
「……」
すぐに理由を言い出すと思っていたが、なかなか口を開こうとしない。
なぜか目を泳がしながら髪を指でクルクルと回している。
「どうかしましたか?」
「あ、いや、ちょっとこれだけ飲ませて」
ゆっくりとグラスを持ち上げ、一気に口に流し込んで喉を鳴らす。
ついさっき飲んだばかりだというのに豪快な飲みっぷり。
その光景から今までの余裕は感じられない。
「うん、オッケー! 大丈夫!」
自分にそう言い聞かせ、小さく息を吐いて口を開く。
「ほ、本人の前で言いにくいだけどさ……ウチ、ソラちんの中性的な顔と身長はあるのに華奢な体に一目惚れしちゃってね」
「中性的な顔……華奢な体……体目当て、ですか?」
「んーそうだけどそうじゃないかな? ソラちんが考えているような体目当てじゃないよ」
「そう言われても……」
僕が冷たい目を向けると雫先輩は苦笑を浮かべる。
「実はウチ、ファッション関係の仕事をしててね。そのモデルを探してたのよ」
「モデル?」
「うん、モデル。で、ウチが見つけたのがソラちんだったの!」
「え、僕が、その……モデルに選ばれたってことですか?」
「そそ。だから、決して疾しい気持ちとかないっていうか。とにかく安心して!」
「状況の理解が追い付かないというか……」
「とにかくソラちんをモデルとして必要にしてるってこと!」
「は、はぁ」
いきなりモデルと言われても実感が湧かない。
まず中性的な顔とか、華奢な体とか、人生で一度も言われたことなかった。一目惚れしたというぐらいだから、褒めているんだろうが男としては複雑だ。
雫先輩の話を鵜吞みにしていいのかも悩みどころである。
真面目な話をすると言っても、やはりこれまでの言動を考えれば信じるのはなかなか難しい。しかし、ここで嘘をついてもメリットがないのも事実。
どちらにしても、モデルという特殊な理由では話し合いは必須だろう。
「ウチ言ったし、次ナギちんの番ね」
「えっ、今のが必要とする理由じゃないんですか?」
「今のはその理由の一つだよ。さっき三人が必要にしてるって言ったじゃん!」
確かに三人が必要にしてると言っていたが、まさかそれぞれ理由が違うとは想像もしていなかった。
しかも、雫先輩の理由は温泉サークルと全く関係のない個人的なもの。そうなると、他の二人も温泉サークルとは関係のない個人的な理由であることは容易に想像できる。
「ほら、ナギちんお願い~」
「しぃ、雫ちゃんだけでいいじゃないぃ?」
「うちだけ理由言うとか不平等だよ! ふ・びょ・う・ど・うっ!」
「うぅー!」
頬を朱色に染め、呻きながらチラチラとこちらを見て来る凪姉。そんな恥ずかしい理由なのかと、こっちまでドキドキしてしまう。
「ひ、引かないでねぇ?」
「内容によります」
こればっかりは内容次第だ。だって、怖いもん。
「そぉ、そのねぇ、わたしは空ちゃんの顔が好きと言うか見ていると癒されるというかぁ……」
これほど恥ずかしそうにするから何かと思えば、僕の顔が目当てのようだ。
顔に関しては雫先輩にも言われてるから、あまり驚きはしない。体まで目当てと言われた後なら可愛いものである。
「空ちゃん引いてないぃ?」
「はい、大丈夫です」
「よぉ、良かったぁ。わたしねぇ、空ちゃんの中性的で幼さがある顔がたまらなくタイプでぇ、正直今すぐにでもチューして柔らかさ確かめたいっていうかぁ。その上、表情も豊かで見ていて一生飽きる気しないしぃ! その控えめの性格とかも押しに弱そうでぇ、それでいて時々見せる強がりがギャップ萌えで可愛いしぃ、真面目な感じも超刺さるぅ! わたしより身長が高いのは仕方ないとしてもぉ、合法的に少年に近い存在と関わり触れ合えるとか最高の癒しというかぁ――」
「ナギちん、それ以上は止めといた方が……」
「はっ! つぅ、ついぃ……」
全く可愛いもんじゃなかった。
あんなにも穏やかでゆったりとした凪姉が、体を乗っ取られたぐらい豹変した現実に今でも頭が追い付いていない。だが、顔だけはしっかり歪んでいる。
ダイヤモンドのような瞳で、早口と激しい身振り手振りで語り出す姿は愛を越えて恐怖。その内容も背筋が凍るものだった。
何とか雫先輩に止められて我に戻ったが時すでに遅し。
凪姉は後悔するように目を逸らして手をもじもじさせている。
「ソラちん、今の忘れてって言ったら出来そう?」
「それは鈍器で頭を殴れと言っているのと同じですよ」
「あははは、間違いない」
「目の前で自分について事細かく語られたんですよ? 一生頭から離れません」
「だよね。まぁナギちんは見ての通り重度のショタコン――」
「じゃないよぉ。少年好きだからぁ!」
机に身を乗り出してそう主張する凪姉。
ショタと少年の何が違うか分からないが、そこは触れてはいけない気がする。
そもそも僕は少年でもショタでもない。年齢的に青年だ。
「あー、はいはい。それでね、リアルショタに手を出すと犯罪になるから出来るだけショタっぽい青年を探してたらしくて、たまたまその要素を持っていたのがソラちんだったみたい」
「もーソラちんは少年だよぉ!」
わざわざツッコむ凪姉は無視し、リアルショタじゃなくても手を出したら犯罪だろ、という言葉は心の奥底にしまい、一度オレンジジュースで喉を潤す。
雫先輩に必要とされる理由はギリギリ許せたが、凪姉の理由は危険を感じるというか危険だ。ずっとくっついたままだったのも今ので納得がいった。
それより一番恐ろしいのは、凪姉が教育学部という点だが、まだ犯罪を犯したわけではないので触れないでおく。
「僕、これ大丈夫ですか?」
「無理矢理何かヤられるわけじゃないから安心していい、と思う……多分」
苦笑交じりに言われても安心できるわけがない。語尾に『思う』とか『多分』とか付け足してるあたり保証は出来ないと言っているようなものだ。
「まぁまぁ、ナギちんも手を出す気はないと思うし。見てるだけ癒されるって言ってたからさ。だよね、ナギちん」
「うんうん、近くで見ているだけで満足ぅ……満足だよぉ。本当にぃ、本当だから信じて空ちゃんっ!」
「そ、そうですね。まだ何かされたわけでもないので今は信じます」
もちろん何かされた時は、すぐに逃げるつもりだ。
「はぁ……良かったぁ」
「ホントに、一時はどうなるかと思ったよ~」
それはこっちのセリフである。
今は普段の凪姉に戻ったから安心しているけど、あのままだったら今頃どうなっていたことか。考えるだけでも恐ろしい。
それにしても、真面目な話を始めてからというもの疲れが増した気がする。
間違いなく僕を必要とする理由が、モデルとショタだったことが原因だ。
こんな斜め上の理由を聞けば、理解と一時的に納得するだけでもかなりの体力を使う。加えて、今後の不安とか心配、その他にも色々と考えれば、はぁ……とため息しか出ない。
このレベルの理由がまだ一つ残っているかもしれないと思うと気分は落ちる一方だ。
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