第6話
「ほら、よしよしすんのもそれぐらいにして、ナギちん自己紹介おねがーい」
「ん〜分かったぁ〜」
少し悩んだ末、物足りなさそうにしていたが、ゆっくりと手を止めた。
やっとかとホッとして長く息を吐く。だが、小声で「またすればいっかぁ」と聞こえ、思わず顔を歪ませた。
「えーっとぉ、わたしの名前は
そう言いながら首に手を回し、覗き込むように柔らかな笑みを僕に向ける。頭を撫でられる行為から解放され安心したのも束の間、更なるスキンシップが待っていた。
顔と顔の距離は数センチ。少し体制が崩れれば、唇が触れ合ってもおかしくない。
平気で胸を当てて来た時から感じていたが、この人の距離感は狂っている。世間ではこういうタイプの人間を天然と言うのだろう。
凪姉は自分の容姿・体型の良さをもっと自覚すべきだと思う。
セミショートで薄紫色のボサボサな髪。綺麗な鼻筋に乗る黒縁の丸メガネに、ふっくらと膨らんだ唇。立派な胸がある割には身長は小さく、男性が好きそうな体型をしている。美人という言葉がとても似合う女性だ。
「は、はい、よろしくお願いします。な……凪姉」
「早速呼んでくれて嬉しいよぉ~。よろしくねぇ~」
キラキラした笑顔が心臓に悪い。
理性が壊れる前に、僕の心臓が先に壊れそうだ。
「もー暑苦しいからそんなひっつくなよ〜」
目を細めて鬱陶しそうにそう言うサンタクロース先輩。
離れろと手でシッシっと追い払う仕草に、凪姉はむぅーと頬を膨らませて首から手を離す。
「次、ウチね。経営学部経営学科2年、
「言われなくてもそうしますよ」
バカにするように一部言葉を強調してきたが、動じることなく言葉を返す。
それが面白くなかったのか目を細め、すぐさま視線をグラスに移して赤紫色の液体を注ぎ始めた。
――黙っていれば、よくいる大学生なのに、な。
目の前の光景にそんな感想を抱きながら雫先輩を観察する。
血色感のない人形っぽさに泣き腫らしたような赤い目元、濃い紅色の唇。綺麗に手入れをされた黒髪にピンクのインナーが映え、高い位置のツインテールが兎の耳みたいになっている。最近よく見る地雷系だ。
身長は女性の平均ぐらいか少し高めか。スラーっと伸びたやや筋肉質な脚と引き締まったウエスト。出るところは出ておりスタイルは良い。
「なに~? ジーっとこっち見てウチに惚れた?」
「んなわけないですよ」
「あっそ」
冷え切った声音。つまんなさそうにグラスの中身を回す。
僕にとっては、その反応を見れて最高に気分が良いので、思わず口許が弧を描いた。
それを横目で鋭く見るなり、グラスの中身を流し込み音を立てて机に置く。
「ルナちん、自己紹介~」
「経済学部経済学科1年、十南月です」
「はい、良くできました。ってことで、ナギちんケーキ切って~」
「喜んでぇ~」
よいしょと手を伸ばして包丁を手に取り、小さく唸りながらも手際良くケーキを四等分していく。
ぶにゅーっと胸が押し当てられているが、それよりも目と鼻の先に包丁があることが怖くてたまらない。切り始めた以上、止める方が危ない気がして体を縮めることしか出来なかった。
「空ちゃんはオレンジジュースでいいぃ?」
「あ、はい」
相変わらずくっついたままグラスにジュースを注いで行く。
僕と十南はオレンジジュース。雫先輩と凪姉は赤紫色の液体だ。
「ルナちんも座りなよ。食べるでしょ?」
「いえ、私は――」
「も~機嫌直してよ~! お~ね~が~い~!」
「はぁ……では体も温まってきたので食べることにします」
やはり機嫌が悪かったようで、十南は仕方ないといった感じの態度を見せる。
観念して座ったのも機嫌が悪い人みたいな扱いをされるのが嫌だったか。甘そうなショートケーキのおかげだろう。
本人は頑なに本音を言わず別の理由を述べていたが、流石に数分で体が温まったは無理がある。寒いのが嫌いな十南なら尚更だ。
「やったね~! ルナちんはこっちこっち!」
雫先輩がトントンと叩いた椅子に「失礼します」と一言呟いてから腰を下ろす。
隣は嫌がるかと思ったが、そんな素振りは一切なかった。恐らく最初から座るなら雫先輩の隣の席と決めていたのかもしれない。
僕の横か雫先輩の横なら、よく知っている後者を取るのは当然とも言える。
テーブルの上を見ると食べる準備が出来たようで、綺麗に四等分されたケーキとグラスが、それぞれの席に並べられていた。
クリスマスは一人で寂しくと思っていただけに、初対面の三人とケーキを食べることになるとは予想しておらず、現状を今でも信じられない。実を言うと一人で寂しくすら信じられてなかったぐらいだ。最早、この状況は事件と言ってもいいだろう。
「ナギちんは座らないの?」
「ここでいいわぁ。空ちゃん寒そうだしねぇ~」
食べる時まで離れないのか。
そんな感想を抱きつつ、頭の上にケーキを落とされないことを願う。季節的に虫は寄って来ないだろうが、ベタベタ状態で甘い匂いを漂わせるのは御免だ。
根本的な問題である胸の方に関しては問題ない。別に慣れたわけではないが、それ以上のスキンシップやその他色々あったことで感覚が麻痺している。刺激が刺激を押し殺した感じだ。
「みんなグラス持って~! 改めてメリークリスマス~!」
「メリークリスマスぅ~」
「メリークリスマスです」
「め、メリークリスマス……」
順にグラスを当て合い、キンっと高い音を響かせ口へ運ぶ。
「う、まい……」
強めの甘味と控えめな酸味が舌中を駆け巡った後、乾き切っていた喉を潤す。少し冷たかったが、当てられた胸の影響で火照ってい体には丁度良い。美味しさのあまり二度、三度ゴクゴク喉を鳴らすとグラスの中は空になっていた。
「おかわりいるぅ?」
「あ、お願いします」
ここは凪姉の言葉に甘え、オレンジジュースを注いでもらう。
「ありがとうございます」
「いいのよぉ~」
次はフォークを使いケーキを頂く。
そこまで甘いものは好きではないが、ショートケーキぐらいなら平気だ。
「空ちゃん美味しいぃ?」
口に入れると頭の上から不安そうな声音でそう聞かれる。口に入ったまま喋るのは行儀悪いので飲み込んでから「はい、美味いです!」と答えた。
ふわふわのスポンジに絶妙な甘さの生クリーム。イチゴは少し酸っぱいが悪目立ちしておらず、むしろ良いアクセントとなっている。
疲れていただけに甘いケーキが、体の隅々まで染み渡り癒される。最高だ。
「そ、そっかぁ~。良かったぁ~」
「良かった?」
「実はね、そのショートケーキはナギちんの手作りなんよ~」
「手作り!?」
「えぇ、もしかして手作り無理だったぁ?」
派手に反応したせいか、また不安そうな声音で聞いてくる凪姉。
手作りと聞き驚きはしたが、そういうわけじゃない。嫌なら今頃、吐き出している。
「いえ、全然平気です。てっきりお店のケーキだと思ってたんで、凪姉の手作りと聞いて驚いたというか」
「えへへぇ、嬉しいこと言ってくれるねぇ~」
「僕はただ思ったことを言っただけで」
「それでも嬉しいのぉ~! お礼にちゅーしてあげるぅ~」
「あ、それは結構です」
光のスピードで断ったことがショックだったらしく、僕の頭の上に顔を乗せて覇気のない声で「ばかぁ、空ちゃんのばかぁ」と連呼している。
OKを貰えると思っていたことにこちらとして驚きだが、何か言うのも面倒なので構わず美味しいショートケーキを食べ進めた。
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