第5話
初対面の人に対して失礼ではあるが、非常に気持ちの悪い笑みだ。そのまま口角が切れ、口裂け女にでもなるんじゃないかと思うほどである。
サンタクロース先輩が言った言葉。すぐにどういう意味か聞き返すべきだったが、頭の中を色んなことが過り、未だに何も言えていない。
一体、どこまで僕のことを理解しているのか。
「そろそろ体も暖まって動く頃でしょ。座って話そうよ、ソラちん」
そう促されてショーケーキが置かれた机の周りにある椅子に濡れたズボンをつける。サンタクロース先輩も僕が座ったのを見るなり対面する位置にゆっくりと腰を下ろした。
他の二人は部屋の扉側に立ったまま。逃げ道を塞ぐためだろう。
暖房が効いた部屋に数分いたこともあり、冷え切って感覚がなかった体は嘘のようにポカポカしている。なのに、さっきの一言で寒気を感じ、目で分かるぐらいしっかりと鳥肌が立っていた。
無表情で何を考えているか分からない十南の次は、笑顔で何を考えいるか分からないサンタクロース先輩。個人的には後者の方が不気味で苦手だ。
「ナギちん。ソラちんが寒そうだからさ、温めてあげてよ~」
「もちろんいいよぉ~。風邪引いちゃうと大変だしねぇ~」
トナカイ先輩は「ふぅ」とフードを脱ぎ、癒されるようなおっとりした声でそう言った。
今の今まで見ているだけの存在だったトナカイ先輩が、僕の後ろに素早く回り込み、優しく自分の体を僕の体に密着させる。予想外の行動に目を見開いて息を呑む。温めるという言葉を聞き、毛布をかけてくれるのだろうと油断していた。
――あ、当たってる……
初めて感じる暴力的でありながらも包み込んでくれる柔らかさ。その正体が女性の胸だと理解するのに1秒もかからなかった。男性の本能なのか何なのか。
そう理解するや否やトナカイ先輩の胸など一度も見たことないのにも関わらず、脳内に大きく実った胸がはっきりと浮かんでくる。
後頭部に目が付いていたとしても服の中までは見えない。でも、僕の脳内では肩に大胆と置かれ、首元にフィットするトナカイ先輩の乳白色で艶やかな胸が見えていた。
――ヤバいヤバいヤバい……マジでヤバいっ!
いくら耐性があるとはいえ、これは今までのものとは格が違う。見るのと触れるのでは天と地の差がある。
冷静を装っているつもりではあるが、いつ理性が飛んでもおかしくはない。さっきのような油断をすれば、本当にどうにかなってしまいそうだ。
離れてほしいと言いたい気持ちは山々だが、こんな絶好の機会を……じゃなくて、目の前にいるニヤケ面をしたサンタクロース先輩を見てると、意地でもそんなことを言う気にはなれなかった。
「寒くないぃ~?」
「ひゃっ! はい……」
いきなり耳元で囁くもんだから、心臓が大きく跳ね声が裏返った。自分でもどこから声を出したのか分からないぐらいにはキモい声が出た自信がある。恥ずかしい。
「ふふっ、そんなに緊張しなくてもいいのにぃ~」
次は口で反応せずに、首を縦に二度振った。
「ぷっ、ソラちん大丈夫~?」
「な、何がですか?」
「別に~大丈夫ならいいけどね~」
完全に心情を理解した上で、このような問いをしてくるのだから非常に性格が悪い。僕の顔をニヤニヤと眺めながら可笑しそうに何度も笑う姿は、下等生物を虐めて楽しむ悪魔のようだ。
色々と言い返したいことはあるが、完全アウェーな状況でなかなか強気にも出れない。
「ルナちんも座りなよ」
「私はここで構いません」
「まだ怒ってるの~?」
「いえ、怒ってないです。ここが一番暖かいから動きたくない。それだけです」
「そう」
十南の断りを気にする様子もなく、静かに引いた椅子を元に戻すサンタクロース先輩。一度座り直し、パッと手を叩いて話を切り替える。
「んー、まずは自己紹介から始めようか~」
こういうのは普通言いだしっぺが一番にするもんだが、ここは僕からいかせてもらう。
がっつり胸を当てられ、かなり動揺した姿を見せてしまったので、少しでも余裕のあるところを見せておきたいのだ。
このままでは舐められっぱなしで終わりそうだからな。
「じゃあ、僕から。工学部情報科学科1年、
「あ、ごめん。ソラちんは自己紹介しなくていいから。もうみんな知ってるし」
「へ? あーそ、そうですか」
自己紹介がほぼ終わった後に、わざわざ言う必要があっただろうか、否、絶対になかったと言える。主導権を握り続けるため、敢えて無駄な一言を挟んで来たとしか思えない。
別に指名されていたわけじゃないから文句は言えないけど、あの言い方をされて自己紹介しないのも常識的に考えておかしいだろう。
慣れないことはするもんじゃないなと思いつつ、衝動的に出しゃばるんじゃなかったと後悔しながら視線を斜め下に落とす。
「もぉ~
「だって、必要ないし」
「まったく、雫ちゃんはぁ。本当にごめんねぇ~空ちゃん」
何もしてないトナカイ先輩が申し訳なさそうに代わりに謝ってくる。特に怒っているわけでもないので、胸を避けるように首を捻って「気にしないでください」と苦笑した。
「空ちゃんは優しいのねぇ〜」
「いえ、これぐらい普通ですよ」
「そんな謙遜しなくてもいいのにぃ〜」
我が子を見るような瞳で見つめ、僕の頭を優しい手付きで撫でてくる。初めての経験に一瞬固まったが、恥ずかしくなり前を向いた。
そんなことはお構いなしと言わんばかりに、トナカイ先輩の手は止まらない。困惑のあまり反応出来ず、僕はされるがままペットショップの猫のようになるのであった。
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