第3話
貰ったカイロをポケットにしまい、軽い足取りで十南の横へ。
「ありがとうな」
「感謝されるほどのことではありません。それにあなたの寒そうな姿を見ていると、私まで寒くなってしまいますから」
「それは悪かったな」
そこは「いいえ、これぐらい人として当たり前の行動です」とか言えないかね。
素直じゃないと言うか、一言無駄が多いと言うか。何とも不思議なやつだ。
さっきだって、最初から用があると言えばいいところを言わず、最終的には遠回し伝えて来た。何でわざわざ面倒な言い回しをしているかは分からないが、頭が回ってない今の僕には非常に会話しにくい。
はっきり言ってくれれば……思い返してみればはっきり言っていると言えば言っているのか。全て口に出さなくてもいいことだけだけど。
「いつまで黙ってるんだ?」
「あなたを連れてくるように先輩たちに言われたのです」
「は、はぁ……?」
何を言っているのか分からず、口を開けたまま首を傾げる。
問いを無視して急に喋り出したと思ったら、いきなり本題の答え。誰でもこんな反応になるだろう。話下手にもほどがある。
それより先輩に呼ばれる心当たりがない。
僕に先輩の友達はいないし、もっと言えば友達すらいない。
水心と拓海を友達と呼んでいいなら二人いると答えるが、今の関係を友達と言えるかは怪しいところだ。
つまり、僕を連れてくるように言う人間はこの大学にいないということ。最近、先輩に関わった記憶もなく、注目を浴びるようなこともしていない。
――誘拐?
心当たりが全くない以上、思いつくのはこれぐらい。
小学生の時に、知らない人について行ってはいけません!と言われていたことを懐かしく思いつつ、大学生の自分には関係ない話だと小さく頷く。
「それで先輩は何のために僕を?」
「お金のためです」
うん、これは誘拐ですね。
頭がそう判断した途端、心臓が大きく跳ね、急に鉛のように足が重くなった。冷え切った体から気持ち悪い汗が流れ、右腕が小刻みに震える。薄暗い廊下が不気味に感じ、隣にいる無表情の十南が怪しく見えて仕方ない。
「どうかしましたか?」
「あ、いや……」
足を止めたことを不思議に思ったのか十南はこちらをジーっと見つめて一言。
その瞳を見ていられず、きょろきょろと視線を泳がせる。同時に回らない頭をぐるぐると回す。あれでもない、これでもないと現状の打開策を考えていたが、何も思いつかないまま鼓動だけが早くなっていく。
一旦、深呼吸をして落ち着こうと思い、瞼を閉じてゆっくりと開ける。
「うわっ!?」
「私を見るなり悲鳴とは失礼ですね」
「な、なに?」
「一向に動こうとしないので、わざわざ様子を見に来たのです」
「あ、そういうこと」
「とにかく行きますよ」
感覚のない手を握られ、引っ張られるように連れて行かれる。
続けて十南が小声で「私もこんなことはしたくないのです」と言うもんだから、僕の顔は自然と引きつり、脳内に誘拐の二文字が大量に駆け巡る。
ドラマやアニメでは聞いたことあるセリフだったが、まさか現実世界で聞くことになるとは夢にも思ってなかった。
「ど、どこに行くんだよ」
「先輩たちのもとです」
「それがどこか聞いているんだけど」
「口で説明することは難しいです」
この状況を傍から見れば、何で抵抗して逃げないんだと思われるかもしれないが、そんなこと出来るなら既にやっている。
別に十南がゴリラのような握力があるわけじゃない。むしろ握力はない方なのか非常に重そうだ。
十南がゴリラの握力じゃないなら、この状況を打開できない理由は僕の方にある。
理由はシンプル。恐怖による筋肉硬直を引き金に冷え切った体が動かなくなったからだ。金縛りに近い感覚で、頭は動くが体はビクともしない。声を出せるのが唯一の救いと言ったところである。
火事場の馬鹿力なんて言葉があるが、実際はそんな都合のいい力は出ない。
「で、できないって……説明できないところなんかに行きたくないんだが」
「我慢してください」
「何で嫌だし。てか、離してくれ!」
「時間がありません。後、騒がないでください」
体がダメなら言葉で抵抗を試みるが、台本でも読んでいるかのようなセリフを返され、『あ、これ本物だ』と再認識。それ以上は叫ぼうが何しようが、時間帯的に助けは来ないと判断し、無駄な抵抗は止めた。
廊下の窓からシンシンと降る雪をぼーっと眺めながら、人生最初で最後の最悪なホワイトクリスマスを味わう。今頃、街では子供たちが雪に興奮し、カップルは良い雰囲気になり、会社員は電車が運休にならないことを願っていることだろう。
「着きました」
「……」
「体調悪そうですね。大丈夫ですか?」
「……」
十南は離した手を服で拭き、心配の欠片も感じない顔をこちらに向けてきた。
表情と言葉ぐらいは一致させてほしいと思いつつ、絶望した顔で無言を貫く。
「先に入ってください」
今になって逃げないよと心で呟き、銀色に輝くドアノブに手にかけようと試みるが身体が動くことはない。
「我儘な人ですね」
「体に力が入らないんだよ」
「口を開けば言い訳ですか。別に構いませんが」
代わりにドアノブに手をかけ、僕の体を使って扉を押す。かなり乱暴されているが、どうにも出来ないので目を閉じてそのまま身を任せた。
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