一章 出会い
第1話
本日12月25日クリスマス。
僕は大学の屋上から星空を見上げ、コーヒー片手に白い息を吐いていた。
肌を刺すような冷たい風が吹き、地面の枯れた芝が小さく音を鳴らす。
「今頃、二人はディナータイムだろうなぁ」
はぁ……とため息をつき、コーヒーを体に流し込む。
クリスマスは、水心の家族とクリスマスパーティーするのが恒例だった。
サンタやトナカイの衣装を着て、チキンやピザ、シチュー、クリスマスケーキを食べ、最後にはプレゼント交換。
笑顔が絶えない日。一年の中でも特別な日だった。
それなのに……。
あの報告から半年が経ち、落ち着きはしたが吹っ切れたわけではない。未練はたらたらで高校までの幸せな日々を思い出すこともしばしば。現実を受け入れてはいるが、未だに初恋を諦められないでいる。
そうは言っても現状は以前に比べて大きく変わった。
「半年前か……」
あの日の翌日、僕と水心と拓海の三人で友達という関係はゆっくりと変化を開始。
気まずさと心の痛みを耐える日々が続き、いつの間にか水心と拓海、それを追う僕という関係へ。夏休みが明けた頃には、水心と拓海のカップルとぼっちな僕という形で完全に分裂していた。
気持ちの整理がつかないまま、気付けば周りに誰もおらず一人。気まずさから解放されたことにホッとしつつも、水心を独占された現実に物凄い喪失感を感じた。
今更感はあるが三人でいた時は、まだ大丈夫という謎の安心感と自信があったのだ。
初めての彼氏だから上手くいかず、すぐに二人は別れる。そうなれば、僕が落ち込む水心を慰め、再び横に並んで笑い合えるなんてことを本気で思っていた。
世間一般的には、これを現実逃避と言うのだろう。今なら現実と向き合うべきだったと思えるが、当時を考えると平常心で二人と関わることに一杯一杯だったと言える。
一人になってからは心がダークサイドに落ちていった。
過去を思い出す度に、何で早く告白して付き合わなかったのかと後悔しては自分の勇気の無さを恨んだ。物に当たることも多くなり、ガラスの皿を割ったことは数回、テレビの液晶を虹色に染めたことも一回だけある。
夜は眠れず嗚咽を吐き続け、疲れ果てて悪夢を見る日々。目に入る人たち全員が幸せに見え、みんな呪ってやりたいと思うぐらい心が病んだ時期もあった。
特にカップルに対しては込み上げてくるものが大きく、キスマ付けるところに瞬間接着剤を付けてやろうかとか、ベロチョーしてる時に舌外れろとか、ヤってる時に男性器ぶっ飛べとか。言い出したらキリがないレベルで色々と願った。
ぼーっとする時間も増え、その度に二人がイチャイチャする光景が頭に浮かんだ。
手を繋ぐ二人、キスする二人、産まれたままの姿で大人の階段をのぼる二人など。
全ての初めてを拓海に奪われるのだと考えると、内臓をミキサーでかき混ぜられたような気分に襲われた。
それが一番の苦痛だったと言える。頭を叩く、音楽を聴く、大声を出すなど色々と試してみたが、なかなか解決策は見つからず。最終的にぼーっとする暇を与えないぐらい勉強三昧の日々を送ることによってどうにか乗り越えた。
実は勉強三昧の日々で得たものはそれだけではない。
他にも大幅な学力アップや集中力の向上、冷静に物事を考えられるようになるなど。知らず知らずのうちに僕の心は大きく成長。
心の成長はダークサイドに落ちた心を救うことにも繋がり、ここ最近は以前以上に落ち着いて生活を送れている。
今は二人の間に割り込もうなんて考えは毛頭ない。幸せそうな二人を見るのが辛くないわけではないが、水心が幸せなら今のままでも別に構わないと思った。
でも、やっぱり一つだけ納得できないことがある。
「何で水心はあいつを……」
そう。水心の選択だ。
十数年一緒にいた僕じゃなく、2ヶ月ちょっとしか一緒にいない拓海を選んだ意味が分からない。
現在、水心は拓海を最優先にしているが、物心付いた時からあの日まで優先順位のトップにいたのは僕だった。
友達と遊ぶ約束が被った時も、家族と出かける予定が被った時も、食べたいケーキが被った時も。
水心の家に遊びに行った時もそうだ。テレビのチャンネルも一番風呂も一個しかないベッドも何もかも譲ってくれた。
他にも、バスケットボールの強豪校から推薦を受けていたのにも関わらず、僕が通うと言った高校を選び、苦手な勉強を必死に頑張って合格。それは大学受験の時も同じ。
バスケットボールの大切な試合より僕の看病を優先した時もあり、流石に『自分の人生を優先しろ! 他の友達も大切にしろ!』と怒ったが全然反省する気はなく、自分は正しい判断をしたと言わんばかりの清々しい表情をしていた。
この時ばかりは僕も水心の行動に引いたが、同時に愛されているんだと実感し、心の奥底で嬉しさを爆発させた記憶がある。そのせいで熱が上がり風邪も長引いた。
こんな扱いを受け続けた結果、僕は両想いだと勘違い。いつか付き合い、将来は結婚して幸せな家庭を作るなんて夢のような妄想までしてたわけだ。
「これが噂に聞く大学デビューっていうやつですかね~」
環境が変わり、新しい友達ができ、心に変化が生まれて外見にも変化が表れる。
実際、水心は短かった髪を伸ばし始め、黒色の綺麗な髪を茶色に染めた。
僕が恋した水心はもういないに等しい。外見も中身も半年前とは異なる。
そろそろ僕も水心への恋心を捨てないといけないのかもしれない。
「あーあ、初恋は手も足も出せずに惨敗か……」
コーヒーを飲み干し、重いため息を吐くと共に地面の芝生に身を任せる。
枯れた芝はチクチクして痛い。大きな氷の上かと思うぐらい冷たい芝が、お尻から背中、頭、足までゆっくりと熱を奪っていく。
折角、コーヒーで温まった体は台無しだが、頭を冷やすには丁度良かった。
数分ぼーっと夜空を見上げていると、ひらひらと天使の羽のような白い結晶が鼻先に落ちる。覇気のない声音で「ん、雪かぁ」と呟き、視線を鼻先に向けるが既に姿を変えて鼻を濡らしていた。
頬や額、唇も優しく濡らされ、いつの間にか視界は雪一色。素肌に落ちる雪はすぐに溶けるが、衣類に落ちる雪は溶けずに積もっていく。体が白一色に染まるのも時間の問題だろう。
「ふあぁ……」
小ぶりの欠伸を一つ。
変わらない雪景色をじーっと見ていると不思議と眠たくなってきた。
寝るなら家に帰るべきだろうが、瞼を閉じてしまったので動く気にはなれない。
友達がパーティーの用意をして待っている、家族が温かい料理を作って待っているなら話は別だが、家に帰ったところで誰もいない。待っているのは今朝できた洗い物と洗濯物だけ。
「あの、死ぬ気ですか?」
聞き覚えのない柔らかな女性の声が真上から聞こえてくる。瞼をゆっくり上げて声の主を確認しようとしたが、真っ暗な視界の中シンシンと降り続けている雪のせいで顔は見えない。
「まだ死ぬ勇気はないよ。ただ頭を冷やしてるだけ」
「頭どころか体まで冷えていると思いますが」
「誤差だ誤差」
僕はそれだけ言い、瞼を再び閉じる。
「だから、こんなところで寝ると死にますよ?」
さっきより近い声に内心驚きつつ、目も開けずに「ほっといてくれ」と一言。
僕を思っての発言だと理解はしているが、相手にする気も話す気にもなれなかった。
「クリスマスに一人って何かありましたか?」
「……」
「彼氏に振られましたか?」
「は、はぁ? ふ、振られてないし! それに僕は男で、恋愛対象は女性だ! 君こそクリスマスに一人って、もしかして彼氏に……って、み、水心……!?」
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