【途中完結】お前に立てた中指。お前の彼女にぶち込んでやろうか?

三一五六(サイコロ)

プロローグ

 今から約半年前。

 僕がやっと学校に慣れてきた6月中旬の話である。


 場所は大学から家までの電車の中。

 太陽が完全に沈む前の幻想的なオレンジの世界が電車の窓から見え始めた頃。

 夕焼けに照らされた西園寺さいおんじ水心みこが、スマホを触る僕の肩を軽く二度叩き、頬を薄っすらと染めながら口を開いた。


「じ、実はね、アタシ……彼氏が出来たんだ。相手は……そらとも仲の良い拓海たくみ君!」


 これは幼馴染――西園寺水心が、大学に入ってから出来た友達――伊東いとう拓海たくみと付き合ったという報告をした言葉である。


「……え?」


 今でも唐突かつ衝撃的な内容の報告にスマホを落とし、間抜けな声を出したことを覚えている。幸せそうに微笑む水心の顔も頭から離れたことはない。

 水心と拓海が出会って2ヶ月後のこと。急展開で頭が追い付いていなかった。


「う、ううう、嘘でしょ?」


 動揺丸出しで疑いの言葉が自然と出る。

 無意識に『噓でしょ?』と言ってしまうほどには、最初は信じられなかった、否、その現実を信じたくなかった。


 なぜなら僕が水心のことを好きだったから。それも最近とかではない。

 小学生の頃からずっと……ずっと。

 約12年間。人生の半分以上の間、僕は水心に好意を寄せていた。


「声大きいって! 後スマホ落としたよ」

「あ、ああ、悪い」


 さっきまで握っていたスマホが手にないことを確認し、歪みなく18時33分と表示するスマホを拾い、そのままポケットに押し込む。

 小さく深呼吸をして心を落ち着かせようとするが、効果はあまりなく、むしろ鼓動は早くなるばかり。隣の水心に椅子を通じて伝わっているのではないかと思うほどにうるさく、制御不能だった。


「それで拓海と付き合ったってのは本当なのか?」

「なーに疑ってんのよ~。噓なわけないでしょ! ほ・ん・と!」


 幸せそうな柔らかな笑みで言葉を吐く姿を見て、もう現実を受け入れるしかないのだと理解する。でも、一ミリも納得は出来なかった。


「なんか空……驚きすぎじゃない? というか不満そう?」


 ――あー不満ですとも! 超絶不満!!!


 なんて口が裂けても言えなかった。

 いくら顔に出ても言い訳は出来るが、口にしてしまえば後戻りは出来ない。

 不満の一言は、僕が水心を好きと言っているようなもの。鼓動が暴走し、頭がパニックであろうと、それだけは本能的なものが分かっていた。

 今、気持ちを伝えてもどうにもならない。それどころか困らし、僕自身も更に大きな傷を負うことになる。恋愛経験0の僕でも、そんな未来が容易に想像できた。


「あ、いや、今まで彼氏の『か』文字もチラつかなった水心が、いきなり爽やかイケメンの拓海と付き合ったとか言うから、その、脳が追い付いてないっていうか? そんな感じ」


 元々、苦手な笑顔を無理矢理作って、震える声でそう返す。

 水心はむぅーと頬を膨らませ、「失礼なやつ!」とあっかんべーと舌を出した。

 いつもなら可愛いと思える仕草も、今は何も感じられない。脳裏にアインシュタインが浮かぶぐらいには脳内グチャグチャだった。


「え、えっと……拓海とはいつからそんな仲に?」

「最近かな? 軽音サークルに入ってから一気に距離が縮まって、いつの間にかアタシが拓海のこと好きになってて。じゃあ、あっちもアタシのこと好きになってたみたいで告白してきたの! それで――」

「あ、分かった分かった。分かったからもう大丈夫」


 気まずい雰囲気を避けるため、適当に聞いてみたものの、聞いたこと以上に話されて完全にオーバーキル。このタイミングで聞くべきじゃなかったと後悔しつつ、苦笑交じりに言葉を遮るしかなかった。


 水心はもっと聞いてほしそうにしていたが、このまま惚気話を聞かさせると僕の心が持たない。

 まだ何も頭の整理が出来ていない上に、惚気話の追い討ちは発狂ものと言える。何とか一度は回避したが、その死体撃ちに近しい行為をいつ再開されてもおかしくはない。

 再開されれば電車を降りる頃には瀕死。内容によっては息をしていないはずだ。

 そうならないためにも、この話を今すぐ終わらすという選択肢しか僕にはなかった。


「初めての彼氏なんだから、何かあれば相談乗るからな」

「えー、一度も彼女いたことない人に相談してもな~」

「なんだよ。はぁ……その笑みもやめろ」

「あはははは、冗談冗談! 心配してくれてありがとね!」


 ――その無邪気な笑みも今はやめろ……


 いつも通りの笑みなのに不思議と見ていられず、震える手でワイヤレスイヤホンを付けて目を閉じる。

 その後、僕たちは電車の中で口を開けることはなく、何もなかったようにサヨナラを言い合い、お互いの家へと帰ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る