39. 猫に手を貸す

れんって料理男子なのに、あんまりそれ馴染んでないな」

「まぁ、どっちも普段着けないし。つかエプロンならまだしも、三角巾を家で着けてる奴なんているのかよ」

「赤ずきんのコント練習してる人なら着けてるんじゃね?」

「局所的すぎる……。でも、広樹ひろきは割りと似合ってるな。馬子にも衣装だ」

「おっ、そうか?俺にも父性が育ってきたかなぁ!」

「無知とは最強だな」


 誇らしげにウンウン頷く男子を見て感慨にふける。

 悪口を悪口と分からなければもっと人生は楽に生きられるかもしれない。そんなことを考えながら広樹と共に廊下を歩く。


 次の授業は家庭科の調理実習。

 普段は無縁の布地を頭に巻き、いつもは無用のエプロンを首から下げて俺は調理室へと向かっていた。


「つーかさ、蓮がいるなら俺達なんもしなくてもいいんじゃねえか?」

「いや、俺が全部やったら調理実習の意味がないだろ。それに、下ごしらえなしで40分4品は俺でもきつい。鉄人を呼ぶしかない」

「テツテツ……お呼びですかテツテツ……」

「マイクテストみたいに言うな」


 バカ話をしながら歩いていると、次第にガヤガヤしたクラスメイト達の声が近づいてきた。

 料理研究部で何度も来ているので、すっかり見慣れてしまった調理室の扉を開ける。

 中に入ると、喧騒を切り裂くような快活な声が飛んできた。


「あー!ヒロキくん達やっときたー!」


 扉を閉め声の方に目をやると、やや離れた所で手をブンブン振ってる柏木かしわぎの姿が見えた。


「……猫だ」

「猫だな」


 俺の呟きに広樹も続く。

 こちらに向かって元気に合図する少女は普段のサイドテールを隠し、俺達と同様三角巾を頭に着けていた。

 だが、その布に見慣れない角が2つ。例えるなら『猫耳』と表現できるような角が2本生えていた。

 元気な猫のところまで近づいて、不思議な角を見ながら尋ねる。


「なんだそれ、どうなってんだ?」

「んー?この猫耳?かわいいでしょ!」


 柏木猫は耳を手でピコピコさせて答えた。

 やっぱり猫耳のつもりだったのか。


「髪をお団子にしてね、あとはこう……ちょいちょいちょいって!」

「一番肝心なところが一番よくわからん」


 最も知りたい部分をふわふわと説明された。

 髪である程度形を作って、布を被せてるってことだろうか。


「よくわからんけど、可愛いな」

「でしょー?ナギにもやってあげたんだー。ほら!」


 そう言うと柏木は、調理台の反対側で道具の準備をしている星乃ほしのを指差した。

 柏木の声に反応して星乃がこちらを向く。その頭にはやや垂れた角が2本あった。


「おぉ~。……星乃さんのはなんかヨレてね?」

「分かってないなぁヒロキくん。スコティッシュフォールドだよ!」

「箱ティッシュホールド?」

「それは花粉症の時のお前だ」


 バカな聞き間違いをした広樹に一太刀入れる。

 今初めて俺らの存在に気づいたらしい星乃は、垂れた角を揺らしながらこちらへやってきた。


神道しんどうくん遅かったね。何してたの?」

「すまん、このバカの三角巾探してた」

「いや~まさか教科書と教科書の間に挟まるなんてなぁ~、うはは!」


 反省の色もなく広樹は呑気に笑い飛ばす。今度こいつの制服にスギ花粉で打ち粉してやろうかな。

 心の中で天誅の方法を考えてると、柏木が星乃の背後に回り、両手で星乃の角をふにふにし始めた。


「シンドーくんほら、スコティッシュフォールド!かわいいよね!」

「スコティッシュフォールドどうかは知らんけど、まぁ…………似合ってるな」

「ほらね~!やっぱりナギはスコティッシュフォールドだよ!」

「どういう意味なのそれ」


 星乃はふにふにされながら苦笑する。

 おかしいな……さっきは柏木に対して普通に『可愛い』って言えたのに、星乃の前では言葉が引っかかってしまった。星乃の耳も可愛いんだけどな。


「てかよく見たら、陽花はるかのエプロンのそれ猫じゃん。超猫じゃんキミたち」

「そうだよー。この前ナギと一緒に買いに行ったんだー」


 広樹の指摘に柏木は嬉しそうにエプロンをピーンと伸ばす。

 たしかによく見たら、柏木のエプロンの全体に広がってる模様は猫の形をしていた。普通の斑点模様かと思ったらずいぶんキャットなエプロンだったんだな。


 星乃の方を見て見ると、配色は違うが同じシリーズなのだろうというのはすぐわかった。

 わざわざ調理実習でおそろっちエプロンにするとは、ホントに仲良いなこの2人。

 全身猫に包まれた柏木は高らかに声を上げた。


「それじゃあ早速始めましょー!」

「元気だなぁ~陽花猫。まだ授業始まってないけどいいのか?」

「いいって!さっき先生が言ってた!」

「ほーん」

「神道くん、もう道具は私達で一通り洗っておいたから」

「えっまじ?最高じゃん神じゃん素敵じゃん」

「ぷっ、なにそれ」


 俺が感動のフレーズをそのまま出力すると星乃はクスクスと笑った。

 ボウルとか包丁の類を使う前に一回洗うのめんどくせーなーと内心思ってたけど、まさかそれが免除されるとは。猫軍団さんサンキューがすぎる。


「ほいじゃ、頑張っていきますかぁ!主に蓮が」

「はいはい」


 おそらく今日最も戦力にならないであろう男子の声で、俺達の調理実習が始まった。






「で、このピーラーの出っ張ってる所で芽を取る」

「芽ってこの凹んでるとこだよね?」

「そうそう。凹んでるとこ一回くり抜けば大丈夫。ピーラーも油断すると怪我するからゆっくりな」

「うん、わかった」


 俺の注意を聞き入れたスコティッシュナギさんは、慎重にピーラーの一部を使ってバターソテー用のジャガイモをグリグリし始めた。


 今回俺達が作るのは、鱈(タラ)のムニエル、バターソテー、中華スープ、グリーンサラダの4つ。

 栄養のバランスはよくわからないが、教科書のレシピ一覧からテキトーにみんなが食べたいものをそれぞれ選んだ。

 担当は星乃がタラのムニエルとバターソテー、柏木が中華スープとグリーンサラダ。そして料理のリの字も知らない広樹が炊飯と洗い物をやり、残った俺がみんなのサポートをしていくといった感じ。


 レシピを決めた時にみんなには軽く調理の指南をしていたので、0から俺が全部指示していくといった慌ただしさはない。

 それに、さっき柏木が玉ねぎを調理する様子を見ていたが、彼女はまぁまぁ料理をするっぽい。料理ド初心者の人は玉ねぎの皮をどこまで剥いていいか分からないとか言うが、柏木は普通に可食部を分かっていた。

 柏木の担当は簡単な方だから、この感じなら放任してても大丈夫かな。問題は──


「なぁ蓮、3合の量ってこの線に合わせればいいんだよな?」

「んなわけねえだろ。それ水の線だわ」


 炊飯釜に山盛りに米を入れてきたド初心者を一喝する。

 ちゃんと指南した時に「計量カップ3杯分が3合」って言ったんだけどなぁ……あれは別の広樹だったのかなぁ……。

 お叱りを受けた男子は「あるぇー?」と言いながら教卓にある共有の米袋のところへ戻っていった。やっぱりあいつは監視しておかないとダメだな。


「はい、神道くん終わったよ。これで大丈夫?」

「ん?えーっと………おう、大丈夫。ていうかむちゃくちゃ綺麗」

「うん、ちゃんと取らないと毒があるんだもんね」

「その通りです」


 あぁ……感動する。ちゃんと事前に言ったことを覚えている垂れ耳猫さんの姿に。

 ジャガイモの芽を取り終えた星乃は、何も言わずともジャガイモ達を水を張ったボウルの中に入れた。


「すげえ、ちゃんとそれも覚えてたんだな」

「え?うん、アク抜きしないといけないんでしょ?」

「あぁ……そうだ、その通りだ……」

「どうしたの神道くん?」

「いや……星乃って本当に優等生なんだなって感動して」

「ふふ、なにそれ。神道くん今日ちょっと変だね」

「え、そう?」


 微笑む星乃に言われて感銘の嵐がピタっと止む。

 でも、たしかにいつもより高揚感があるかも。あんまり誰かと料理する機会ってないから、俺も無意識にテンションが上がってたのかな。

 それかさっきからピョコピョコ動く星乃と柏木の疑似猫耳の影響か。マジで気を抜くと耳触りそうになるんだよな……。

 猫好きだからと言ってセクハラして良い理由には到底なり得ないので、本当に気をつけよう。


「とりあえずこれでジャガイモは大丈夫だから、ムニエルの方に入ろうか」

「うん!タラに塩コショウして、小麦粉ボボボってやればいいんだよね!」

「……そうだけど、一応俺も手伝うよ」


 工程は合ってるが奇妙な擬音が飛び出してきたので補助を申し出る。

 たまに出る星乃のヘンテコな表現、料理の時に聞くとなんか不安になるな。


「手伝ってくれるのは嬉しいけど、他のみんなは大丈夫?」

「あぁ、柏木は予想より料理できるっぽいし、広樹に至ってはただ米炊くだけで…………おい」

「んお?」


 カシャンと炊飯器の蓋を閉めた広樹が俺の声に反応する。

 調理台の反対側に目をやった時、一瞬だけ見えた釜の様子に違和感があった。


「おい、ちょっとそれ開けてみろ」

「え?これって任意ですよね?礼状とかあるんですか?」

「………」


 すっとぼけた演技をする広樹を無視して自分で開ける。

 パカンと開かれた炊飯器の中には、水に浸された無洗米の白米があった。

 通常なら調理実習は2限連続で行うが、今日は1限だけなので時間短縮で無洗米らしい。

 教育上無洗米を使うのはどうなんだろうと思うが、まぁ時間がないならしょうがない。いやそんなことより──


「お前、本当に料理したことないんだな」

「え?ちゃんと『3』の線まで水入ってるだろ?」

「……玄米のな。合わせるのは白米の線だ。玄米のに合わせたらベッチョベチョの米が炊きあがるぞ」

「まじか!ぬはは!まぁそうなっても思い出として一興だろ!」

「だってさ猫の諸君。ベチョベチョ米はどう思う?」

「私はちょっと……どちらかというと硬めの方が好きかも」

「わかるー、アタシもベチョってるご飯やだー」


 戸惑い気味に否定する星乃猫と、スープを混ぜながら声だけで返す柏木猫。


「だそうです。というわけで早く白米の線に合わせて水を減らしやがってくださいこの野郎」

「へいへい~」


 己の失態を正当化できなかったご飯担当は、軽い調子で炊飯器から釜を取り出した。

 やれやれ……これ以上のミスはないだろう。やっと無事に広樹の担当が終わりそうだ。

『やれやれ』という言葉は広樹の為にあるのかもしれない。


 ホッと一息つくように俺もタラの下ごしらえに入る。

 すると隣で同じ作業をしてる星乃が尋ねてきた。


「ちなみに神道くんはどっちが好き?柔らかめと硬め」

「んー、俺も硬めかな。硬い米の方が便利だし」

「便利?」

「硬い米だったらチャーハンにもおじやにもできるからさ。柔らかいやつはおじやにしかできないから不便」

「あーなるほど」

「あはは!ママならではの意見だね~」

「ママじゃねえよ」


 あざけるように笑う柏木にするどく言葉を刺す。せめてパパだろ。

 ……いや、女子高生にパパって呼ばれると怪しい匂いからするからダメだ。

 頭の中に夜の雰囲気が立ち込めかけた時、おたまを引っ提げた柏木が俺の隣にやってきた。


「シンドーくん、はい!味見して!」

「ん?おう、ちょっと待って」

「いーよそのままで」


 手が小麦粉まみれだから一度洗おうとしたが、柏木は構わずおたまをグイっと近づけてきた。

 そのまま吟味しろということだろうか。若干恥ずかしいがその方が楽ではあるので、素直に柏木の言葉に従っておたまに口を近づけ──


「あっっっつ!!!」


 地獄のような熱さから反射的に顔を退ける。否、反射が顔を退けた。

 別のおたまかと思ったらさっきまでバリバリ使ってたやつかよ。往年のコントか?


「あれーごめん、まだ熱かった?」


 俺の反応を見た柏木は少し首を傾げる。イタズラのつもりじゃなかったのか。

 大真面目にアツアツのおたまを持ってきた柏木は、一度自分の口元にそれを近づけて──


「ふー、ふー……はい!」


 そう言って、無邪気な笑顔で再び俺の方へグッと近づけてきた。


「…………」


 落ち着け……柏木はそういうやつだ。何も気にすることはない、気にしたら負けだ。

 感覚の全てを味見の方向にシフトしながら、おたまのスープを口に含む。


「んー………若干水っぽいか……?もうちょっと鶏ガラの素と塩を入れてもいいかもな。小さじ1ぐらい」

「おっけー!」

「ちゃんとそれ一回洗えよ」

「えー?シンドーくん神経質だねぇ」

「衛生的観点からの注意だ」


 わざとらしく「やれやれ」といった態度で柏木は流しでおたまを洗い始めた。

 やれやれはこっちだ……。『やれやれ』という言葉は柏木の為にあったのかもしれない。


「さて………星乃の方はもう終わったか?」

「………」


『やれやれ』が無縁そうな少女の方を見ると、何やらぼーっとまな板に目を落としていた。


「星乃?」

「え……?あ、うん、終わったよ」


 俺の呼びかけに気づいた星乃は、何事もなかったかのように顔を上げた。


「星乃、タラは生で食べたら危ないぞ」

「え?知ってるよ?」


 俺が軽口を叩くつもりで声を掛けたら星乃は当然のような顔をする。

 なんだ、食べたかったわけじゃないのか。てっきり大好きな魚に見惚れてるのかと思ったけど。


「まぁ、それじゃ焼いてくか。ジャガイモも一緒にフライパンに入れちゃっていいぞ」

「一緒でいいの?」

「おう。魚の旨味とバターで焼かれるジャガイモ、マジで美味いぞ」

「美味しそう……」


 珠玉のバターソテーを想像して星乃はわずかにキラキラを帯びた表情になる。

 うん、いつもの星乃だな。






 調理を開始して25分、工程は予想以上に順調だった。

 早炊きを選択された炊飯器が、グツグツという音を立てて炊飯の完了間近を伝えている。


「あとはサラダだけだねー、余裕じゃーん!」

「柏木が予想以上に手際良かったからな。普段料理とかするのか?」

「ううんぜ~んぜん。あ、シャン様の料理ドラマはめっちゃ見てたけど!」

「誰だよシャン様って」

「陽花の好きな韓国俳優の人だよ。そういえば一時期ずーっとその話してたね、耳にタコできるかと思っちゃった」

「なにダコ?」

「んー……ヤナギダコ」

「あはは!相変わらずナギ詳しい~!」


 向かい側でミニトマトのヘタを取りながら明るく笑う柏木。タコってマダコとイイダゴ以外に居たのか……。

 現在広樹は暇つぶしに他の班に駄弁りに行っていて、この調理台には星乃の魚好きを知ってる面子しかいない。なのでちょっと興味本位で突っ込んでみると、まさかタコの新種との邂逅。

 軟体動物にも明るい星乃は隣でレタスをゆっくり切りながら話す。


「でもすごいね陽花、ドラマ見ただけで料理できちゃうんだね。天才肌なのかな?」

「ふふ~ん、天才ですからアイアム。まぁふわふわにするやつはシンドーくんに投げたけどね!」

「あれはちょっとコツがいるからな」


 中華スープのフワフワ漂う卵のアレは、最終的に俺がバトンタッチした。

 コツはおたまでスープをぐるぐる回転させて、それとは逆回転で卵を投入する。というようなことを柏木に説明したが、「よくわかんない!美味しいの食べたいからシンドーくんやって!」と一蹴された。

 まぁ俺も久々にやりたかったからいいけど。結構面白いんだよな卵がジワーっと変化していくの。


「神道くん、卵入れる時職人さんみたいだったね」

「うんうん、目がマジだった。やっぱりシンドーくん料理上手なんだね~」

「どうも」

「あ!じゃあシンドーくんアレできる?」


 そう言って何かを閃いた柏木は、近くにあったサラダ用のキュウリを俺に向けてきた。


「キュウリの速切り!シュババババってテレビでよく見るやつ!」

「あー、輪切りがクソはえーやつか」

「神道くんできるの?」

「いや、テレビのやつは包丁がプロ仕様だから、さすがにあの速さは無理だけど……まぁやってみるか」

「いえーい!」


 期待の目を輝かせる柏木からキュウリを受け取る。

 職人ほどじゃないけど一時期速さを求めて練習してたからな、久々にガチってみるか。

 まな板にキュウリを置き、調理台に向かって斜め45度に姿勢を構える。


「怪我しないでね?」

「俺を誰だと思っている」

「そういう慢心が怪我を生むんだよ。その右膝みたいに」

「………はい」


 未だ絆創膏が必要な右膝を見て星乃は注意する。

 ぐうの音も出ないカウンターを食らってしまったので、細心の注意を払おう。

 あまり攻めすぎない速度で包丁をまな板に叩き始める。


「おぉ~~」

「わぁ……」


 感動する猫達の声と共に、タンタンタンとリズムの良い包丁の振動が体に伝わってくる。

 やりやすいな。やはり元々調理系に力を入れていた学校なだけあって、包丁の質も良いのだろうか。切れ味が家庭用のそれとはモノが違う気がする。

 普段から天野飯店あまのはんてんのバイトで長ネギの輪切りは良くするから、輪切り自体は慣れたものだ。いつもは一定以上の速さを要求されないから、こんなにBPM高めの音は鳴らないけど。


 機械のように右手を動かしてると、残りのキュウリがだいぶ短くなってきた。

 最後まで切りきろうとすると怪我のリスクがあるので、ちょうどいいところで包丁の手を止める。


「ほい、こんな感じ」

「ヤバー!めっちゃプロじゃんシンドーくん!!」

「すごいね……全然速かったよ」

「はんか前よひレベル上がってね?」

「何食ってんだお前」

「ちくわ」


 いつの間にかモゴモゴしてる広樹がギャラリーに戻ってきていた。

 whatを聞いたんじゃなくてwhyを聞いたんだけどな。

 興奮冷めやらぬ柏木は周りに熱を伝染させる。


「ねー!やばくなかった!?今のシンドーくん」

「速かったねー、神道くん料理できるんだ」

「あれで怪我しないんだなぁ」


 気がつけば柏木の近くに何人かギャラリーが加わっていた。

 なんか恥ずかしいな……まるで俺が多少料理できるからってイキってるみたいじゃないか。いや実際切り終わった時ちょっとイキったかもしれないけど。


 ギャラリー達の関心が俺達の班の料理に向かったので、その間に切ったキュウリをボウルにまとめる。まるで恥を小さく固めるように。

 しかし、その小さな逃避を見逃してくれない隣の猫さんは、俺にだけ聞こえる声で話しかけてくる。


「神道くん、すごいドヤ顔だったね」

「……してない」

「じゃあ無意識だったんだ」

「そもそもドヤ顔の事実がない」

「ふーん」


 表情はいつもの優等生な星乃だが、声音が完全にニヤついている。


「また見たいかも神道くんの速切り。パエリア教えてくれる時またやって欲しいな」

「パエリアにキュウリ使わねえよ。てかホントにパエリアやるのか」

「あれ、料理教えてくれる約束忘れちゃった?それとも……今日でもう終わり?」

「いや、今日は手を貸してたから教えたって感じじゃない気が………。わかったよ、本当に教えるのはパエリアでいいんだな?」

「うん!」


 星乃は小声で嬉しそうに返事をする。

 心なしか、頭の垂れた耳がピンと立っているように見えた。

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