33. はぐれた彼ら
班長さんからお叱りを受けた後、この後の予定を立てるため俺達は一度近くのベンチに座った。
ここまで来るのに
ベンチの背に体を預けて座る星乃は、驚く様子もなく俺の話を聞いていた。
「やっぱりね。
「あの大根役者……」
「佐野くんを責めるの?」
「すいません」
星乃に正論の一撃をかまされると、勝手な単独行動をしたバカは平謝りしかできなくなる。
「ふふ、大丈夫だよ。怒ってるわけじゃないから」
「そうなのか?」
「うん。ちょっぴり悲しいだけ」
「悲しい?」
「
「い、いや違う!そんなことは思ってない!」
星乃の言葉を慌てて訂正する。
たしかに客観的に見たらそう思われても仕方のない行動だった。
「俺はただ、なんでもない街並みが好きだから、みんなにそれを付き合わせるわけにはいかないって思って……」
「うん、その気持ちはわかるよ。でも……」
「でも?」
「私にも言ってほしかった」
先ほど俺を叱った時に見せたニヤついた表情は消え、少し悲しそうな声音で星乃は言った。
「そっちの方が悲しかったかも。佐野くんには言ってるのに、私には内緒なんだーって」
「……いやだって、星乃に言ったら止められると思って」
「もちろん最初は止めるよ。でも神道くんが見たいって言うなら、内緒で少しの間神道くんだけ別行動にするとか、そういうルートにしたよ?」
「え……?」
俺の単独行動を容認するかのような提案に目を丸くする。
「神道くんはさ、よく私のことを『優等生』って言ってくれるけど、私そんなにいい子じゃないよ?」
「いや……いい子だろ、十分」
「ううん。ホントにいい子だったら席替えでズルなんてしないし、今日もみんなに嘘ついてこっちに来たりしないよ」
「まぁ、たしかにそうだけど……。ていうかやっぱりわざとはぐれたのか……」
「ううん、神道くんと同じで偶然だよ?」
星乃は暗い雰囲気をかき消すようなイタズラ声で言う。
そして、ベンチから投げ出した足をぷらぷらさせ、空を見上げながら彼女は続けた。
「神道くん、観光っていうのはどこを見るかも大事だけど、誰と見るかも大事だと思うんだ」
「それは………そうかもな」
「だから、私は神道くんと見たいな。神道くんならどんな場所でも面白さを見つけて、楽しくしてくれそうだから」
「それはつまり……みんなとは合流しないってことか?」
「うん」
てっきり広樹達の所にどういうルートで戻るかを話し合う場かと思ってたら、星乃の意見は違ったようだ。
「それに、どうせ今からみんなの方に戻ったら、ほとんど何にも見れないで集合時間になっちゃうよ」
「それもそうか……」
予定してた班行動のルート通りに彼らが移動してるとすれば、今頃相当離れた場所にいるはずだ。
土地鑑が乏しいこの街で、離れた彼らに最短の時間で辿り着くのは容易ではない。きっと合流した後に見れるスポットは、1つか2つぐらいになるだろう。
俺のせいで星乃の校外学習を台無しにしたと思うと、急に申し訳なさでいっぱいになった。
もっと俺が上手く立ち回れば、この事態を避けるやり方はいくらでもあったはずなのに。
「神道くん、今『自分のせいで迷惑かけた』とか思ってるでしょ」
「えっ」
今までで一番的確に心を読まれて狼狽える。
「それは違うよ神道くん。元々他の班と合流して何も問題ないことになってたのに、私が勝手にこっちに来たんだから」
「いやそれは当然の行動だろ。リーダーが自分勝手なやつを叱責するのは当たり前の」
「それにね」
俺の言葉を遮るように星乃はベンチから立ち上がった。
そしてセミロングの髪をなびかせながら俺の方を向いて──
「今日はまだ終わってないよ。神道くんの行きたい所、一緒に行こ」
ほんのり赤くなった頬を添えて、微笑みながら彼女は言った。
「……わかった」
意を決したように俺もベンチから立ち上がる。
これ以上ここで反省しても何も生まれない。反省は帰ってからにしよう。
今は星乃の校外学習を有意義にするのを最優先にするべきだ。
「でも俺の行きたい所って、マジで地味だぞ」
「どこ行こうと思ってたの?」
この後の予定を尋ねてきた星乃に、スマホで目的のエリアの地図を見せた。
「ここら辺をこう……ぶらーっと」
「すごーい、ホントに地味だね」
「あぁ、だからやっぱりみんなの所へ戻った方が……」
「ううん、神道くんの行きたい所がいい。神道くんの好きなもの、私も知りたい」
「そ、そうか」
「それにさ、観光地行くのは次来た時でもいいじゃん。今日は神道くんの行きたい所ってことで」
星乃の言葉にハッとする。
そうか、また来ればいいのか。俺たちの地元からは片道1時間もあればいつでもこの街に来れる。
普通の休みに来たら校外学習というイベント要素が無くなってしまうが、そこは交通費とか諸々を全部俺が払えば、プラマイゼロにできるかもしれない。
「わかった。次来た時は星乃の行きたい所に行こう」
「うん!約束ね!」
「あぁ」
はにかむような微笑みから、弾けるような笑顔に変わった星乃に安堵する。
「じゃ行くか、ちょっと歩くけど大丈夫か?」
「うん平気、歩いて街を見るのも好きなんでしょ?」
「そうだけど。疲れたらいつでも言ってくれ」
「うん!ありがとう」
すっかり楽しそうに返事する星乃に俺も調子を取り戻していく。
次来た時は星乃の行きたい所へ全力で付き合う覚悟が決まったので、今日は星乃に『なんでもない街並み』の素晴らしさを全力でプレゼンしよう。
「ちょっと待ってて」と星乃に一言添え、スマホの地図を見てなるべく彼女が飽きないようなルートを導き出す。
バイトで配達をやってた経験値がここで活きてくる。昔は紙の地図をクルクル回すぐらい地図を読むのが下手だったが、今ではルートの記憶もへっちゃらだ。
俺がルートのインプットをしてると、傍に居た星乃が尋ねてきた。
「ねぇ神道くん」
「うん?」
「それ暑くない?」
「暑い」
「ふふ、脱いだら?」
星乃の言葉に従い、さっきから蒸してしょうがなかったウインドブレーカーを引きはがす。
結局こんな辺鄙なところには見回りの教師も居なかったので、もはや暑いだけでなんの意味もなかった。
変装グッズを脱いでリュックにしまうと、段違いに風を感じるようになった。
「おぉ、涼しい……」
「もう道覚えた?」
「あぁ、完璧」
「すごーい。じゃ、神道くんナビさん、最初はどっち?」
「北東に向かって300m道なりです」
「北東ってどっち~」
星乃の楽しそうな笑い声を皮切りに、俺達は歩き出した。
「でも神道くん、約束すぐ忘れちゃうからなー」
「え?」
年季が入りまくりの雑居ビルを観察しながら歩いてたら、ふと星乃が口を開いた。
「ねぇ、私とした約束って覚えてる?」
「あぁ。星乃から美化委員の力仕事の要請来たら可能な限り手伝いに行くのと、今度テニスの練習一緒にするのと、魚好きなのを周りに言わないことと……あとなんだろう」
「す、すごい……そんなにスラスラと……」
「あぁ、大事なことだからな。合ってたか?」
「う、ぅん……」
星乃はあいまいな返事をしながら顔を背けてしまった。ホントに合ってたのか?
他になんか約束したことあったかな?
「なんでそれで保健室のことは覚えてないんだろ……」
「ん?なんか言ったか?」
「う、ううん!」
星乃がボソッとつぶやいた言葉の、わずかに聞き取れた部分を反芻する。
『保健室』って言ったか?
保健室?高校の保健室って行ったことあったっけ?
「でも、テニスする約束覚えててくれてたんだ」
「あぁ、社交辞令かと思ってたけど、一応」
「違うよ。ちゃんと約束」
「そうか。よかったよ覚えてて」
嬉しそうにほほ笑む星乃にほっとする。
どうやら記憶の優先順位は間違ってなかったようだ。
「でもゴールデンウィークのテニスの時、私誘ってくれなかったよね」
「え?」
星乃は少しいじけたような声で尋ねた。
不意な質問に面食らう。
「なんで知ってんだ?」
「
「いや、星乃はゴールデンウィーク中キラキラした日々を送ってるかと……」
「なにそれ」
「例えば……彼氏とデートしに行くとか」
「……だから彼氏いないって言ってるじゃん」
「いや、そん時はいると思ってたんだって……」
むすっと星乃は不満げな声を上げる。
あれおかしいな……さっきまで楽しそうにしてたのに急にむくれ始めたぞ……?
普段と違う場所にいるからか、星乃の感情表現がいつもより大きめに出てる気がする。
「それに、デートじゃないにしても友達と遊びに行くとかさ、色々忙しいかなって思ったんだよ」
「バイト以外特に何もなかった。結構暇だった」
「それは分かりませんよ……」
結果的に星乃は暇だったらしいが、それはエスパーかストーカーでもない限り知る術はない。
いやだからこそ誘いの声を掛ければ良かったわけだが、でもあの時は昼を一緒に過ごし始めたぐらいで、ここまで仲が良いわけでもなかった。
もし仮にあの時の仲のままだったら、今日だってきっと俺は星乃の意見を聞かずに、強引に班と合流する選択をしたと思う。
「……ごめんね。そうだよね、私もゴールデンウィークの予定を伝えてなかったし、急に決まった事とかだったら誘いづらいよね」
「まぁ……たしかにあの日は急に朝テニスやろうって決まったけど」
「それならしょうがないよね。ごめんね無理なこと言って。あの時はまだ、神道くんと休みの日に遊ぶ感じじゃなかったもんね」
「いやまぁ…………ぶっちゃけそうだな……」
星乃も俺と同じ結論に至ったようだった。
あの時は約束はしてたものの、お互いそれを履行するほど仲も積極性もなかったということだ。
しかし、あくまで『あの時は』だ。
「神道くん、今だったら誘ってくれる?」
「あぁ。しばらくは土日バイト入ってるから……夏休みとかにやるか?」
「うん!約束!」
「わかった」
星乃は嬉しそうに頷いた。
約束の1つが具体的な形を持ったようだ。
なんか、星乃とは色んな約束をしているな。さっきも『また今度横浜に一緒に行く』っていう約束をしたばっかりだし。
女子は約束事をするのが好きなのだろうか?
「そういえばさ、星乃はゴールデンウィーク何してたんだ?バイトない日とか」
「え?」
「暇って言ってたから、星乃って暇な日何してるのかなって」
「え、えーと……」
俺は純粋にふと感じた疑問をぶつけると、星乃はいつぞやのバイト先を聞いた時のようなギコギコ感を醸し出した。
あの時と同じように答えを迷宮入りさせるためのクイズをやってもよかったが、普通に気になったのでそれはしない。
それに、そんなことはもう必要ないぐらいの仲な気がした。
「そういう反応するってことは、お魚関連か?」
「うっ……」
楔を打たれたように星乃は体を揺らした。
図星のようだ。図星乃。
「……笑わない?」
「前にも言ったろ、別にバカにしたりなんかしないって」
「……うん。あのね……水族館に行ってた」
「へ?」
いたってゴールデンウィークっぽい答えにポカンとする。
「なんで言うの躊躇ったんだ?普通じゃね?」
「え……?あっ、そっか」
星乃はハッと気づいたようにつぶやく。
水族館に行ったことが笑われる……?子供っぽいわけじゃなく大人でも普通にいく施設なのに?
面白そうな思考ゲームに頭を巡らす。
「うーん?」
「あっ、ダメ神道くん、考えないでっ」
星乃が慌てて制止に入るが、構わず思考の海を泳ぐ。
行った時がおかしい……?いや休日に水族館に行くのは普通だ。
行った訳がおかしい……?いや魚好きなら当然行く場所だ。
行った人がおかしい……?いや家族や友達と一緒に行くなら自然な場所………あ。
「もしかして、1人で行ったとか?」
「……っ」
楔を強打されたみたいに星乃の体が大きく揺れた。
図星乃だ。
「……変だよね」
「変……じゃないこともないかもしれないけど、笑うようなことじゃないよ」
「ほんと?」
「あぁ、愛がすげーなって思う。わざわざ混んでるゴールデンウィークの日に行くって」
「だって、こどもの日だったんだもん」
「え?」
「あっ」
こどもの日?こどもの日と水族館ってなんか関係あるのか?
「なんかイベントでもやってたのか?」
「え……?う、うん!そうなの!イベントやってたから!」
「ウソの匂いしかしないんだけど」
「うっ」
感情表現がいつもより大きめに出てるのも相まって、慌ててごまかす感じも容易に見て取れた。
イベントじゃないのにこどもの日に行った理由……。
ここでふと、こどもの日にバイト先の
『こどもの日って色んなところで無料になるんだよー?出かけないともったいないよー!』
……まさか。
「もしかして、その日だけ中学生になりました?」
「…………だってまだ2か月しか経ってないもん」
平均よりも少し小柄な女の子は、あどけなくむくれながら顔を背けた。
たしかに、あんまりいい子ちゃんじゃないかもしれないな。
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