31. 三者面談
梅雨の季節を感じさせない陽気が続く6月。
中間テストを返却された新高校生たちには、三者面談が控えていた。
初の定期考査を終えた振り返りをメインに、現状の学校生活や今後の進路について軽く話すらしい。
短縮日課となった放課後、面談の時間まで暇だった俺は、たまたま廊下で遭遇した美化委員担当の現代文教師と談笑していた。
「でもこの時期に三者面談って、ちょっと早くないっすか?」
「まぁ~一般的にはそうだなぁ~」
若干早いの面談の謎を尋ねると教師はのんびりと答える。
「でも逆に早い方がいいってこともある。学校生活で問題があったら大体この時期にはもう多少の兆候が出てくるから、それを見つけて早いうちに芽を摘むっとく~みたいな」
「あぁ、なるほど」
「それと、あんまりこう言っちゃなんだけど、家庭が複雑そうな生徒とかも早めに把握しておきたいしね」
「ホントにやばい家庭だったら面談の誤魔化し方も手馴れてそうですけどね」
「それな~」
教師は参った参ったと言わんばかりに肩をすくめる。
前から思ってたけどこの教師結構ノリ軽いよな。
「まぁだから、ほとんどの子は顔合わせぐらいで終わるから、特に
「そうだといいっすね」
もしかしたら俺が面談を不安に思って話しかけたのかもしれないと、教師は一応励ましの言葉をかけたようだった。
軽いノリのように見えてしっかりと生徒の事にも気を配る、こういう教師だったら何かあった時相談したくなる気がするな。
面談の時間が迫ってきたので、現代文教師と別れ昇降口で母親を待つ。
母親は入学式の時に一度校内を見たはずだが、もうすっかり忘れたらしいので教室まで案内が必要とのこと。
昇降口から僅かに見えるグラウンドの様子をぼんやり眺めていたら、すっかり見慣れた服を着た女性が校門から歩いてきた。
「
「まぁ」
約2ヶ月ぶりに会う母親だった。『久しぶり』という感覚があまり無かったので曖昧な返事になる。
お互い感動屋でもないので挨拶もそこそこにして、保護者用のスリッパが用意されてる場所へ案内する。
「背伸びた?」
「伸びてるんじゃね」
「毎日ちゃんとご飯食べてる?」
「食べてるんじゃね」
「学校の窓もう割った?」
「割って……割ってねえよ」
何を流れるように不良行為を聞いてるんだ。
呆れるようなことを言う母親にスリッパを渡して歩き出す。
「だって、蓮の三者面談いっつも同じ感じでつまんないんだもの」
「子供が問題なく学校生活できてんだから喜べよ」
「そこは幸せだけどねぇ」
母親は周囲を見渡すように色んなところを観察しながら俺の後をついてくる。
その様子を見て尋ねる。
「そんなに高校珍しいの?」
「ええ、だってお母さん高校行けなかったから」
「えっ……そうなのか?」
「うそ」
「殴るぞ」
「あら、反抗期?」
母親が俺の反応に見向きもせず観察を続ける。
聞いちゃいけないこと聞いた俺の焦りを返せ。
母親のことは苦手じゃないし嫌いでもないが、たまに片手間のように俺のことをイジイジしてくるところは若干めんどくさい。
さらにいつも俺の反撃を受けても全く調子を崩さないので、相手していて非常に調子が狂う。
普段分かりやすい
「ところでなんでちょっと先行くのよ。恥ずかしいの?」
「あぁそうだ、恥ずかしいんだ」
「あらまぁ。反抗期は来なかったけど思春期はちゃんと来たのねぇ~」
どうせ分かってて聞いてるので素直に肯定する。
俺も理由はわからないが、母親と横に並んで歩くのはどこか気恥ずかしさを感じたので、意図的に2歩ほど距離を空けて先導していた。
なんで恥ずかしいんだろう……?
別に今日の母親はちゃんとTPOをわきまえた格好をしているし、もし俺の知り合いに遭遇してもそいつにグイグイ行って恥ずかしい思いをする性格でもなかった。
(分からん……これが思春期の作用か……?)
考察が泥沼にハマりかけた時、結局何事もなく自分の教室までたどり着いた。
相変わらずたまにイジイジしてくる母親と並んで廊下の椅子に座り、面談の時間まで待機した。
高校初の三者面談は非常にあっさり終わった。
それも当然で、勉学の面で俺は学年3位クラス1位の成績を修めていたし、生活の面でも1年にして美化委員長を務めていたので、こんな絵に書いた優等生には担任も「特に心配することないですね」と開始2分で全てを終わらせていた。
俺の評価に対して母親は「三者面談いつもこんな感じなんですよねぇ」とのんびり笑い、けれどどこか安心したような様子だった。
結局時間が終わるまで母親と担任は世間話で時間をつぶし、最後に担任が「ご家庭の方も問題なさそうですね」と無難に締めて面談は終了した。
担任にお礼の挨拶を言う母親と共に、足早に教室を出る。
次に待っていたクラスメイトが入れ替わりに教室へ入っていった。
やや堅苦しい空気から解放された母親は一息つくように感想を述べる。
「やっぱりいつも通りだったわね~」
「いつもと変わらないことが一番大事だろ」
「ホントに意味分かって言ってんの?それ」
「……たぶん」
思わぬ指摘に返す言葉がモゴモゴする。やりづらいなぁ……。
普段なら俺が雰囲気でそれっぽいことを喋ってもスルーされるが、この母親は抜け目なくつっついてくる。
母親と再会してから3分に1回は『ぐぬぬ』な気持ちにさせられてる気がする。
「でも美化委員長やってるのは意外だったわね~。初めてじゃない?リーダーみたいのやるの」
「まぁそうかも。でも貴重な経験できるから案外面白い」
「最初のころは新鮮かもねぇ。でもそろそろ意外と無駄な拘束時間が多いって薄々思ってそう」
「……」
図星である。やはり育ての親&年の功が為す想像力は伊達じゃない。
正直、美化委員に入ったことは全く後悔していないが、委員長になったことが有益だったかはやや疑問を感じ始めていた。
2回経験した月末の委員長会議は今のところまったく無駄な時間だし、美化委員長の雑務は想像よりずっと多い。
恋愛と同じくだんだんと美化委員長が『割りに合わない』感じがしてきているのは否めなかった。
まぁでも、委員長になったことで
「で、この後どうするの?一緒に帰る?」
「いや、やることあるから」
「ホントかしら?」
「俺も忙しいんだ」
全部分かっててわざと聞いてくる母親の提案を固辞する。
早々にこの気恥ずかしい時間を終わらせたいのになんで延長せないかんのだ。
息子の反応があまりに想定内だったのか、母親は少し穏やかに笑いながら「はいはい、美化委員長さんだものね」と俺をあしらう。
「それより、たまにはこっち帰ってきなさいよ」
「あー……まぁ夏休みには1回帰るよ」
「そうして。あの子もお兄ちゃん居なくなって寂しいんだから」
「いや、あいつそんな性格じゃねえだろ」
2か月前まで見てた顔を思い浮かべて言う。
『あの子』とは、俺が一人暮らしするまで同じ部屋の二段ベッドで共に寝ていた妹のことだろう。
嫌われているとかではないが、2か月程度で寂しがるようなブラコンでは決してなかったと思う。
「兄妹じゃなくても、一緒に暮らしてた人が急に居なくなったら2か月経てばだいたい寂しいものよ」
「ふぅん」
「それじゃあね。ちゃんと毎日ご飯食べて窓割るのよ?」
「割らねえつってんだろ」
からかう様子もなく平然とボケをかましていった母親にやや食い気味で返す。
そんなに窓割ってほしいのかよ。あんまり言うとマジで最後のガラスぶち破るぞ。
母親は俺の強めの返しにも調子を変えず、廊下の窓から見える校庭の様子を眺めながら去っていった。
嵐が過ぎ去った安堵でフーッと一息つく。
「さて……」
帰宅時間をずらすために何かやること作らないとな。
教室は面談で使えないし、料理研究部のエプロン達にでも会いにいくか。
この前教えたレシピは作れるようになっただろうか、そう思いながら調理室へと足を運び始める。
すると、数メートルほど歩いたあたりで、先ほど母親が消えた方向から見覚えのある女子と、その母親らしき女の人が歩いて来た。
(あれは……星乃か。そういえば順番は俺の次の次とか言ってたな)
思春期の男子とは違い、星乃は母親と並んで仲良く談笑しながら歩いているようだった。
(んー……逃げるか)
この後の対応パターンを数瞬考えた後、最も無難な行動を選択した。
星乃親子と反対方向に踵を返す。走ると余計目立つので、やや早歩きで退散する。
星乃とは友達だが別に親に挨拶する程の間柄じゃないし、友達の母親と接するのって正直そんなに得意じゃない。ましてや同級生の女子の母親なんて。
遠回りになるのは仕方ないか、そう思った時──
「あっ!神道くん!」
捕捉されてしまった。
星乃の明るい声で生成された
いつかの雨の朝の様に、気づかないふりしてマッハで退散もできたが、さすがにそこまでするほど忌避してはいなかった。
諦めたように声の方を振り返ると、星乃がパタパタと小走りで駆け寄ってきた。
俺は今初めて気づいたかのような反応をする。
「おう、星乃か。順番次だっけ?」
「うん。……ねぇ、さっき女の人とすれ違ったんだけど、もしかして神道くんのお母さん?」
「ん?その人、色んなとこジロジロ見てた?」
「見てた!やっぱりそうだったんだ、雰囲気似てると思ったー!」
星乃は見事当たった嬉しさか、少しテンション高くはしゃいでいる。
「そんな似てるか?」
「うん。なんか優しい感じとか、好奇心がぐわーって感じとか」
「ぐわー……?」
なんだその擬音は。好奇心が強いってことか?
そういえば、たしかにさっきの母親が高校を観察する様子は、俺が普段色んな準備室を物色する様子と似ているような気が……。
「ねぇねぇ、もしかしてあなたが神道君?」
初めて気づかされた母親との似てる部分を考察していたら、星乃の母親らしき女性が追いついて来た。
ふと顔を上げて視界に入ったその女性は穏やかそうな顔立ちで、星乃よりもさらに黒寄りの、落ち着いた色のブラウンの髪だった。
髪の長さは星乃よりも長く少しウェーブがかかっており、フォーマルな感じのグレーのワンピースに身を包んだ雰囲気は、星乃がそのまま大人になったかのようだった。
「はい、神道は僕ですけど」
「わぁー!!!
「い、いえ、こちらこそ……」
あれ……お淑やかな感じかと思ってたけど……なんかちょっと違うぞ。
「ねぇねぇ、この前渚紗を回転寿司に連れてってくれたんでしょ?ありがとね!渚紗すっごい喜んでたの!」
「ど、どうも……」
「お、お母さんっ!」
星乃は慌てて自分よりも数段テンション上がった自分の母親の制止に入る。
い、勢いがすげぇ……グイグイ母ちゃんタイプだ。
全然大人になった星乃じゃない。さっき一瞬だけ見えた淑女の仮面が粉々に砕かれる。
でもどことなく、魚の話題を出してる時の星乃の雰囲気と似てるかも。
星乃の制止を無視して星乃母は話を続ける。
「渚沙から聞いてるかもだけど、私生魚が食べれなくてねぇ。別に私は魚以外を食べててもいいんだけど渚紗が気を使っててあんまり行きたいって言わないのよ~」
「ま、まぁ、なんとなくわかります」
早口で圧倒する星乃母に気圧されながらも同意する。
本人は良いと言ってても、魚を食べれない人の横で好きなように寿司をパクパクできるかと言えば、優しい星乃はなかなか難しいだろう。
カラオケでいう「聞いてるのが好きだから気にしないで」って言う人の横でずっと自分だけ歌うみたいな申し訳なさがあると思う。
「だから神道君が連れてってくれたから、久しぶりにお寿司食べれて嬉しかったみたいで。あっ!そういえばお金も全部神道くんが出してくれたって聞いたけど……」
「あぁ、はい。まぁでも宝くじ当たったみたいなもんなんで気にされなくて大丈夫ですよ」
星乃母の懸念に嘘半分で返す。
きっと母親なら星乃がどれくらい寿司を食べるのか知ってるだろうし、行った店も聞いてるならどのくらいぶっ飛んだ額になったのか想像つくだろう。
でも、星乃母の話を聞いて安心した。
てっきり母親が生魚が食べれないものだから、あまり星乃は普段魚料理に触れることは少ないのかと思っていた。自分の嫌いな物を家庭の食卓に出さない親がいるのは聞いたことがあるし、心理的にも理解できる。
けれど星乃母はしっかりと娘の魚好きを認識してるようだった。この様子だと普段の食卓に魚料理がまったく出ないという感じはなさそうだ。
思えば星乃のお弁当のおかずには魚系が多かったような……?
「お、お母さん!もう時間来ちゃうから行こ!」
「あらそうなの?神道君、良かったらまた渚紗をお寿司に連れてってね♪お金は渡すから♪」
「ぜ、善処します……」
「もう!神道くん、気にしないでいいからね!また明日ねっ!」
「あ、あぁ、またな」
音符が付いてるかのようなの星乃母に最後まで面食らいながら、彼女達と別れる。
焦りとぷんぷんが入り混じった星乃と、ギリギリまでこっちに手を振る星乃母は、俺らの教室へと向かっていった。
いや星乃、俺に声かけたら母親の性格上こうなるの予想できたろ……あと明日は土曜だ……。
「ああいう母親だと逆に耐性ついて恥ずかしくなくなるかもな……」
自分の母親にあのグイグイさを備え付けて欲しくはないが、もしついたらついたで逆に諦めがつく気がする。
暴風雨のような星乃母の余韻が抜けないまま、俺は再び調理室へと歩き出した。
しかし、どうやら無事星乃はあの回転寿司を喜んでくれてたみたいだ。
寿司を食べてる様子からもはや疑う余地はなかったが、星乃母の伝えてくれた家での星乃の様子からして、俺の想定以上に星乃は喜んでくれたようだった。
星乃母にお願いされたことだし、またいつか連れてってあげよう。というか俺が一緒に行きたい。
星乃との回転寿司は魚の知識が飛躍的に高まるし、何より幸せそうに寿司を食べる星乃の様子を見ると、俺もエネルギーを貰えるような気がした。
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