30. 好きなタイプ
副委員長さんのちょっぴりずるい席替えで、いつもの4人の席は昼休み関係なく1つに集まった。
その数日後、日付を告げるカレンダーは6月に入り、暦の上では夏の季節に突入した。
「ねーねー、ヒロキくん達の好きなタイプってなーに?」
朝のHRが始まる前、
「んー?『かくとう』タイプ」
「俺は『ほのお』だな」
テキトーに返す広樹に俺も続く。
やっぱ『ほのお』だろ。可愛いやつ多いし。
「も~絶対違う話してる~」
椅子に座ってる柏木は、不満そうにブロンド混じりな茶髪のサイドテールを体と一緒にぷらぷら揺らす。
今日から夏服になったので、どことなく柏木の動きが軽やかに見える。
水色のブラウスに紺のスカート、寒色に染まった制服は視覚的にも涼しげだ。
そんな柏木を見て広樹が唸る。
「うーん……やっぱり
「うん、アタシもこっちの方が動きやすいから好きー」
人によっては照れてしまうような褒め言葉を広樹はあっさり言い放ち、そして柏木もあっさり受け答える。まじで恋愛の匂いまったくしねえなこの2人。
そんなラブ無臭な柏木からさっきの質問が飛んできたのを不思議に思った。
「柏木が恋バナなんて珍しいな」
「なんか部活の子たちがその話で盛り上がっててさー。異性の好きなタイプって色々あるんだなーって」
「なるほどな」
柏木が特殊なだけで、一般的な女子テニス部員達はちゃんとそういう話が好きなようだった。
「だってさ広樹、好きな異性のタイプだって」
「ふーむ、ちなみに
「うーんそうだな……ところで広樹は何かあるか?」
「うーむ……蓮の意見が聞きたいな」
「いーや広樹の意見の方が貴重だな」
「ねえ~、2人とも答える気あんの~?」
俺達が振り子時計の如く質問をパスし合ってたら、呆れ気味の柏木から制止が入った。
「陽花、俺達に聞いても意味ねえぜたぶん」
「なんで?」
「俺達別に女子は好きだけどさ、好きな女子には興味ねえんだよ」
「えー?どゆことー?」
理解できない柏木はぶーぶー文句を垂れる。
たしかに広樹の言う通り、恋愛することに興味ない俺達にとって『好きな異性のタイプ』は全く無味乾燥なテーマだった。
広樹は乏しい伝達力でなんとか柏木にそのことを伝えようとしてる中、いつもの4人の最後の1人が登校してきた。
「おはよう
「おう。……暑くないのか?」
挨拶を返しながら、
柏木が半袖のブラウスだけなのに対して、星乃はその上に校章の入ったベージュのスクールベストを着ていた。
「まだ6月だから。8月になったらちょっと暑いかもだけど」
「8月は制服着ることないけどな」
「わー!ナギの夏服!かわいいね!」
「副委員長様もばっちりフォーマルに似合ってるぜ」
「あ、ありがとう……」
2人の賛辞に星乃は少し照れた表情になる。フォーマルって褒め言葉か?
でもたしかに星乃の夏服姿は、学校のパンフレットに載りそうなぐらいハマっていた。
流れ的に俺も褒めたほうが良かったかな……?まぁ2人が褒めたからいいか。
星乃は席に座りながら柏木に尋ねる。
「何の話してたの?」
「んー?ヒロキくん達の好きなタイプ」
「え?……好きなタイプって、好きな女の子のタイプ?」
「そうだよー」
「陽花ってそういう話するんだ……」
柏木の説明に星乃は目を丸くする。
その反応に思わずフッと笑いの息がこぼれてしまう。俺と全く同じ感想だな。
「シンドーくんと同じこと言うじゃーん。でもこの人達全然教えてくんないんだよ?」
「教えないっていうか、教える回答を持ち合わせていないんだよ」
柏木の言葉を訂正する。
俺の言葉に星乃が引っかかりを覚えたみたいに尋ねる。
「それは……好きな女の子のタイプが特にないってこと?」
「そんな感じだな」
「そうなんだ……やっぱり……」
「ん?」
「う、ううん、なんでもない」
星乃はドギマギしながら手を横に振る。『やっぱり』って言ったか……?
あれ、俺が色恋を好きじゃない話って星乃にしたことあったっけ。
まぁでも察しの良い星乃なら、今までの俺の態度でなんとなく想像つくか。
しかし、一応決定的な勘違いの線もあるので──
「言っとくけど、ちゃんと好きなのは女子だからな。理想とか意欲がないってだけで」
「わ、分かってるよそれは」
「ホントに女子が好きなのかぁ蓮はー?」
「おいやめろ」
大事な念を星乃に押したら、広樹からシャレにならない煽りが入ってきた。全力で抑止に入る。
恋愛に興味ない俺にそういう噂が立ってしまうと、ガチ感が強すぎる。
「じゃあさ、ヒロキくん達が良いなって思う女子のタイプは?」
少し考えたらしい柏木は、今度は角度を変えて質問した。
「良い女子は良いって思うな!」
「人によるな。テストの点が良かったら賢いなって思う時もあるし、点が悪かったら抜けてて愛嬌があるなって受け取る時もあるし」
「ぐぬぬ……」
全く要領を得ない答えと全く主体的じゃない答えに、柏木は不満を超えて悔しそうにする。
100人女子が居たら100人それぞれの良さがあると思うから、それを『良い』って思うのは『好き』までは行かないにしてもまだ主観の範囲だと思う。
「じゃあじゃあ、友達になりたいタイプだったら?」
「面白いタイプかな!」
「俺は星乃みたいなタイプ」
「えっ……!?」
相変わらず抽象的な答えが飛ぶ中、初めて俺は具体的な回答を口にする。
カバンの中身を整理してた星乃が驚いてこっちを見る。
「ナギ?なんで?」
「だって星乃は頭がいいし、俺が知らない知識をたくさん持ってるから話してて面白い」
「そ、そうかな……」
俺の言葉に星乃が微かに赤面する。
基本俺は自分に無いものを持ってるやつと接するのが好きだ。
広樹のような能天気さだったり、柏木の純粋さだったり、星乃の聡明さだったり。
星乃の場合2人きりの時限定で魚の魅力も教えてくれるので、最近できた友人の中でも星乃と過ごす時間は特に有意義だと感じていた。
「星乃さんすげー。蓮が『頭がいい』って褒めるのなかなかないよ」
「そうなの?」
「うん、女子に対して言うの初めて聞いたかも」
「まぁたしかにな。なんかさ、たまに星乃って隠し事とか全部見抜いてくる時あんだよな。洞察力みたいのが高いんだと思う」
ワックスの時とか鼻歌の時とか、球技大会の時とかも。
「そ、それは……神道くんがわかりやすいからじゃないかな?」
「広樹、俺って分かりやすいのか?」
「んー……まぁたまに。でも昔から知ってる俺だから分かるけど、普通の人は何考えてるか分かんないぞたぶん。いっつも難しい顔してるし」
「してるつもりないんだけどな」
常々広樹からは『難しい顔してる』と言われる。
たぶん思考を巡らしてる時の顔なんだろうけど、まったく意識したことはない。
そういえば前に星乃にも同じようなこと言われたような……?
「じゃあさナギ、今シンドーくんが何考えてるか当ててみて!」
「え?」
「いや、そういうのは洞察力じゃなくてエスパーとかのやつだろ……」
柏木の素っ頓狂な提案に呆れてツッコむ。
しかしそうは言いつつもちょっと興味はあったので、夕飯のおかずのことを考えながら星乃の目を見てみる。
俺の視線に気づいたのか、星乃はぎこちなく俺の方を向いた。
「………」
「………」
星乃のまだ少し眠たげな瞳が目に映る。
そういえば朝が弱いとか前に言ってたっけか。
「……っ」
数秒見つめ合ってたら、赤い顔して目をスッと逸らされた。
「おい蓮、何エロいこと考えてんだよ」
「考えてねえよ」
そっちのオカズじゃねえよ、と口をついて出そうになった言葉をかろうじて止めた。えらい俺。
「ナギわかった?」
「え、えーと……『眠いなぁ~』とか?」
「えっ」
「アハハ!朝だったら大体そうじゃーん!」
柏木が明るく笑い飛ばす傍らで、俺は星乃の回答に唖然とする。
夕食のことを考えて星乃の目を見始めたが、たしかに直前に考えたのは星乃の眠たげな様子のことだった。
柏木の言う通り、とりあえず朝に思いそうなことを言ったのかもしれないけど。
でも俺は結構朝に強い方だから、目はしっかり起きてたはず……。
まさか、ホントに分かるのか……?星乃はエスパータイプなのか?
無類のお魚好きだから『みずタイプ』も間違いなく付随するので、言わば星乃は『みず エスパー』か。
(あぁ、合ってるかも)
頭に浮かんだのは、おっとりしたピンク色のあいつだった。
今の眠そうな星乃にどことなくシンクロしてる気がした。
でもたぶん、この想像は失礼な部類に入ると思うので、エスパー星乃にテレパシーされる前に思考を停止した。
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