29. 職権濫用

 昼食後、眠気覚ましに指のストレッチをしていたら、隣の席にいる星乃ほしのが何やらゴソゴソしている。

 柏木かしわぎがイスの背もたれに腕を乗せ、その様子を眺めている。


「ナギ線引くのきれ~、職人みたい」

「普通に引いてるだけじゃない?」

「アタシむり。定規使ってもふにゃふにゃになる」

「それは定規がふにゃふにゃなんじゃ……」

「何してんだ?」

「うん?」


 あまり普段見ない作業をしていたので気になって尋ねた。

 こちらを振り向いた星乃の机には、線の入ったA4の紙とペン、そして図工に使いそうな大きめのハサミと空のティッシュ箱があった。

 なんだ?『ナギナギさんとつくってあそぶ』の時間か?


「これ?この後の席替えのクジだよ」

「あぁ」


 星乃の言葉で思い出す。

 そういえば5限はクラスの担任の英語で、その時席替えをするとか言ってたな。


「学級委員さんの仕事ってやつか」

「うん。1年間使うから綺麗に作ってねって」

「星乃が作ったら勝手に綺麗になりそうだけどな」

「たしかに、星乃さんクラスで一番字上手い説あるし」


 俺の前の席から星乃の作業を眺めている広樹ひろきも同調した。


「うんうん。ナギの黒板の字とか超きれー」

「そうかな?」

「星乃さんってなんか習字とかやってたの?」

「ううん全然。あでも、小さい頃から文字はいっぱい書いてたかも」

「へー」

「あぁ……」


 たしかにあんだけお魚図鑑にお魚メモ書いてたら、教養と同時に字の練習にもなるかもな。

 と、俺が腑に落ちた声を漏らしたら、星乃から釘を刺すような目をされた。ほんのり赤くなった頬を添えて。

 分かってるよ、言いませんよ。


「ナギレベルの綺麗な字で作られちゃったら、誰もイカサマできないねー」

「イカサマ?」


 柏木の発言に俺がハテナを出す。


「そう。事前に自分で欲しい番号のクジ作っといて、引いたフリしてそのクジ使う~みたいな。ナギの字の方が絶対綺麗だから、ニセモノはすぐバレる!」

「いや、そもそもそれだと全部引いたあと箱の中にクジが残るだろ」

「あっ!そっかー!」


 俺がイカサマの欠点を突くと「天才だねー!」と柏木は褒め称える。

 柏木に計画犯罪は無理そうだな。


 ピュアな柏木をよそに綺麗な等間隔の線を引き終えた星乃は、マス目の中に順に数字を書き始めていった。

 その様子を見て軽く感動する。


「さすがだな星乃」

「え?」

「広樹と柏木なら絶対ハサミで切ってから数字を書く」

「たしかに」

「んー……そうかも!」


 引き合いに出された2人は素直に同意した。


「そんなに変わんなくない?」

「時間的にはそうかもしれないが、決定的な頭脳の違いを感じる」


 謙遜する星乃に『さすが』の意味を解説する。

 たしかに作業時間的には僅かな違いだが、ここでハサミで切る前に数字を書けるところに、俺は星乃の要領の良さみたいのを感じた。


「ちなみにれんならどうやって作るんだ?」

「ん?俺なら……紙を折って折り目の中に数字書いて、で折り目に沿って手で切る」

「切れ目汚くね?」

「最低限の形を保った速さ重視だ」

「ふふ、神道しんどうくんらしいね」


 俺のクジ作成法に星乃は軽く笑う。

 もしかしたらもっと速く作れる方法あるかも。IQテストみたいだな。


 俺が頭の中で様々な方法でクジ作成RTAをしてたら、星乃は全部の数字を書き終えたらしい。

 机のハサミを手に取って、線に沿って丁寧に切り落としていく。

 チョキチョキ作業をしながら、ふと星乃が聞いてきた。


「神道くんは、どこの席がいい?」

「ん?」


 星乃の質問を受け、『最速クジ作成法』から『最強の座席ポジション論』へ頭を切り替える。

 俺が好きな席か……そりゃあもちろん──


「内職がしやすい席だな」

「じゃあやっぱり一番後ろだろ」


 俺の答えに広樹が提案する。

 すかさず持論を返す。


「いや微妙だな。たしかに一番後ろは物理的に距離は離れてるが、それが逆に教師の注意を引く。あとプリント回収する時に立つのがめんどくさい」

「あーね」


 授業で小テストとかやった時『じゃあ一番後ろの人集めてきてー』のやつがよくある。その度に内職の集中が切らされるのはごめんだ。

 広樹に続いて、柏木が代案を出してきた。


「じゃあ、逆に一番前とか!」

「うーん……たしかに灯台下暗しで目に付きにくいけど、でも警戒してないと不意にプリント配られた時思いっきりバレるんだよな」

「あー」


 過去3回ぐらいやらかしてる経験談で却下した。俺の堅牢すぎる集中力は、時折目の前の人の気配にビクともしないことがある。

 あと、暇な時間に教師が話しかけて来たりするのも難点。

 2つの案が砕かれた後、星乃がまとめるように言った。


「それじゃあ、今の席が一番良いってことかな?」

「そうかもな」


 星乃の結論に素直に同意する。

 なんだかんだ入学した時から座ってる、一番廊下側の後ろから3番目のこの席が最も俺に合っているのかも。

 教師から目に付きにくく、左側からしか人目がない。それでいて前の席には気の知れたやつがいるし、たしかに今のこの席が一番居心地が良かった。


「じゃあ、はいこれ」


 そう言って星乃は、綺麗な字で『4』と書かれたクジを渡してきた。


「え?」

「……内緒だよ?」


 口に人差し指を当てて他言無用のポーズを取る星乃。

 優等生さんがそれをやると、なんかいけないものを見た気分になるな。


 1列が6席なので、後ろから3番目は同時に前から4番目。

 つまり廊下側の一番前から数字を振り当てた時、この『4』のクジは今俺が座ってる席を指すクジだった。


「悪い副委員長さんだな」

「普段頑張ってるので、このくらいの権利はあっていいと思います」

「星乃さーん、俺『3』が欲しー」

「はい」

「あざーす!」


 流れに便乗してきた広樹に、あっさりと罪を重ねて『3』のクジを渡す星乃。


「広樹もその席気に入っているのか?」

「あぁ、なんせ愛しの蓮くんの前だから、気持ちよく寝れるんだ」

「お前ホントよくそんなキモいこと言えるよな……」


 冗談と分かっていながらも、キモ坊主の言葉に目元が少しピクピクする。


 ていうか、このイカサマを見られたら今後賄賂とか脅迫とか横行しないだろうか。

 不安に思って周りを見ると、喧騒にまみれたクラスメイト達は、皆自分達の会話に夢中だった。


「じゃあアタシも、シンドーくんの隣がいい!」

「えっ」


 クラスの様子を見ていると、視界の外でひそめる気のない元気な柏木の声がした。その言葉に星乃は小さく驚きの声を漏らす。

 女子から隣の席になりたいなんて、柏木じゃなかったら俺もドキッとしたかもしれない。

 彼女の真意を分かりきってる俺は呆れて言う。


「言っとくけど、俺の隣に来ても課題は見せねえぞ」

「えぇ~、シンドーくんのケチンボトンボ」

「あいにく俺は昆虫でも整備者でも往年の名曲でもない」


 やはり異性への下心ではなく、怠惰への策略だったようだ。

 柏木の魂胆に広樹が苦笑する。


「別に隣じゃなくても近くの席なら見れるだろ。つか蓮的には星乃さんが隣の方がいいんじゃねえか?」

「なんで?」

「委員会的に」

「あぁー、まぁ都合が良い時はあるかもな」

「ほ、ほんと?じゃあ……そうしようかな」


 そう言って星乃は俺の隣の席になる『10』のクジだけを別にして、自分の元に寄せた。

 ついに自分の席までも確保しちゃった。職権乱用の極みだな。


「じゃあアタシはナギの前がいい!」

「うん、いいよ。はい」

「俺の隣に来るとヤケドするぜ?」

「えーキモーイ」


 かっこつける坊主にサイドテール少女はドン引きで返す。


(なんともまぁ意外な展開だな)


 席が確定してる席替えなんて初めてだ。これからは退屈しない日々が待ってる気がする。

 星乃が隣に来てくれればたしかに美化委員のやり取りがスムーズになるが、それ以外にもペアワークの時間が有意義になりそうな期待があった。

 頭の良い星乃が隣ならペアワークの課題も速く進みそうだし、話し合いをする時も価値のある意見とかを聞けそうだった。


 ていうか、もしかしてこの方法なら今後も同じ席にできるのでは……?

 毎回4人が同じ席はさすがに怪しいけど、席の位置を少しずつずらせば、多少の疑念は副委員長様の信頼度で打ち消せる気がする。

 まさか教室の優等生さんが、こんな工作をしてるなんて誰も思わないだろう。


「で、このクジ貰ったけどどうすればいいのー?」

「本気で言ってるのか柏木」

陽花はるか……それぐらいは分かろうぜ」

「えっ、何!?分かってないのアタシだけ!?」


 あまりにもズルに向いてない柏木に俺達は呆れの感情を隠さず向ける。


「ふふ、陽花さっき自分で言ってたじゃない。それを手の中に隠しといて、クジ引く時に引いたフリしてそのクジ出せばいいんだよ」

「あぁそっか!それだったらクジ残んないね!」


 清く正しい副委員長さんは、清く正しくない工作の方法をちゃんと説明してあげた。

 ちゃんとクジ引く時演技できんのかな柏木……。


 純粋すぎる女子を心配する反面、別の部分に安堵しながら英語の授業の準備をする。

 一応今回の席替えで、教卓のド正面の席になるという地獄の可能性があったが、どうやらその心配は要らなくなったようだ。

 ちょっとだけずるっこい副委員長様に感謝だな。ありがとうナギナギさん。

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