28. 彼らだけの空気

 なぜ人は何気なくスポーツの試合を見てる時、大抵負けてるチームを応援したくなるのか。

 いま負けてるチームの方が弱いと決めつけて、ジャイアントキリングするのが見たいのか。

 勝ってるチームだって等しく努力しているはずなのに。


「がんばれー、どっちもー」


 そんなことを思いながら、夕食後に日課の筋トレをしつつテレビの野球中継を見ている。

 推しのチームとかはないが、1球1球のドラマがある野球は見ていて楽しい。

 だいたいどのスポーツも基本的なルールは分かるので、何の種目を見ても結構楽しめる。

 これぞまさに知識が人生を潤わせる瞬間の一つだと思う。


『ワァアアーーーー!!』

「おぉ、劇的」


 呼吸を意識しながら己の筋肉をいじめていたら、テレビの中で大歓声が起きた。

 代打サヨナラホームランで試合が決着したらしい。

 サヨナラ、つまりざっくり言って劇的逆転勝利ということだ。ホームランを打った選手が仲間達に手荒い祝福をされている。


「この感動の裏には、影の努力があるんだろうなぁ」


 きっとホームランを打って今テレビで輝いてる選手は、現在俺がやってるトレーニングの何十倍も日の当たらない努力をしているはずだ。

 千里の道も一歩から。ローマは一日にしてならず。

 健康のためにやってる筋トレだが、名も知らない選手に鼓舞され普段よりも筋肉をいじめる力に熱が入る。


 決してこの筋トレのヒートアップは、今日の昼間に起きた衝撃的なイベントの残響をかき消すためではない。決して。

 なんかあの女子、めっちゃ輝いてたな……。告白バフみたいなものだろうか。

 俺が経験値至上主義じゃなかったら、もしかしたらときめいてかもしれない。告白されて意識するという話も今なら少し理解できた。






 劇的サヨナラを見届けた翌日の休み時間。

 昨日のサヨナラ勝利について広樹ひろきに話すと、どうやら同じようにあの場面を見てたらしい。そして勝ったのは広樹が今ファンになってるチームだとか。

 高揚した感じで元野球部の広樹は話す。


「やっぱすげえよなぁ、あの代打で打つのは」

「打ったのもすげえけど、代打を選んだ監督もすげーと思う」

「わかる。長年あのチーム見てるけど、今の監督が一番いいわ」

「長年って、いつから応援してるんだ?」

「1週間前」

「くそニワカじゃねえか」


 あまりにも短い『長年』だった。

 広樹の推しチームはスポーツ問わずコロコロ変わる。

 一時期はなぜかサッカーのトリニダード・トバゴ代表を応援していた。


「おいおい、新参者を拒絶したらあらゆるコンテンツは衰退の一途だぜ」

「まぁそれはそう。ちなみにあれ、最後に打った球って──」


 チームに関してはニワカだが野球については古参レベルなので、野球経験者の観点から昨日の試合について色々聞いてみた。

 やはり経験者は経験者なりの視点があるようで、なかなかおもしろい話を聞ける。

 伊達に中学野球部の長をやっていただけあった。


「楽しそうだね、何の話してるの?」


 各々別の種類の熱を持ちながら熱く野球漫談をしていたら、その様子を見ていたらしい星乃ほしのが会話に入ってきた。


「昨日の野球中継の話をしてたんだ」

「あー、野球かぁー……」


 俺が話の内容を伝えると、星乃からビミョーな声が返ってきた。

 あ、これはあれだ、1ミリも興味ないやつだ。


「野球あんまり好きじゃないのか?」

「んー……えーとね」

「まぁ待てれん。星乃さんが野球が嫌いな理由、逆に野球を愛する俺らなら分かるんじゃないか?」

「ん?」

「というわけで勝負だ蓮!先に理由を当てた方の勝ち!」


 星乃の声を遮るようにして広樹は突如クイズゲームを考案する。

 なるほど、これはおもしろい。女子があまり野球を好まない理由はそう多くない気がする。


「あぁいいぜ。ただしお互い回答権は3回までにしよう」

「よし!俺が勝ったら今日の蓮の弁当のおかずを1つ貰う!」

「俺が勝ったら?」

「おかずロスト阻止!」

「お前賞品のバランス考えるの下手だろ。まぁいいよ」

「え、えーと……」


 審判の戸惑う声をよそに、勝手に戦いの狼煙が上がった。




 ───★




(どうしよう、別に嫌いってわけじゃないんだけどな……)


 真面目に予想を考え出した男の子達に対して、少し申し訳ない気持ちを抱く。

『野球』という単語に対して思わず微妙な反応をしちゃったのは、中学の時たまたま昇降口で神道しんどうくんの姿を見つけて、思い切って話しかけようとしたら野球部の人達が連れて行っちゃった思い出があるから。


 今思えば、あの時話しかけてたら絶対ビミョーな空気になって、今みたいな関係になれなかったな。

 そう思うと連れてってくれた野球部の人達に感謝の念が湧いてきた。


 決まった正解が頭にないので、神道くんの『野球部の声がでかい』がなんとなく近いような気がして、とりあえずそれを正解にしておいた。

 神道くんは正解した喜びかお弁当のおかずを防衛した喜びか、誇らしげに佐野さのくんに向かって小さく拳を突き上げている。

 テニスの試合の時も思ったけど、神道くんってたまにすっごい無邪気に喜びを表現する。

 普段の難しい顔とギャップがあって素敵だと思う。


 ていうか、もし私が正解したら私がお弁当のおかず貰えたのかな……?

 私も参加すればよかったな、意味わかんないけど。

 どういう理屈をこねればおかずがゲットできるか考えていると、ふと佐野くんが口を開いた。


「そういえば、お前昨日告られたの?」

「え?」

「え」


 神道くんとまったく同じタイミングで声が漏れた。体がピシっと硬直する。


「いやぁ今日学校来る時に聞こえたんだよな、『神道君にフラれちゃったー』みたいなの」

「あぁ……」

「マジだったのか」

「まぁ………そうだな」


 神道くんは、はぐらかすことなく素直に認めた。

 たぶんあれは悲しいフラれ方じゃなくて明るい終わり方だったから、あの子は気兼ねなく周りに話せたんだと思う。


「俺にも黙ってるなんてなぁ。そういう紳士なところが無駄にモテるんだろうなぁ」

「いや普通言いふらさないだろ、カップル成立ならまだしも。ていうか無駄ってなんだ」

「だって誰とも付き合う気がないやつ好きになっても無駄じゃね?」

「……なるほど、たしかに」

「星乃さんも蓮のこと好きになっちゃダメだよー。時間の無駄だよー」

「えっ」


 どういう態度でいればいいのか分からなかったので沈黙を続けていると、急に話の矛先が来た。

 佐野くんの言葉に神道くんは呆れたように反応する。


「ならねえだろ」

「どうかねぇ」

「なんとなく星乃って、スポーツできるとか勉強できるとかそういう理由で人を好きにならなそう」

「そ、そうかな……」


 たしかに私が気になってるのはそこじゃないけど。


「じゃあズバリ!副委員長さんの好きな人は!」

「えぇっ!?」

「お前それ紛うことなきセクハラだからな。マジでやめろ」


 指をパチンとしながら質問してきた佐野くんに対して、神道くんの咎めるような声が刺す。

 あ、ちょっと怒ってる気がする……。


「おぉこえーって、恋バナの一種みたいなもんだろ~」

「それはお前の価値観だろ。恋バナレベルは人によって違うぞ。価値観の押し付けは一番嫌いとか言ってなかったか?」


 やっぱり神道くん怒ってるかも……いつもより声が鋭い気がする。

 たぶん私じゃなくても同じことをしたと思うけど、自分のために怒ってくれたみたいでちょっと嬉しい。


「んー……たしかにそうかもな」

「わ、私は別に平気だよ?びっくりしただけで」

「まぶしいぜ星乃さん……ごめんね急に聞いちゃって。で、好きな人はいるの!?」

「お前……」


 別に嫌とかではなかったので私が説明すると、佐野くんは改めて勢いよく尋ねてきた。

 2度目の質問に対し、神道くんの怒りは呆れに変わっていた。

 私は努めて落ち着いて答える。


「ううん、いないよ」

「お~ぅ、まぁまだ高校始まって一ヶ月ちょいだしな~」


 私の答えに佐野くんが納得したように腕を組む。

 嘘は言ってないと思う。好きな人はいない。

 今のこの感情が異性として好きなのか、友達として好きなのかがわかってないから。


「でも、気になってる人はいるかも」

「おっ!?誰!?……って聞いたらたぶんアウトな気がするから聞かないわ」

「う、うん、ありがとう」

「ホントにギリギリで踏みとどまったな」


 試しにちょっと恋バナっぽいことを言ってみたけど、大きく食いつく佐野くんとは対照的に神道くんは全く興味なさそうだった。ホントに恋愛に無関心なんだ。


 でも危なかった。佐野くんが線引きしてくれて助かった。

 たぶん誰って聞かれて「神道くん」って答えても、あんまり良い結果にならない気がする。

 もしかしたら最悪避けられるかもしれない。


「いやぁでもそうか、気になってる人はいるのかー。俺もそうなりてえなー」

「そうなる気がないのに何言ってんだ」

「わぁ、バレてーら」

「ふふ」


 佐野くんがマンガみたいに両手を広げたリアクションをしたので思わず笑ってしまった。

 でも意外、佐野くんも恋愛したいとかないんだ。女の子好きそうなのに。

 あ、女の子好きそうって失礼かも……。


「……ていうかごめん、あんなこと言っといてなんだけど、俺からも1つ聞いていいか?」

「え?なに?」


 神道くんは改まって尋ねてきた。


「さっきの回答で薄々分かってたけど……星乃って、彼氏いないのか?」

「え……?うん」

「そうか……」


 え?なんで少し残念そうなの?


「お前、彼氏いないって聞いてその反応は意味わからなさすぎるだろ」


 佐野くんが私の心を代弁するかのように言った。


「いや、俺の脳内爽やかが……」

「え?」

「な、なんでもない」


 神道くんのよく分からない単語を聞き返すと、彼は慌ててはぐらかした。

 するとその様子を見た佐野くんは「あー……」と何かを察したように呟いた。


「星乃さん、たぶん蓮はきっと『星乃には絶対彼氏がいるはずだ』っていう予想が外れて、単純に悔しいだけなんだと思うよ」

「え……」

「まぁ、だいたいあってる」


 そ、そんな私って遊んでるように見えるのかな……?


「だって星乃ってこんなに顔整ってて頭が良くて、それでいてか………らだの運動神経もいいから、普通は彼氏いると思うだろ」

「そう……?」


 どうやら私の心配とは違った理由らしい。

 途中、神道くんの動きがピクっと止まったけどなんだったんだろう。

 それが気になって褒められたことへの照れがあんまり来なかった。


「蓮、いい加減あの記憶忘れろよ」

「うるせえな、お前が言語化しなかったらそもそもメモリに刻まれてねんだわ」

「何の話?」

「なんでもない、超なんでもない」


 どうやら佐野くんは静止の正体を知っているらしく、私がそれに首を突っ込むと神道くんは機械のようにはぐらかした。どことなく顔が赤い気もする。

 な、なんの話なんだろう……。


「まぁでも、たしかに星乃さんに彼氏がいないのは意外だなー。性格もこんなにバツグンなのに」

「そうかな……」


 佐野くんも褒めてくれたけど、あんまり喜べなかった。

 だって、性格が良かったら純粋な女の子の告白を盗み聞きしたりなんかしない。

 私が複雑な心境になってる中、神道くんが言う。


「バツグンかどうかはよく分かんねえけど、でも星乃の優しさなら、その気になってる人とやらといずれ付き合えるだろ」

「ほんと……?」


 まさかの当事者から前向きな発言を言われた。

 付き合う……付き合いたいのかな?私は。


「俺もそう思ーう。星乃さんで落ちなかったらたぶん誰でも落ちないよ」

「たしかに、星乃でダメなら難攻不落の摩天楼だな」

「それモンスターボックスな」


 男の子達は軽快なやり取りをしながら笑い合ってる。モンスターボックスってなんだろう……。

 時々神道くんと佐野くんって、何を言ってるのか分からない時がある。2人だけの空気みたいな。


(いいな。私も神道くんとそういう会話してみたい)


 付き合いたいとかは分かんないけど、神道くんとそのくらい仲良くなりたいと思うのはたしかだった。

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