26. ギブアンド煮干し
「時に
「なんだ」
中間テスト期間も終わり、通常の日々が戻ってきたある日の休み時間。
穏やかな教室の空気とは対照的に、
「次の時間って、英語だよな」
「あぁ」
こういう顔する時は大抵ろくでもない用件だ。生返事の盾を構えて次の授業の準備をする。
単語帳って机にあったかな~。
「たしか、課題のプリントがあったよな」
「おう」
おっ、あった。教科書は………ロッカーか?
「蓮はもうその課題やったか?」
「あぁ」
ロッカー行くのめんどくせぇなぁ………お!あった!キター。
「ちなみにその課題って期限いつまでだったっけ?」
「おう」
問題集は………場所取るから今はいいか。
「なぁ、ちゃんと話聞いてんのかよ」
「大丈夫、ちゃんと聞いてない」
「おい!」
広樹は机をパシンッ!と漫才のツッコミのように叩いた。
どうやらちゃんと相手をしないといけないらしい。
大体もうこの後の展開が予想できるけど、一応会話を進める。
「なんだよ、今日までの課題がどうかしたのかよ」
「ちゃんと聞いてんじゃねえか。それでさ、俺はもうその課題のプリント終わってるんだけど、後学のために秀才な蓮の解答を参考にしたいんだ。見せてはくれないか?」
「その間お前の筆記用具を預かっててもいいなら」
「う゛っ……!」
小賢しくそれっぽい理由をつけてきた広樹に目もくれず、英単語帳を開く。
やっぱりいつもの「宿題写させて系」のやつか。
つか『後学』なんて言葉よく知ってたな。
「いや、色々メモしたいんだ、筆記用具は必要だな……!」
「そうか。じゃあルーズリーフを貸してやるからそこにメモするって条件ならいいぞ」
「う゛う゛っ……!」
課題の量的にきっと2回写す時間はないだろうな。
どうしたその程度か広樹、お前ならまだやれるだろう。
「じゃ、じゃあ……そのプリント、スマホで写真とっても良いか!」
「いいけど、お前今日スマホ忘れただろ、俺のは貸さんぞ」
「う゛う゛う゛っ……!」
ずる賢い男子は己の失態を頭を抱えて嘆く。
朝聞いた時はスマホを忘れるなんて現代人失格だなと思ったけど、広樹はそもそもスマホいじりをあんまりしない。
まぁ普段スマホをいじるやつといじらないやつで一緒にいて楽しいのは大体後者な気がするので、その点は結構気に入っている。
「お前さ、正直に言えば俺だって普通に見せる時はあるんだぞ」
「ホントか!じゃあ英語の課題プリント見せてくれ!」
「Noだ」
「おぉい!」
広樹は先ほどよりも強く机をバシィッ!と叩く。
「見せる時があると言っただけで見せるとは言ってない」
「もぉ~めんどくさ~いこの人~」
呆れるような声を無視して、英単語の羅列を眺める。
正直広樹をグサグサ刺すのに割と脳のリソースを使ってるので、あんまり英単語は頭に入ってこないが、ボーッと見るだけでも案外記憶しているものだ。
未だ引き下がろうとしない怠け者に代案を出す。
「別に他のやつに見せて貰えばいいだろ」
「え~、だって蓮のやつだったら絶対合ってるじゃん」
楽して課題を終わらせるだけじゃなくその上良い評価も取りたいってか。強欲の化身だな。
「真っ白なプリント提出するより、多少間違ってるの提出する方がマシだろ」
「そーだけどさぁー。蓮頼むよ~、よよよ~」
よよよ~じゃないが。
「この世は全てギブアンドテイクだ」
「んー?」
「仮に俺のこの完璧なプリントを広樹に見せて、俺になんのメリットがある?」
「タダでコーラが1本飲める!」
「交渉決裂だな」
「ゆゆゆ~……」
ゆゆゆ~じゃないが。スーパー銭湯かよ。
なんでよりによって昨日と同じコーラなんだ。せめて購買のパンにしろよ。
というか今思い出したら、大体いつも広樹からのテイクはコーラな気がする。
もしかしてコーラがこの世のあらゆる物と等価だと思ってないか?
未だ粘り強く食い下がるコーラ万能論者に辟易していたら、不意に最近よく聞く声に話しかけられた。
「
「ん?どした?」
声の方を振り返ると
コーラ論者とは違って、しっかり星乃の方を向いて答える。
「その……次の英語の課題プリントって、神道くんもう終わってる……よね?」
「もちろん」
「ごめん、見せて貰うことってできるかな?」
「あぁ、いいぞ」
星乃にしては珍しいなと思ったが、まぁ優等生さんも人間だからそんな時もあるか。
クリアファイルから課題プリントを取り出して星乃に渡す。
「ほい」
「ありがとう!」
「おう」
「おぉい!!」
一連のやりとりに対してコーラ論者が机を拳でゴンと叩いた。
「おかしいだろ!なんで星乃さんだと無条件なんだよ!」
「いや、この前ノート見せて貰ったし」
「よよよっ……!」
飛んできた異議を一撃で弾き落とす。
授業中あまりに内職が白熱すると、ノートを写す前に黒板が更新されてしまうことがまれにある。
別に授業内容は事前に理解しているので試験的には問題ないのだが、ノート評価とかいう忌々しい制度があるので無視できない。
科目によっては怠惰なノートを提出すると代替の課題を課せられるらしいので、煩わしい事この上ない。
今まではなんとなく前後の内容からテキトーに埋めていたが、星乃と話すようになってからは専ら星乃のノートを見せて貰っていた。
星乃は字が綺麗だしノートのまとめ方も見やすいので、結構為になることが多い。
「えっと……」
「気にしないでいい。授業始まっちゃうぞ」
「う、うん、そうだね」
論者の異議に少し困惑していた星乃に、構わず写してくるよう促した。
星乃は俺の言葉に頷いて窓際の自分の席へ戻っていった。
その後ろ姿を見届けた後、呆然としている広樹を諭す。
「ギブアンドテイクの順番は逆でもいいってことだ」
「……ということは、俺は普段蓮に何もテイクできてないってことか?」
「ん?うーん……」
返された言葉に少し考える。
広樹からノートを借りるとかそういう勉学的なテイクは一切ないけど、でもこいつの突拍子もない提案で結果ユニークな経験ができている面もあるかもしれない。
そう考えたら今回は見せてやっても良かったかも。でももう星乃に貸しちゃったしな。
俺が広樹からのテイクについて考えてると、目の前の男子はハッとした表情で何かに気づく。
「待てよ……なら俺は、星乃さんの写しが終わった後、星乃さんのプリントを見せて貰えばいいんじゃないか!?」
「そんな時間があるといいな」
「うっ……」
発想的には良い着眼点だったが、それをするには今回は時間が足りなさそうだった。
一応方法としては、今すぐ広樹が星乃の席に行って星乃と同時にプリントを写せば可能だが、さすがの広樹もそこまで強引な手法はしないらしい。
単にその方法を思いつかなかっただけかもしれないが。
すると、広樹は再び脳に電撃を走らせて「いや……これなら行ける!」と呟いた。
「もし写しが終わらずに授業が始まっても、『ロッカーに忘れ物ー!』って言って1回廊下に出て、それで『落とし物あったよー!』って星乃さんの席に行って、その時ついでにプリントを返せば……!」
「おぉ、すばらしい。じゃあ今からその作戦を星乃に説明してこい」
「……無理だな」
広樹は脱力するようにガクンと項垂れた。
作戦としては現実味のあるものだったが、実行するにはある程度星乃との仲が必要だった。
その作戦は一旦星乃がプリントを所持してない状態で授業に臨ませることになるし、嘘の落とし物をする時も多少の演技が必要なので、なかなか星乃側の精神的負担が大きい。
仲が深くないと作戦を提案しても「それはちょっと……」と断られてしまうだろう。
広樹と星乃は普通に話はするものの、そこまでの関係値には行ってないように見えた。
(俺ならいけんのかな……?)
頭の中でシミュレートしてみようと思ったが、そもそも俺は白紙の課題プリントを携えて登校することはないので、すぐに無駄な時間だと分かり中止した。
完璧な課題プリントを諦めた広樹は、席を立って近くのサッカー部員にプリントを借りに行った。
数分後、無事プリント写しに終えたらしい星乃がやって来た。
「ありがとう神道くん、はいこれ」
「おう」
「それと……これあげる」
「ん?」
俺のプリントの後に少し声を潜めて渡してきたのは、包装紙に包まれた飴玉。
包みに印字されていた名前は『煮干しキャンディ』。
見たことも聞いたこともないお菓子に眉が曲がる。
「なんだこれ……」
「お父さんのお土産。美味しいよ?」
「まじ?」
自信ありげに星乃は言う。
ほんとかなぁ……お魚大好きフィルター通してるからじゃないかなぁ。
まぁしかし、貰ったものを捨てるなんてできないので──
「わかった、覚悟決めたら食べてみるよ」
「ふふ、ちゃんと美味しいってば。それじゃあね」
そう言って楽しそうに俺の覚悟を見届けた星乃は自分の席へ戻っていった。
入れ替わる様にして、ずっと席を離れていた広樹が戻ってきた。
「はぁ~……」
「何してたんだ?お前」
「いや……ウチのサッカー部のやつらも誰も課題やってなくて、仕方なく他のクラス行ったら見事にそいつらもやってなかった」
「一心同体だな。素晴らしいチームワークだ」
「もぉいいや、白紙で突き通すぜ俺は。ケセラセラだぜ!」
「久々に聞いたなそれ」
俺の覚悟とは別の覚悟を広樹は決めたらしい。
腹をくくった坊主に気になったことを尋ねる。
「そういえば、
「
「だってあいつ英語だけはできるだろ」
「………はっ!?そうだった!凝り固まった陽花へのおバカイメージが……!!」
「もう写すのは時間的に間に合わねえな」
どうやらすっかりその選択肢を失念していたらしい。
まぁ広樹が頼んでも柏木が素直に見せてくれるかは微妙だけど。
(………あれ?そういえば、なんで星乃は柏木じゃなくて俺のところに来たんだ?)
俺より柏木の方が仲が良いはずだし、柏木は星乃の前の席で物理的距離も近いので、どう考えても柏木に借りた方が合理的だった。
(うーん………あっ、柏木も課題やってなかったのかな)
どこかしっくりこないが、とりあえず暫定的な解を導き出した時、ちょうど英語の教師が入室してきて授業が開始された。
ちなみに授業中こっそり食べた『煮干しキャンディ』は、非常に珍妙な味がした。
塩飴のしょっぱさの中に時々煮干しが顔を出してくる感じ。
「どうも……煮干しですけど……」みたいな。
決して不味くはない。ただ美味いかと言われたら首を捻る。
まぁお魚ラブな星乃からしたら、嬉しい煮干しの挨拶なんだろうな。
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