24. 選択権
連合軍とのテスト対決が決まった約1週間後、ここ数日はテスト返却の日々だった。
歓喜と怨嗟の声が交差する教室で、現在は歴史総合の答案が返却されている。
前の席の
「すげえな広樹」
「ふっ、これが勝負師魂だ」
ニヤける坊主持つ用紙には『61』の数字があった。
一般的にそこまで良い点とは言えないが、人生で50点を越えたことがない彼からしたら偉業に値する。
「なんか、中々いい勝負になってるな」
「あぁ、発案した俺も正直ここまで競るとは思わなかったぜ」
残す答案は現代文のみとなった段階で、連合軍と俺のスコアの差は意外なことに一桁台まで競っていた。
要因は広樹と柏木による予想外の善戦。時々赤い点を出しながらも、彼らは50の大台を何回も超えて奮闘していた。
そして、個人で見れば俺の全勝かなと踏んでいたが、その予想も裏切られた。
「まさか
「ほんとにな。イギリスの血は伊達じゃねえってことだな」
俺は個人成績で2回負けた。柏木の英語と星乃の生物。
遺伝子レベルの英語力と純粋なお魚ラブの前には、穿った経験値厨の頭では敵わなかったらしい。
あのサカナちゃんは魚が関連してる生物が大の得意だったようだ。
「勝負は最後まで分からないってことだな」
「……そうかもな」
白熱する展開に興奮気味の広樹に、俺は曖昧な返事をした。
全てのテスト返却が終わり放課後になった。
すっかりゲームマスター気取りの広樹が「勝敗の結果はジワジワやろうぜ!」と提案したので、最後に返却された現代文の点数はまだ全員開示してない。
運命の瞬間を味わうべく、放課後4人で集まって結果発表する約束になっていた。
現在広樹と柏木は、部活のミーティングに一旦顔を出している。
他のクラスメイト達は既に退室しており、教室には俺と星乃だけだった。
「ねぇ、お寿司って今日行くんだよね?」
「ああ、明日から部活始まるしな。今日しかないだろうな」
星乃は椅子に座って足をプラプラさせながら、どこかウキウキした感じで聞いてきた。
過度な期待はさせないよう念を押す。
「星乃達が勝てばの話だけどな」
「どうかなー?現代文のテスト、初回だから易しく作ったらしいよ?」
星乃はキラキラ纏った雰囲気で、勝利の可能性を感じていた。
たしかに現代文は他に比べて簡単だったな。教師はたしか平均点が65点とか言ってたか。
今回の勝負のルールは、易しい問題であればあるほど俺の方が不利ではあった。
しかし全く敗北の心配はしていない。
なぜなら俺は国語教科が大の得意で、広樹は大の苦手だ。
柏木の成績にもよるが、おおよそ俺の勝利は堅いと予想していた。
そんな事実を知らない星乃は、キラキラを隠さずに会話を続ける。
「
「俺は……赤貝かなぁ」
「うわ、しぶーい」
「星乃は?」
「全部!」
「ありなのかよそれ」
子供みたいな答えに思わず笑いが漏れる。
教室で2人だけなのも相まってか、いま目の前で楽しそうに話す星乃は『教室の副委員長さん』の仮面を完全に脱ぎ捨てていた。
そんな女の子の様子を見てふと思う。
(……どうせ降って湧いた金だしな。星乃にはチラシの時の借りもあるし)
俺は決意を固めたようにふっと息を吐く。
そして、解答用紙を机に広げたまま席を立った。
「ちょっとトイレ」
「うん、いってらっしゃい」
あまり普段言われない言葉に少し面食らう。
わざわざトイレにいってらっしゃいって言われると、なんか気恥ずかしいな。
丁寧な見送りに恥じないよう、俺も丁寧にトイレしよう。
俺がトイレから戻ってきた数分後に広樹と柏木が合流し、最後の結果発表が始まった。
まずはじめに俺の結果を口頭で3人に伝えた。今回の現代文は98点だった。
「すご……」
「やば。シンドーくん現代マンじゃん」
「なんだよそのクソださい称号」
唖然とする星乃の横で柏木が国語力のなさそうなことを言う。
『現代マン』って訳すとただの現代人じゃねえか。
「なかなかやるな蓮……だが俺の点数を見て跪け!」
彼女達と違い俺の点数にあまり動じなかった広樹は、ガサッっと自分の解答用紙を掲げた。
47点だった。
「それじゃあ膝はつけねえな」
「ヒロキくんしょぼーい」
「問題……簡単だったよね……?」
三者三様の毒が飛んでくる。
「な、なん……だと……」
「まぁでも広樹にしては滅茶苦茶すごい。絶対赤点だと思ってた」
まったく歓迎されてない雰囲気に愕然とする親友に、一応のフォローを入れる。
実際広樹が国語で赤点を回避したのは初めて見た。十分快挙だった。
「しょうがないなぁ~ヒロキくん、私がカバーしてあげよう!」
そう言って柏木は、気取った手付きでヒラリと解答用紙を片手で掲げた。
78点だった。
「おぉ」
「なん……だとぅ……」
「すごいね陽花!」
少し驚く俺の傍らで先程とは別の驚愕を見せる広樹と、親友の高得点に純粋に喜ぶ星乃。
「ちょーっとつまんないミスしたけどねー、まぁこれくらいで許してあげた!」
「どういう立場なんだ」
よくわからない懐の広さを見せる柏木にツッコむ。
その時、ハッと何かを閃いた広樹は、余裕な態度を見せる連合軍仲間に食って掛かった。
「おい陽花!ホントに正攻法なんだろうな!まさかネタんじゃな、うわっぷ」
「広樹、それはダメだ」
即座に広樹の解答用紙を顔にぶん投げ、セクハラのボーダーを越えかけたバカを止める。
「ねた……?」「ねたってなーにー?」
「……ネタを仕込んだんじゃないかって。カンニングとか」
漏れ聞こえた言葉の意味がピンと来てない女子達に、とりあえずのごまかしをする。
「おいおいヒロキく~ん、そういう疑い方は自分が惨めだよ~?」
「すいません……」
ニヤニヤと煽る柏木に、先ほどの暴走が如何に危険だったかを悟った広樹は小さく丸まって詫びる。
「で、柏木が78ってことは………星乃が89点以上ならそっちの勝ちかな」
「え……?」
俺が最後の盛り上がりを分かりやすくするため改めて計算すると、星乃は小さく驚いて言葉を失った。
あっ、これは……。
「89…!!行ける!星乃さんなら取れてる!」
俺がボーダーの点数を伝えると、勝利の可能性を感じたのか広樹はぐわっとテンションを切り替えた。
「ナギなら取れてるよ!!どう!?」
柏木も俄然テンションを上げる。
2人は勝利の興奮で先ほどの星乃の反応に気づかなかったらしい。
「え、えーと……」
星乃は困ったように両手に持ってる解答用紙を見つめる。
「ごめんね……」
そして、申し訳なさそうに自分の解答用紙を裏返した。
87点だった。
「なん……だぁと……」
「うっそー……」
何回目か分からないセリフを吐いて椅子に消沈する広樹と、机に撃沈する柏木。どこか2人とも白くなってる気がする。
おい、87って十分いい点数なのに、星乃が可哀想だろそれは。
「星乃のせいじゃないからな、時々赤かったこいつらがどう考えても敗因だからな」
「うん……」
振り返ってみれば好成績でしかなかった連合軍のエースに、励ましの言葉を掛ける。
二人の落胆具合に困ってる感じの星乃にも、十分しょんぼりしてる色合いが見えた。
あんなに目を輝かせてたしまぁそうだよな。もしかしたら一番回転寿司を楽しみにしてたのは星乃だったのかもしれない。
(やっぱりこうなっちゃったか……)
柏木が予想外の高得点を取った時には徒労に終わると思ったが、やはり俺の保険は必要だったらしい。
この後の立ち回りを一度頭の中でシミュレートした後、俺はわざとらしく3人に告げた。
「まぁ残念だったな、じゃあまた次の機会に頑張ってくれ………っていうのはちょっと味気ない。広樹とかも頑張ってたしな。というわけで最後にワンチャンスタイム」
「おおっ!?」
「なに!?」
「え?」
俺の言葉に色を取り戻す広樹と柏木。星乃も顔を上げて俺を見る。
予想外の展開に驚く彼らに、俺は事前に用意してた問題を出す。
「今回俺の現代文は98点だったわけだが、間違えたのは1箇所だけだ。その間違えた所を当てたらお前らの勝ちってことでいいよ」
「おい!その言葉取り消すんじゃないぞ!」
「えー!当たんないよそんなのー!」
急遽始まったゲームに、2人は全力で2点配点の問題から俺がケアレスミスしそうなものを探し始める。
おそらく呆然としてるだろう星乃をよそに、彼らの回答を急かす。
「ほら、俺の気が変わらない内に早く答えた方がいいぞ。どうせこんなの運なんだから」
2点の問題はたしか最初の漢字の問題10問と、その他に3問だったかな。
回答権は3回だから確率は23%ぐらいか。普通に当てるなら。
俺が正攻法の場合の確率を考えた時、広樹があることに気づく。
「……っ!ハハ!ぬかったな蓮!」
「えっ!なになにヒロキくん!」
「俺は、今までお前が漢字の問題を間違えたのを見たことがない!」
「えぇー!?」
芝居じみた広樹の推理に柏木が驚く。
そう、俺は漢字の問題は大の得意だった。
たぶん中学校から数えて今まで漢字のテストを間違えた記憶がない。小学校は覚えてない。
珍しく頭がキレた広樹を煽る。
「ほぉ、そこに気づくとはなかなか頭のキレる探偵だな。お前もしかして化学の成績良いな?」
「うるせえな!赤だよ!」
広樹は食い気味に反撃する。
たしか13点だったかな。追試頑張れ探偵。
「……しかし蓮、余裕をかましているのも今のうちだ。なんせ漢字以外の2点配分の問題は、3つしかない!」
「あっ!ホントだ!」
柏木は広樹の推理の全てに気づく。
「そして俺達の回答権は3つある!ふっ、観念しろ神道蓮!年貢の納め時だ!」
「いいからもう早く答えろよ赤点探偵」
口上を聞くのもそろそろめんどくさくなってきたので、乱暴に探偵の回答を促す。
「ズバリ!蓮の間違えた問題は、この作者の名前!」
「残念不正解」
「じゃあじゃあ!この文の虫食いの穴埋めるやつ!」
「いや、それも違うな」
「ってことは……!」
「ナギ……!」
二人の期待の眼差しが星乃に集まる。
「え?あっ、えっと……」
今まで呆然としながら事の流れを見ていたらしい星乃は、2人に視線にハッと我に返り、困惑気味に解答用紙に目を落とした。
残る漢字以外の2点配分の問題は、接続詞の記号問題のみ。
おそらく星乃は知っているだろう、この流れのまま回答すると回転寿司には行けなくなることを。
先程俺が丁寧にトイレに行った時、俺はあえて『どの問題を間違えてたのか分かるように』解答用紙を机に広げて席を立った。
きっと律儀な星乃は他人の解答用紙を勝手に見ては失礼だと、そんなにまじまじとは見なかっただろう。
しかし、もし一瞬でも俺の解答用紙を見たらこう思うはずだ。
「うわっ、ここ書いてたら100点だったかもしれないのに、空欄なんてもったいない……」と。
そう、今回俺はあえて一番最初の解答を空欄にした。
もし俺が勝負に勝った場合は、この違和感ありまくりの空欄をそれとなく星乃にだけ見せ、この茶番クイズを用いて回転寿司に連れてってやろうとはじめから決めていた。
なぜこんな回りくどいことをしたのか、それは『懸念』だった。
もしかしたら星乃がキラキラと回転寿司に行きたそうにしてたのは、俺の全くの勘違いの可能性もあった。
俺はもう星乃とは外で飯を一緒に食べても違和感ないぐらいの関係だと思ってるが、星乃からしたらそうじゃないことも十分ありえる。
星乃が魚が大好きなのはもはや疑いようがないが、男子達と一緒にご飯を食べにいくのはまた別の話だ。
だから俺はこんなめんどくさいやり方で最後の選択権を星乃に委ねた。
もし俺の勘違いで回転寿司に行くのが億劫だと思っているなら、赤点探偵の推理通りに答えればいい。流れとしては何も変なところはない。
星乃は少しの間考えた後、目線を上げて俺の方をチラリと見る。
そして、解答用紙で顔の下半分を隠し、少し頬を赤らめながら答えた。
「1問目の漢字の書き取り………」
……やっぱり行きたかったんだな。
「「え」」
「正解」
固まる2人をよそに、俺は不自然な空欄のある解答用紙を3人に見せた。
「なん……だぁとぅ……」
「わぁーー!!!ナギすごーーーい!!」
探偵は呆然と席に崩れ落ち、柏木は嬉しさのあまり星乃に抱きつく。
「すごい!なんで分かったの!」
「えっと……1問目って意外と油断したりするから……?」
「いや俺に聞かれても」
柏木が聞いたのは星乃が正解した理由で、この違和感バリバリの空欄の正体ではないだろう。
すごいすごーいと歓喜に踊る女子軍のそばで、壮大にムダな推理を披露してた赤点探偵が頭を抱えていた。
まぁあんなに自信たっぷりに推理した後じゃ多少は落ち込むか。
「残念だったな、でもお前の推理は論理的には完璧だったぞ」
正直その裏トラップ的なのに気づいても気づかなくても大勢に影響はなかったが、広樹が発見した時は素直に感動したので一応励ましておいた。
俺の気遣いに対して広樹はどこか哀れんだ声で答える。
「いや、蓮ってこんな簡単な漢字も分からないんだな……」
探偵の解答用紙を全力でぶん投げた。
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