23. キラキラ
ゴールデンウィークの日々がすっかり昔のように感じてきた5月の下旬。
高校に入って最初の定期テストである、一学期の中間テストが迫っていた。
「テスト対決しよう!!」
「あ?」
平時よりやや緊張感のある授業から解放された昼休み。
昼食後の眠気に耐えながらアジア繁栄の歴史に浸ってると、突然
「対決って、この4人で?」
俺はすっかりお馴染みになってきた俺、広樹、
広樹は「いえす!」と即答する。
「驕り高ぶる意味で言うけど、たぶん俺が勝つぞ」
「うわ~シンドーくんイヤミ~」
「ここで謙遜する方が嫌味だな」
俺が90%ぐらいの確率で起こるであろう結果を淡々と言うと、柏木がわざとらしいジト目で返してきた。
「まぁもしかしたら星乃には負けるかもしれないけど。でも俺中学の時だいたい2位か3位だったから、たぶん星乃にも戦績的には勝ってる気がするんだよな」
「2位って、すごいね
「十分それでもすごいだろ」
予想通り優等生風の星乃は、中学時代しっかりと優秀な成績を収めていたようだ。
2位と10位なのでおそらくそこまで差はないだろう。だいたい点数的に85~90点を取っていた感じかな。
「まぁまぁそう自惚れるな
「大人になったな、広樹」
「だからこうしよう!俺ら3人の点数VS、蓮の点数2倍でどうだ!」
「んん?」
「それって、ヒロキくんとナギとアタシの点数合体させたのと、シンドーくんの点数の2倍で勝負ってこと?」
「あぁそうだ!」
柏木の質問に対決の提案者は元気よく肯定する。
広樹にしては凝ったルールを出したな。
つまり仮に俺が90点を取ったとする。そして星乃が85点、広樹が40点、柏木が50点だとすると、俺の点数の2倍が180点で、175対180になるというわけか。
「あー……まぁたしかに個人戦よりかは勝負になりそうだな」
「だろ?今日1日考えた完璧なバランス調整だぜ」
「だからお前今日ずっと起きてたのか……」
珍しく1限から4限まで全部起きてるなと思ったら、ずっとこのパワーバランスのルールを考えてたらしい。
いや、ここにたどり着くのに4時間も使うか……?
「ねぇねぇナギ、それって私達は勝てそうなの?」
「んーと……
計算ができる星乃はすぐにこの勝負のコツを掴んだらしい。
そう、俺の点数は最大200点で連合軍の最大は300点。
おそらく星乃は85~90の点数を出してくるから、広樹と柏木が50点以上を取れば、合算して200点付近の点数になり連合軍の勝利は堅い。
つまり俺が100点を取っても負ける場合があるという、実はだいぶ理不尽なルールだが、俺は全くその心配はしてなかった。なぜなら──
「えっ、50点?」
「50点か……」
「え……?」
星乃が勝利の近道を教えると、柏木は驚きの声を上げ、広樹は深く考え込んだ。
「50点ってそんなに難しい点数なのかな……?」
自分は何かおかしいことを言ったのかと星乃が俺に確認してくる。
「いや、普通はたいした点数じゃない。ただこの2人にとっては違う」
「あぁ、俺は生まれてこの方50点なぞ越えたことはない……」
「ホントお前なんでこの高校入れたんだろうな」
ウチの高校は進学校ってほどではないが、決して偏差値の低い高校でもなかった。だいたい中の上ぐらい。
広樹の憂いに同意するように柏木も嘆く。
「アタシも50点はちょっときついかもー」
「あれ?陽花って中3の時だいたい70点ぐらい取ってなかったっけ」
「それは受験近かったからだよー。もうあの時の勉強全部忘れちゃった」
「あらら……」
中3の時同じクラスだった星乃が記憶にあった柏木の点数を確認すると、柏木からテンプレのような答えが返ってきた。
俺も星乃に続いて記憶にあった柏木の成績を尋ねる。
「でも柏木ってたしか、英語の点数だけむちゃくちゃ良くなかったか?」
「イエース、なんてったって私にはグレートプリテンなんたらの血が流れてるからね」
「自分のルーツの名前ぐらいちゃんと覚えろ」
イギリスのクォーターだという柏木は、その遺伝の象徴であるブロンド寄りな茶髪のサイドテールをなびかせ、誇らしげに振る舞う。
星乃はその様子を微笑ましく眺める。
「私も英語だけは陽花に勝ったことないかも。英語は高校でも大丈夫なの?」
「それはオフコォース!90点以上は堅いと思うね」
「同じ理論でやれば古文も点数取れそうだけどな」
「それとこれとは違いマース」
俺が技術の応用を勧めたら急にカタコト調になったカシワギさんが現れた。
「ちなみに星乃さんはどのくらい取れそう?」
「うーん……高校のテストまだやったことないから分かんないかも」
エース戦力の確認とばかりに広樹が尋ねると、星乃は困ったように返した。
まぁそりゃそうだ、今回が初の定期テストだからやってみないと具体的なことはなんとも言えないだろう。「そっかー」と広樹も納得している。
「まぁ星乃ならだいたい80~90点取るだろ。なんかそんな気がする」
「うーんたしかに」
俺が星乃の予想スコアを述べると広樹が同意した。
「神道くん、それは褒めてるの?」
「めちゃくちゃ褒めてるだろ」
「そっか。ありがと」
俺が若干投げやり気味に言ったせいか、星乃には最初褒め言葉と捉えて貰えなかったようだ。
「で、蓮。この勝負受けるか?」
だいたい連合軍の戦力具合が判明したところで、広樹が改めて確認してきた。
「勝負を受けるだけなら別にいいけど……どうせなんかあんだろ?」
「フッ、当然だ。こっちが勝ったら俺らの飯奢りな!」
「え?」「えーほんとー!?」
広樹の追加ルールに対して女子達が思い思いに反応する。
「俺が勝ったら?」
「飯奢り阻止」
「ビビるぐらい俺にメリットがねえな」
「いいだろ別に。どっちにしろお前ご褒美とか無くても勝手に良い点取るじゃん」
「まぁそうだけど」
テストで良い点を取ることは普段の内職の免罪符になる。
成績が良ければ授業中の多少の粗相は多めに見られがちになるし、最終的に推薦とかでも有利になる。
なので勝負をやってもやってなくても、どっちにしろ試験への意欲は変わらなかった。
「じゃあ勝負受けるってことでいいか?」
「まぁいいけど」
「え、えっと神道くん」
「ん?」
「3人のご飯って結構値段すると思うけど……大丈夫?」
あまりにも旨味がない勝負をテキトーに受理すると、星乃がおずおずと聞いてきた。
その質問に対し俺ではなく広樹が答える。
「ふっふっふ、大丈夫なんだよ星乃さん」
「えっ?」
「蓮はこの前のゴールデンウィークのバイトで、特別ボーナスとやらを貰ったらしい」
「ボーナス?そうなの?」
「あぁ、引くほど貰った」
連休中の度重なるバイトに耐えた結果、気まぐれな店長から月給とは別の給料を貰った。
店長曰く『そういえば中学の分まだあげてなかったな!』とのことで、中学時代に働いた分とゴールデンウィーク中の休日手当的なものを合算した給料をくれた。
その額、驚異の6桁。
ぶっちゃけ中学の時はたいして戦力になってなかったし、ゴールデンウィークも普段のピークと変わらなかったから最初は丁重に断ろうとした。
しかし店長の奥さんにも「シンちゃんにはいっぱい助かっちゃってるから受け取って」とはんなりお願いされてしまったので、俺の抵抗は早々に終わった。
個人店でやってる自由な給与形態だからこそ為せる技だ。税金とかちゃんとしてんのかなあれ……。
「で、この蓮さんはそのボーナス何使うか全然決まらないらしいよ。俺だったら絶対豪遊するわ」
「額が異次元すぎてあんまり自分の金って感じがしないんだよ。だからまぁ、奢るってなっても別に抵抗ないから大丈夫だ」
「そうなんだ」
「元々物欲とかそんなにないしな。で、負けたら俺は何を奢るんだ?」
星乃もなんとなく納得してくれたようなので、坊主にルールの詳細を尋ねる。
「なんだ?もう負ける気でいるのか?」
「ちげーよ。逆に負ける気がしないから聞いてんだよ」
「うわ~シンドーくんイヤミ~」
「リピート再生するな」
「はー、なるほど。じゃあ結構値段いってもいいんだなー?」
「あぁいいぞ」
せっかくだから夢を見させてあげることにしよう。
俺が慈悲の心で許可すると、広樹は「んーそうだなぁ」と豪遊先を考える。
「ラーメン!……だとあんまり高くつかんしな。牛丼も安いよなぁ」
「量食いたいならそれでいいけどな」
普段部活帰りに行くような所を挙げても、女子二人と男子一人ならそんな豪遊ってほどの値段は行かないだろう。
「二人はなんか食べたいものとかないのか?」
女子軍の方にも聞いてみる。
「えーなんだろ。アタシも普段安い所行っちゃうからなー」
「私はラーメンとか牛丼屋さんはちょっと行ってみたいかも……」
「えー!勿体ないよ!せっかくだからお高く行こうよ!」
「そ、そうかな」
「お高くの意味なんか違くねえか」
人のお金だと思って柏木は贅沢する気満々だ。
まぁ俺も払う予定のない出費だから別にどうでもいいが。
「でも、神道くんがお金出してくれるんだから、神道くんが決めた方がいいんじゃない?」
星乃が至極優等生な意見を言った。
「俺は別になんでもいいんだが……そうだな、あの駅前の高めの回転寿司とかいいんじゃないか?」
「あぁー、あそこか」
未だラーメンと牛丼の呪縛から逃れられてない広樹が反応した。
高校生が普段、部活帰りとかに回転寿司行くことは割とあると思う。
しかし一皿100円じゃない、いわゆるプチ高級回転寿司は、高校生の財布じゃなかなか行くことは叶わないだろう。
「たぶんあそこで豪遊しても俺のボーナスは半壊すらしないだろうな」
「まじかよ、久しぶりに限界に挑戦できるってことか」
「お前は最初に揚げ物5皿食ってからな」
「うおおぉ……ハンデが重すぎる……!」
俺の条件に坊主は頭を抱える。
先に揚げ物を食らうと、揚げ物の油と魚の脂のダブルパンチで、満腹感より先に気持ち悪さが襲ってくる。
大抵のやつはこれで10皿もいかないあたりで撃沈だ。
メガトンハンデに広樹は絶望しているが、すっかり回転寿司には乗り気なようだ。
そういえば回転寿司とたまたま提案してみたが、ここには大の魚好きが居たな。
ふと彼女の方を見てみる。
「…………!!」
キラッキラだった。
いわゆる『しいたけ目』の如く目を輝かせて、キラキラオブキラキラな視線で星乃は俺の提案を聞いていた。
やはりお魚ラブの星乃は、既定路線のごとくお寿司ラブでもあったらしい。
星乃には聞くまでもないなこれは。残りの柏木に確認してみる。
「柏木はどうだ、回転寿司」
「うん、いいね!久しぶりに行きたい!……でも、私達も揚げ物食べるの?」
「いや、女子達はいいよ。女子ってそんなに枚数食べないしな」
「やったー!」
揚げ物ハンデを男子限定にすると柏木は万歳した。
たしかどこかの情報で、女子の寿司の平均は7~8皿って聞いたことがある。
なので揚げ物パンチをしなくても、だいたい10皿未満ぐらいになるだろう。
「星乃も回転寿司でいいか?」
「う、うん」
流れとして聞かないのは不自然なので、最後に一応キラキラさんにも確認する。
星乃は少し淀み気味に答えたが、やはり問題ないようだ。
女子達のOKも出たということで、勝利報酬の奢りは回転寿司に決まった。
なぜか既に勝った気分でいる柏木と広樹は、何の寿司ネタを食べようかみたいな会話をし始めた。
その一方で、星乃が戸惑いぎみに小声で話しかけてきた。
「ねぇ神道くん……私結構お寿司好きで、もしかしたら食べ過ぎちゃうかもしれないんだけど……大丈夫かな?」
「うん?」
意外な心配に少し驚く。
星乃の普段のお弁当は結構少ない量だった気がするけど、大好きなお寿司に限っては別腹ということだろうか。
うーん何皿ぐらいだろう……10皿とかかな。まさか15か?
「いつも何皿ぐらい食べるんだ?」
「んーと……」
星乃は確実に俺にだけ聞こえるよう顔を近づけてきた。近いな。
「に…………20……ぐらぃ……」
「え」
言葉尻が小さくなった星乃は、言い終わると俺から離れてモジモジする。
まじ?20?
20って、女子どころか成人男性でもなかなか行かなくないか。
愛は食欲をもブーストさせるのだろうか。
「すげえな」
「うん……さすがにそんな食べちゃまずいよね」
「いや全然いいよ。たぶん星乃が思ってる以上にボーナスは強大だから」
「そ、そんなに貰ったの?」
「あぁ。それに──」
驚く星乃にもう一つ20皿でも問題ない理由を伝える。
「どうせ俺が勝つからな」
「ふふ、残念」
奢らないことへの驕りを見せる俺に、星乃は言葉とは裏腹に穏やかな笑みを浮かべた。
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