22. チラシ
美化委員の仕事で、ゴミ拾いボランティアのチラシを作ることになった。
文言は既に決まっており、俺らは背景のデザインを描くらしい。
「じゃ委員長達、なんとか頑張れ!最悪美術部の人に頼むから」
そう言って美化委員担当の教師は、教室に俺と星乃を残して去っていった。
最低限の保険は残してるとはいえ、さすがに仕事をぶん投げすぎでは……?
俺と星乃はA4の紙と色鉛筆が乗ってる机を挟んで、向かい合わせに座っていた。
「まさか美化委員に入ってお絵かきするとはなぁ」
「ほんとにね。
「ぜーんぜん」
星乃の質問に肩をすくめて答える。
知識でどうにかなる分野は得意だが、センスが問われるアートはてんでダメだ。
何度か挑んだことはあるが、すぐに己の限界を感じて諦めた。
「星乃は得意そうだな、絵描くの」
「え?なんで?」
「だってあんなにアジの絵上手かったから………あ」
やべ。
純粋にあの画力に感動してたからつい口に出てしまった。
「見ないでって言ったのに……」
「す、すまん」
俺の失言に星乃は少し赤い顔で目を伏せてしまった。
「い、いやでも、半ページしか見てないから。たまたま開いた後に星乃のチャットに気づいたんだ」
「そうなの……?」
「あぁ、最初のアジのページの半分しか知らない」
こういう時に誠実な行動は命拾いする。
俺はホントにあの半ページしか見てないから、話す言葉に信憑性を着色できる。
半ページを覗いたことが誠実な行動かは置いとく。
「ていうかごめん、この話題出して」
「え?」
「いや、星乃今日まったくあの図鑑の話をしなかったから、触れちゃいけないのかなって」
「そ、そういうわけじゃないけど……」
「そうなのか?」
今日の休み時間とか昼休みとかいつもの4人で話す機会が何回かあったが、その時星乃は魚図鑑の話題を微塵も出さなかった。努めて他の話題を出しているような気さえした。
なので不用意にそこへ触れてしまったことへの謝罪をしたが、星乃の反応的にそこまで問題ではなかったみたいだ。
(これはもしかして……)
ふと降りてきた違和感の正体を巡って頭を働かせる。
まず図鑑のあのメモの熱量からして、星乃が大の魚好きであることは間違いない。
そして、教室だと全く触れようとしなかった話題を今二人きりの状況で出しても問題ない。
さらには昨日わざわざ星乃の家まで魚図鑑を借りに行ったこと、その時たまに見せた俺の質問に対する星乃のギコギコの態度。
これらの情報から察するに──
「星乃さ、もしかして、魚が好きなこと周りに隠してる?」
「…………うん」
正解だった。
星乃は恥ずかしそうにして小さく首を縦に振った。
「なんで?」
「だって……周りにそういう女の子全然いなかったし、生きてる魚怖いって言う子もいたし……変なのかなって」
どこか悲しそうな感じで、そしてどこかで諦めた感じで星乃は答える。
「うーん、そうかな?」
「え?」
「たしかにちょっと珍しいかもしんないけど、でも猫が好きなのも魚が好きなのもそんなに変わんない気がするけど」
「……変わってないね。神道くんは」
「どゆこと?」
「ふふ、なんでもない」
悲しみの色を洗い流したかのように星乃は微笑む。
え?どゆこと?思わず頭の中で復唱する。
『変わってない』って、それは俺の考え方が変じゃないって意味か?魚好きの女の子を変じゃないとする考え方が変じゃないってことか?
よく分からなくなってきた……。まぁとりあえず星乃は機嫌を治してくれたみたいだからいいか。
「とにかくすまん、約束守ってなくて。でもホントに最初の半ページしか見てないから」
「うん、信じる。ていうかそもそも私が間違えちゃったのが悪いから、神道くんは何も悪くないよ」
「いや、約束を破ったのは事実だから」
「それはそうかもしれないけど………じゃあ、代わりに別の約束して欲しいな」
「別の約束?」
「うん。……私がお魚好きなの、周りには言わないで欲しい」
「あぁ、分かった」
星乃の申し出を二つ返事で引き受ける。
個人的には別に隠すことでもないと思うが、星乃が隠したいというならそれを尊重するべきだろう。
「これって他に知ってる人は誰かいるのか?」
「えーっと、お父さんとお母さんと、あと
「さすが一番の友達だな」
「うん。陽花は生きてる魚苦手だけどね」
あははと苦笑する星乃。さっき言ってた『生きてる魚怖いと言う子』は
たしかに俺も、最初に生きてるタコを見た時はモンスターかなんかと畏怖した事があるから、柏木の気持ちも分からなくはない。
でもさすが親友だ。自分が苦手な物を星乃が好きだと言っても、それはそれこれはこれとして星乃のことを受け入れてるってことか。
まぁ柏木イズム的に言えば「お魚好きなんだー。変わってるねー!」ぐらいのノリで終わる気もする。
「でもさ、星乃」
「うん?」
「魚好きバレたくなかったら、なんで俺にあの図鑑貸したんだ?」
ここで当然の疑問が生まれた。
そもそもあまり知られたくないことだったら、図鑑じゃなくて無難に小説なりを俺に貸せば良かったはずだ。
今回は星乃の手違いで直接的にバレてしまったが、もしそうじゃなくても俺が魚図鑑の感想を星乃に熱弁したら、絶対それを上回る熱量で星乃は解説してきたと思う。
どちらにせよ図鑑を貸した時点で、星乃の魚好きが俺にバレるのは時間の問題だった気がする。
「え、えっと……神道くんなら分かってくれるかなって」
「魚の素晴らしさが?」
「それもあるし、色々……」
「ふーん?」
どこか気恥ずかしそうに星乃は言う。
星乃の真意の全ては分からないが、たしかに俺は魚類に対して否定的な感情はなかった。
それは魚好きな女の子に対しても同じだった。
「たしかに俺は魚苦手じゃないし、星乃がそういう話をするのも変だとは思わないよ。むしろ教養として知りたいからどんどん話してくれ」
「そうなの……?」
「あぁ。知識を得るには文献を見るのが一番だけど、魅力を知るにはそれを好きな人から聞くのが一番だからな」
「………うん、わかった!」
俺の魚レクチャーのお願いに、星乃は明るく快諾する。
「思いっきり魚愛を伝えてくれ、フィッシュ&ラブを」
「うん!」
「ついでにチラシにもぶつけてくれ」
「……うん、がんばる…………」
流れるようにデザイン制作を丸投げすると、先程とは違って星乃は弱気な感じで頷いた。
「絵、得意じゃないのか?」
「うん、あんまり……。お魚の絵は綺麗に描けるんだけど」
「じゃあ魚描いちゃえばいいんじゃないか?たしか川のゴミ拾いだから、そんなに無関係じゃないだろ」
今回のゴミ拾いボランティアは、学校の近くを流れる川の河川敷のゴミ拾いだった。
「たしかに……。ゴミがあって苦しいのは川の生き物達だもんね」
「あぁ。それにどうせタイトルでゴミ拾いって分かるから、あとは綺麗な魚の絵で興味引き付けた方がチラシとしての価値高まるだろ、たぶん」
「うん、そうかも。じゃがんばるね!」
そう言ってやる気スイッチが入った星乃は、スマホで魚の画像を検索し始めた。
そして「何の魚描いてるか当ててみて」と言って、俺にはスマホの画面が見えないようにしてA4の紙に色鉛筆を走らせ始めた。
結局星乃に丸投げする形になってしまったが、今回ばかりは仕方ない。画力が地を這う俺が描いてしまったら、落書きのまま完成したミスプリントかと思われてしまう。
今俺にできることは星乃の邪魔をしないことだけだな。
こちらはお願いした立場なので、手持ち無沙汰と言ってスマホであれこれするのは失礼だろう。
今日家に帰った後の予定を頭の中で組みながら、静かにボーッと星乃の模写の様子を眺める。絵が上手い人ってそっから描くんだなぁ。
「………」
「………」
「……ねぇ神道くん」
「ん?」
「シーンと観察されると、ちょっとやりづらいかも………」
「あ、あぁすまん。話しかけない方が良いかなと思って」
「ううん、大丈夫。お話して」
どうやら無音は逆効果だったらしい。
図書室よりもカフェの方が集中できるみたいなもんか。
会話を所望されたので、「そうだなぁ……」と雑談用に頭を切り替える。
「そんなに魚好きなのに、部活とかは入らなかったのか?」
「自然科学部はちょっと考えたけど、男の子しかいないみたいだったから……」
「あぁ、なるほど」
クラスに自然科学部の男子がいるけど、たしかに「女子がいない」と嘆いてた記憶がある。
別に生物が好きだから大した問題ではないらしいが、それでも彩りは欲しいらしい。
外見が整ってる星乃が入ったらオタサーの姫みたいになりそうだな。
「でも、神道くんが居たら入ってたかも」
「残念ながら俺は部活は好きじゃないんだ」
「そうなの?」
「あぁ、自分の好きなことは好きなようにやりたい」
「わかる。私も結局部活じゃなくてバイトにして良かったって思うもん」
『バイト』と聞いて思い出す。
たしか前に星乃のバイト先を聞いた時、昨日のギコギコと同じような反応をされた気がする。
ということはもしかして──
「星乃のバイト先って、もしかして魚関連?」
「うん、熱帯魚屋さん。駅前の」
「今回は教えてくれるんだな」
「だってもう隠す理由ないもん」
星乃は肩の荷が下りたような微笑を浮かべる。
駅の近くに熱帯魚屋なんかあったかなと疑問に思って尋ねると、どうやら最寄り駅とは違うらしい。
自転車を使えば15分ぐらいで行ける距離の駅だが、星乃は運動も兼ねて歩いて通勤しているとのこと。
「すげえな、お魚愛が星乃を突き動かしてるな」
「うん、熱帯魚見ると心が浄化されるよ。トラディショナルベタとかすっごい綺麗だし」
「固有名詞が出るねえ」
いかにも優美な姿をしていそうな熱帯魚の名前が飛び出してきた。
「神道くんは熱帯魚あんまり分からない?」
「うーん、ネオンテトラとかグッピーとかそこら辺しか知らないなぁ。金魚なら多少知ってるけど」
「ほんと?金魚の何好きなの?」
「昔飼ってて好きだったのは、
「あっ、知ってる!背中丸っこい子でしょ!」
「さすがだなぁ」
金魚を飼ったことある人でも分からないような品種を言ったつもりだったが、星乃はあっさり当ててきた。
「可愛いよねあの子、丸々してて」
「あぁ。俺が飼ってたのが純金みたいな色してたから、それが綺麗なのもあって好きだった」
「まさに金魚だね!」
懐かしい記憶を掘り起こしながら話すと、星乃は楽しそうに返す。
その後魚スイッチに火が着いたのか、金魚のその他の品種について星乃は熱く語ってきた。
俺も人並み以上に金魚には詳しいつもりだったが、お魚マイスターの星乃はそれを軽く凌駕していた。
やっぱすげえ好きなんだなぁ。明らかにテンションがアゲになってる星乃の様子を見て、俺は少し頬を緩ませながら彼女の話を聞いていた。
お魚愛をひとしきり発散させた後、星乃は一度気分を落ち着かせて尋ねてきた。
「……でさ神道くん、今日もこのあと時間ある?ちゃんと綺麗な方の図鑑渡したい」
「あー………すまん、今日はバイトなんだ」
「あっ、そうなんだ」
昨日と同じ下校同伴の誘いに、俺は嘘半分で断る。
大雑把な店長が営む個人店なので、俺が何時に来るとか大体でしか把握してないし、夜のピークに間に合うように出勤すれば何時でも問題なかった。
なので時間的に言えば図鑑の交換はできたのだが、さすがに連日星乃と下校を共にすると星乃の彼氏に殺されそうな気がした。
いつぞやは星乃の彼氏はクラスの学級委員長だと推察していたが、最近の様子だとその線は薄いように思える。学級委員の仕事が落ち着いてきたのか、教室で話す2人を最近では全く見かけない。
クラスの男子が言ったように『ビジネスパートナー』と表した方が今はしっくりくる。
しかしそれでも、星乃みたいに容姿が整っていて優しい性格で、それでいて無類の魚好きのような無邪気さを持つ魅力的な女の子に、世の男が黙ってる訳がない。
前に見たさわやかテニス部員か、それとも熱血野球部員か。はたまたバイト先の魚好き大学生か。
いずれにしても優等生風の星乃はどのカップル像でも自然で素敵な恋愛をしていそうなので、その邪魔をしたくなかった。
「もし迷惑じゃなかったら、バイト終わった後に交換しに行ってもいいか?」
「うん、全然いいよ。来る時連絡して」
「わかった」
俺の代案に星乃は快くOKを出す。
夜に家を訪れるのもなかなかグレーな感じがするが、一瞬本を交換するだけなら一緒に帰るよりかはまだマシだろう。
「そういえば、神道くんのバイト先ってどこなの?」
「えっ……えーと」
俺がバイトをしてることは以前に知っていた星乃は、自然な流れで尋ねてきた。
即座に答えを返せず、モゴモゴとした声になる。
「あれー?私は教えたのに神道くんは内緒なの?」
「いや、その……」
星乃は少しからかい気味に言う。
実は俺も星乃の魚好き同様、バイト先が天野飯店だと言うことは両親以外誰にも言ってない。
理由は単純、来店されたらめんどくさいから。
「すまん、企業秘密ってことで……」
「えー、しょうがないなぁー」
星乃は少し残念そうにしてたが、気分を害した様子はなくそれ以上の追及はしてこなかった。
別にここで教えてしまっても、星乃だったらきっと煽る目的で来店してこないと思うが、それでももし来た場合どんな顔すればいいかイマイチ分からなかった。そういう時どういう顔したらいいか分からないの。
あとは一応、中3の夏から働いてるっていう秘密にすべきことがあるのも事実だった。
まぁでも、星乃は教えてくれたんだから、俺もいつかは言うべきなんだろうなぁ。
「だいぶ出来てきたんじゃないか?」
「うん、もうすぐ完成かな」
星乃のバイト先についての話が盛り上がってる内に、A4の紙はたくさんの魚達で彩られていた。
完成間近の紙を一度くるっと半回転させて、星乃が楽しそうに質問する。
「で、問題です。この魚達は一体誰でしょー」
「えーっと」
綺麗に描かれた魚達を改めて観察する。
色鉛筆で形成された魚達は、背中付近が濃い深緑に染まっていて、体の真ん中には線上の薄い赤色が通っている。
そして、ヒレの部分を除く体全体には小さく斑点模様が広がっていた。
これは──
「ニジマスか?」
「おぉ~せいかーい」
パチパチパチと小さく拍手をする星乃。
再び半回転する紙を眺めて俺は感慨に耽る。
「すげえな、この短時間でこんなに綺麗に描けるのか」
「ニジマス好きだからいっぱい描いたことあるんだよね」
「なるほどな」
好きこそ物の上手なれとはまさにこのことか。
年月が経ったこともあって、高校生になった星乃のニジマスの絵は、あのアジの模写より数段レベルアップしていた。
「でも、あの川にニジマスなんか居たっけ」
「うーん、たぶん居ないと思う。でもウグイとかオイカワ描いてもみんな分かんないでしょ?」
「まぁたしかに」
実際俺もその魚達の名前は聞いたことあるが、姿までは頭にすぐ出て来ない。
ニジマスは割と食べる機会があるし見た目も分かりやすい魚だから、たしかに良いチョイスだった。
「はい、これで完成」
「お疲れ」
最後の1匹の斑点模様を書き終えた星乃は、満足そうにA4の紙を掲げる。
「じゃあ俺が持ってくわ。ありがとな星乃」
「ううん全然。神道くんもその……ありがとう」
「ん?おう」
紙を提出することへのお礼にしてはなんか変な間があったので、少し返事が遅れた。
思ったより星乃と話し込んでいたらしくバイトの時間が迫っていたので、早々に席を立つ。
「それじゃ、バイト終わったらまた連絡するわ」
「うん、またね」
「おう」
数時間後に再び会う星乃と一度別れの挨拶をして、教室を後にする。
職員室に向かいながら、お魚大好きっ子の描いたチラシを今一度眺める。
まじで上手いなこれ……チラシじゃなくてコンクールとかに出した方が良いんじゃねえか?
学校の掲示板に飾るだけではなんだか惜しく思う。それほど愛がたくさん詰まっている絵だった。
張り出し期間終わったら貰っちゃおうかな。委員長権限で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます