20. もうすぐ友達

「なぁ、友達ってどっからが友達だと思う」


 4人でいることにもだいぶ慣れてきた昼休み。

 俺は誰しも一度は考えそうな永遠のテーマを3人に投げかけてみた。


「俺はもうみんな友達!」

「バカは楽そうでいいな」


 まっ先に答えたのは広樹ひろきだった。


「おいおい、この考えは最強なんだぞ。どんな場面でも『相手は友達』って思えばだいたい乗り切れる」

「対人コミュニケーションの極意を聞いてるんじゃねんだわ」

「現に俺はこのマインドで高校受験の面接を乗り切ったぞ!」

「面接官が友達だと逆にやりづらくね……?」


 自論の成果をしたり顔で披露する広樹。

 でも、面接の精神論で『面接官の人も電車に乗ればただのおじさんなので、気楽にやりましょう』みたいのを聞いたことあるから、それに近いものなのかもしれない。

 それとなく筋が通ってそうな理論に感心した後、広樹に疑問を投げかける。


「でもそれだと、電車に一緒に乗ってる人もみんな友達にならないか?」

「あぁ、たしかにそうだな。じゃダメだわ」

「見切るのはえーよ……もっと頑張れよ……」


 サラマンダーより速い変わり身を食らってしまった。

 ダメだ、こいつに聞いても時間の無駄だ。


柏木かしわぎはどう思う?」

「アタシ?んー……どこからが友達……」


 次の調査対象として柏木に話を振ってみたが、柏木はあまり質問の意味がしっくり来てないみたいだった。

 聞き方を変えてみる。


「柏木にとって、星乃ほしのは友達だよな?」

「うん、一番の友達!」

「あ、ありがと……」


 光り輝く言葉に星乃が照れながらお礼を言う。眩しさのあまり俺も思わず少し目を細める。

 こういう素直で無垢なところが柏木だよなぁ。

 だから『近所の小さい子』みたいなんだよなぁ。


「その一番の友達っていうのは、なんでそう思うんだ?」

「え?一番仲良いし一番大好きだから」

「……うぅ」


 燦々と輝く言葉に星乃が言葉にならずモジモジする。なんだこの新手の罰ゲームみたいなのは。

 あまりのぴゅあぴゅあハートに広樹も感嘆する。


陽花はるかすげぇなぁ~。全人類が陽花みたいな感じだったら、この世から争いは無いんだろうなぁ」

「ヒロキくんそれ褒めてる?」

「もちろん、褒めてる」

「ほんとぉー?」


 広樹の称賛に柏木は怪訝な眼差しを向ける。『めがっさ』とか久々に聞いたな……。

 とりあえず、このままだと星乃が柏木のぴゅあハートに灼き尽くされるので、もう少し質問の角度を変えてみる。


「じゃあさ、柏木ってこのクラス全員と友達だったりするか?」

「ううん。話したことない男子とかもいるもん」

「なら、そういう人達は『友達』っていうより『クラスメイト』って呼ぶ方がしっくりこないか?」

「あぁーそうかも」


 俺が段階を踏んで質問の明瞭度を上げていくと、ようやく柏木は質問の意図が分かってきたようだ。

 すまん星乃、最初からこうすれば良かったな。

 未だ顔の熱が引ききっていない星乃に心の中で謝りながら、質問の核心を話す。


「その『友達』と『クラスメイト』の違いって柏木にとってどの辺なのかなって。どういう基準を満たしたら『クラスメイト』が『友達』に変わるのか知りたいんだ」

「なるほどねー。うーん」


 柏木は俯きながら腕を組んで考える。


「うーん……?」

「大丈夫かー、陽花の脳みそ使ってなさすぎてサビてるんじゃないかー?」


 珍しく真面目に考えこむ柏木に広樹が煽る。柏木でサビてるんだったら広樹のはもう朽ちてそうだな。

 広樹のヤジを無視した柏木はふと思い当たったかのように顔を上げた。


「一緒にいて楽しい……とかかなぁ?」

「柏木って元来誰と居ても楽しそうじゃね」

「ううん。陽花って昔すごい人見知りだったんだよ」

「「えっ」」


 落ち着きを取り戻したらしい星乃の言葉に、俺と広樹はハトが豆鉄砲を食らったみたいになる。


「柏木が……人見知り……?」

「人見知り……陽花が……?」

「うん。小学校の時は全然目も合わなかった」

「うぅ~……ナギそれ言わないでよ……」


 柏木が恥ずかしそうに呻く。

 モジモジする柏木を初めて見たかもしれない。


 そういえば星乃と柏木は小学校からの友達って、前に柏木が言ってたな。

 星乃だけが知ってる昔の柏木の姿に、俺と広樹はしみじみと感慨に浸る。


「なんとまぁ、陽花にも歴史ありだな」

「あぁ、この世にはナスカの地上絵よりも不思議なことがあるらしい」

「ねぇヒロキくん達バカにしてるでしょ」


 柏木が少し赤い頬とジト目で抗議してくる。

 どうやらホントに急所なようなので、半分イジったことを謝る。


「すまん、あまりにイメージと違いすぎて。昔からフルオープンの柏木じゃなかったんだな」

「うん。仲良い子以外にはずっとギコギコしてた気がする」

「ギコギコ……」


 星乃が表現した独特な擬音を思わず復唱する。

 たぶん油が足りてないロボットみたいにぎこちなくなるって意味だろう。

 星乃の補足に再び柏木はダメージを食らう。


「う~……!もうあれは忘れてよナギ〜……!!」

「一番の友達だもん。忘れないよ」


 星乃は先ほどの意趣返しのように柏木を宥めた。

 しかし、そんな殻にこもっていた柏木がここまで人懐っこくなったのは、星乃との交流が影響してるのだろうか。


「ちなみにれんはどうなんだ?」

「ん?」


 仲睦まじくする女子2人の様子を眺めてたら、広樹が出題者へ逆質問してきた。


「たしかにー、シンドーくんはどうなの?絶対難しそうな事考えてそう」

「私もちょっと気になる……」


 すっかりいつも通りになった女子2人も俺の回答へ興味を示す。

 自分に聞かれることは想定してたので、「そうだなぁ……」となんとなく用意してた回答を出す。


「第三者にそいつとの関係性を伝える時に、自然と『自分の友達』って言えたら、そいつは友達なんだと思う」

「おぉ~やっぱりよく分かんねぇ~」

「もうちょっとわかりやすくー」

「なるほど……」


 星乃だけが理解したような反応をし、その他の2人は解説を求める声をぶーぶー上げていた。

 さすが星乃だな。正直あんまり分かりやすく言ったつもりは無かったが、それでも聡明な星乃は1発で言葉の意味を把捉したようだ。

 俺は2人に具体的な説明を試みる。


「例えばさ、放課後そいつと一緒に帰ってる時にたまたま自分の親と会って『隣の子は誰?』って聞かれたとする」

「ほう」

「ふむふむ」

「そん時に『友達の〇〇だよ』って言えたら友達だし、『クラスメイトの〇〇だよ』って言った方が自然なら、まだそいつはクラスメイト止まりなんだと思う。まぁ状況によるけどさ」

「はーなるほどなぁ」

「あーねぇー」


 運動部の2人からボヤーっとした納得の声が返ってきた。

 どうやら完全ではないが、80%ぐらいは理解してくれたらしい。


「ということは俺は友達だな!蓮が自分の母ちゃんに『友達の広樹』って言ってるの聞いたことあるし!」

「まぁどちらかと言うとそうであるかもしれない可能性が否定できない面があるのは否めないな」

「おいおいっ、照れるなよっ」


 広樹は机に乗っけていた左肘で俺をぐいぐい押す。至極うざすぎる。

 柏木のシャイニングぴゅあハートをこいつにも当ててもらいたい。


「ねーねー、アタシは友達なの?」

「ん?」


 その理論に自分は適用するのかと柏木が尋ねてきた。

 うーん、柏木は友達っていうより女友達な気が…………ということは友達か。


「そうだな、友達だな」

「いえーいやったー」


 喜ぶ柏木は片手で星乃とハイタッチする。なぜ星乃と。

 あ、というかこの流れはまずいな。


神道しんどうくん……私は……?」


 自分の番が来たみたいに星乃がおずおずと聞いてきた。まあそうなるよな……。


 正直先ほどの理論で行くと、星乃はどちらかと言うと「クラスメイトの星乃だよ」と言う方がしっくり来てしまう。

 なぜだろう……?別に星乃と1対1で話しても微妙な空気にはならないし、毎日昼飯を一緒に過ごしている相手ならただのクラスメイトという枠は出ていそうなもんだ。


「うーん」

「し、神道くん……?」


 俺が数秒思案してると星乃が不安そうにしていた。

 考えはまとまっていないが、さすがにここで「いや星乃は友達じゃないな」なんて非道なことが言えるわけもないので──


「あぁ、星乃も友達だな」

「ほんと……?」

「やったねナギー」

「う、うん」


 とりあえず星乃を安心させることにした。

 それでも俺のはっきりしない感じは広樹には伝わったらしく疑問を投げられる。


「何を一瞬考えてたんだ?」

「えーと……『仲間』って言うか『友達』って言うかで少し迷ってた」

「仲間?」

「辛く厳しい美化委員の長を共に戦う『仲間』だよ」

「あーね」

「あっ、そ、そうだったんだ」


 俺の遠からずも近くもないでまかせで、星乃も納得してくれたようだった。

 仲間と友達ってどっちが上なんだろうな。

 まぁいいか。瞬時にいい塩梅のごまかしができた自分の口に感謝する。


(でも、なんで『友達』って言えないんだろう……?)


 再び答えを模索する。

 思えば先ほどの理論は、今のその人との関係値を言語化するためのもので、そいつを友達だと思える判断基準とはちょっと違う気がする。

 きっと何か俺の中にあるはずだ、星乃を『クラスメイト』から『友達』に昇格できない理由が。

 ……あっ。


「外で会ってないな」

「え?」

「あっいや、なんでもない……」


 俺が思わず零した言葉に星乃が反応した。

 さっきとは違ってあまりにも下手なごまかしで凌ぐ。


 そうだ、星乃のことは学校内でしか見てない。

 だから『友達』って言うより『学校の知り合い』って感じがするんだ。

 放課後一緒に帰るなり外で遊ぶなり、とりあえず学校というエリアの外で一緒に何かをすれば、学校という枠組みを越えた存在の『友達』と呼べる気がする。


「これが『合点がいく』ってやつか……」

「何を一人でブツブツ言っとるんだお前は」


 自分だけに聞こえる声で感嘆したつもりだったが、近くに居た広樹には聞こえたらしい。


 でもまぁ、特に意識しなくてもきっと直にそういう時がくるだろう。

 星乃とそういう時間を過ごしても違和感ないぐらいには仲が深まってると思う。

 だから星乃のことは『もうすぐ友達』って言うのが正確かもな。


 思考がまとまったところで、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。

 一番の友達同士だと確認し合った尊い女の子達は、仲良く窓際の自分の席へと戻っていく。

 あっ、一番聞きたかった星乃の考えを聞きそびれたな……。

 まぁまた今度でいいか。

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