19. 麻雀

 麻雀は良い。

 基本は運要素の強いゲームだが、『牌効率はいこうりつ』や『河読かわよみ』など経験と知識が影響する部分も大いにある。

 それでいてオカルトめいた謎理論で強行もできるので、懐の深いゲームだと思う。

 視野の広さも求められるし、とにかく昼食後の眠気覚ましにちょうど良かった。


 大変刺激的なゴールデンウィーク明けを経験した数日後、連休の余韻もまだ拭えない昼休み。

 昼食を終えた俺と広樹ひろきは、教室の後方で固まってる男子グループの中の2人と、4人でスマホのアプリで麻雀をしていた。


「なぁれん、なんか麻雀やってるとタバコ吸いたくなってこないか?」

「まるでもうタバコを吸ったことがあるみたいだな」

「親父の煙が毎日鼻に入ってくるから、もう吸ってるようなもんだろ」

「なかなか鋭いところを突くな」

「へへへ」

「じゃあそれロンな」

「あぁ!?」


 副流煙の指摘よりも鋭い俺の跳満はねまんが、広樹に突き刺さる。


「おまえ、それダマってキモすぎる……」

「さっき褒めた時のお前のニヤケ面の方がキモかったから大丈夫だ」

「そうか、ならいいか……」

「いいのか……」


 先ほどまで1位になっていた広樹が謎の納得をする。

 今の俺のアガリで4人の点数はだいたい同じぐらいになった。


「あ、ヒロキくんやってる」


 次の局が始まったところで、こちらの熱戦に気づいた柏木かしわぎ星乃ほしのが席を立って寄ってきた。


「んあ?マーボー?マージャンな」

「柏木にしては頭の良い間違え方したな」

「へっへ~」

「んん?どゆこと?」


 自慢げにドヤる柏木の横で広樹はピンときてない顔をする。

 どうやらこいつの漢字辞書には『麻婆』と『麻雀』が載ってなかったようだ。


 柏木は広樹の両肩に手をのせて、坊主の後頭部越しにスマホの対局を見始めた。

 なんか兄妹みたいだな。いや、姉弟か?


神道しんどうくん、麻雀分かるの?」


 俺の隣に寄ってきた星乃が小首をかしげて聞いてきた。

 星乃も麻雀の存在は知ってたようだ。


「あぁ。たぶん男子高校生の半数は麻雀ができる、と思う」

「へー」

「やってみるか?」

「え?ううん、ルール全然分かんないもん」

「そうか……」


 残念。頭の良い星乃なら、面白い打ち筋を見せてくれそうな気がしたのに。いつの間にか一巡先の未来とか見えてそう。

 っと……これは……。


「う~む……」

「お、なんだ?テンパったか?」

「あぁ」

「この点差ならもう上がったやつの勝ちだなぁ」


 局はもう最後のオーラスで、俺の手はチートイツのテンパイ。

 アガリ牌を残り1枚の『ハク』で待つか、残り4枚の『伍萬ウーワン』で待つか。

 確率で考えれば枚数の多い伍萬だけど、白って出やすいからなぁ……。

 あっ、そうだ。


「星乃、こっちとこっち、どっちが好き?」

「え?どれ?」


 隣にいる星乃に意見を求めることにした。

 麻雀にはビギナーズラックが大きく作用する時がある。というかだいたいいつも作用する気がする。

 ちょうどド初心者の星乃がいるから検証にもってこいだ。

 スマホの牌を指さして星乃に説明する。


「この真っ白な豆腐みたいなやつか、伍って漢字が書いてある方……ぅおっ」

「うーん……」


 顔を左に向けると予想以上の距離に星乃の顔があった。

 びびった、顔近けえな。

 まぁこんなちっちゃいスマホの端末を一緒に見てるから仕方ないけど。


 星乃は牌の選択に集中していてこの距離に気づいていないようだ。

 端正な顔から少し距離を取って話す。


「直感でいいぞ」

「じゃあ、お豆腐!」

「おーけー。じゃあこっちタップしてくれ」

「えい」


 俺が伍萬を指しながらスマホの画面を向けると、星乃はピッと人差し指でタップした。

 別に俺がタップしても良かったけど、星乃が操作した方がよりビギナーズ度が上がる気がした。

 俺達のやり取りを間近で見てた広樹が口を開く。


「なぁ、こっちに丸聞こえだけどいいのか?」

「どうせお前ベタ降りすんだろ」


 この坊主は俺がテンパったと分かった時は絶対ベタ降りするので、この会話を聞かれても大して影響はなかった。

 といっても、残り1枚だからこの坊主に掴まれたら終わりなんだけどな……あ。


「来たわ」

「えっ!?」


 1発ツモだった。

 広樹が愕然とする。


「すげえな星乃」

「え、なんかあったの?」

「あぁ、星乃の選んだ剣で爆弾刺したら、一発で髭男が吹っ飛んだみたいなことが起きた」

「うーん、すごいの?それ」


 あれ、星乃はかの有名なパーティーゲームをご存知なかったみたいだ。

 まぁいいか、とりあえず星乃様の一声で今回の対戦は俺が1位になった。

 そろそろ脳も温まってきたし、いい気分で作業に入れるな。


「じゃ、俺はそろそろ勉強するわ」

「おい!勝ち逃げかよ!」

「あぁ、勝ち逃げだ」


 広樹は不服そうにヤジを飛ばすが、それを無視してスマホを閉じる。

 スマホを切ったことでロビーから退出したので、向こうの男子グループから声がかかった。


「神道抜けんのかー?」

「あぁ、勉強するわ」

「ういー」


 俺の代わりを補充して、彼ら3人と広樹with柏木はもう一試合始めるらしい。

 柏木が広樹の手からスマホを強奪する騒ぎを聞きながら、机の中からまだ期限は遠い英語の課題プリントを取り出す。


「あっ神道くん、それ私も一緒にやっていい?」

「おう」


 星乃と机をくっつけて一緒に課題を進めることにした。

 広樹と柏木は、互いにやいのやいの言いながら電子のはいを揃えている。

 俺らはそれぞれ違う国の文化に触れながら昼休みを過ごした。






 昼の後の5限はグラウンドでの体育。

 あのチートイツ一発ツモの余韻がまだ抜けずに準備運動をしてたら、卓を共にしたクラスメイトから苦情がきた。


「おい神道、イチャイチャ麻雀はずりぃよ。精神攻撃だろ」

「イチャイチャ?」

「してただろ星乃さんと、なんかスマホ一緒に見てイチャコラと。前から思ってたけど、神道って星乃さんと仲いいよな」

「まぁ、委員会一緒だから」

「付き合ってんの?」

「んなわけねえだろ」


 ありえない推測を即座に否定する。

 傍から見たらそんな距離感に映ったのだろうか。


「別に待ち牌選んでもらっただけなんだけど、それもイチャイチャに入るのか?」

「量じゃない、質の問題だ。星乃さんだからこそイチャイチャ指数が高い」

「イチャイチャ指数ってなんだよ」


 バカみたいな単語にツッコんだが、男子は構わず抗議を続ける。


「だって、星乃さんが男子と1対1で話してるのなんてほとんど見ねえぞ」

「へー」

「いや……そこはお前テンション上がるとこだろ」

「まぁ関係が良好なのは喜ばしいけど」


 星乃が他を蹴ってまで俺のところに来てるなら分かるけど、そういうわけじゃないし。

 ていうか広樹も居たから1対1ではなくないか?

 それに──


「学級委員長の方が仲良くないか?俺には星乃と学級委員長の方が付き合ってそうに見えるけど」

「まぁ、2人でいるのはたまに見るな」


 俺と星乃は何回か二人で居たことはあるけど、それよりも学級委員長と星乃が二人で居る時間の方が長そうな気がした。

 たしか最初の頃の日直なんて結局3日間ぐらい続いてたから、その時間でだいぶ親交は深まってると思う。教室で2人が話しているのも時折見かけるし、委員長と付き合ってると言われても特段不自然じゃない。

 と、そこまで推理を立てるとある疑問が浮かんだ。


「……あれ?そういえばなんで星乃は俺らと昼飯食ってるんだ?普通彼氏と昼休み過ごすよな」

「なんか、委員長さんは昼休みも剣道の練習してるらしいぞ。武道場で一緒に昼飯は嫌だったんじゃね、あそこなんか雑巾みたいな匂いするし」

「あぁ、なるほど」


 納得の理由だった。

 彼氏の練習の邪魔をした上、微妙なスメルを我慢しながらの昼飯は大抵の女子なら避ける。

 俺が星乃の行動に腑に落ちてると、目の前の男子はそもそもの前提を否定した。


「いやつーか、委員長と星乃さんは付き合ってないと思うぞ。あれは『ビジネスライク』って感じがするわ」

「俺らもビジネスライク……『美化ネスライク』みたいなもんだよ」

「神道ってたまにクソつまんないこと言うよな。んー、そうかなぁ」

「そんなもんだと思うよ。ていうか星乃って普通に話しやすいから、話せば誰でも仲良くなれると思うぞ」

「ほんとかー?」


 男子は期待半分疑念半分と言った声を出す。

 そこへ、話を聞いてたらしい他の男子が「いやーどうかな」と会話に参加してきた。


「俺隣の席だけど、ペアワークとかしてる時星乃さん全っ然、『仮面 in the バリア』って感じだったよ。話しづらいわけじゃないけど、なんか越えられない壁を感じた」

「お前が不真面目だから呆れてたんじゃないか?」

「いやいや、ペアワークの時だけはしっかり起きてるよ」

「先生の話聞いてないやつとペアワークとか絶対だるい」

「うっ……!」


 隣の席だという男子は急所を突かれたように呻く。

 まぁ優しい星乃なら相方が寝ちゃってて話聞いてなかったとしても、気にせず教えてくれそうだけど。


「あとあれだ、皆の目があるってのもあるんじゃないか?委員会で二人だけの時とか結構違うぞ」

「まじ?でも仕事以外でどうやって星乃さんと二人っきりになるんだよ」

「さぁ……遊びにでも誘えば良いんじゃないか?」

「むりむり」「絶っ対ガード堅いな星乃さんは」


 男子達から諦念にも似た反応が返ってくる。

 たしかに教室の星乃を誘っても「ごめんね、バイトがあるから……」みたいなテンプレ拒否が返ってきそうだけど、二人きりの時の星乃なら普通にノってきそうな気がするけどな。

 現にテニス遊ぶ約束とかしたし。社交辞令かもしれんけど。


 あっでも、そもそもその二人きりの状況になれないのか。

 たしかに詰んでるのか……?


「あーあ、星乃さんと仲良くなれるなら俺も美化委員になりゃー良かったなあ」

「代わるか?美化委員長のおまけ付きだけど」

「絶対無理」「一瞬考えたけど星乃さんと仲良くなれなかったら地獄」


 一瞬考えるぐらいには価値のあることなのか……。

 客観的に整ってる外見だとは思ってたけど、星乃って結構人気なんだな。


 柏木も割と広樹にベタベタしてたはずのに、そこら辺は全くスルーだった。指摘してくるのは星乃の事ばかりだ。

 普段男子と一緒にいない子だからかな。そういう子の方が魅力あるのは分かる。


「まぁきっかけがあったら仲良くなれるよ、たぶん」


 慰めにも励ましにもならなそうな言葉を男子達に送って、とりあえずこの議題を流局にした。

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