17. チェック芽衣ト

 高校生になって初めてのゴールデンウィーク(GW)がやってきた。

 今年のGWは隙間の平日も休みにすると、最大9連休になる有能GWだった。


 と言っても俺は特に入れる予定も無く、ほとんどバイトと勉強に時間を費やしていた。遊びらしい事と言えば、1度だけ広樹ひろきと球技大会で再熱したテニスで打ち合ったぐらい。


 そういえば星乃ほしのも誘えば良かったかな……?

 たしか『また一緒にテニスやろう』みたいな約束をしてたような気がする。

 まぁでもさすがに星乃は、俺みたいな青春のカケラもないGWは過ごしてないか。

 友達と遊ぶとか彼氏とデートとか、そんな感じの青い春の予定が入っていただろう。


 そんなわけで特に大きなうねりもなかったGWも終盤を迎え、俺は相変わらず天野飯店あまのはんてんのバイトで汗を流していた。


「シン!あとレタチャー シャンヤキ ミソラー ゴマミソラーやって終わりな!」

「ういす」


 店長の呪文のような指示を聞き流しながら、俺は目視で伝票の列を確認する。

 えーっと……『レタスチャーハン』『上海焼きそば』『味噌ラーメン』『ごま味噌ラーメン』か。


 最初の頃はちゃんと指示を聞き取れるように頑張っていたが、店長の奥さんに「伝票見ていいわよ~、あの人ほとんど自分に言い聞かせるだけだから」とあっさり無駄骨だと教えられた。

 まぁ声を出してた方が脳が動きやすいっていう気持ちも分からなくはない。


「シンちゃーん、今ある伝票やっつけたら休んできていいわよ~」

「あっはい、ありがとうございます」


 相変わらず店の喧騒を物ともしない穏やか奥さんに声を掛けられる。

 無心で作り続けていたら、いつの間にか昼のピークもあと少しだったらしい。

 集中しまくった時の体感時間が超越する感じってなんかに流用できないかな、そんな雑念を抱きながら鍋を振り続けた。






 無事に昼食時の合戦が終わり、休憩の時間になった。

 もちろん個人の中華料理屋に休憩室というものはなく、普通に天野家の居間が休憩所だ。

 最初の頃は知らない人の家の居間なんてそわそわして全く体が休まらなかったが、今ではもうすっかり慣れて、思いっきり居間の畳に寝っ転がっている。


(しかしさすがに疲れたな……)


 横になっていると急激に足の方から力が抜けていく感覚がする。

 GW中に入れたバイトは全部1日シフトにしたから、若いであろう肉体もそろそろ疲れを残し始めてきた。今日がGW最後のシフトだったのが幸いか。

 動いてる間は全然疲れなんて感じないのに、どうして体を休めた時にだけ疲労はドッと押し寄せて来るのだろう。


 休憩は昼食も含めて2時間ぐらい与えられていたので、一回昼寝でもしてしまおうかと思っていたら、憩いの居間に来客がやってきた。


「はろーシンくん……ってうわ、死んでる」

「シンだけに死んでます」

「うわ、脳みそも死んでる」


 エプロンを付けた芽衣ちゃん《めいちゃん》だった。


「芽衣ちゃんも休憩?」

「うん、だいぶお客さんも空いたしねー」


 さっきまで店内でショートカットの黒髪を弾ませて元気に料理を運びまくっていたが、俺と同じく休憩時間になったようだ。

 元気っ子オーラで多少眠気が飛んだので、一度起き上がってちゃぶ台の麦茶を飲みながら、芽衣ちゃんに尋ねる。


「そういえば今日は部活じゃなかったの?」

「うん。GW毎日練習だったらうんざりしちゃうからね、私が休みにした!」

「エース様の一声はでかいな」


 俺の隣に座りえっへんと胸を張る水泳部主将を称える。

 芽衣ちゃんはGW中も水泳部の部活があったので、ほとんどお店では見かけなかった。


「でもせっかく休みにしたのに店の手伝いになっちゃったな」

「ほんとそれー!!あーあ、ショウくんとデート行きたかったなー」

「どうせどこ行っても混んでるけどね」

「まぁーねー」


 芽衣ちゃんはちゃぶ台に肘を付き、空の菓子鉢をぐるぐるしながら嘆く。


『ショウくん』とは、芽衣ちゃんが1年ぐらい付き合ってるらしい彼氏。

 顔も姿も見たことないけど、GWのデートがキャンセルになってもケンカとかになってない辺り、関係は良好なようだ。


「デートって、どこ行くつもりだったの?」

「うーん、分かんない!」

「えぇー」

「いつもショウくんが適当に連れてってくれるし」

「ちゃんとリードしてんねぇ」

「ねぇー♪」


 ショウくんのジェントルマンさを褒めると、芽衣ちゃんはニコニコと嬉しそうに返す。

 GWに中学生カップルがどこにデートしに行くか興味があったが、彼氏の方にリサーチしないとダメみたいだった。

 芽衣ちゃんは惚気のニコニコを少し崩して愚痴を溢す。


「でもなぁー、中学最後のGWがお店の手伝いかぁ」

「どんまい。俺は……あんまおぼえてないけど、友達と映画見に行ったような気がするな」

「えぇなにそれー、ココ来る前に映画行ってきたの?」


 すごい会話の混線だ。

 原因は分かってる。このチグハグは芽衣ちゃんの歳の勘違いから来ている。

 現在俺は高1で芽衣ちゃんは中3、しかしこの子は俺を同い年だと思っている。だからこそさっきのようなピントのずれた返しがやってくる。

 ……ちょっと揺さぶってみようかな。


「芽衣ちゃんはバイトとかしないの?」

「え?いやいや、中学生はバイトできないよー」

「あぁー、そうだったなぁー」


 俺はわざとらしく納得する。

 すると芽衣ちゃんはふと違和感を覚えたのか、小首を傾げる


「………あれ?じゃあシンくんってなんでバイトできてるの?」

「いい質問ですね」


 素晴らしい着眼点に、どこのジャーナリストのような返しをする。


「芽衣ちゃん、これは論理的クイズだよ」

「へ?」

「中学生はバイトができない。俺はバイトをしてる。つまり?」

「………シンくんはバイトじゃない?」

「おぉー……」


 予想外な解答だった。

 たしかにその考え方も筋が通ってるから面白い。

 これだから人と話すのは興味深い、俺だったらその発想に絶対ならなかった。


「芽衣ちゃんは頭がいいな」

「ほんとー!?」


 あまり言われない褒め言葉なのか、素直に「やったー」と芽衣ちゃんは喜ぶ。


 まぁ、まだ真実は黙っててもいいか。

 純粋で柔軟なこの子がどういう気づき方をするのか楽しみにしておこう。

 芽衣ちゃんはひとしきり喜びの感情を振りまくと、再び前の話題に会話を戻した。


「でもさ、百歩譲ってデートじゃなくても、今日だけは遊びは行きたかった!」

「なんで?」

「だって今日こどもの日だよ?こどもの日って色んなところで無料になるんだよー?出かけないともったいないよー!」

「あぁたしかに、中学生の特権か」


 あんまり自分で利用したことはないけど、こどもの日に小学生中学生が無料になる施設があるっていうのは聞いたことがある。

 ………あれ?こどもの日って5月5日だよな。5月5日って──


「あれ、俺今日誕生日だった」

「うそ!?」

「今日5月5日だよね?」

「うん」

「じゃあ誕生日だ」

「わーー!!おめでとーー!!」


 芽衣ちゃんが歓喜の声を上げて拍手で祝福する。

 今の今まで忘れてたぐらい興味なかったけど、こんなに純粋に祝われると心が温かくなる。


 すると、思わぬバースデーに心が緩んでしまいそれが歯車をズラしたのか、芽衣ちゃんが決定的な言葉を零した。


「今日で何歳になったの?って私と一緒かぁ~」


 少女の言葉に思わずピクっとなる。

 別に今まで俺は芽衣ちゃんを意図的に騙そうとしてたわけじゃない。

 こんな純粋な女の子を騙すことなんてできないし、するメリットもない。今まで聞かれなかったから答えなかっただけだ。


 しかし、聞かれてしまったらもう嘘は言えない。

 すまんな芽衣ちゃん、それが地雷ってやつだ。


「今日で16になったな」

「あれーそうなんだー。私は16歳は来年だなー」

「………」


 頼む、気づいてくれ芽衣ちゃん。

 キミは頭が良いはずだ、俺はまだキミを広樹と柏木かしわぎと同じ頭脳ランクに入れたくはない。

 分かるだろう、来年16歳になる自分の前に既に16歳がいる、それが何を示すのか。


「…………あれ?」


 幸いにも芽衣ちゃんは、自分の発した言葉にどこか引っかかりを覚えたようだ。


「どうしたの?」

「ねぇ、シンくんって今中学何年生?」

「その数え方だと、中学4年生」

「………え?高校生だと?」

「高校1年生」

「……え?ええ??」


 芽衣ちゃんの頭の上に『?』が乱立する。


「シンくんって、私と同い年じゃないの?」


 それはもう、チェックメイトだ。


「違うよ。俺は芽衣ちゃんの1個上」

「えええええええええええええええええ!!!!!!????」


 元気いっぱい少女の驚愕の声が木霊する。


「はは。中学生にバイトはできないよ」

「うそ…………ほんと……ですか?」


 俺が芽衣ちゃんのリアクションに思わず笑ってしまうと、衝撃に打ちひしがれた芽衣ちゃんの敬語が返された。

 礼儀正しい芽衣ちゃんは呆然自失の中でも年上への敬意を忘れなかったらしい。


「ごめんね、騙してたつもりはないんだ。今まで聞かれなかったから」

「えっ、あ、そ、そうだよね………ですよね」


 少女は驚きと困惑でいっぱいいっぱいのようだった。

 心なしか漫画みたいに目がグルグルしてる気がする。


「芽衣ちゃん大丈夫だよ、敬語使わなくても」

「え?」

「話しにくいでしょ?今更変えるの」

「そ、そうだけど」


 なんだかんだ芽衣ちゃんとももう半年ぐらいの付き合いだから、今更敬語で接されるのは俺もちょっとやりづらかった。


「大丈夫だよ、俺気にしないから」

「ほんと?」

「あぁ、親戚の兄ちゃんみたいなもんだと思えばいいよ」

「お兄ちゃん……あっ、たしかに。シンくんってお兄ちゃんって感じがする!」

「実際お兄ちゃんだしな、妹居るし」

「そうなの?じゃあシンお兄ちゃんだ!」

「その呼び方はムズムズするからやめてな」


 妹が居たから『お兄ちゃん』呼びの耐性があったけど、もし一人っ子だったら芽衣ちゃんの今の『お兄ちゃん』攻撃はムズムズでは済まなかったかもしれない。

 俺が敬語不要の許可を出すと、芽衣ちゃんはすっかり距離感を取り戻したように話す。


「でもなんか納得かも。シンくんって他の男子よりずっと余裕とか落ち着きみたいのあったし」

「まぁ1年とは言え、中学生と高校生だとちょっと違うかもな」

「うん。それにシンくん帰る時、この辺の中学じゃ全然見ない制服着てたし」

「その時点で気づこうよ……」


 その後、『今になって思えば変だと思ったシリーズ』を芽衣ちゃんに聞かされながら、休憩時間は過ぎていった。


 案外衝撃の真実ほど、近くにありすぎると気づかないものなのかもな。

 もしかして星乃にも俺に隠してる真実があったりして。実は年齢1つ下で飛び級で入ってきましたみたいな。

 そんなくだらないことを考えながらGW最後のバイトをこなしていった。






 バイト終わりにスマホを確認してみると、広樹と両親から誕生日の祝いチャットが来ていた。

 数ヶ月前まで色々面倒見てた妹からは来てなかったので、一瞬寂しさみたいのを覚えたが、そういえばあいつはまだスマホ買ってもらってなかったな。まぁどっちにしろお互いの誕生日をしっかり祝い合うような感じじゃないけど。


 広樹からのチャットを確認してみると、『こどもの日に誕生日ってことは子沢山確定だな!これで子作り励めな!』とアダルトグッズ専用のクーポンコードが送られていた。


(なんでこんなん持ってんだ……別れた彼女との遺産か?)


 友人のそういう場面を想像したくないので、一応コードをメモアプリに保存した後、タイムラインをかき消すように魂の16連打でスタンプを送りつけといた。

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