16. 唐揚げ
高校に入って初めてのゴールデンウィークが目前に迫った昼休み。
昨日から昼食の時間は4人で過ごすことになった。
俺と
広樹と柏木は毎回購買で、星乃はいつも弁当らしい。
俺は弁当と購買が半々で、今日は弁当の日だった。
つまり今2人が購買に行ってる間、俺と星乃は2人だけになるわけだが──
「………」
「………」
喧騒で溢れる教室の中、俺たちは沈黙を携えてお互い弁当をつついていた。
なんか……空気が重いな……。
あれ、俺って星乃とこんなに話しづらかったっけ……?
日直の仕事を手伝った時とか美化委員の仕事してる時とか、今まで散々二人きりだった時があったはずだが、思えばこういう何も目的がないのに二人でいるのは初めてかもしれない。
こういう微妙な空気の時は、自然と目線が自分の手元に行きがちになる。
(……ていうか、なんで朝の俺は焼きそばと春雨サラダを一緒に入れたんだ?昔売ってたヒモ状のグミみたいな景色になってるんだが)
今日の弁当は、昨日作った焼きそばと春雨サラダ、そして大量に作って冷凍保存してある唐揚げを朝温めたもの。
それらを何の敷居もなくテキトーに突っ込んでいるので、見た目はなかなかに終わってる。
逆インスタ映えみたいな見た目の弁当をつつきながらぼんやり考える。
(俺、いつも星乃と何話してたっけな……)
委員会の時は仕事の内容について話してたと思うけど、でも仕事以外の話も今までに色々してたような。
チラリと隣の席の星乃に目をやると、星乃はそこまで気まずそうにしてる感じではなかった。
でもリラックスとも言えない雰囲気がある。緊張してる……に近いかな。緊張ぎみにモグモグしてる気がする。
モグモグ……?あっそうだ。
「なぁ星乃」
「んむ?」
星乃は箸をくわえながら返事する。やべ、変なタイミングで話しかけちゃったな。
仲が広樹ぐらいの相手じゃないと食事中に話すの苦手なんだよな、話しかけるタイミングがよくわからん。
しかし変に黙るわけにもいかないので、仕方なく続ける。
「その弁当って、自分で作ってるのか?」
清涼感ある水色の弁当箱を見ながら尋ねる。
星乃はごくんと飲み込んだ後答える。
「ううん。お母さんのだよ」
「あ、そうなのか……」
終了。ぐぬぬ。
優等生の星乃のことだから自分で弁当作ってるかと思って、そこから会話が発展するかと思ったが。
あわよくばそこから料理の知恵やレシピなどを得られると思ったが。
「え?
俺が意外そうな反応をしたから、星乃がきょとんとした感じで聞いてくる。
「うん。俺一人暮らしだし」
「えっ!?」
「えっ」
思わず反射的に声が漏れた。星乃がびっくりしたのにびっくりした。
他のクラスメイトを振り向かせるほどの声量じゃなかったが、それでも俺の中の星乃史上一番でかい声を聞いた気がする。
「一人暮らしなのは
「毎日じゃないけどな。冷食使ったり購買とかの日も全然ある」
一人暮らしなのは柏木から伝わっていたらしい。
基本的に弁当は昨日の夜作ったものを押し込んで、時間があれば朝軽く作ってそこに付け足すって感じにしてる。
でも作業がド深夜まで熱中することもザラなので、そういう日は冷食や学校の購買システムに頼っている。
「ううん、全然すごいよ。男の子で手作りのお弁当作ってるの見たことないもん」
「そうかな?結構作るの面白いけどな」
「面白いんだ」
「あぁ、弁当はどうしても冷めちゃうからな。冷めても大丈夫な和食の素晴らしさに気付かされる」
「へー。ふふ、神道くんお母さんみたい」
「全国のお母さんには到底敵わないけどな」
実際星乃母の作った弁当は、色味も栄養もバッチリな感じがした。
「それに、毎日購買も飽きるしな」
「そうなの?私まだ購買行ったことない」
「今度から柏木と広樹の買ってくるもの見とくといいよ。選択肢の少なさが分かるから」
「あはは、そうなんだ」
星乃はすっかり先程感じた緊張の色をなくして笑っている。
俺もぎこちなさが抜けて普段星乃と接してる時の感覚が戻ってきたので、ふと思いついたゲームを始めてみる。
「じゃあクイズするか、二人が何買ってくるか当てるの」
「えー無理だよ。何が売ってるか分かんないもん」
星乃はわざとらしく少し口を尖らせる。
任せろ、こういうゲームバランスを整えるのは得意だ。
「じゃあ星乃は3つまで答えていいよ。当たったらなんか賞品も考えよう」
「賞品?何くれるの?」
「えっ」
星乃の回答中に決めようと思って考えてなかった。
まぁ無難にジュースか?いやでも、なんかそれだとつまらんな。
「んー……そうだな……」
「あっ、じゃあもし当たったらその唐揚げ食べたい!」
「え?」
星乃は俺の弁当に無造作に入ってる2つの唐揚げを見て言う。
「いいけど……でも結構味濃いぞこれ、雑に入れたからサラダとかちょっと付いてるし」
「ううん、全然大丈夫」
「そ、そうか?まぁじゃあ……賞品はこれで」
「うん!絶対当てるから残しておいてね!」
賞品が確定すると、星乃のテンションがウキウキ調になった。
そんなに唐揚げ好きなのかな……まぁ唐揚げ嫌いなやつなんてほとんどいないか。
「ねぇ、3つまで答えていいんだよね?」
「おう」
「2人が買ってくるのをそれぞれ当てないとダメ?」
「いや、それだとさすがにむずいから1個でも当たればいいよ」
「ほんと?」
まともな食べ物の選択肢が少ない購買といえども、2人が買ってくるのをそれぞれ当てるのはラインナップを知ってる俺でも厳しかった。広樹は毎日同じもの食べないし。
俺がルールの緩和をしたらすかさず星乃は答えた。
「じゃあ、メロンパンとメロンパンとメロンパン!」
「は?」
星乃が自信たっぷりに回答する。
「いや……ウチの購買に鏡餅みたいな3段メロンパンは無いけど」
「ううん、そういうことじゃなくて、答えが『メロンパン』ってこと」
「たしかに購買にメロンパンはあるけど。いいのか?それで」
「うん、だって陽花いつもメロンパンと何かだもん」
「え」
思わぬ根拠に呆気に取られた時、廊下から購買組の声が聞こえてきた。
教室前方の扉から柏木と広樹が手に戦利品を持って入ってくる。
「おまたせー!ちょっと時間掛かっちゃったー」
「陽花が散々迷うからだろ。なんであのラインナップで迷えるんだよ」
「えーだって『ひじきパン』と『おひたしパン』と『漬け物パン』は迷うでしょ」
「迷わねえよ、どうみても残り物の実験体だろあんなの」
二人は夫婦漫才みたいな会話をしながら、柏木は星乃の前の席に、広樹は俺の席に前にそれぞれ座る。どうやら今日の日替わりパンは中々パンチの効いたメニューだったらしい。
席についた柏木に星乃が余裕たっぷりに聞く。
「陽花、何買ってきたの?」
「今日はねー、これ!」
柏木は両手に2つのパンを掲げた。
左手には『ひしぎパン』、そして右手には……『メロンパン』があった。
星乃は得意げに俺に微笑む。
「ね?神道くん」
「あぁ、すげえな………色々と」
毎日メロンパンを飽きずに食べる人種がいたことに驚きだし、それをしっかり覚えてる星乃にも驚いた。
そして何より、どう見ても地雷の『ひじきパン』を買ってきた柏木に戦慄した。
「じゃあはい、素晴らしい記憶力へのご進物」
見事正解した星乃に賞品を渡すため、俺は机に置いてた弁当を手に持って星乃の方に向けた。
星乃は「やったー」と嬉しそうに自分の箸で唐揚げを1つ持っていった。
「おっなんだ?さっそく
「ちげーよ」
「なにー!?シンドーくんの唐揚げ食べていいのー!?」
「お前は地雷パン食ってなさい」
購買組からの横槍を適当にかわす。
それでもいきなり唐揚げを渡すのは謎すぎるので、一応説明する。
「二人が購買で何買ってくるかクイズしてたんだ、唐揚げはその賞品」
「あーね。ちなみに蓮は俺が何買ってきたか分かるか?」
「サンドウィッチ開けながら聞くんじゃねえよ」
あまり興味なさそうに広樹は買って来たたまごサンドをペリペリ開ける。
昨日はおにぎりだったのに、相変わらずローテーション派だなこいつ。
「えー、アタシもシンドーくんの唐揚げ食べたーい」
「俺の唐揚げよりその『ひじきパン』の方が絶対美味いよ」
「こんなの美味しいわけないじゃーん」
「『こんなの』って言うなよ……作った人いるんだから……」
一瞬怖いもの見たさで『そんなの』と交換しようかと思ったが止めた。俺はまだひじきを嫌いになりたくない。
ていうかそんな扱いならなんで買ってきたんだ。
柏木の要求をあしらってると、賞品を箸で掴んだ星乃が話しかけてきた。
「神道くん」
「ん?」
「いただきます」
「ぷっ、いいよいちいち言わなくて」
あまりの律儀さに思わず笑ってしまった。
育ちがいいってこういうことなのかなぁ。
「んむっ」
星乃が獲得した唐揚げを実食する。
……なんか緊張するな。
ていうかあの唐揚げ鶏肉の筋ちゃんと切ってなかった気がする……。
自分で食べるつもりだったから全然覚えてない。妹に作ってた時はちゃんとしてたんだけど。
俺の緊張も束の間、唐揚げが味覚に達したらしい星乃がリアクションする。
「おいひい〜〜……!」
星乃は目を細めて、どこかキラキラした空気に包まれていた。
どうやら無事口に合ったらしい。そのキラキラを見て俺も安堵に包まれる。
「あらーナギ、ほっぺた落ちちゃうよ〜」
柏木が両手でムニムニ星乃の頬を抑える。
あれ俺がやったら社会的に死ぬのかなーとか思いながら眺めていると、「食べにくい……」と星乃はムニムニ攻撃を手で払っていた。
「いいなー、俺も蓮の唐揚げ食ってみてーなー」
「俺の記憶だとお前は既に100個ぐらい食ってるはずだが」
「今までに食った蓮の唐揚げの数なんて覚えてねえよ」
「食ったことは覚えてんじゃねえか」
今まで俺の作った料理は広樹とか妹とか、あとバイト先の芽衣ちゃんにも食べて貰って、結構良い評価を頂いてた。
なので俺の味覚が世間一般から大きくズレてる心配はなかったけど、同い年の女子に食べて貰うのは初めてだった。
でもどうやらその層にも俺の料理の腕は通じるらしい。
星乃は半分食べた唐揚げを眺めながら感慨に浸るように話す。
「神道くん、すっごく美味しい。すっごく」
「どうも」
「お店で食べるのよりずっと美味しいよこれ」
「外で唐揚げ食べることってあるのか?あんま外食しないから分かんないな」
レシピのインプットはほとんど
唐揚げ専門店とかあるのだろうか?一度行ってみたいな。
疑問に思ってると広樹が答える。
「定食屋とかだと普通にあるぞ。まぁたしかに大抵の店だったら蓮の作るやつの方が美味いな」
「あー、定食屋か」
専門店系の店の方が1つの料理にこだわってそうで好きだから、あんまり定食屋は行ったことなかった。
あぁ、そういえば天野飯店にも唐揚げあったな。あそこも中華メインだけど広義的に見れば定食屋か。
「ねぇ神道くん、その……」
「ん?」
最近作ってなかった天野飯店の唐揚げのレシピを思い出していると、星乃がモジモジして何かを言いかけていた。
(……あぁ、なるほど)
すぐには分からなかったが、星乃の目線は俺の弁当に向かっているようだった。
そんな美味かったのか……。
「ほい」
俺はもう1つ唐揚げを贈呈するために再び弁当を差し出す。
「いいの?」
「あぁ、星乃は3回正解したからな、本来なら3個貰う権利がある。今日は2個しかないからこれで勘弁してくれ」
星乃の反応的にどうやら当たりだったようなので、それっぽい理由を付ける。
たしかに星乃は回答権3回をそれぞれメロンパンに充てたから、3回正解したようなもんだ。
きっと唐揚げ君も、格別に美味しそうに食べる女子に喰らわれた方が幸せだろう。
「じゃ、じゃあ、いただきます……」
「おう」
少し恥ずかしそうにしながら、星乃はもう一つの賞品を取っていく。
その後、再びキラキラ美味しそうに唐揚げを召し上がった星乃に、唐揚げの作り方などを聞かれた。
やはり地雷だったひじきパンと格闘する柏木とそれをあざ笑う広樹をよそに、俺は秘伝でもなんでもない唐揚げのレシピを星乃に話していった。
なんか、一度会話を始めてしまえばなんてことはなかったな。
2人きりの状況を俺が意識しすぎてただけなのかもしれない。
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