15. 球技大会を終えて

 外道な勝者が生まれた後、すぐに球技大会は閉会した。

 現在は体育館の後片付け。体育委員とバレー部と美化委員が合同で取り組んでいる。


 バレーの器具を運び終わり用具室から体育館に戻ると、星乃ほしのの姿が見えた。

 試合の後すぐ閉会式になって慌ただしかったから、まだちゃんと謝れてなかった。


「星乃、ちょっといいか?」

「あっ、神道しんどうくん。どうしたの?」


 普段の様子と全く変わらない様子で、まだサイドテールのままの星乃は振り返る。

 別に謝らなくても大丈夫か?と一瞬思ったが、それでも非情なことをしたのは変わらないので、やはり一言入れるべきだと判断した。


「さっきの試合なんだけど、すまん、最後あのサーブ打って」

「え?ううん全然。先に言ってくれたし、神道くんがサーブ打つ前にボールぽんぽんってやってたから『あ、アレやるんだ』ってすぐわかった」

「まぁ……さすがに一応言っとかないとトラウマになるかと思って」

「じゅーぶん怖かったです」

「すいませんでした」


 か弱い女の子に暴力まがいの非礼をしたことを真面目に謝る。

「うそうそ、大丈夫」と星乃は微笑んで返す。


「まぁ陽花はるかはちょっと不満そうだったけどね。でも『神道くんが打つ前に教えてくれたよ』って言ったら機嫌直してた」

「あぁ、そうだったのか」


 あのサーブを打った直後、星乃の無事を確認した柏木かしわぎからは「シンドーくーん!?」と抗議の声が飛んで来てた。

 柏木も星乃の運動神経の良さは知ってるから、そこまで危険な行為ではないと認識してると思うが、それとは別に『星乃には優しくボールを打つ』の約束を反故にした不満が含まれてたのかもしれない。


 星乃に事前に一言言っておいて良かった。

 あの警告が無ければ今頃俺は柏木のガチサーブの制裁を食らっていた恐れがある。


「でもすごいんだねあれ、外から見てるのと自分で受けるのじゃ全然違った」

「自分めがけて飛んでくるからな、傍から見たらあの脅威は分からない」


 コートの外から見てると『俺なら返せそうだけどなぁ』みたいに感じると思う。だから今日戦った男子達にはよりあのサーブが効いてたのかもしれない。

 今日の優勝の新たな勝因に気付かされると、星乃は続けて聞いた。


「で、初心者の子を巻き込んで無理やり勝った感想はどうですか?」

「え」


 イタズラっ子を含んだ笑顔で聞かれる。


「まぁ、気づくよな……」


 あの天然そうな柏木ですら最初俺の提案にどこか引っかかってたから、勘の鋭い星乃ならもっと核心に近づいていてもおかしくなかった。


「うん。だってあれから点取られたのほとんど私のミスだもん」

「うっ……」

「それに、陽花に触られないようにボール高くしてたよね?」

「そ、それは打ちやすいように優しい軌道にして……」

「でも私がミスした時ちょっと喜んでたよね?」

「い、いやそんなことは……」


 予想以上の洞察力にたじたじになる。

 肝を冷やすぐらい星乃は全てを察していた。


 一見すると星乃の詰問は、非難と糾弾のようにも思える。

 だが彼女にそんな色はない。ずっとどこかニヤニヤした感じで聞いてくる。


「神道くん、そんなに勝ちたかったの?」

「…………はい、すいません」


 正直に言うしかなかった。言うまで永遠にチクチクされそうだった。

 星乃は俺の観念を見てどこか満足そうに「勝ちたかったならしょうがないなー」と許してくれた。


「神道くん負けず嫌いなんだねー。優勝もしちゃうし」

「そんなことは……ないと思うけど」

「でも楽しかった。また一緒にやろうねテニス」

「……あぁ。俺で良かったら教えるよ」

「ほんと?じゃあ、あのサーブいつか神道くんにお返ししちゃおっかな」

「その時はラケット置いて罰を受け入れるよ」

「あはは」


 俺の降参っぽいポーズに星乃はサイドテールを揺らして楽しそうに笑う。


 今になってよく考えたら、普通に嫌われてもおかしくないことをしたかもしれない。

 初心者なのに半ば無理やり参加させて、やんわりとボールを集中させてミスを誘って、その上とどめに体目掛けてサーブ打ち込むって。

 しかもおまけに隠してたはずの喜びの感情も伝わっていて。

 星乃のミスへの喜びというより計画が上手く進むことへの高揚感だったけど。


 優しい星乃だから笑って許してくれたけど、女子によっては悪評を広められかねないような愚行だったかもしれない。

 勝負事に熱い気持ちは大切かもしれないがほどほどにしておこう、自らをも燃やしかねない。

 星乃の優しさに感謝しながら後片付けの作業を続けた。






 翌日。球技大会の熱がまだ教室内にじんわり残っている昼休み。

 いつものように広樹ひろきと昼飯を食べようとすると、普段は現れない来訪者達がやってきた。


「一緒に食べよー!」

「え?」

「んお?」


 俺は怪訝まじりに、広樹は焼きそばパンまじりに反応する。

 元気よく購買のパンを掲げた柏木と、弁当が入ってるであろう水色のランチバッグを携えた星乃がやってきた。

 俺は提案者の柏木に聞く。


「一緒にって、この4人でってこと?」

「うん!昨日の試合してて思ったけど、シンドーくんとナギって仲良いよね?」

「まぁ、委員会が一緒だから」

「ってことはこの4人はみんな仲良しなので、一緒に食べよーってことで!こっちの方が楽しそうだし!」


「素敵なアイデアでしょ!」と言わんばかりにドヤ顔を決める柏木。


「ふぉんふいなわぁ~ふぁうふぁわ」

「そうだよー。ピュアな心は最強!」

「なんで会話が成立してるんだ」


 たぶんこの坊主はパンをくわえながら『純粋だなぁ~陽花は』みたいなことを言ったんだと思う。………ハッ!?俺にも伝わっている……!?

 まぁそんな読パン術はとりあえず置いといて。


「う~ん……」


 柏木の提案に思案する。

 別に俺と星乃は良好な関係ではあるが、昼食を一緒に過ごす仲なのだろうか?


「え~?不満なの~?一緒にネットを囲んだ仲じゃーん」

「この4人で追い込み漁をやった覚えはないな」

「ふぉいふぉいふぉおっへわんあ」

「一旦食うのやめろよお前」


『追い込み漁ってなんだ』って、追い込み漁も知らないのかこいつ。………ハッ!?


「ナギも一緒に食べたいよね~」

「そうなのか?」

「うん。神道くんはイヤ?」

「別に嫌じゃないけど」

「じゃあオッケーってことで!ここのイスって空いてるのー?」


 言質を取ったかのように提案を可決した柏木は、俺と広樹のそれぞれの隣の不在を尋ねた。

 ようやく食事を中断した広樹が答える。


「あぁ、他のクラス行ってるらしいから2つとも空いてるぞ」

「いえーい」


 柏木が広樹の隣に、星乃が俺の隣の席に座る。

 食事を再開しようとした広樹に質問する。


「つかみんな仲良しって言うけど、広樹って星乃と交流あんのか?」

「んー……昼飯仲間?」

「それ5秒前に始まった関係だろ」

「まいいだろ細かいことは、友達の友達は友達だ。よろしくぅ!星乃さん」

「う、うん、よろしくね」


 急な挨拶に少し戸惑いながら星乃は返す。

 こいつのたまに出るホストみたいな壁の無さはなんなんだ。

 こういうやつが世渡りうまくやっていくんだろうなぁ。


(まぁ、いいか)


 賑やかさが増した空間に囲われながら、朝作った弁当を食べ始める。


 きっと星乃の日直の仕事を手伝った時の関係値なら、この誘いに俺は最後まで疑問を抱き続けたと思う。

 でも、星乃とはもうそんな間柄じゃない。

 一緒に美化委員の仕事はやったし、昨日は共に汗を流したし、一度鼻歌も聞かれたことはあったし、アニマルセラピーを施したこともある。

 そんな出来事が重なれば、自然と関係値は変化していく。


 今この瞬間に変わったわけじゃない。

 俺と星乃の関係は、いつの間にか『ただの美化委員の知り合い』では無くなっていたんだと思う。

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