14. エキシビション

 4月の終わり、球技大会当日。

 男子のテニスは午後からなので、俺と広樹ひろきはテキトーに時間を潰すべく体育館のバレーの予選を見学してた。


 ピーーッ!

「「うおおおおおおおっ!!!」」

「「キャーーーー!」」


「はえー、すげえ盛り上がってんな」

「バレーって点が入ったのがわかりやすいから、盛り上がるタイミングが掴みやすいんだろ」

「あーなるほどなぁー」


 体育館の壁を背に、行くあてもない俺達は点が入る度に歓声と拍手が舞い上がる様子をボーッと眺めている。

 テニスの練習をしようにも今ラケットは試合をしてる女子達に貸出されてるし、その女子のテニスを試合を見学するのも、女子だらけの空間に男子が紛れるのはなかなかハードルが高いものがあった。


「ていうかれんがここでボケっとしてんの珍しいな、絶対教室でなんか作業してると思った」

「俺もそうしたかったけどさ、こういう日に教室でガリガリやってると教師が心配してくんだよな……」

「そりゃあな。学校行事の日に教室に一人でいるやつは声掛け案件だろ」

「今日だけ休むやつの方が絶対深刻だろ」

「う~んたしかに。でもウチのクラスはそういうやついなかったな」


 新しいクラスとなってもうすぐ1ヶ月。どうやらウチのクラスは良い奴ばかりで構成されていたらしい。

 いじめなんてものは当然無いし浮いてるやつもいない。極端なカースト的垣根も無いとても平和なクラスだった。


 なのでもちろん今日は全員出席。

 今目の前でバレーをしてるクラスメイト達も青春の汗を流していた。


「仲がいいのは良いことだな」

「もしかしたらあのバレーで、恋に落ちちゃう女子もいるんじゃないか?」


 白熱の男子バレーを観戦する女子達を見て広樹は言う。


「高校生にもなって運動ができるってだけでフォーリンラブとかあんのか」

「理由にはならないけど、キッカケにはなるんじゃないか?」

「あーね。まぁ他人が恋愛する分にはなんとも思わん」

「もしかしたら、蓮のサーブで今日誰かをフォーリンラブさせちゃうかもしれないな」

「たしかに直撃したら落ちるかもな、気絶的な意味で」


 女子テニスの時に男子があまり見に行かないように、男子の時も女子のギャラリーはいないだろうから、不本意なフォーリンラブの心配もないだろう。

 くだらないやり取りと青春の歓声が混ざりながら、午前の時間が過ぎていく。






 午後になり、男子テニスの試合が始まった。


「うぉおおお!!??」


 俺のボディサーブは無事猛威を奮っていた。

 放たれたサーブは初心者らしい男子めがけて飛んでいき、明後日の方向に跳ね返る。


「おい!ずりぃぞ広樹!あいつテニス部だろ!」

「違うんだなぁこれが」


 サーブを受けた男子が広樹に抗議する。

 どうやら俺が仕留めた男子は広樹のサッカー部仲間だったようだ。


「じゃ、次行くぞ」


 対戦相手の苦情を無視して再びボールを空中にトスし、機械的に右腕を振り抜く。


「おわぁぁお!!?」

「はい、俺らの勝ちー」


 広樹がラケットを肩に担いで得意げに勝ち誇る。

 打ち続ければ徐々に対応されると思うが、2ゲーム先取の短期決戦では初心者が見切るのは難しいはずだ。

 コートを出ながら、今の初戦で得た確かな手応えを分かち合う。


「やっぱいけそうだなそのサーブ」

「あぁ、初見殺しも甚だしいけどな」

「これもしかしてマジで優勝ある?」

「可能性は感じる」


 初戦の前に他の試合の様子を見てみたが、どうやら男子テニス部は参加してないようだった。

 そうなれば俺の初心者殺しのサーブが光りに光るし、相方の広樹も真面目にやればただの素人のレベルではないので、優勝はかなり現実的なラインだった。


「1位になったらなんかあんのかな。『体育の授業1年分免除』とか?」

「それだったら今ごろ賄賂と買収が蔓延ってるな」


 きっと貰えても所有権のないトロフィーぐらいだろうな。

 そんな現実的な特典を予想しながらコートの外で次の試合を待った。






 結果、俺たちは優勝した。

 結局最後まで俺のサーブに対応してきたやつはいなく、広樹の零式ストレートショットの威力も素人のラケットを困惑させるには十分だった。


 と言ってもまぁ4回勝っただけだから特に大仰な祝いもない。

 決勝戦が終わったらすぐにコート上で「うい、おめでとー」と簡素に体育委員に賞状を渡されたぐらいだ。

 簡易的な賞状を見て広樹が言う。


「すげー、賞状とか初めて貰ったわ俺。ちゃんと名前も入ってるじゃん」

「名前のとこ思いっきり手書きだけどな。まぁこれはこれで味があっていいな」

「どうせ広樹達が勝つと思ったからな、事前に書道ができるやつに頼んでおいたわ」


 広樹の知り合いらしい体育委員はワハハと笑っている。負けたらどうするつもりだったんだ……。


 でも、賞状とかただの紙だろと思ってたけどいざ自分が貰うとなると少し胸が踊る。すぐに返却する精巧なトロフィーより持って帰れる質素な賞状の方が嬉しかった。

 きっと10年後ぐらいに見たら青春の1ページになる物なんだろう、そう思った。

 俺が感慨に耽ってると体育委員が続けて言った。


「で、こっち結構早く終わっちゃってまだバレーの方は試合残ってるから、エキシビションをやることになった」

「エキシビション?」

「そう、女子の方の優勝ペアと試合」

「おぉ、おもろそうじゃん!」


 予想外の流れに広樹が食いつく。


「誰なんだ優勝ペアって」

「ん?えーっとたしか……」

「やっほー!」


 体育委員が手元のファイルを確認しようとしたら、聞き覚えある明るい声がやってきた。


「うわぁ……陽花はるか達かよ……。やっぱり優勝したのか」

「当たり前じゃん!ナギの手を使わなくても勝てたね!」

「使わなかったんじゃなくて使えなかったんだけどね」


 あははと自嘲気味に星乃ほしのは苦笑する。

 俺は体育委員に確認する。


「俺らこいつらとやんの?」

「そう。まぁエキシビションだしなんか知り合いっぽいから、うまく見世物になっといてくれー」

「はっきり言ったな……」


 正直すぎる体育委員は「あとよろしく」と言わんばかりに手をぷらぷら振ってコートを出ていった。

 せっかくのイベントだからこういうお祭りごとはあったほうがいいのは分かるが。

 まぁギャラリーもほとんどバレーの方に行ってて人目も少ないし、別に気張らなくていいか。


「まぁいいけどさ。わり、俺一回トイレ行ってくるわ」

「あぁ」


 トイレが近かったためかテキトーにエキシビションを承諾した広樹は、一度コートを去っていく。

 広樹が戻るまで時間を潰すように柏木かしわぎが話しかけてきた。


「てかシンドーくん達も優勝したんだね、さっきまでバレーの応援行ってたから知らなかったけど」

「あぁ、みんな素人ばっかりだったからな。ウチのクラスのバレーはどうなったんだ?」

「負けちゃったー。惜しかったんだけどねー」

「あらまぁ」


 予選を見る感じ良いとこまで行けそうだと思ったが、そんなに甘くはなかったらしい。


「バレーすっごく盛り上がってたよ、体育館揺れるぐらい。神道しんどうくんも見た?」

「あぁ、予選は見た。マジでデカかったな歓声、何回か耳塞いだわ」

「私も」

「ナギ、1回ブザーの音ですっごいびっくりしてたよねー」

「い、言わないでよ……」


 柏木が星乃の頭を撫でながらイジる。

 柏木の方が数センチ身長が高いから、愛でる様子は姉にも見える。


「ねぇねぇ、今日ナギとお揃いにしたんだー」


 柏木が星乃の髪をいじいじしながら言う。


「なんか姉妹みたいだな」


 2人とも同じ髪型をしているのが、より姉妹感を強くさせていた。

 今日の星乃の髪型はいつものセミロングではなく、柏木と同じようなサイドテールになっていた。


「どう?ナギめっちゃ可愛くない?」

「ちょ、ちょっと陽花っ」

「あぁ、似合ってるな」

「……っ!?あ、ありがとう……」

「きゃー!ナギ照れてるかわいいーー!」


 むぎゅーっと星乃に抱きつく柏木。仲いいなこいつら。

 いつものことなのか星乃はハグに対して特に驚きも抵抗もなく、少しウンザリした感じで返すだけだった。


「暑いよ陽花~」

「えー?じゃあ上脱げばいいじゃん」

「そ、それは……」


 柏木の鋭い言葉の一撃に思わずピクっとなる。

 5月も差し迫った春の午後なので、気温もそれなりに上がっていた。


「まぁいいんじゃないか?動きやすい格好の方が。まぁいいんじゃないか?」

「なんで2回言ったの?」

「大事なことだからだ」


 悪魔の誘いをする柏木を止めるのに全力を尽くす。

 時間が経ったおかげかだいぶ耐性がついて、今はもう星乃のジャージ姿を見てもあまり動揺はない。


 しかし体操服は別だ、それは話がまた変わってくる。

 もしここで体操服になったら色々危険なので棄権する。


「うい、おまたせー。じゃやるか!」


 いいタイミングで戻ってきた広樹に救われ、エキシビションが始まった。






 あっさり1ゲーム目を先取された。

 予想はしていたがやはり柏木は強かった。伊達に中学女子テニの部長をやってるだけはあった。


 ジャンケンの結果1ゲーム目は柏木達のサーブになったのだが、柏木のサーブを広樹も俺もほとんど返せなかった。

 あまりにもボールの勢いが違う。さっきまで素人の見よう見まねサーブを受けていた俺たちには、自転車とリニアぐらいの差を感じた。

 ゲームを先取した喜びではじゃいでる柏木を背に、俺と広樹は作戦会議をする。


「なあ蓮、どうする?」

「やはり中学テニス部部長は伊達じゃなかったな……」

「あぁ、あいつサーブ得意だしな。このままやったら3ゲーム目も同じことになるぞ」

「だろうな。しかも次のゲームも俺のサーブはたぶん柏木には通じないと思う。俺の威力だと経験者にはあんま効果がない」

「だよなぁ。……降参か?」

「ありえない。今考えるのはどう勝つかだけだ。負けるのはいつでもできる」

「スポ根みたいなこと言い出したな」


『敗北は勝利よりも価値がある』みたいな格言もあるが、それは全力を尽くした負けの場合だ。

 ただ降参するのでは意味がない、全てを賭した負けだからこそ価値がある。

『全力を尽くすなら今日のためにもっとテニスを練習しとけよ』とか言っちゃいけない。


「柏木一人だったら絶対勝てない。が、今ヤツは一人じゃない」

「やっぱ突くならそこか」

「あぁ」


 すっかり俺たちは勝利に貪欲になっていた。

 広樹は単純に勝負事に勝ちたいという思い。俺は知略を巡らしてジャイアントキリングしてみたいという思い。


「でも、前衛の星乃さん狙っても、避けられた後どうせ陽花に返されねえか?」

「このまま戦えばそうだな。だが、俺にいい考えがある」

「おっ?」


 俺は広樹に、今回のエキシビションの勝利の方程式を伝えた。


「──ていう感じだ」

「……マジかよそれ、星乃さんトラウマにならねえか?」

「大丈夫だきっと。もしなんかあったら全力でアフターケアはする」

「それは下ネタか?」

「殺されてえのか」


 アフターケアのどこが下ネタなんだ。


「しかし外道だな蓮も」

「勝つために手段は選ばん」


 元々全力でサーブを打ってくる女テニ部員がいる時点で、こちらも多少荒いことしても許されるはずだ。

 ボールを拾って2ゲーム目に入ろうとする柏木に、早速話を持ちかける。


「なぁ柏木、ひとつ提案なんだが」

「なにー?」

「このままやっててもたぶん俺らは勝てない。普通に経験者と素人だからな」

「キミ達はただの素人じゃないけどねー」


 半笑いでそう言いながら、柏木はポーンとこちらへボールをパスしてくる。

 来たボールを受け取った後、俺は提案する。


「どっちにしても勝敗が決まってるゲームは面白くない。だから1つアクセントを加えないか?」

「アクセント?」

「星乃にも後衛をやらせてあげよう」

「えっ」


 俺の言葉に星乃が真っ先に驚く。


「思えば星乃はずっと前衛にいてほとんど何もやってないじゃないか。せっかく4人でやってるんだから、星乃も参加させようぜ」

「んー、ナギも少しずつ打てるようになってきたけど、まだ初心者だから後衛は難しいんじゃないかなー」

「どうせエキシビションなんだし、星乃が後衛になったら俺らも本気では打たないよ」


 あくまでもこれは遊びなんだと言外に伝える。

 提案に対して柏木は否定的ではないがやや懐疑的だ。


「ほんとー?」

「し、神道くん、わたしは別に大丈夫だけど……」

「いや、俺が良くない」

「え?」


 星乃が遠慮してくるのは想定内だ。星乃をまっすぐ見据えて言う。


「星乃、俺は星乃と一緒に4人でテニスがしたいんだ」

「わー!シンドーくんが珍しく青春みたいなこと言ってる!」

「うるせえな」


 柏木に煽られてもまったく恥の感情はない。

 これは勝つための勝利の方程式を組んでる最中だ、なにも恥じるところはない。


「だめか?星乃。エキシビションで勝敗なんて関係ないんだし相手は俺らなんだから、気にせずやっていいんだぞ」

「だ、だめじゃないけど……」

「星乃もテニス楽しいって言ってたじゃないか、優しく打つから大丈夫だ」

「そう……?」

「星乃さん、どうせ遊びなんだから一緒に楽しくやろうよ!」


 静観してた広樹もここで援護射撃を放つ。


「え、えっと…………」


 俺らの青春の誘いに星乃は少し考えた後──


「…………いい?陽花」

「うん!いいに決まってるじゃん!ナギもサーブやってみよ!」


 無事やる気になってくれたようだ。

 ずっと蚊帳の外のようたったことに多少の負い目はあったのか、柏木は星乃の問いに喜々としてOKを出し、さっそく星乃にサーブのやり方を簡単に教え始めた。

 忘れないよう彼女達に大事な補足ルールも伝える。


「あと、サーブ権は交互にしよう。で、前衛と後衛の交代は2点ずつで。サーブとリターンやったら交代って感じで」

「おっけー」


 細かい理由を突っ込まれたら面倒な要望を、柏木はあっさりと受諾した。

 よし、舞台は整った。

 勝利の方程式の第1フェーズが成功したのを見届け、小声で広樹に話す。


「あとはお前の道化師次第だな」

「任せろ、バカを演じる天才だぞ俺は」

「まじかよ、バカを演じるバカかと思ってたわ」


 こうして、星乃を加えた2ゲーム目が始まった。

 当然初心者が後衛に入るとミスが出てくるため、俺らにも点が入り始める。

 しかしそればっかりだと、ずっと星乃のミスで試合が止まるような印象を受けてしまうため──


「ドライブBィーーーー!!!」


 星乃のミスでこちらに点が入った後は、この坊主に3分前に教えたドライブBを打たせることにした。全く意味のないスライディングで無駄に崩された体勢から、ヨレヨレのボールが打ち上がる。

 柏木はなるべく星乃に打たせるためか、前衛のポジションに付いた後試合にあまり介入して来なくなったが、そんなふざけた技が来たら容赦なく鋭いボレーで制裁していた。


 こうすることで『試合じゃなくてあくまで遊び』の空気を作り出していった。

 もはやエキシビションとは呼べないような催し物になってるが、今いるギャラリー達はバレーに興味ない人達の消極的なものだから、まぁ別にいいだろう。


「よーしこれでゲームカウント1-1だな!」

「ヒロキくんふざけてるのにちゃんと点数は覚えてるんだねー」

「ま、まぁな!」


 道化師の仮面がたまにズレながら、無事2ゲーム目は俺らが獲得した。

 急遽参加した初心者の子は、最初は申し訳無さそうに柏木に謝っていたが、意に介さず星乃を愛でまくる柏木のおかげで、だんだんと星乃も楽しそうにプレイするようになってきた。

 元々運動神経は良い星乃は着実にテニスをコツを掴み始めてきて、たまに「えい!」とスマッシュを打ってくるぐらいには楽しんでいる様子だった。


 実際俺も、試合には勝ちたいがそれと同時に星乃にも楽しんでもらいたい気持ちもあるため、かなり優しくボールを返していた。

 最終ゲームになり俺のサーブの番が来ても、あの悪魔のボディサーブは封印して下から優しくサーブを打つ。

 すると、コートの外で観戦していたクラスメイト達からブーイングが飛んできた。


「おい神道あのサーブはどうしたんだよー」

「もう1回ぐらい見してくれー」

「惚れた弱みかー?」


 暇そうな男子達が口々に煽ってくる。いいからお前らは天才が演じるドライブBでも見てろよ。

 ていうか誰だ最後にセンシティブなガヤ入れたのは。惚れてたらこんな作戦は実行しない。






 俺たちの計画は順調に進み、最終ゲーム、スコアは40-40になった。

 球技大会のテニスは時間短縮の目的でデュースがない。

 つまり、次のポイントを取った方が勝利になる。


 正直もう計画は99%成功だった。

 このスコアになったのを確認した時、俺は思わずほくそ笑んでしまった。

 次のサーブを打つのは俺で、リターンは星乃。よくぞここまで調整した。

 たまに柏木が予想外の介入をしてきたが、なんとかこの局面にたどり着いた。


「すごーい、ホントにそれできる時あるんだねー」

「ハッハッハ!世界が待ってるな!」


 奇跡的に初めて決まったドライブBで吹っ飛んでったボールを柏木が拾いに行く。

 たまたま入ったからいいけど、今のアウトだったら負けてたぞ……。

 ギリギリで成功させるのはさすが勝負強い広樹とも言えるが。


 離れていく柏木の後ろ姿を見ながらこの後の流れをおさらいした時、ふと思う。


(……一応言っといた方がいいかな。運動神経がいいから大怪我はないと思うけど)


 柏木に聞こえないよう、すっかり楽しそうにしてる女の子に「星乃」と呼び掛ける。

「うん?」と振り向いた星乃に告げる。


「すまん、次あのサーブやるから気をつけてくれ」

「え?」


 柏木が戻ってきそうだったので手短にそれだけ伝えて、俺はサーブポジションに向かう。

 計画には無い行動だったが、でも事前に予告したからといってきっと初見ではどうこうできないだろう。


「さぁ蓮、終わらせてくれ」


 勝利を確信した表情の広樹を鼻で笑いながら、柏木から投げられたボールを受け取る。


「シンドーくーん!ダブルフォルトなんてつまんない終わり方はダメだよー!」


 何も知らない柏木は愉快そうに煽る。

 きっとここ以外でこれを打ったら、普段はヘラヘラしてる柏木も怒ってガチモードの後衛になったんだろうな。


 勝利の方程式を完成させるため、ボールを床にポンポンと機械的に弾ませる。

 今やっとこの動きの意義がわかったような気がする。いつものサーブを打つモードに体が切り替わったような感覚がした。

 星乃の位置を目で確認しながら、左手でボールを頭より高くトスする。

 この動作の意味が分かってるギャラリーから「おおっ!」という歓声が聞こえてきた。


 そして、慣れたタイミングで右腕を振り下ろす。いつもより少しだけ弱めに。


「きゃっ!?」


 無情にも初心者の女の子めがけて飛んだボールは、そのまま反射的に構えたラケットに当たり、でたらめな方向へと跳ね返っていった。

 特に意味のないエキシビションの、大した価値のない勝者が決まった瞬間だった。

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